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光の彼方の音  作者: magnolia
2章 -邂逅-
18/30

18 集落の中で(1)



アルが畑といっていたのは、やはり自分が想像していたものとは違った。


視界に入ったそれを、近いものに例えるなら、大規模な藤棚だ。


棚は大人が下を悠々(ゆうゆう)と歩けるほどの高さで組んであり、天井部分は糸、いや縄か。そんなものを張り巡らせてあった。それに巻きついて育っているのは、山吹色の葉と(つる)をもった植物。


青々と繁っているという表現をしたいところだが、如何(いかん)せん、こちらの世界の葉はそうではないしなぁ。ぶら下がるようにたわわに生っているのは、象牙色(ぞうげいろ)の実。ただ、一粒が人の頭くらいの大きさだ。それが一つの房に円錐を逆さにした形で実っている。色味と寸法さえ考えなければ巨大な葡萄(ぶどう)に見えないことはない。


しかし果物ではなく、これがあのオートミールクッキーみたいな味の食べ物の原料らしい。主食なんだそうな。へぇぇ。






畑で周りを囲むようにしてあったのは、本当に小さな集落という場所だった。

人が住んでいるであろう家屋は見た感じ、5つくらい。

きょときょと見渡している間も、ヴィーの足はゆっくりとではあるが動いている。


「トウコ、そろそろ顔は下げておいてくれるか。」


「っ分かりました。下向いてますね。」


手入れされた畑があるなら当然、人もいるということだ。

下を向いたことで頬にかかった髪を指でつまむ。

そうしながら、こそりと小さな声でアルに問いかける。


「そういえばアルヴィンさん、髪の毛って長くしているのは女性だけですか?」


アルも少し長いとはいえ襟足にかかるほどだ。今更ではあるがひっかかったので聞いておく。


「いや、別に男でも髪を伸ばすものもいるぞ。女性は結い上げる事もあるから長いにこしたことはないがな。」


「はあ、そうなんですか。」


「とりあえず、話すのは私がするから。トウコも話しても問題ないと思うが、口数は少なめにしておいたほうがいい。」


「そうですね、わかりました。」


賊にあって記憶喪失だからな。放心はいき過ぎだが、ショック状態に近いふりでいこう。




すると、ちょうど畑仕事を切り上げたところなのか、遠目に老齢の男性が歩いているのが見えた。

自分はささっと俯きなおし、アルが近づき声をかける。


「すまない、ここはなんという村だろうか?」


ちらっとだけ見たら。

おじいさん、驚いたのか、痩せ窪んだ眼窩から目が落ちそうでちょっと怖かった。


「おんや、まぁ。たまげた!こんなところにどうなさった。旅の人かい?」


質問に質問が返ってきちゃったよ。

とりあえず、俯き加減のままなので会話の様子は声だけでしか分からない。


「あぁ、私は調律者だ。アルヴィンという。少しこの地域に用向きがあって伺ったのだが、どこか雨露(うろ)をしのげる場所を貸して頂ければ有難いのだが。」


「なんとまぁ!カーン様かい!!」


何ですか、それ。


アル、ちゃんと名前を名乗ったよね。

おじいさん、耳が遠いのか?

いやでもアルが慌てた様子もないし、調律者への敬称か何かかもしれない。

あーもう。一方的に増える情報ばかりでまとめて聞くにも限界があるぞ。

メモとペンが欲しい、切実に。

意味を聞く前に次の情報が入ってきて、何を聞くべきかすら忘れそうだ。

馬鹿になった気がする。



「ああ、(あかし)としてこれを。」


そんな自分の心情が斟酌(しんしゃく)されるわけもなく、会話は続いている。

アルが服の(あわせ)から取り出したのは、首飾りだった。

ちらと見えたけど銀細工なのか。青みがかった銀色をした、精緻(せいち)な造りのもの。飾りの部分は大きさの異なる輪に間をあけ、中にいくほど小さくなるように繋いだものだ。水面にできる波紋に似ている。これが身分証っていうのは洒落ているな。味も素っ気もない、IDカードよりよっぽどいい。自分も後でもらえるのだろうか。



