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光の彼方の音  作者: magnolia
1章 -異質な世界-
12/30

12 問いと答えと交渉と


向けられた至極真っ当な問い。


その声色に思わず姿勢を正してしまう。


先ほどちらりとだけ見えた瞳に宿る鋭さと、有無を言わせない視線。


これは言い逃れは難しい、というか不可能だ。

おそらく嘘をついたとしてもすぐにでもバレてしまうだろう。

なぜって自分は嘘が下手な自覚があるから。

友人知人にも顔にすぐ出るからと言われていた。


覚悟を決めるしかなさそうだ。

ご飯を分けてくれたし、話が済んだ途端、切捨御免きりすてごめんということはないだろう、多分。――ないと思いたい。



諦めにも似た境地で正直に話す。


「…気がついたらこの森にいたことは本当です。でもどうしてここにいたのか、どうやってここに来たのかは私も分かりません。おそらく私がいた国や世界とは違う場所です、ここは。」


その前までは自室で勉強をしていた。ドアを開け、頭痛がしたらここにいたのだ。


「なぜ、そう思う。」


「夜空に浮かぶものから判断しただけです。こちらは二つ大きな丸い天体が見えました。私の世界で夜空に見える大きな天体は一つだけです。それを月と呼んでいましたが。私は日本という国の庶民の家庭で育った学生です。その国では生来は黒髪黒目の人種ばかりです。私もそうでした。ですからいつ、この瞳の色に変わったのかは自分でも分かりません。ただ、森の中で川を見つけ顔を洗ったときに違和感はなかったのでその時点では黒かったのではないかと。」


それと、と続ける。


「こちらで最初に男達に出会ったとき、私は彼らの言葉が全く分かりませんでした。アルヴィンさんの言葉はなぜか理解できるし、通じてもいますが。あの男達の言葉とアルヴィンさんが話す言葉が違うという点は有り得るかもしれないと思っています。ですが私がこうして話している言葉はずっと日本語の筈です。それなのに突如通じるようになった…どうしてなのかは正直不明です。助かりはしましたが。」


「…この大陸、コア大陸にはいくつかの大国や都市があるが基本同じ言語を話す。なまりや地方独特のいんはあるし、言い回しが異なることもあるが。」


この世界にバベルの塔はなかったし、神に砕かれることもなかったって訳ね。


「じゃあ、なぜか突如、私が言語を理解できた上相手にも通じる形で話せるようになったという事になりますかね。奇想天外、摩訶不思議ですけど。ちなみに今の私の言葉はどう聞こえます?」


「俺達の使う言葉で特に訛りもなく標準的なものだとしか。違和感もないが…」


顎に手を当てて難しい顔をされてしまった。

こっちだってそうしたい。いや、言葉が通じるようになった点はいいのだが。


「それと。先程アルヴィンさんが仰った調律者の事ですが。私の世界にそういった存在はいません。別の名称でよければそういった力を持つ人は厳密にいないとも言えませんが…。一般的ではないし、どちらかというと架空の存在です。アルヴィンさんは私のことも調律者だと仰いましたよね?何故ですか。私は、今までそれらしき事はできた試しもありませんが。」



判断基準は何なのか、それが知りたい。


自分でも得体の知らない力が使えるようになっているのなら、それがどういったものか掘り下げて聞かなくては。一般庶民の文系学生が唐突に使えるようになる力なのか、それは。


制限は、副作用は、使用する際の注意事項は。

頭痛薬の裏書みたいなことばっかだが、分からないままでは不安しかないぞ。


考えつつそこまで話したら、アルは聞いた内容を整理するかのように間を空けて、答えを返してきた。


「俺は大陸をほぼ旅しているが、行った国にも、地名にも、ニホンという名は聞いたことがない。それにこの大陸の住人で君の年なら調律者を知らないということはまず有り得ない。ただ、君が調律者、音を使い導くことのできる者という判断は変わらない。若干、規格外のように思うが。」


