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光の彼方の音  作者: magnolia
2章 -邂逅-
19/30

19 集落の中で(2)



「あ…あのぅ、あなた達が父さんの言っていた旅の方?」


「ああ、そうですが。」


声がかかったのでアルの背中に隠れたままうかがう。

三十路みそじあたりだろうか。少しふっくらしてきた体型の女性だ。人好きのする雰囲気があって、赤茶色をした緩い巻き毛をお団子にしている。


「セルマといいます。あぁ、カーン様にお会いするなんて、いつぶりかしら!大したおもてなしはできませんけど、家に空き部屋があるんです。そちらを使って頂いてもいいですか?客間とか立派なものでもないですけど。」


「十分です。ここしばらくは野宿だったから有難い。連れと二人だが、よろしく頼みます。」


「いいんですよぉ。父さんったら早速お願い事言っちゃったんでしょ。こちらこそありがとうございます。こんな所にカーン様は滅多にいらっしゃらないから。つい、ね」


こっちです、と案内しながらセルマさんは話を続ける。


「家には子供がいるから、少し(うるさ)いかもしれないですけど、許してやってくださいまし。」


「お客様がくるなんていつぶりかしら。やんちゃしないといいんだけど。酷いようだったらとっちめてやって構いませんから。手のかかる年頃で二人もいるから、もう。」


「あ、そうだわ。食べられない物とかはありませんか。簡単なものしかご用意できませんけど。」


「ここは近くにいい水場があって。お湯も準備しましょうね。疲れも取れますし。」


セルマさんはきびきび歩きながらも、立て板に水の如く、話す話す。

それでいて、嫌な感じはしない。

明るく気遣いに満ちた問いかけばかりだ。


こんな辺境では人を招き入れる事も少ないから、もっと排他的な雰囲気かと思い込んでいたんだが。おそらくアルが調律者であることも大きいのだろう。提供してくれるものがある客人という訳だし。


ギブ&テイクって重要だ。世界は違えども、無料タダより高いものはないのだよ。

ま、私はおまけだけどさ。





 

 ***







「さぁ、着きましたよ。どうぞ入ってくださいな。」


着いた場所にある建物は、想像よりも大きかった。

ウサギ小屋と揶揄される日本の住宅に慣れている所為かもしれない。

形は異なるが大きさは大体同じくらいの石が腰辺りまで組んであり、その上に砂色の壁が続いている。角には木の柱。屋根は緩やかな斜面を描いている。前庭には、簡単な植え込みがあって色も形も様々な葉っぱが繁っている。観賞用なのか食用なのかはあいにく判断できなかったが。



中も外観同様、素朴で暖かい雰囲気がする(しつら)え。

部屋の中央には大きなテーブル。壁には棚、扉、吊るされた間仕切りに使われている織物。足元にも板張りの上、敷物が敷いてある。階段も見えるから当然2階もあるのだろう。しっかりした造りだ。



(おぉう・・・民俗文化財の中みたいだなぁ)



「あ、立たせっ放しでごめんなさいね。よかったら掛けて下さいな。お茶だけでも先にお入れしますから。」


そう言って、セルマさんは返事も聞かずぱたぱたと台所があるらしい奥へ引っ込んでいった。日本人の(さが)として「いえ、おかまいなく」が口から出そうでしたよ。視線を泳がせていたらアルが声をかけてくれた。


「お言葉に甘えて掛けさせて貰おう。トウコも座るといい。」


「は、はい。」


椅子を引き、アルと肩を並べて座る。

ふ、と上を見上げて思い当たる。屋根がある場所は久しぶりだ。随分気分が緩むのが感じ取れた。結構、外では気を張っていたのか。人は動物として外敵に対する抵抗手段が少ないから、遮蔽物しゃへいぶつが多いほど本能的に安心するのかもしれないな。


改めてぐるりと周囲を見る。


さっき目にした大きな織物たちは全て手縫いか。ペルシャ絨毯とか中近東の織物みたいな柄で、図案化され簡略ではあるが整然と織り込まれた意匠デザイン。料理は好きだが裁縫は大の苦手の自分からすれば驚嘆してしまう域だ。これができるって才能だよなぁ。


見惚れていると、間仕切りの織物に引っ掛かっている小さな手を見つけた。暫く見ているとそぉっと顔が覗く。セルマさんが言っていた子供達のようだ。さてどうするかな。二人には見えないように机の下でアルの服の裾を軽く引く。が、アルもとっくに気付いていたらしい。そのままで、とごく小さな声があった。


