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光の彼方の音  作者: magnolia
1章 -異質な世界-
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11 生存欲求


瞬きしても、擦っても、何度見直しても、瞳の色は変わらなかった。


お手軽、簡単。あっという間にあなたの雰囲気変えて見せます☆

そんなカラーコンタクトのCMキャッチコピーみたいなのが頭に浮かぶ。


「何だってこんなことに…」


さっきの雄叫びと共に醜態を晒した事実からの逃避も兼ねてつぶやく。

言わなくていい事も口走った気がする。いや、確実に言ってしまった。

瞳の色が変わるってこっちの世界では一般的な部類に入るだろうか。

それはそれでイヤな感じだけど。

あぁ、とかうぅ、とか呻き声か唸り声かどちらとも判じ難い声を洩らし、気付いたらその場でうろうろ足踏みしていた。


「…おい、大丈夫か。少し落ち着け」


アルが後ろから声をかけてくる。こんな時に聞いてもいいお声だ。


しかし、


「っ~~!! これが落ち着いていられますかっ!」


くわっと叫んでしまう。


だが叫ぶ元気があったのもそこまで。

体力を消耗した上に何も食べてなかった。

ヘナヘナとその場にへたり込む。

いけない、空腹は最大の敵だ。

脳に回す糖分が足りないからろくな思考に至らない。




しかも。

 


しかもだ。



その時、



私の思考を無視し、場の空気をも無視して。



自分の腹の音が泉のほとりで派手に響いた。








 ***






とりあえず何か食べよう、とアルより提案があった。

腹の音に関して指摘はありませんでしたよ。

えぇ、紳士的な態度を貫かれるようです。

ちくしょう、私のお腹の馬鹿。

どうしてこう自己主張が激しいんだ。

大学の講義中も鳴って困らせてくれてたが。


足を抱えて縮こまってしまいたい。

だが下着を穿いていないことを思い出した。

慌てて足を伸ばし、膝頭を揃え座る。


裸と下着と腹の音と。

異性に見られたり聞かれたりして最も恥ずかしいのはどれだろうか。

全てコンプリートしてしまった自分は関係ないか。


ぼんやりとアルに視線を向ける。


草地にしゃがんで食事の準備と火をおこす作業をしているから、顔が近い。仰向かないと見えなかったそれがよく見える。


濃紺の髪と濃紺の瞳。

前髪で隠れていたが、作業に邪魔だったのか掻き上げたお蔭でその容貌かおが露わになっている。


彫りは深いがくどくない顔立ち。

肌は少し日に焼けている。

薄い唇。切れ長の目元。

色味のない頬。シャープな顎のライン。

声だけでなく顔も良かったのですね、アルヴィンさん。好みもあるのかも知れないが、甘さのない精悍な顔は率直に言って男前だ。


そんな事を考えていると、アルが組んだ枝の前で手を合わせるのを見た。

もういただきますなのか。早いな、と思ったら。


「世界を成さしめる全ての音よ。その力もちて、熱と明かりを宿すほむらを顕現せしめんことをここに願う」


彼はそう音を紡いだ。


美しい響きの音。周囲の雰囲気まで変わる。

揺れる空気、広がる波紋、導かれ集う『力』。

疑問に思って当然のことを、どこか自然なことと感じる自分がいる。


それと同時にアルの瞳の色が変わっていく。

濃紺の瞳から、輝きを宿す銀色へ。



(ぅひょおっ!? やっぱりこっちの世界は瞳の色が変わるのが普通なの!? だったら驚かずスルーしとくんだった!いやでもそれは無理!びびったもん!)



彼の前の枝にはゆらりと赤い火が点り、ちろちろと広がっていった。

ぜる乾いた枝の音が耳に届いてはっとする。


取り乱した上、突如現れた炎を凝視していた私をいつから見ていたのか。彼は濃紺に戻った瞳に先ほどまではなかった鋭さを宿し、自分を見ていた。彼に視線を向けると、それはふいと消え、「飯にするか」と彼はのたまった。



まずこれを飲むように、と彼はそう言って樹の椀を差し出した。

それは草の根っこと葉を磨り潰して湯で煮たものが入っている。


でろりと茶褐色の。

…これ、食べ物ですか?

あぁ、薬湯やくとうですか。

なぁるほど。

いや、だって食べ物じゃない異臭がするんだもの、これ。

見かけから半ば覚悟しつつ喉に流し込む。


…苦い。苦いよ。想像を超えて遥かに。


いつか中国茶のお店で飲んだ苦丁茶クーディンチャもびっくりな。だが、我慢して飲む。彼曰く、水分は果汁を布に含ませ、取らせていたそうだが、ほぼ断食状態で腹に物を突っ込むのは不味い。


頑張って飲み干した。良薬口に苦すぎる。



それから渡されたものは真っ当なものに見えた。

携帯食らしい、煎った穀物を押し伸ばした外観のひらべったいパンに干し肉らしきもの(何の肉かは突っ込む勇気はなかった)。それと先ほどアルが森から採ってきたアケビのような赤紫色の果物。あれ食べられたのか。色からして警戒してしまった。私に先に食べていいと勧め、彼はその果物の果皮をナイフでいていく。手馴れたものだ。



熱い湯と共にパンを咀嚼そしゃくする。感想はほんのり塩味のするオートミールクッキー。歯応えがいい。ゆっくりとそれでいて黙々と口に入れる。久しぶりの食べ物。美味しい。幸せだ。

それから干し肉に手を伸ばす。空腹は未知への恐怖も凌駕した。まず端っこを齧る…これも美味しい。てっきり肉の味しかしないと思っていたが。何だろうこの食べたことのある味わい。あ!あれだ、ビーフジャーキー!少しいぶされた香りと、塩と香辛料も使っているのか噛めば噛むほど独特の旨みが口に広がる。



急いで食べてはいけない。

せかす胃袋をなだめつつ、顎が痛くなるくらい噛みまくり、合間にお湯を飲んだ。



 かじかじかじかじ。

  ちびちびちびちび。 

   もぐもぐもぐもぐ。

    


はふ、と声が出る。うん、食事は大事だ。



「食欲はあるようだな」


笑い混じりの声が聞こえた。果物は剝き終わったのか、大きな葉の上に一口大に切られた実があった。差し出されたので、お礼を言いつつ受け取る。汁気たっぷり。酸味のきいた実はシャクシャクとした歯ざわり。甘酸っぱい梨みたいだ。


お腹が落ち着いたところで、アルに礼を言おうとしたら、彼が先に口を開いた。



「で、君は何者だ。トウコ」



読んでいただき、ありがとうございます!

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