それから私の瞳に視線を合わせる。


「先程、俺が調律者の力を使ったのは分かったか?」


頷きを返す。


「なぜだ。」


「いや、何故もなにも。火と風が得意で、呪文のような言葉を唱えて何もない所から火が出たらそうだと思いますよ。瞳の色も銀色に変わっててそれにも驚きましたが。あ、それととても綺麗な音の響きが聞こえました。話している言葉と同じでいて、ちが、う、ような…」


あれ、何でそう思ったんだ。ただそう感じた。


「呪文――しるしのことか。まぁ、あれは調律者の力を制御したり増幅したりするものだ。それと瞳の色のことだが、調律者は力を発現する際、瞳の色が銀に変わる。その後元に戻るがな。調律者には、これが最大の特徴になる。」


うん? では私は全く当てはまっていなくはないか?

瞳の色が変わったのは事実だが、黒から黄金色になってそのままのようだし、銀色になってはない、と思うぞ。


「それだけでは、私が調律者である証左にならないのでは?瞳の色は金色になってしまったのは事実です。ですがさらに銀色に変化は…私が寝ている間にそんな現象もあったのですか?」


首を振るアルヴィン。


「いや、君が調律者だと判断した点はそこではない。調律者には同じ力を持つ相手―つまり調律者だが―の力を感じ取れる能力がある。俺はその気配を感じたから、この森にやって来て君に出会った。あの男達は調律者ではなかったし、消去法で君が調律者であると推測した。だがな、」


「推測にすぎないが、調律者が感じ取ったそれをさらに確実にする器具がある。」


服から出す白いもの。

手のひらサイズで、先が二又に分かれている。Uの字に棒がついた形。

アルはその棒の部分を持って、こちらに見せた。


「これは、白木音叉はくぼくおんさという。」


「音出るんですか、それ。」


音叉といわれたからにはそうかと思われるけども。しかしなぁ、自分の世界にある音叉と形がそっくりだが材質が違う。木でできているのに音がするのか?いや、確か備長炭とかは、硬度が高いから叩くと金属音がするって聞いたことがあるけど。


「いや、これだけではどこを叩いても何の音もしない。不思議なことにな。ただこれを調律者が持ち、ある手順をすれば音が響く。」


そう言って、持ち手の部分を私に向けた。


持てってことか。まぁ推測されっ放しというのも居心地が悪いし、これで何も起こらなければ私は一般人ということだ。確認が取れるならそれも悪くない。そう思い、持ち手を握り受け取った。


「身体の前で持って。そうだ」


言われた通り、胸元近くの正中線上に掲げる。


「では、」


彼はそう言うと手を合わせた。伏せた目元が銀に変わる。


「大いなる音。森羅万象をつかさどり、数多あまたのものに充ち溢れしその響き。その音を悟り、導き、こいねがうをこの者に宥恕ゆうじょされるならば、なかだちをもちて、律動刻みしことを至願しがんする。」



抑揚をもって綴られる言葉に。


自分の中が。


共鳴する。


同調する。


澄んだ純粋な音が、身体を、空気を、揺らす。



銀色の瞳と視線が交差する。

自分の胸元。

そこで己が手に握られた音叉は、どこに当てたでもないのに、大気を震わせ音を奏でていた。

鼓膜を揺らすその音に震えるような感動を覚える。



「ぅ、あ…。」



(何で鳴ってるの、これ…? でも綺麗な音だ。とても、気持ちがいい…)



驚天動地の事態なのに、自分に聞こえる音に酔ったような気分になる。奇妙な感覚。


余韻を残しつつも、それはふつりと止んだ。



「…今のが証拠だ。自分でも分かった筈だ。音が」


濃紺に戻した瞳で彼は言った。


「頭に、身体に、響いたのが。」


意識せず、頷く。

痛感させられた。

身をもって知る、ということ。


「ただ、君の瞳の色は力を発現させても変わらなかったな…何故なんだ?」


「私が聞きたいくらいです…」


ようは私も調律者で確定ということらしい。

言語能力の獲得、瞳の色の変化、付け加えて何やら超能力めいた能力の付与。

深夜の通販みたいだ。「さらにはこちらもお付けしてなんと!お値段据え置き!」的な。


(でもさ、この世界を導けとか言われても、どんなものかも知らないぞ。それにそんな力をホイホイ異世界人に許したらいかんだろ、どなたか知らんが、神様か何か様!!)


