15 異世界珍道中
たしたしと草を踏むヴィーの足音を聞きながら、進む。
外見から飛び跳ねるように進むのではと危惧していたがそんなこともなく。
緩やかに上下する程度だ。
安心した。
これなら、多分、きっと、少しずつではあるが上達する可能性もなきにしもあらず…。
いかん、悲しくなってきたぞ。
顔を上げる。
目前に広がるは、地平線が見えるほどの草原。緑の絨毯だ。そこかしこに木立も見える。
アフリカのサバンナとは言わないが、草原地帯だぁ。
「シーギ・ルドナでもここは北にあるって聞きましたけど随分暖かいし緑も多いんですね。少し不思議な感じがします」
「あぁ、シーギ・ルドナは調律者の能力で護りを敷いているから。」
「護り?」
「トウコの言うとおり、この土地は本来は寒冷で人が住むに適した場所ではない。それを調律者の力を使い、気候を温暖にさせ、不埒な輩が侵入できないようにしている」
すごい、結界ということか。
「ただ、近年は綻びが生じていてな。襲われてしまった集落もある」
ふうん成程。
「でも、調律者の力で抵抗できるのでは? アルヴィンさんも火と、あと風でしたっけ。そういった形で対抗できるんじゃぁ?」
安直であるが、火の玉で追い返すとか、風で障壁を作るとか。
しかし、そう聞いたが帰ってきた答えは意外なものだった。
「シーギ・ルドナにいる者全てが調律者というわけでもないしな。能力もさまざまな上、力の使用には制約も多い。基本、そういった荒事は竜騎兵がする。」
なんだ、勝手気ままに使っていい力じゃないのだな。
まぁ、当たり前か。
力があれば、一人で歩く火力発電所とか風力発電所並になる訳だし。
しかし、竜騎兵。
響きからして強そうだぞ、それに竜はどんな感じの動物なのか。
中華風か、西洋風か。それとも全然違う生き物かも知れないな。
好奇心が湧いてしまう。
「竜騎兵?」
「そうだな、竜を相棒として組織されたものだ。竜は空を駆ける生き物。ラルパの数倍に相当する速さで飛翔する。なかなか人に慣れない生き物だが、御すことができればこれ以上はない存在だ。力を使うのが唯一の制御の術になるから限られた調律者しか操れないが。それが可能でかつ武術に特化した調律者の集団と思えばいい。」
格好いいな。精鋭部隊、エリートって所だろうか。
ふむふむ頷きつつ、話を聞く。
「まぁ、そう認められた者が音律堂より印可を受け、自衛手段に訴えるわけだ。」
「ははぁ…。うちの国にありますよ。自衛隊っていうんですけど。専守防衛が基本理念で。」
「ん? 軍隊なのか。戦争などはしない国と聞いた気がするが?」
「まぁ、諸外国との軋轢とか色々ありまして…。定めた法に反するのではという意見もありますが。災害救助や他国での紛争の処理などもしていますよ。他国の民を虐げるような存在ではないと私は思ってます。」
「成程、確かに存在理念は近いな。」
「それと、アルヴィンさん。調律者の力ってそんなに人によってまちまちなのですか?」
「ああ。調律者の能力は生来、どちらかに分かれる。微弱だが操りやすいか、強力すぎて制御が難しいか。それゆえに増幅や制御の仕方を学ぶ必要があるわけだ。」
「両極端なんですねぇ。」
「この点は学んでいくにつれ、改善されるがな。持って生まれた資質ゆえに能力の大小で区別されるものではない。力が強すぎても己が手に余れば取り返しのつかない事態も招こう。だからこそ自分の力の方向性を見極めて修練を積む。大体得意とするものは一つから三つくらいに絞れる。まぁ、徐々に使い方は教えるさ。」
「そうですねぇ…今はヴィーに乗ってるだけでも手一杯です」
「はは、そうか。」
横を歩いているアルとそんなやり取りをしながら進む。
どんな国があるのか、どんな世界情勢なのかも聞きたい。
だが、これ以上自分から聞いても理解が追いつかないのが実情。
やれやれ、学ぶべきことは多そうだ。
だが思考に耽るばかりでもまずい。
なぜなら、食事の問題がある。
持ち物も何もない自分だ。
そんなお荷物が増えてしまったら、アルの手持ちの糧食では明らかに足りないという結論になる。
足手纏いにはならないようにすると言ったのに、お荷物には確実になっている。
情けない。
それなのにアルは特に何も言わず、が時折立ち止まり、木々から果実を採っている。
集落も少ない地域と聞いた。
道中で現地調達という手段しかないものなぁ。
でもこれは率先してやるべきこと、やれることに入る。
自分にも食べられるものが分かるし、アルの負担を減らせる。一石二鳥だ。
「アルヴィンさん、今採っているのは何ていう食べ物ですか?」
ヴィーに降ろしてもらい、てこてこ近づく。
