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光の彼方の音  作者: magnolia
1章 -異質な世界-
10/30

10 変化

顔を上げたら、穏やかな表情があった。


「俺はアルヴィン。アルヴィン・ウル・グラークという。」


彼はそう私に自己紹介をしてくれた。

どうやらこちらの世界の名前は横文字っぽい響きのようだ。

となると。

すでに私の場合、名前からしておかしいことになる。

馬鹿正直に正体を明かすつもりはないが、どうしたものか。

だが、向こうが名乗ってくれたにも関わらずこちらが答えないのは幾らなんでも礼儀にもとる。

とりあえず、頭痛がして気が付いたらここにいました、という点は伏せておいて、相手に倣って、名前を伝えることにした。


「私は、ささら董子とうこと言います。」


「ササラ・トウコ。ではトウコが家名なのか」


「あ、いえ。ササラが家名です。トウコが私の名前になります。あの、アルヴィンさんとお呼びしてもいいですか」


これには苦笑があった。


「何とでも呼びやすいように呼んでもらっていい。俺も君のことをトウコと呼んでも構わないだろうか?」


頷く。他にも聞きたいことが山ほどあるが、先手を打つには情報が足りない。向こうが話してくれるまで待とう。起きられたとはいえ、身体がまだだるい。運動不足がたたったか。今話したらボロが出そうだ。


現状分かっていることは。


自分が生きていた場所(太陽系・地球・日本)とは違う場所にいるということ。

根拠は、夜空に浮かんでいた二つの衛星の存在だ。

白銀に輝く月と、青銅色の月。

もう一つは、ここは人の住める環境だということ。

しかし太陽系に居住型惑星は今のところ、地球以外にない。

さらに地球に衛星は一つしかない。



よってここは異世界か、他星系の惑星ということ。

有り得なさではどっちもどっちだ。しかし、突然言語が通じるようになった訳は依然不明。




遠い目をしてしまいそうになる。うふふあはは。

帰る方法はあるのだろうか。また頭痛がしたら帰れるとか。そんな馬鹿な。


「君はなんだってハクの森に?」


そう、彼から問いがあった。成程、ここはハクの森というのか。


「ええと、正直どうして此処にいるのか、私もさっぱりなんです。アルヴィンさんは旅の途中でここに寄られたのですか?」


カンガルーもどきちゃんに括られた荷物は大きく、彼の風貌も定住して暮らしている風には見えない。旅慣れた雰囲気がするから。


「そうだな、俺は調律者だから。今は仕事のついででここを通りがかった。」


何 だって?


「あ、あのう。つかぬ事をお伺いしますが。調律者っていわゆる音を調律する?」


ピアノを習っていたので、調律は分かる。時々調律師のおじさんが家にやってきてメンテナンスしてくれていた。しかし、それが専門で旅をする?そんなに楽器の普及している世界なのか?



「そうだな。知っているかと思うが世界を成す音を調律し、導くのが仕事だ。まぁ、俺の場合、今はさしたことはできない。得意なのは火と風でね。治癒が得意であれば君の頬の腫れも治してやれたんだが。」


あぁでも、と私の顔を見て続ける。


「冷やしたのが良かったかな。大分腫れは治まっている。」


いかん。向こうさんの認識とこちらの認識に大きな齟齬そごがあるぞ。

私の思う調律師と、こちらの世界の調律者、これは全く違う存在のようだ。

だって楽器を調整する人が、火と風が得意で、治癒が苦手って意味が分からない。


つまり、調律者っていうのは超能力者、いや魔術師といったらいいのか。そんな存在の様だ。

おおぅ、現代日本の資本主義プラス科学至上主義の世界で生きてきた私にはカルチャーショック過ぎる。



アルヴィンさん、ええぃ、慣れない発音の名前は辛い。脳内ではアルと呼ぼう。

アルは無念そうな視線をこちらに向けた。


「旅の途中で襲われた集落を見て、犯人を追ってこの森に来たのだが…君にも助けが間に合わず辛い思いをさせた」


物凄く申し訳ない風に言われた。

…なんというか、騎士道精神に溢れた人だ。こんなガタイのいい得体の知れない女を助けてくれただけでも十分だ。何でそんなに気に病んでいるのだろう。


「いえ、本当に危ない所でした。それでも今こうして生きていますし。それだけでも十分です。あ、あとそのう。私を襲った男達はどう、なったのでしょう…?」


なんでかって?自分の身体の下に引いたコートが黒く変色しガビガビになっていたから。乾いていたがあれは血の色だ。身体はだるいが私の血ではない。アルは武器をお持ちのようだし、撃退してくれたのだろうか。