変な方向にツッコミを入れたくなった。


「まぁ、トウコはどこか違う所から来たというのは信じ難いが嘘を言っている訳ではないようだしな。そこに理由があるのかも知れん」


「え」


「君は思っていることが顔に良く出る。初対面の俺でも分かるくらいには、な。」


くっくっと低い声で笑われてしまった。

友よ、君の言っていた通りだったよ。法律関係の仕事目指してるのにそんなに分かり易かったらだめだろう。…腹芸の一つや二つや三つ――こなせるようになろう。


「力の使い方はまだ殆ど分からないだろうな」


「そりゃもう。自覚したのはついさっきですよ?」


そもそも自由に使えるのか、これ。よく分からん。


「能力が判明した者は、使い方を学ぶため音律堂ジャイダキアに連れて行くのが通例なんだが…」


アルは暫し逡巡するかのように、言葉を切る。


「君は規格外に近い。力はあるのに瞳の色は変わらず、違う世界から来たという。今までそんな話はついぞ聞いたことがない。このまま音律堂に行っても、何も分からないだろう。」


確かに。音律堂とやらは研究所とか、養成所みたいな所か。そんな集団生活をする場所で自分の異端っぷり(異世界から来ました☆)を披露して回るほど、自分は酔狂な性質たちじゃないぞ。


「違う世界から来た人って過去にもいないんですか…。」


「古い伝承の頃くらい遡ればあるかもしれないぞ。」


慰めにもならない。神秘性を強調するため、誇張されている可能性がほぼ100%じゃないか。

それに、アルは私の話を聞いて理解を示してくれたが、この反応はかなり珍しいのでは。自分が現代社会にいた時に、異世界から来ました!とかいう人がいたら近寄らず無視する、確実に。


だが彼は、窮地を救って、介抱してくれ、怪しい点満載の今でも危害を加える気配はない。

男性なので、自分が少し構えてしまう所はあるけれど。

かなりな安パイ。


しかも彼も自分も調律者。


ここは一つ。


「…そういえば、アルヴィンさんはお仕事中で旅の途中って仰ってましたよね。」


「あぁ、そうだが。」


「で、アルヴィンさんはえぇと音律堂で調律者としての力の使い方を学んだ、と。」


「あぁ、」


「でしたら。私を暫く一緒に連れて行ってはくれませんか?」


「は!?」


「いや、何も知らないまま組織だった場所に行くのは私もですし、多分向こう側も困るのではないかと。私のこと、規格外とアルヴィンさんも仰ってましたよね。でも、置いて行かれるのももっと困ります。この森が大陸のどこにあるのか、どの辺りに人がいるのかも分からないですし。家なし、服なし、食事なしではせっかく助けて頂いたこの命も、風前の灯同然です。」


「しかし、」


「アルヴィンさんは調律者だから、私に力の仕組みや制御の方法を教えることも可能ですよね。旅をされているから地理やこの世界の情勢もお伺いできそうですし。一般常識も教えて頂ければ…。ずっととは言いません。こちらの世界で、辺境で見つかった調律者として振舞えるくらいになる間だけでも。それくらいできれば音律堂でしたっけ、そこに連れて行かれても何とかなるんじゃないかと。どうかお願いします。」


一気に捲くし立て、頭を下げる。

あ、この動作通じているのか確認してなかったな。


図々しいのは百も承知だ。だが、この土地で出会った人物全員が帯刀していたことからしても、銃刀法はないだろうし、物騒な世の中なのは確実。そこを自分だけで切り抜け、親切で裏心のない村人Aを見つける?平和な日本でのほほんと暮らしていた上、運動音痴で装備なしの私には到底かないっこない。LV3でラスボスに挑戦くらい、無理・無茶・無謀だ。


