聖女じゃないのに正常じゃない日常4-聖女じゃない私と迷子のドラゴン
私はレイラ。
聖女じゃないけど、なんか最近「聖女扱い」されることが増えている。
魔法が少しだけ使えるだけの田舎の平民なのに、なんでだろうね?
「レイラ、大変だ!山でドラゴンの子どもが泣いてるらしい!」
村の広場で干し草をまとめていた私は、青年ボーナムの声に顔を上げた。村人たちも集まり、ざわついている。
「ドラゴンの子どもが?」
「そうだ!泣き声が村の外れから聞こえるんだ。誰かが山を越えて様子を見てくれないと、村が危険かもしれない!」
村人たちは口々に「誰が行く?」と押し付け合っている。もちろんドラゴンなんて恐ろしい生き物に近づきたくないのは分かる。
「レイラなら……聖女様ならどうにかできるだろう?」
「いやいや、私は聖女じゃないんですってば!」
言いながらも、村人たちの怯えた顔を見ると断れなかった。確かに、ドラゴンが暴れれば村は壊滅だ。様子を見るだけなら大丈夫だろう――多分。
「分かりました。行きますけど、見てくるだけですからね!」
村の外れにある山へ向かうと、すぐに不思議な声が聞こえてきた。それは高く甲高い音で、まるで子犬が迷子になった時の鳴き声のようだった。
「本当にドラゴン……?」
緊張しながら山を登ると、大きな岩の陰に小さな影が見えた。近づくと、そこには全身が鱗に覆われた小さなドラゴンがうずくまっていた。
「本当にいたんだ……!」
子ドラゴンは私の気配に気づき、ギュッと体を縮める。その目には怯えの色が浮かんでいた。
「怖がらないで、大丈夫だよ」
私はそっと手を差し出した。子ドラゴンは警戒しながらも、手に握られた干し肉の匂いを嗅ぎ、慎重に口をつける。そしてそれを食べると、少し安心したように小さく喉を鳴らした。
「迷子になっちゃったの?」
子ドラゴンは小さく鳴いて頷くような仕草をした。どうやら親とはぐれてしまい、ここでじっとしていたらしい。
「そっか、心細かったんだね」
私は子ドラゴンを抱き上げ、周囲を見回した。親ドラゴンが近くにいるならすぐ分かるはずだ。ドラゴンは大きくて目立つし、何よりその気配が特別だ。
「でも、どこにもいないね……」
仕方なく、私は子ドラゴンを連れてさらに山を登ることにした。途中で子ドラゴンが歩きたがるので降ろすと、彼(勝手に彼だと思っている)は時々私を振り返りながら嬉しそうに歩いていた。
「お母さんを探そうね」
しばらく山道を進んでいると、突然、茂みがざわめき始めた。直感で何かがいると感じて立ち止まる。
「……何か来る?」
振り返ったその瞬間、森の奥から巨大な影が現れた。親ドラゴンだ。体は岩のように頑丈そうで、全身に刻まれた傷跡がその長い年月を物語っている。その目は鋭く、こちらを威嚇するように光っている。
「ひゃっ……!」
私は思わず後ずさりしたが、子ドラゴンが私の足元から親ドラゴンへと駆け寄った。親ドラゴンは一瞬怯えたように見えたが、子どもが鳴き声を上げると、その硬い表情がほぐれていく。
「あなたの子どもですよ」
私は両手を広げ、ゆっくりとした動きで子ドラゴンを指差した。親ドラゴンは私を一瞥した後、そっと子どもに鼻先を寄せる。そして、喉を鳴らして再会を喜んでいるようだった。
ドラゴン親子の再会を見届けた私は、静かにその場を離れることにした。けれど親ドラゴンが一歩前に出て、私をじっと見つめた。緊張で動けなくなる私の前で、ドラゴンは大きな頭をゆっくり下げる。
「ありがとうって……言ってるの?」
私はドラゴンの行動に戸惑いつつ、頭を下げて返した。親ドラゴンは子どもを促し、山の奥へと姿を消した。
村に戻ると、村人たちは私の話を聞いて一斉に驚きと安堵の声を上げた。
「ドラゴンが村を襲わないで済んだのか!」
「やっぱり聖女様だ!」
「だから聖女じゃないってば!」
私は大声で否定するものの、村人たちは満足げな笑顔を浮かべている。ドラゴンが危険な存在から、ただの迷子の親子だと分かっただけでも、彼らの心に平穏が戻ったのだろう。
その後、ドラゴン親子が山奥で平和に暮らしているという噂が広まった。村人たちも、ドラゴンに干渉しなければ安全だと知り、むやみに山に入ることはなくなった。
「レイラ、やっぱり君は聖女様だよ」
「あの親子に会ったら、感謝されるのはみんなのほうだと思うよ」
心の中でそう呟きながら、私は再び日常の畑仕事に戻った。
人もドラゴンも、平和に共存できるのが一番いい。今回の出来事は私にそれを教えてくれた。そして、これからまた「聖女様」と呼ばれる厄介ごとが舞い込むんだろうな。
「さて、次はどんな事件が来るんだろう?」
私は空を見上げながら、少しだけ楽しみな気持ちを隠せなかった。