しかし、これに対する応えには、随分間が空いた。


「…そうだな。もうここにはいない。心配しなくていい。」


そう答えてくれたが、詳しいことは突っ込めなかった。

だからできるだけ明るく答えた。


「そうですか! それなら一安心ですね。でも、この辺りはああいった手合いが多くいるのでしょうか」


「いや、この国でこういったことは滅多になかったよ。近年は増えてきてはいるが…。俺からも質問してもいいか。」


向こうも聞きたいことがあるようだ。それもそうか。

だが、答えられる項目は少ない。慎重にいこう。慎重に。


「はい。」


「君も調律者のようだが…そのためにシーギ・ルドナへ?いや、それなら確認した調律者が一緒か。逸れたのか?」


「…は」


「それに黒髪はまだしも金の瞳というのは俺も初めてみるが。随分遠方から来たのか?」


「……は?」


間抜けな声が出た。

初っ端から答えられないことと、意味不明な単語の大盤振る舞いいだ。


遠方から来たというのは、言い得て妙だ。国どころか世界か何千光年か飛んでるかもしれないから。


しかし、私が調律者=超能力者? 

今までスプーン曲げもできたことありませんし、心を読むこともできませんが。

現代日本人として空気を読むことはできますけれども。


逸れたも何も自分は身一つでここにいた。連れはいないし、こちらで出会ったのは3人組の男達とアルだけだ。


さらに私が黒髪。

これは分かる。奨学金で大学に通っているのでケチって髪は染めてない。

しかし、瞳の色が何色だと?生まれてこの方、黒目であった記憶しかないんだが。金色と仰いましたか。どういうことだ。よく分からない内に言葉が通じるようになったが色の表現が異なるのか。いやいや、それなら髪の色も違う表現になるんでは。


思わず自分の顔を手で触る。寝汗をかいたのか少しべたつき、顔をしかめてしまった。

アルはその様子を見ると、


「…すまん、まだ起き上がれるようになったばかりだったな。少し先に湧き水の泉がある。顔は拭いておいたが気になるだろうし、ついでに洗ってくるといい」


気遣いができる人でよかった。返事に詰まってしまったので渡りに船だ。そうさせて貰おう。ついでに自分の顔も確認しておく。何だか嫌な予感しかしないが。しかし嫌な予感ほど当たる。うぅむ。


礼を言いながら、アルが指で示してくれた箇所へ草を踏みしめていく。

すると確かに小さくはあるが泉があった。滾々こんこんと湧き出ているのか、遠目からでも下からは小さな気泡が中で踊るように上へ移動しているのが分かった。時折ゆらゆらと水面が動くが、澄んでいて十分鏡代わりにできそうだ。



覗き込むのにしばし躊躇ためらう。

唐突に分かるようになった言葉。金色になっているという瞳。


(転がり込んだだけじゃすまなかったのかよ…。)


そんな事を考えながら、目を閉じたまま水面ににじり寄って、おそるおそる瞼を開けた。


「っひぇ…」


漏れた声は自分でも笑えるくらい、情けないものだった。


髪は黒だ。

顔のパーツも20年付き合ってきた自分のもの。

でも、瞳の色が。

とろりと陽に透かしたような琥珀、それよりももっと明るい光を含んだ黄金こがねの色。

そんな色が、平々凡々で日本人顔の自分の中に在った。


「んなっ、なっ、何じゃこりゃー!!」


思わず女らしさのカケラもない、雄叫びをあげてしまう。


「っどうした!?」


聞きつけたのか、後ろからアルが駆けてくる。


「へっ、変です! 私の瞳!黒かったのに! なんでこんな色にっ!?」


怪しまれるか、頭がおかしいと思われかねない発言をしてしまう。

取り繕うべきかも忘れていた。

だがそれぐらい、恐慌状態だったのだ。



風景が変、世界が変、生き物が変、最後は自分も変ときた。

あぁ、普通って何だったっけ。




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