14 感じた違和感
旅をするこの辺りは、この国シーギ・ルドナでも北に位置するらしい。
地名というものもなく北辺と呼ばれているとはアルの話だ。
北の辺境、略して北辺。
大変明快な名だ。
それと一応、調律者のアルに付いて行っても怪しまれないよう、それとなく設定を二人で作った。
自分は、アルにより保護された記憶を失ってしまった調律者。
なぜそうなったか。賊に攫われ、暴力を受け、その時の衝撃で名前以外忘れてしまった。賊を追って来たアルが倒れ伏している自分を保護したというもの。
聞かれない限り、自分が女とは言わないようにとアルよりお達しがあった。
なんだかんだ言っても女であること事態がリスキーな事のようだ。
外見からは少年にしか見えないから問題ないとさ。ははは。
服が手に入れば覆いのついた外套を手に入れる算段だ。
聞いたところ、こちらの世界は髪や瞳の色は千差万別らしい。メンデルの法則はないのだな。親子でも全然違う髪と瞳であることも普通だそうだ。しかし黒髪はいないこともないが、それでも金の瞳というのは稀すぎると。加えて顔立ちも目立ってしまうため、人目は殆どないが、アルに隠れてできるだけ避けるようにする。
都合の悪い部分は、記憶喪失というフィルターでカバー。
常にアルに引っ付いて俯き加減でいるのは事件の後遺症だからということで。
実際は、彼から離れると知識が足りない私は奇異に見えるだろうから。
こうして憐憫と同情を誘いつつ、情報を集め、知識を得ることにする。
あー、三文芝居だ。三文も貰えるか怪しいぞ。
これで騙されてくれるものなのか、世間は。
しかし、この設定を話したところアルは賛成票を投じてくれた。なかなか策士だなとも。
ソウデモアリマセン。お粗末すぎますよ、これ。
***
設定ができたところでまず練習を始めたのが、ラルパのヴィーへの乗り方だ。
このヴィー、気性が自分と合ったのか初対面時より随分懐いてくれた。
図体は大きいが、愛くるしい顔立ちはなかなかに癒されるものがある。
しかしまず鞍に乗る段階から挫折した。サラブレッドサイズのヴィーの背に乗るには勢いをつけ乗るんだが、それが足りない。蛙ぴょこぴょこみぴょこぴょこ、よろしく頑張ったが無理だった。鐙に足を引っ掛けひらり、など格好良くできればいいのに。
ヴィーは察してくれたのか、肢を折り、姿勢を低くしてくれた。いい仔だね、おまえ。
そうして貰えれば低くなった鐙を足掛かりにして鞍に跨ることができた。
なんだか既に疲れたぞ。
やっとこさ、馬(?)上の人になったので、俄か教官を見やると。
アルは、顔を精一杯背けていた。
ですが肩が思いっきり震えているから笑っているのは丸分かりですよ。
まあ情けない姿だったのは認めるが。
「アルヴィンさん、乗れましたよ~。」
ぐふっと変な声が聞こえた。耐え切れなかったか。
「っああ、そうか。多分ヴィーも分かっただろうから今後乗る時はしゃがんでもらえるよう声をかけるといい。」
「はい。」
「御し方は、割りと簡単だ。鞍についている、そうそうその手綱を取って。始めは鐙で横腹を軽く蹴って。速度を上げたければその都度鐙で合図すればいい。速度を落とすときや、止まるときは手綱を引いて。」
ふむ、ほぼ馬と同様と考えてよさそうだ。でも速度を上げられたら転がり落ちる自信があるぞ。
「ヴィー、よろしく。私しか乗ってない時は極力ゆっくりで。」
頼み込んでおく。うむ、分かっているよと視線をいただけた、気がする。
ま、当面は私の靴がないので私がヴィーに乗り、アルが横で手綱を引くか。相乗りしかないんだが。
ずっと二人を乗せるのはヴィーにもきついということだったので。
靴がないせいでアルを歩かせてしまうのはあまりに心苦しい。なので布地をもっと巻いていけば歩けると思うと主張したが、森を抜けてしまえば街道もないそんな場所を素足同然の状態ではすぐ足を痛めると諌められた。