「さぁさ! おまちどうさま。」


そうこうするうちに、湯気の立つ椀をお盆に乗せてセルマさんが戻ってきた。


「スミンの花茶ですよ。甘くしたかったらおっしゃってくださいね。」


「ありがとう。頂きます。」


アルが受け取り、その一つを自分の前に置いてくれた。

スミンの花、蓮華レンゲみたいに咲いていたあの花か。

どんな味なのか分からないのでアルが手をつけてくれるまで待つ。


アルが椀を持って飲んでいる様子から奇抜な味はしないようだ。香りもいい。

そっと両手で椀を持ち、口に運ぶ。ほのかに酸味のする味わい。ハーブティに近い。やはり暖かい飲み物ってほっとするな。ごくゆっくりと飲む。


「あぁ、よかった。お茶は大丈夫そうね。それに物を口に入れられる大丈夫。きっと元気になれるわ。」


明るいセルマさんの声がした。


「…この子のことは、既に?」


「ええ、聞きましたよ。賊に襲われたって――。 一体全体、最近はどうしたっていうんでしょう。」


「近隣の国々の動乱で、そういった輩が出てくるようで。この子もおそらく調律者であることを知られ、さらうため襲われたのでしょう。一人で倒れているところを見つけたんです。」


「まぁ!! そうだったんですか…。でもカーン様に出会えただけでも良かったわ。ここいらで村らしい村はうちだけだし。それにしても、なんて不埒なことを考えるのかしら!調律者をさらうなんて!!」


「――しかし私も助けは間に合わず。どうやらずいぶんと遠方から音律堂(ジャイダキア)に向かう途中だったようです。見つけた時は既に傷を負わされた状態で、幸い外傷は大したものはなかったのですが、本人が記憶が失っているようでして…」



沈痛な声と面持ちで話すアル。

案外、芝居っ気がありますな。

ちなみに自分は手元のお椀を両手で挟んで、中身をぼぉっと見ている。耳だけ傾けている状態。


基本、虚構きょこうを信じてもらうには、必要最低限の情報で組み立てることが重要になる。なぜなら、嘘をつけばそれをフォローするために、更に嘘を用意しなければならなくなる。つきつめてしまえば『嘘はついていないが、言っていない事がある』が一番ほころびが生じにくい。

まぁ自分の場合、出てくるであろう辻褄つじつまの合わない部分や生活習慣の齟齬そごなどを記憶喪失でカバーするという荒業あらわざを加える予定だが。


セルマさんは痛ましいものを見るかのようだ。

心苦しい限りだが、反応は控える。


「なんてこと!!…それじゃ服はカーン様のものを?」


「ええ。ひどい状態だったので、それよりはましかと思い」


「あぁ、それじゃ大きすぎるのも無理ないわ。そうだわ!お湯を使った後、合いそうな服を見繕いましょうか。」


「本当ですか、助かります。代価はお支払いますから。」


「いいんです、いいんです。大したものはお渡しできませんから。それにこの子――あぁ名前は覚えているかしら…?」


少し間があく。



(うーん、どうすべき?)



名前は、初対面時アルに話しても殊更ことさらな反応はなかったし然程さほど問題ではない、と思う。姓名の並びが逆だったが。それに村にいる間中、何も話さず聞いているだけというのも正直、しんどい。もっと人と話したい。何しろこっちに来てまともに会話したのはアルだけだし。


ちらりとアルを見れば促すように薄く口元が上がった。

オッケーという事のようだ。

この際だ。声を出して女とばれるかも確認しておこう。


「…董子(とうこ)、です。」


「まぁ、話してくれたわ! そう、トウコというのね。あたしはセルマよ。やだ、もう言ってたわね。それから…隠れてる二人、出てらっしゃい!」


がたっと物音がした。さすがお母さん。気付いていたんですね。

しかし、声を出しても女と気付いてもらえなかった…。


セルマさんの声に導かれるようにおずおずと顔を出したのは、先程見た子供達だ。

男の子と女の子。多分、兄と妹。

10歳前後かな。小さい子の年はよく分からん。


「大人しくしていたのは褒めて上げるわ。お客様だから失礼のないようにね。」


朗らかだが貫禄もたっぷりだ。セルマさんはいいお母さんなのだろう。


「カーン様、トウコ。この二人があたしの子です。上のこの子はトゥイミ、十になるわ。下の子がミリア、五つ。さ、二人ともごあいさつは?」


ミリアと呼ばれた女の子は、引っ込み思案なのだろう。お兄ちゃんのトゥイミの服地をつかんで後ろに隠れたままだ。一方、男の子のトゥイミは好奇心で目が輝いている。初めての体験が楽しくって仕方ないといった感じだ。