彼の騎士道精神と、おそらく腕も立ち、未知なるものへの理解を示せる度量。そこに縋るしかない。



「…無茶を言う。」


呆れたような声が降ってきた。

くそぅ、駄目か。

仕方ない、今まで使う機会がなかったが彼になら自分でもできる、あの技を繰り出そう。


小首を傾げ、上目遣い(ココ、ポイント)。おぉ、この身長差だと座ってても可能だ。今までしたことなかったけど。そして思い詰めて心底困っているという瞳。事実だから嘘でもない。これで瞳を潤ませれば完璧だったが、そこまでのガラスの仮面は被れなかった。



「どうしても無理ですか? 足手纏いにはできるだけならないように努力します。一度した失敗は繰り返さないようにしますし、できることは率先してします。野宿も平気です!」


「…俺は男だが。」


「はい! それが何か!」


勢い良く返す。確かに男と二人旅。貞操の危機はあの3人組に襲われかけた時の比ではない。しかし、アルは男前。声もよく物腰も居丈高なところもなく、背格好もいい。わざわざ怪しい素性の女に手を出す必要があるとは思えない。というか、私を襲おうとする奇特な男がいるとは、こっちの世界に来るまで想像もしてなかった。


まぁ、もうオトメな訳じゃなし、身の安全と明日の糧のためなら割り切ってもいい。複数とかは勘弁だが。この人が、救った女を女衒ぜげんに売り渡すほど非情ではないと理解したしね。


じぃっと見つめ続けることしばし。

彼の口から、長い長いため息が漏れた。


「危害を加える気はない、といったのは俺だったな…。」


濃紺の瞳とかちあう。


「確かに調律者と確認できた君を置いていくわけにはいかない。それに、音律堂に連れて行くにも距離もあるし、君の事情を考えればすぐは厳しいな。」


首をこくこく縦に振る。


「しかも、ここから人里は遠いし、あっても小さな村だけだ。そんな場所まで君一人でのこのこ出ていくのは不味い。髪と瞳もそうだが、君の顔立ちは目立つ。」


あ、そうですか。日本人にしては目鼻立ちがはっきりして、キツイ顔立ちとか、男顔とか言われていたが。欧米種の人ほどではないから当然か。こちらの人はゲルマン民族とかあっち方面の容貌が主体のようだしなぁ。無理もない。


「俺の仕事は、ある一族の存在の確認と交渉の場を設け、情報を入手することだ。」


…密偵みたいなお仕事ですね。私に話して大丈夫ですか、ソレ。

そう思ったのがまた顔に出たらしい。嫌そうな顔をされた。


「裏から嗅ぎ回って、情報を掠める訳じゃない。そもそも伝承にしか残っていない幻に近い一族だ。その場所も曖昧でね。俺はそれを探し出して、話を聞くために北の辺境を旅していた。」


「そうなんですか…」


結局、連れてってくれるのか? 相槌を打ちつつそんな事を思う。


「かの一族は今は秘された存在だが、調律者としての力は群を抜いた存在で、長い歴史に名を残す程だ。もしかするとトウコ、君自身の力についても知ることができるかもしれない。」


期待に目が輝く。規格外とか言われてしまった自分の能力や変化した瞳の色。帰る手段の有無。それを知ることができるかもしれない。それは大きい。期待以上だ。それにこの話を聞かせてくれるということは!


「で、では一緒に付いていってもいいですか!?


「致し方ないといった所だ。他に案もない。だが最近はこの辺りも荒れてきている。物騒な目にまた遭うかもしれないぞ。」


物騒。何てよろしくない事柄を大量に想起させる単語だろうか。

それでもだ。


「でも、私一人ではどうしようもないんです。それならアルヴィンさんの側がいいです。」


ヘンな顔をされた。言い回しがよくなかったか?


はぁ、とやはり溜息をついて彼は前髪を掻き揚げた。


「これも何かの縁だしな。分かった。暫くの間は共に行こう。」


(よっしゃー!!)


心の中で快哉を上げる。

せっかく掴んだ藁の一本。離さずに済んだぞ。


その場凌ぎ? 

確かにそうかもしれない。

ただ明日をも知れないこの身。知らない世界。未知の環境。宿った力。

分からない事ばかり増えていく中で、また一人に戻るのは嫌だったのだ。




主人公、生来の口八丁を発揮です。

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