反論しようにもできない…。街道もあちらのアッピア街道みたいに煉瓦などで造られたものなのだろうか。しかし、そんな街道もない辺境では、アスファルトは当然ないし舗装もなし。地面を直に歩くって確かにした記憶が遠い。
「大丈夫だ、俺は慣れている。別にずっと乗っていないと歩けないわけでもなし。幾日かはかかるかもしれないが集落を見つけ靴が手に入ったら存分に歩いてもらうさ。」
「分かりました。」
「トウコは相乗りだが…平気か?」
ん、どういう意味だろうか。
「はい、むしろ一人で乗るよりはずっといいです。」
横を本来の持ち主にずっと歩かれて平気な程、自分は傅かれ慣れてない。普通程度の女性扱いもそんなに受けたことないしな。それならヴィーには悪いが二人乗りの方がずっといい。
「…そうか。それならいいが。私の後ろでも平気か」
「アルヴィンさんの後ろ…」
しがみついて乗れって事か。想像した。
うん、曲がる時に転がり落ちる自分を手に取るように想像できました。
「それだと私、転がり落ちると思います。自慢にもなりませんが運動が苦手でおっちょこちょいですので」
笑い含んだ視線が来る。嫌味に感じないからすごいぞ。
「たしかにな。トウコは体力はあるのに身体を動かすのは苦手か」
「うーん、そうですね、部屋で読書が殆どでしたし。通っていた学校…えぇと学舎では身体を動かす課目は履修していませんでしたので」
「そうなのか。では前に座ってもらうがそれでもよろしいかな、トウコ殿?」
顔を上げて片目を瞑って一言。おおぅ、様になるな。さすが男前。
「よろしくお願い申し上げます、アルヴィン殿」
同じ口調で返す。
こうやって話をして感じるのはアルの世慣れた態度だ。最初は紳士的に過ぎるほどだったのでお堅いのかと思ったが、会話をしやすい雰囲気を作ってくれるし、連れて行ってくれると決まれば説明も筋道立ててしてくれた。
(もてるよ、この人。感じがいい男性で顔と声もいいって反則気味だよなぁ…)
なのでつい、好奇心で聞いてしまった。
「ところでアルヴィンさんはおいくつですか? あ、失礼にあたるならお答え頂かなくても大丈夫ですので!」
「いや、女性から男性に年を聞くのは失礼ではない。逆だと別だが。俺は29になるな。」
なるほど。折角教えて頂いたので自分も伝えておこう。
「私は20ですね。」
そう答えたら、アルは固まってしまった。
ひどく驚いた顔。何か信じられないものを見た時のような。
いや、違うか。何かに慄いた時の表情。
どうしてだろう。
「アルヴィンさん、どうかしました? 20歳には見えないから驚きました?」
こちらから冗談じみた口調で返す。
「っいや、すまん、トウコは落ち着いているからもう少し上かと勝手に思ってしまって…」
年上の方向に驚かれていたのか。切ないな。どうせ老け顔だ。
しかし、それでもあんなに動揺するところだろうか、もう少し程度の差ならアルなら流してしまいそうだし、それを口に出してしまう性質には見えないのに。
それにさっきの表情。
なんだろう、何か引っかかる。
でも突っ込んで聞くのは躊躇われた。
「あぁ、私よく年は間違われていたんですよ。性別もですけど。勘違いされないように髪を伸ばしてたくらいで」
ハハハ。
言っていて切ないが、場の空気は変えておこう。
アルも察してくれたようだ。
「そうなのか? 見る目のない男ばかりだったのだな」
「というより、背のせいも大きかったですね。女らしくもなかったし、日本で私の身長は女性にしてはかなり高いので。だからアルヴィンさんに会ったときはビックリしましたよ。見上げないといけない男性に出会ったのは久しぶりだったから。」
「そうか。」
「まぁ、この状況では少年でも通る背格好だったのは逆に幸いだったのかもしれないです。」
明るく言えば、穏やかな表情が見えた。
アルにはやはりこちらの表情が似合うと思う。
「そうだな。では行くか。」
「はい、アルヴィンさん」
少しだけ感じた違和感は端に置いて。
私は始まりの場所だった白い森を後にした。