13 旅のはじまり
旅は道連れ、世は情け。
アルヴィンさんに同行を許して頂けた。万々歳だ。
ちなみに今着ている服に関しては、確認しましたよ。ここまでくれば腹も括れるというもの。
単刀直入に。
「この服を着せてくれたのもあなたでしょうか?」
とね。いや、まぁ他に人影もないし聞くまでもなかったんだが。聞いてしまえばさっぱりするかと。
返ってきた答えは、疚しい事などけしてないといった風で。
「あぁ、トウコの服はひどい状態だったからな。到底着れる状態じゃなかったし、悪いが全て脱がせて処分した。」
あ、そうですか。
全てって事は下着も、ですね。
うわぁ…。
「お、お手数おかけしまして…。」
「いや、別に構わない。こちらこそやむを得なかったとはいえ、悪かった。」
率直に謝られてしまう。
「いいえ! むしろこっちが…すみません。」
だって、ぼろぼろだった上、風呂もなく森の中を歩き回った身体だぞ。相当汚い状態だったと思う。川で顔とか髪とか濯ぎはしたが大したことはできなかったし。それなのに起きたときには、顔も、身体…も丁寧に拭われて、深かった足の脛の怪我は治療が施され。やはりひどく擦り剥いていた足裏は痛みはしないものの、布地で丁寧に巻かれていた。
見て足しになる訳でもない薄汚れた女を丁寧に手当てしてくれたんだなぁ。感謝で頭が上がらない。ただ、自分とてうら若き乙女だ。男前に晒す羽目になるならせめて身奇麗でいたかった…。もう手遅れだが。
「かなり御見苦しいものをお見せしちゃって…」
むにゃむにゃと呟く。何というか、色っぽくも何ともないガタイのいい女の裸なんか見せて。
「ん? …いいや。むしろ俺には目の保養だったぞ。」
からかいを含んだ視線で笑われた。
…。
……。
「っはっ!? ぅえぇええっ、いやいやいやいや!そんな訳ないじゃないですか!」
吃驚した。
なんだかアルの事、すごくお堅い人かと思い込んでたよ。
しかし、男前って得だ。これが不細工男とか中年男に裸にされた上、この台詞を吐かれたら、一発お見舞いしてやらないと気がすまないけど、そんな気も起こらない。むしろ、自分が恥ずかしい。かぁーっと顔に血が集まるのが分かった。冗談に素直に反応してどうする。
話を変えよう、うん。
「え、ええと。暫くの間ではありますが、とうぞよろしくお願いします。知らない事ばかりですので、無礼に当たる行為があればその場で仰って下さい。こちらからも質問をさせて頂きますが。」
「分かった。そうする。で、今の時点で質問はあるか?」
少し考え、尋ねる。
話の間中、脚を折って待っていたカンガルーもどきちゃん。
「この仔は何という動物なんですか?」
「あぁ、これはラルパという生き物だ。君は見たことがないんだな。気性は穏やかで調教すればかなりの移動ができる。乗り手に合わせることもできる頭のいい生き物だ。こいつ自身は雄で名前はヴィーと言う。二人乗りも可能だが…こういったものに乗った経験は?」
「ええと、このくらいのサイズの馬という生き物には乗ったことはありますが、1人で長距離の移動したことはありません。私の世界では既に形骸化してしまった移動手段になるので。」
旅行で牧場に行ったとき、馬で遠乗りをした程度だ。しかも駈歩ではなくパカポコとした常歩まで。
「そうか。まぁ、ヴィー自身がトウコのことを気に入ったようだし、相乗りなら問題ないだろう。コツはその都度教える。」
「はい。」
「あとは、君の服だな。シーギ・ルドナは比較的温暖だが移動するにその格好では不味い。だが女物はないし…どこか集落があれば都合しよう。それまでは俺の服で申し訳ないが着ていてくれ。」
え゛、この格好のままですか。
「あぁ、それは寝巻き代わりのようなものだ。少し待っててくれ。」
そう言って彼は持ってきてくれたものは、一揃いの衣装だった。
腰丈の生成りの単衣。やはりこれも着物の襦袢に似ている。紐がついているが。前で合わせ、紐を背中に持っていってから前に戻し、結ぶ。更にその上に着る膝丈のはずの上衣。色は濃い萌葱色で端々に意匠だろうか、連続の紋様が銀糸で縫いこまれている。こちらは袖なしで脇は腰下辺りで開くようになっていた。やはり着物の様に合わせ、その上から幅のある帯みたいなもので縛る形のようだ。帯は黒。下は枯色の長いズボン。