「は、初めまして。 おれ、じゃなかった、ぼくトゥイミって言います。調律者の人に会うなんてはじめてです! ほら、ミリア。お前もあいさつしろよ、失礼だぞっ」


そういってトゥイミは後ろを振り向くが、ミリアはいやいやするように一層隠れてしまった。

あぁ、うちの妹も甘えたで小さい頃はこんな感じだったな。そう思うとなんだか微笑ましくて、知らず椅子から下りて屈んでいた。目線を合わせ、そっと声をかける。


「初めまして、ミリア。少しの間、お世話になります。董子(とうこ)、です。そう呼んで。」


ゆっくり、聞き取りやすいように話す。

おずおずと顔を上げた彼女と視線があい、その目が大きくなるのを見て、自分の変わってしまった眼の色のことを思い出す。しまったと思ったが後の祭りだ。


「…おねえちゃん、めのいろきれいね。ミリア、はじめて見た。」


丸い目をこちらに向けたまま可愛らしい声で話してくれる。

しかし驚いた。気付かれるとは思わなかったぞ。

小さい子の眼って案外侮れないなぁ。先入観のない子供の目線の方が見分けやすいってところか。


「は!? ミリアってば何言ってんだよ。その人ならお兄ちゃんだろ!ばっかだなぁ!」


(うぉい…)


少年よ。全力否定か。

しかし、この場合、ミリアの反応の方が稀なんだろう。

アルもさすがに驚いたようだ。漸くして口を開いた。


「…よく分かったね。そう、トウコは女の子だ。」


「えぇ、うそぉ!?」


「まっ、これ、トゥイミ!! でも、まぁまぁまぁ!!そうなんですか!? 確かに声は少し高い気はしたけど…。いやだ、すっかり思い込んでたわ、ごめんなさいね!でもミリア、よく気付いたわねぇ」


「んん、だってこわくなかったもん。それにおねえちゃん、きれいよ。かみも、めも、ふしぎな色なの」


基本、キツイ顔立ちと背格好からカッコいいは良く言われたが。こんな率直な言葉ははじめてかも。飾りのない賛辞さんじは嬉しい。それに怖いとは言われなかったことにほっとした。何せ自分ですら度肝を抜かれた色だったから。



「…ありがとう、ミリア。」


そう言って、少しだけ微笑(わら)うと、彼女もはにかむように笑ってくれた。


まぁ、この家でばれてしまった点は幸運だったのかもしれない。

村に荒んだ雰囲気はないし、歓迎ムード。


当初の予定通り、性別を隠し通すのが最善ではある。

がアル曰く、それは旅程中の災難を防ぐ意味合いが強いとのことだった。それに早めに女性としての知識も仕入れないと、後々困ったことになりかねない。というか、確実に困る。この機会を逃すのはチャンスの神様の前髪を掴み損ねて見送ることと変わりない。アルの口からも女って公言してもらったしな。


しかしなんだな。


男装の効果は絶大だ。いや、自分の背格好がどちらでも通るということも大きいけど。おそらく判断を身なりや服装に依拠いきょしているからだろう。こちらの世界は封建社会の秩序に近い。それだと服装はそのまま性別・階級を指し示すものになってくる。女性が男装すること自体、奇異きいなことなんだろう。女性も前会わせの衣装だが、全体としての印象は、チマチョゴリのような感じで男性のものとはかなり異なる(まぁチマチョゴリの構造は知らないんだが)。胸元より少し下辺りで帯状のリボンで結んで、巻きスカートをそれで留めている。


動きやすいから、私は当面、男物で構わないけども。



「あら、ミリアったらトウコは平気なのね。人見知りが激しい子なんですけど…。よかったわ!」


嬉しそうに話すセルマさん。自分にも目線を合わせてにっこり笑ってくれる。


「でも、トウコが女の子と分かった以上、すぐお湯の準備をしてあげなきゃね!さっトゥイミ、手伝ってちょうだい!近所で手の空いてる人もいたら呼んできて!」


「わ、わかった!」


ぴゃっと飛び出していくトゥイミ。す、すばやい。きっともたもたしていたらセルマさんのカミナリが落ちるのだろう。


「ミリアは、お湯に入れられる薬草を摘んできて欲しいんだけど…できる?」


頷いて、これまたぱたぱたと扉から出て行ってしまった。

小さくても働き手なのね。


「カーン様、大変心苦しいのですけど、湯桶を二つは用意できないのです。できれば彼女から使わせてあげたいのですけど、よろしいですか?」


「勿論。ただ、まだ一人にさせるのは不安なので、セルマさんが手伝って頂いても?」


「はいはい、あたしは全然構いませんよ!使い勝手も忘れてるかもしれないですしね」


(…マジっすか!?)


また裸を見られるのは抵抗があるぞ。それに布で拭いたりはしたけど、水浴びができたわけもなく。汗をかくほどの陽気ではなかったけど、結構汚れていることは変わりない。

不満を込めて、それとなーくアルを見たら真面目な顔があった。腑に落ちる。


(そっか…)


自分は使い方は忘れるも何も、微塵たりとも知らないのだ。教えてもらわなければ何もできない。

話した身の上を、彼が本当に信じているかは別として、考えた上で手を打ってくれている。


私は自分の判断で彼を信頼し、引っ付いてきた。彼の仕立ててくれた流れに乗るのが筋ってもんだろう。


旅の恥はかきすて。腹を括ってお世話になりましょう。


「よろしくお願いします。」



これから施されることはあまり深く考えないようにして。

セルマさんに、そう伝えた。



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