1ー2 子の誕生
甘夏市大病院。分娩室から産声が聞こえる。その声は廊下まで響いてくる。赤子は、花梨に抱かれていた。秋桐も、感極まり、涙する。そして、大きな腕で花梨と赤子を抱き締めていた。助産師と看護師も手をパチパチと叩いて、赤子の誕生を祝福している。秋桐の母である、椿と花梨の母である、蘭も付き添っていた。初めて誕生した孫を見た瞬間、二人は抱き合って喜んでいた。
「よく頑張ったわ、花梨。これから、本当の結婚生活の幕開けよ。辛いこととかあれば、私にいつでも相談して。秋桐、あんたは、本当バカだけど、絶対に花梨を泣かせないようにね。花梨、秋桐に幸せにしてもらいなさい。花梨は、私の大切な娘でもあるんだから」
「花梨、よく頑張ったわ。貴方は、次のステージに一歩踏み出すのよ。でも、育児は大変よ。2人は初めで、苛立つこともあるかもしれないわ。でも、そんな時こそしっかりこの子に寄り添ってあげるのよ。秋桐、どうか花梨と、一緒に嫌な事も乗り越えてあげて。それは、貴方にしか出来ないのだから」
椿と蘭は、いくつもの困難を何度も乗り越えてきた人生の先輩として、秋桐と花梨に、エールを送る。そして、約束をした2人で赤子を幸せにすると。
一方、分娩室の外では戦いが繰り広げられていた。それは、一刻でも早く孫の顔を見たいと争う祖父達であった。祖父達は、椅子に座り、分娩室の扉が開いた瞬間、立ち上がれるように椅子から少し腰を浮かせていた。
「桧さん、わしはこの為に頑張って瞬発力を上げてきた。だから、お前さんよりわしが孫の顔を早く見る」
「なぬっ、なはは、樹節さん。わしに勝てると思うかね。わしは、1秒でも1センチでも腰を椅子から浮かせるように、練習して来た。見せてやるよおおお、孫の愛ってやつをおおおおお」
「なぬうううううう」
他の人に聞こえないくらいの、掠れた声で言い争っていると、2人は後ろから頭を叩かれた。2人は、汗を出しながら後ろを恐る恐る振り返ると。桧の後ろに蘭。樹節の後ろに椿が、鬼の形相して佇んでいた。妻には聞こえていたようだ。
「病院ではお静かに」「病院ではお静かに」
蘭と椿の声が重なる。妻に怒られ、静かになる桧と樹節だった。蘭と桧は、花梨の両親であり、椿と樹節は、秋桐の両親だ。夫を見張る為、妻は、後ろに立ったまま仁王立ちしていた。
「樹節さん、わしは毎日星に願いをかけていたんじゃ。花梨に何もないように。と言う事と孫が健康に生まれてきますようにと。だから、お前さんには、わしより早く孫の顔を見る権利はない」
「だからと言ってな、桧さん。わしは遠慮はしないんよ。毎日星への願いをかけたとか全く関係がない。大切なのは、どっちの孫への愛が強いかと言う事じゃ」
「樹節」「桧」
妻達に同時に呼ばれ、同時に振り返ると、強烈なビンタを食らった。2人の左頬にはビンタの痕が赤く残った。2人は、左頬に手を当て、シュンとまた落ち込んだ。樹節と桧の声も重なる。
「痛い」「痛い」
「大人気ない、桧も、樹節さんも」
「少しは静かになさい」
そして、分娩室の扉が開きやっと秋桐と花梨が出てくる。助産師に付き添われながら花梨は、腕の中に赤子を抱いていた。樹節と桧は、我先にと行くから立ち上がる。蘭と椿は、ため息をつ吐く。
「わしの孫や、可愛いな...。花梨よく、頑張った」
「秋桐、花梨ちゃん、しっかり子育て頑張るんだぞ」
「ありがとうございます。お父さん、お義父さん」