草地で少しなら布は汚れるが歩けないこともないな。
手に握られているのは枇杷のような形で色は赤い。つやつやして美味しそうだったので食べ物と判断した。
「これか? ナセアという。割りと美味いぞ。というかよく降りられたな…。」
「ふっふっふ。ヴィーはいい仔ですからね。降りる時も肢を折ってくれました。」
「得意げに言うところじゃないと思うが。」
「ま、まぁまぁ。私も採っていいですか?」
「…構わないが。全体的に赤くなったものを採れ。黄色い部分があるやつは熟しきれてないから。」
「分かりました。他にも何か採れそうな果物とか野菜とかあったら教えて下さい。」
背を伸ばさずとも手の届くところにたわわに実っている。採り甲斐があるぞ。
しかし、枝が痛いな。昔、お祖母ちゃん家で手伝った梅の木みたいだ。枝が細かく生えてる。
だがめげずに摘んでいく。
「アルヴィンさん、これって日持ちします?」
「いや、この実はもって二、三日だな。」
「じゃあ、食べられそうな量だけ採りますね。」
二人で集めれば中々の収穫だった。
目ぼしい薬草や食物の類を教えてもらいながら集める。
そういったことを繰り返すうちに、緩やかに日が傾いてきた。
暮色に染まる空はこちらのものも変わらない。
逢魔ヶ時。
黄昏。
明るさが薄れ、顔の判別がし難くなるから誰そ彼そ。それが黄昏の語源だったか。
昇る月はやはり二つ。
白銀色の方がアグ、青銅色の方がアイナ。
そういう名と聞いた。
月が二つというのは此処が自分の知る場所でないと見せ付けられるようで嫌だったが、人間慣れてしまうものだ。今はむしろ美しいと思う。満ち欠けもあるそうだ。ということはあれは衛星でこちらの世界は球体なのだろうか。しかし、そういった自然現象方面は放置。自然科学という概念はないようなのであまり突っ込んでは触れない方がよさそうだ。それに詳しく説明を求められても解説できるとも思えないしな。
ぼんやりと空を眺めていたらアルから話しかけてきた。
「空が不思議か。」
「そう、ですね。二つの大きな星が見えるのは不思議です。」
「トウコの目から見たら、この場所はどう感じる?」
「とても綺麗なところだと。私の住んでた場所では星々もこんなには見えなかったし、星明りだけでも明るいなんて感動しちゃいました。あの白い森、ハクの森も絵の題材にしたいくらい美しかったですよ。絵心はないので無理ですけどね」
苦笑する。せっかくこちらの世界に転がりこんだのに、何も文明の利器がないのはイタイ。
もし、ルーズリーフとシャーペンがあったら色々書き残したいくらいなのに。
人の手の入っていない自然など、現代日本ではそうそう拝めるものでもないから。
「ハクの森は少し特殊だしな。あの樹はあそこにしか群生しない。濫りに人の手を入れるべきではないとされた場所だ。所以はもう分からないが。」
へぇ、世界遺産みたいだな。
確かにあの美しい景観は神々しいくらいだったし。
しかし、増える知識に溺れそうだぞ。
好奇心に負けて、色々聞いてしまったし。
ここまでの道すがら、脇道に逸れた質問もしてしまったからなぁ。
丘陵に小さく咲いていた花の名前とか。スミンの花というらしい。赤紫色を点々と野原に咲かせ、蓮華のようで可愛らしかった。
自分の世界にも同じような花があるのだと話したらお茶にするのか?と聞かれてしまってびっくりしたが。森で食べた実はジュニーの実。死ぬほど苦かった薬草はレガノ。それ以外にもココナツサイズのラトルという実。楕円形で枝に蔓を伸ばして育っていたハーシル。絞るとたっぷりと果汁が取れた。
見慣れない植物ばかりで全てが新鮮に写った。
言葉を覚えたての子供のように、あれはなに、これはなに、と聞きたくなったのは無理ないことだと思う。
「日が暮れるな。寝る場所を確保するか。」
「そうですね。夜、移動するのは危険もありますし。」
「トウコは旅の経験が?」
「う~ん、あまり立派なものではないですが。」
なにせキャンプクラブで経験した程度だ。
九つから十五になるまでだし。
学べたのは。
休むに適したポイントの見分け方。
テントの張り方。天気や風向きの見方。野外調理のコツ。
地図を見てルート確保。応急処置の仕方や野草の採取。
あぁ、川に網を張って魚を採ったりもしたか。
食べるための食器まで作らされたっけ。
それでも安全な場所でだし、食料も現地調達というほど厳しいものではなかった。
本当に身を守りつつ、野営とかは想定外だ。
アルから貰った短剣は質はいいものだったが、扱い慣れていないから不安がある。
愛用してた、肥後守かスイス製のサバイバルナイフがあったら便利だったのに。