「これは確かに。わざわざご丁寧になぁ。しかしな、見ての通り(ひな)びた場所じゃあ。宿屋といえるものもなくてねぇ。ちいと皆に聞いてみますわ。どこか部屋が空いていたら、そちらをお貸しすればいいですかい。」


「それだけでも十分です。あと、少々尋ねたいことがあって。手が空いている人がいれば簡単に話をうかがいたいのですが。」


「はぁ、うちらの話でいいんでしたらお話しますけど。ところでお連れさんは?」


「あぁ、この子も調律者で。まだ力を発現させたばかりなんですが。賊に襲われていた所を助けました。…辛い目にあった故か、記憶も曖昧で、人に怯えています。そっとしておいてくれますか?」



俯いたままでも、おじいさんの視線が向けられたのが分かった。

実際、自分はテンパっているので心臓はばくばくだし、視界に入る自分の指が震えている。会話との辻褄もばっちりです。後は、疑われなければ大丈夫なんだが…。


「賊ですかい。最近はこんな田舎にでも話に上がっとりましたが…。気の毒になぁ、坊。命があっただけでも儲けもんだぁ。安心しなされ。大丈夫、ここに住んでる者は乱暴などせんよ。」


声に温もりがあった。

コクと頷くことで返事にした。


「薬とか食べ物とか、大したものは用意できませんが、入用(いりよう)なものは女手の方がええでしょう。(うち)の娘をやりますわ。良ければ、ラルパはお預かりしますよ。粗末なもんですが小屋があるからね。代わりといっちゃなんなんですが、いくつかカーン様に手伝って頂きたいことが…」


「勿論、構わない。力で役立てることがあれば相談してくれ。ただ、旅路の途中になるので、長居はできない。すぐの解決が難しいようなら音律堂(ジャイダキア)に使いをやって対応させてもらってもいいだろうか?」


「そりゃもう!助かりますなぁ。わしらではどうしようもなくて、ありがとうございます。」


嬉しそうに返事をしているおじいさん。

調律者って(よろず)相談承りますという存在なのか。

世界を導く云々って言ってたしな。


アルの手を借りて、ヴィーの背中から降りる。おじいさんはいまだ健脚なのだろう、その足でヴィーを連れて去っていった。先程バレはしなかったが念のため、アルの背中に隠れるようにして、村の広場のような場所で待つ。


「態度、おかしくなかったですか?」


「いや、大丈夫だ。人の良い御仁だったしな。」


確かに、感じのいいご老人だったが。


「大丈夫。確実に少年と思ってるさ。それに穏やかな集落のようだ。女性もいるようだし、もし素性が知れても危険はないだろう。流れに任せよう。」


「あ、そうですか…。」


さっきの会話で、おじいさん『坊』って言ってたしね。

間違いなく男の子をさす単語だよね。

服装、ばっちり男物だしね。

初対面で顔も殆ど見せてないし、声も出してないしね。


べ、別に微塵(みじん)たりとも女性らしい雰囲気がないとか、色気が皆無とかの所為(せい)では、まさか異世界においても(まか)り通りはしてない筈…。


――考えれば考えるほど、墓穴をせっせと掘っている気がしてきた。



変装が完璧というのはいいことだ。

だがなぁ。

背もデカイ、態度もデカイ、度量もデカイ。

そんな三拍子揃って「よっ、男前っ」と異性から言われ続けた自分としては嬉しい半分、遣る瀬無さ半分だ。アルはそこらへんの機微は分かって頂けないようで。まぁ、下手な慰めをされるよりはいいか。


本番はこれからだ。

舞台は生き物。リテイクなしの一発勝負。

演じきってみせようではないか。



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