樹節と桧の目はキラキラと輝いていた。その目を浮かべていた。祖父にとっても、祖母にとっても初孫誕生の感動は変わらない。
「と言う事で、花梨。わしにその子を抱かせてもらえないかね」
桧が花梨に両手を差し出す。だが、その両手を樹節は、叩いて引っ込ませる。
「何を言ってるんだね。わしが先に抱かせてもらうよ。わしは、しっかり赤子の抱き方を人形で練習してたんじゃ」
「いやだめじゃ。お前さんより先にわしが、赤子を抱く権利があるんじゃ」
「このくそじじいなに言ってんだか」
「なんやと、くそじじいとはそっちや」
桧と樹節は、声量をできるだけ抑え、言い争いをしていた。桧と樹節が気がつくと、花梨達は既に何処かへ行ってしまった。桧が、先に歩き出す。
「待ってくれえぃ、花梨や〜」
「わしを置いてくな、桧さんよぉ」
花梨と赤子が回復室にいる間、秋桐達は、待合室にいた。秋桐は、椅子に深く座り込み、背もたれに体を預け、天井を見上げる。
「花梨大丈夫かな...」
秋桐は、呟いた。椿は、秋桐の隣に座り、秋桐の肩に手を置く。
「大丈夫。アンタって意外と、馬鹿なとこあるけど心配なのね。花梨ちゃんは、強いから大丈夫」
「だよね、母さん」
そして2時間経過した頃の事だ。看護師が秋桐達の下に来た。看護師が来た事に気が付き、我先にと赤子の元へ行く為に、椅子から腰を浮かせる樹節と桧。
「桧さん、ここでさらばじゃ。わしが先に花梨ちゃんと、孫に会いに行く」
「ふっ、このくそじじい。わしが花梨と孫をお前さんより先に笑顔にさせる番じゃ」
「花梨さんのご家族様、お待たせいたしました。母子ともにご健康です。ただいまから、面会を開始させていただきます」
看護師は、ニコニコしながら家族に伝える。花梨が健康と聞き、秋桐は、安堵して肩を下ろす。樹節と桧は、椅子から立ち上がり、屈み、右足で跪き、両腕を床に起き、お尻を突き上げる。
「祖父のお二方、気持ちはわかりますが、病院内は走らないでくださいね」
「大丈夫、そっちのくそじじいは走る姿勢だが、歩く姿勢だから」
「どこがや、だがわしはこのくそじじいには負けんぞっ 」
蘭と椿は、暴走仕掛けてる夫達に頭を抱える。秋桐は、そんな親達の光景を見ながら、心が少し軽くなる。
「ごめんなさいね、看護師さん。貴方も疲れてるみたいのに、こんな変な光景見せてしまって申し訳ないわね」
蘭は、看護師に頭を下げる。看護師は、笑顔で頭を横に振る。
「い、いえ。そんな事ないです。こんな良いおじいちゃん達に愛されて、お孫さんとっても幸せだと思います。花梨さんも、子どもを愛してくれて嬉しいと思いますよ。で、面会の順番ですが、どなたから先に向かわれますか」
「はいっ」「はいっ」
看護師の言葉に、桧と樹節の声がまた重なる。2人は元気に右手を挙げた。桧と樹節の目は、キラキラと輝いていた。そんな夫に妻は、またもや呆れる。
「いや、秋桐から行くのが常識ってもんでしょーが。秋桐から行ってあげるのよ」
椿から、ツッコミが入る。椿と蘭は、樹節と桧が暴走しないように、服の襟を掴む。
「は、はい」
秋桐は、蘭と椿の迫力に、圧倒される。静かに椅子を立ち、看護師に案内され、面会へと向かった。
現実の病院では絶対もっと静かになりますし、看護師さんとかから厳しく注意になるとは思いますが、沢桔梗家の祖父母達はギャグ担当と言う事で。この作品上、唯一のギャグ担当一家です