ヘアサロン“ピカソ”
“ピカソ”なんて洒落た名前だが、実際は白髪の爺さんが一人でやってる昔ながらの床屋だ。まあ、田舎あるあるだな。
俺は小学生の頃から通っていて、もう二十年以上の常連だ。
最近、そのピカソで気になっていることがある。
店の入口横の看板に、いつの間にかある絵が描かれていたのだ。
線の細いイケメンが、程よくセットされた今風の髪型で微笑んでいる。
──店名以上に店に似合ってない。
何せこの店では、どんな注文をしても最終的にはスポーツ刈りになる。
高校時代、流行りの髪型をリクエストしたら、角刈りにされた挙句「これがツーブロックだ」と言い張られた。
それ以来、もうずっと観念してスポーツ刈りにしてもらっている。
ある日、散髪中に話題が途切れた隙を見て、それとなく聞いてみた。
「入口の絵、カッコいいですよね。あれってどうしたんですか?」
「お、見てくれたか。孫が描いたんだよ。美大に通っててね」
──孫?
もしかして美咲ちゃんか。中学の時に何度か話したことがある。
確かに、絵が上手いと評判だった。
なるほど、謎は解けた。
だが、それはそれで、また別の疑問が浮かんでくる。
……あれって、広告詐欺にならないか?
いくらなんでも、あんな今どきの髪型がこの店で再現されるわけがない。
客層だって、俺を含めてスポーツ刈りか角刈りばかりだ。
そこで俺は、ちょっと意地悪な冗談を言ってみた。
「じゃあ、次はあの絵みたいな髪型にしてくださいよ」
ところが爺さんは、真顔で答えた。
「何言ってんだ。あれはいつもお前にしてやってる髪型じゃないか」
──とうとうボケたか?
そんな俺の表情を見て、爺さんが訂正する。
「あ、逆だ逆。あれは、美咲が“お前をモデルに”描いたんだよ」
──は? 俺? あのイケメンが?
いやいや、ありえない。
俺の顔は鼻がやけにでかくて、口も飛び出しているし、左右で目の大きさも違う。どう見てもイケメンじゃない。
「からかわないでくださいよ、じいさん」
俺が笑うと、爺さんは首をすくめてこう言った。
「美咲のやつ、店の名前に影響されたんだろうな。お前の顔を“ゲルニカ風”に描いたんだとよ」
──ゲルニカ。
なるほど、顔のパーツがアンバランスな俺を、ピカソ風に描いたら逆にイケメンになるのか。
妙に納得しながら、俺は鏡の中の“いつもの”髪型を見て、苦笑いした。