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第二四部「繭の影」第3話(完全版)(第二四部最終話)

 明応めいおう七年。

 西暦にして一四九八年。

 寿嶺じゅれい高柳たかやなぎ家にとついですでに二年。

 娘が産まれる。

 名は寿斎じゅさい

 翌年には次女、寿刹じゅせつが産まれる。

 

 永正えいしょう一〇年。

 西暦にして一五一三年。

 寿斎じゅさい婿養子むこようしを迎え入れると同時に、寿刹じゅせつは嫁へ。

 翌年、寿斎じゅさいに娘が産まれる。

 名は寿子じゅし

 他に子供が産まれないまま、十数年。

 寿子じゅし婿養子むこようしを迎える。

 跡継ぎが産まれないままに五年。


 天文てんぶん五年。

 西暦にして一五三六年。

 寿子じゅしは母の寿斎じゅさい養子ようしを迎えることを持ち掛ける。

「……どうやら……私は子種こだねには恵まれないようです。養子ようし思案しあんすべきかと…………」

 寿斎じゅさい寿子じゅしに跡継ぎが出来ないことは案じていた。

「そうですか……さすれば大婆様おおばばさまにも御相談をせねばなりませんね…………」

 しかしその大婆おおばば寿嶺じゅれいがその日に突然倒れ、翌日に亡くなる。

 その遺言ゆいごんは、


   〝 高柳たかやなぎ家の血筋を決して絶やしてはならない

             血筋は必ず女系じょけいにて引き継ぐこと 〟


 目を覚ました時。

 その時に麻紀世まきよ布団ふとんの中で感じたのは、決して恐怖などという軽々しいものなどではなかった。

 何かは分からない。

 分からないままに全身に絡みつく汗と〝おそれ〟。

 すでによわいは九〇。


 ──……今朝も……まだ生きておるか…………


 毎朝思った。

 思ったからといって、それが願いを連れてなどきてはくれないまま、やがてきっと過ぎて行くであろう一日を思いながら、まるで決めごとのように大きく息を吐いた。

 すでに当たり前になっていたことではあったが、いつの頃からか年齢を感じざるを得なくなった辺りから、明らかに食が細くなってきたのは自分でも感じる。それに合わせ、動ききたえることから逃げるように筋肉がぎ落とされ、今では布団ふとんの中で上半身を起こすことすら苦痛を感じる日々。


 ──……これ以上……生きて何をしろと…………


 そう思った時、見慣れたはずの天井の木目が、動いたように感じた。

 すでにかすんでいることが当たり前の視界の中で、途端とたんに見えてくるのは、ついさっきまで自分の意識を狂わせようとしていた〝夢〟。頭の中から消えかけていたその光景が、再び形作られていく。

憂紀世うきよ! 憂紀世うきよを呼べ!」

 その声は早朝の御陵院ごりょういん神社の別邸べっていを揺らし、本殿まで響いた。


    雄滝おだき湖の湖底こてい

    暗いみずうみの一番深い場所

    そこにたたずむ、そこに並ぶ、二つの小さな水晶


 麻紀世まきよの頭を埋め尽くすのは、夢で見たその光景だけ。

「……何かの…………御告げのようなものでしょうか…………」

 使用人の手を借りながら上半身を起こした麻紀世まきよの横で、憂紀世うきよはどこか不安気な声だけを向けた。何かがもどかしい。何かがつかめない。

 御陵院ごりょういん神社の現在の代表である憂紀世うきよはすでによわい五六。

 金櫻かなざくら家の血筋を引き継いだとされていたが、実際には養子ようしであり、そのことを知っているのは母の麻紀世まきよ憂紀世うきよ本人だけ。真実を知る人間の記憶は麻紀世まきよによって書き替えられていた。

 それでも麻紀世まきよ憂紀世うきよにだけ真実を残したのには理由があった。それはでも憂紀世うきよに〝金櫻かなざくら家の血〟を探させるため。必要が無いと思われては、その時点で御陵院ごりょういん家は金櫻かなざくら家を見失ってしまう。麻紀世まきよはそれを恐れた。

 憂紀世うきよにはすでに跡取りとなる娘が三人。

 麻紀世まきよは長い期間に渡り、憂紀世うきよに〝金櫻かなざくら家の血〟を探すように指示を出していたが、いまだ見付からないまま。

 その麻紀世まきよは荒い息遣いのままに少し間を空けた。

「……胸の力もおとろえたのであろうな……体を起こしただけで苦しくてかなわぬ…………しかし…………ここまで生きながらえた意味がやっと…………分かった…………あれは…………鈴京れいきょう様だ…………」