アルが着ているものと形は一緒だ。
彼の着ている上衣は葡萄色だ。簡単に着方を教えてもらってありがたく受け取る。
ただ、その中に下着はなかった。
突っ込まないさ。借りられるものじゃなし。しかしこのままだと胸の形が崩れそうだなぁ。ブラはないだろうし。
ハクの木の影に隠れて着替えを済ます。単衣も上衣もズボンも長過ぎた。アルのものだから当然ではあるが。仕方ないので少しでも見られるよう改良する。
帯で留めるタイプで助かった。お端折りをするようにたくし上げ、折り畳んで厚くなった部分を誤魔化すかのように上から帯で巻く。ズボンは裾を折り返して着ることにした。そうしないと裾を踏んで転げそうだったし。
出来上がったのは、どこからどう見ても男にしか見えない自分だった。ある筈の胸も上衣をたくし上げ結んでしまったお蔭でさっぱり目立たない。むしろガタイがよく見える。服の中で身体が泳ぐ?そんな華奢な女の子の素敵台詞吐けたらよかったんだが。
「あぁ、靴がなかったな。調達するまでは少し不便だが我慢してくれ。足はそのまま包帯を巻いておこう。」
「はい。アルヴィンさんからは、私に何か聞きたいことってあります?」
「…トウコは武器を使えるか?」
そりゃそうか。剣が主体である世界だもんなぁ。
しかし自分は立派(?)なインドア派。
身体を動かすのは嫌いじゃないが、注意力は散漫でよく顔にボールをキャッチしていたくらいだ。武道やスポーツは学校で習った以外は経験なし。登山とキャンプはあるけど。
「いいえ、全くです。」
「護身用のものなどは?」
「あー、話すと長くなるので省きますが。私の国は軍を持たないことを法に誓った国です。60年間程は他国から攻め入られる事もなく大規模な内部紛争などもなかったんです。なので一般人は護身という概念すら薄いです。」
「随分と平和な国だったのだな…」
そうだな。他人に言われて改めて思う。こちらで体験した事を照らし合わせても、日本は犯罪に遭う事も少ない方だし武器を持ち歩くことが必然だなんて想像の範囲外だ。なくしてこそ分かるその価値といったところ。
故郷は遠きになりにけり。
「そうですねぇ。言われると実感します。」
「しかし、何も持たないというのも余りに心許無いな…これは扱えるものか?」
出されたのは、アルが果物を剥くのに使っていたのより少し大きいくらいの両刃の短剣。短剣でいいのか?刃渡りは15cm程度。飾り気の少ない、しっかりした作りのもの。少し大きめの包丁…と思えば扱えないこともない。
「枝を切ったり、果物を切ったりとかなら問題ないんですが…これで身を護れというには自信は皆無です。」
そう。
人を傷つける物を、意思を持って相対する人に向け、行動に移せるとは到底思えない。
困惑した表情になってしまう。
「そうか、そうだな。まぁ、用心のためと思って持っておくといい。さっき言っていた理由でも使うこともあるだろうしな。」
そう言われてしまった。手にしたそれはやはり持ち重りのするもの。
願わくば使うような事態に巻き込まれることのないように祈るのみだ。
しかし、危急時に、アルの手を煩わせるという事態は避けるべきだ。足手纏いにはならないよう努力すると言ったしな。
差し出された好意におんぶにだっこは楽だし、幸せのように思う。
が、他人の手に自分の安全を委ねるのはそれだけ選択肢を狭める可能性があるのも事実だ。
ただそれでも、武器で抗するは最終手段という点だけは心に刻んでおく。日本人であることまで放棄はできない。
傷害罪、傷害致死、過失致死。正当防衛、過剰防衛。
頭にある刑法の知識が渦を巻く。
切り替えろ。
自分は日本人だが、ここは日本じゃない。
そう、脳裏に刻んでぎゅっと柄を握る。
「わかりました。お借りします。できれば簡単な使い方も教えてください。」
初期装備は布の服、靴なし、武器は使ったこともない短剣、で完了。
能力はアンノウンなので現時点で数えない。
主人公は冒険へ。レベルは1から、といった具合か。
当面の目標は。
1 アルから常識と生活習慣を教授してもらう
2 調律者の力の概念と、その使い方を覚える
3 帰る方法を探す
目標はもっと高く掲げるべき?そんなもの余裕がある場合に限られる。これでも現状、自分の上限いっぱいまでの目標だしな。というより他に何をしろって。