 やがて地元の漁師が数名集められ、網で湖底こていさらうこと七日。

 雄滝おだき湖の湖底こていから二つの水晶が見付かる。

 原石げんせきではない。

 みがかれた状態の二つの水晶。

 その水晶にただならぬものを感じた憂紀世うきよは、数日を掛けてその水晶が〝何者なにもの〟なのか祈祷きとうで調べ始めた。

雄滝おだき湖で見付かりし水晶を……見させて頂きました…………どうやら金櫻かなざくら家に関する物と見て間違いはないかと…………」

 その憂紀世うきよの報告に、麻紀世まきよみずからの力だけで震える体を起こしていた。

 荒い息のまま。

「……ようやった憂紀世うきよ…………そこには何が見えた?」

 身を乗り出す麻紀世まきよに、憂紀世うきよが言葉を返した。

「……金櫻かなざくら家の血は……とある武家に引き継がれておりました」

 そして、麻紀世まきよが叫ぶ。

「……そこは…………そこはどこだ‼︎」

 高柳たかやなぎ家で寿嶺じゅれいが亡くなったのは、この翌日のこと。

 同じ日、御陵院ごりょういん神社で、麻紀世まきよ天寿てんじゅまっとうする。


 寿斎じゅさい寿子じゅしが跡継ぎのことを思案しあんして二月ふたつき

 御陵院ごりょういん家の人間が高柳たかやなぎ家をおとずれる。

 すでに葬儀そうぎの終わった麻紀世まきよめいを受けて来たのは御陵院ごりょういん家の当主、憂紀世うきよみずから。

 突然の巫女みこ姿の神職しんしょくの人間の訪問に、当然寿斎(じゅさい)寿子じゅしは驚いた。豪商ごうしょうとして地元の神社との関係性は古くからあったが、全く見知らぬ土地のしかもきもの専門の神社。当然繋がりなどあるはずが無い。

高柳たかやなぎ家の血筋について御伺いしたい」

 あまりに予想だにしないその要件に、驚いた寿斎じゅさいも小さく返すだけ。

「……血筋…………ですか……」

左様さよう我等われら清国会しんこくかいいて至極しごく重要な事柄ことがらとの〝予見よけん〟が出ております」

清国会しんこくかいとは……」

 当然知るはずもない。国を動かすような諸大名しょだいみょうならいざ知らず、武家とは言っても一介いっかいの武士に過ぎない高柳たかやなぎ家が知るはずもなかった。意味が分からないままに、寿斎じゅさいは知りる限りの歴史を話していく。

 憂紀世うきよは黙って話を聞いた。

「つまり……現在は御世継ぎ問題に御困りの御様子…………」

「はい……神の御力でも御借りしたいところではありますが…………」

 その言葉に、憂紀世うきよあせった。


 ──……このままでは金櫻かなざくらの血が絶たれぬやもしれぬ…………


 ──…………母上のためにも…………


我等われら……清国会しんこくかいが何とかいたしましょう…………」

 そして後日、憂紀世うきよ寿斎じゅさい寿子じゅし御陵院ごりょういん神社に呼び出した。

 そこには、さらってきたばかりの赤子あかご

 女の子だった。

 祭壇の前に寿子じゅし赤子あかごを寝かせる。

 それは御陵院ごりょういん神社に伝わる〝秘儀ひぎ〟────きもの専門の神社だからこそ伝わるもの。

 麻紀世まきよから受け継いでいたものだった。

 松明たいまつの炎が激しく揺れる中、憂紀世うきよは背後に三人の娘を従え、呪禁じゅごんとなえ始めた。

 寿子じゅしは恐怖と共に、まるで意識が遠くなるかのような感覚を覚えていく。

 体はまるで動かず、目を開けることすらかなわず、かつ周囲の音がしだいに耳から離れていった。

 総ての感覚がうばわれてしまったかのような、感じた事のない世界の中で、体の中を何かが駆け巡っていく。

 気持ちが悪かった。

 体が冷たい。

 急激に体の中から何かが吸い取られた。


 やがて、呪禁じゅごんとなえ続ける憂紀世うきよの中に、誰かの影。


 ──……これは…………誰だ…………


 ──…………これは……誰かの〝のろい〟だとでもいうのか…………


 やがて秘儀ひぎが終わった時、寿子じゅしは息絶えていた。

 祭壇の前で、それまで静かだった赤子あかごが泣き始めると、寿斎じゅさいが駆け寄る。

「……この子が…………この子が…………」

 寿斎じゅさいは大きく体を震わせていた。

 その耳に、ひたいから汗をしたたらせる憂紀世うきよの声。

寿子じゅし様の血は……赤子あかごへ…………」

 秘儀ひぎは成功した。

 しかし、母体は命まで吸い取られた。

 寿斎じゅさいが喜んだとしても、これでは綱渡つなわたりにしかならないことは憂紀世うきよにも分かる。


 ──……寿斎じゅさい様が亡き後は金櫻かなざくらの血は一人だけ……誰かにうばわれたら終わり…………


 ──……よもや命を落とせば…………総てが終わる…………


 ──…………やっと見付けた血だぞ…………


 ──……誰かが……金櫻かなざくらの血を終わらせようとしている…………


 そして御陵院ごりょういん、強いては清国会しんこくかいは、金櫻かなざくら家の血を密かに守っていくことを決意する。

 そうするしかなかった。

 誰かに命をおびやかされるわけにはいかない。

 それが、何世代にも渡って繰り返されていくこととなった。



      ☆



 広い座敷に通された。

 そこが屋敷のどこなのかも分からないほどに、高柳たかやなぎ家は広い。

 長い歴史の中で、その地にとって有力な地主。ただ土地を持っていたというだけではないだろう。様々な形でこの地に影響を及ぼしてきたに違いない。

 良くも悪くも、ここで生きてきた一族。

 それが高柳たかやなぎ家の歴史。

 萌江もえ咲恵さきえ、そして西沙せいさの三人がみさおともなわれる形でおとずれた時はすでに夕刻。

 僅かに傾きかけた陽の光が空の色を変え始める時間。真冬より夜のおとずれは遅くなっていたが、それでもまだその足は早い。

 最近新しくしたばかりに見える畳の香りに包まれる広い部屋。時間と共に肌寒くなってきた外の空気を遮るように、使用人の一人が障子しょうじを閉め、直後に影に包まれた部屋を蛍光灯が照らす。それでも障子しょうじ越しの夕陽が全員の顔に強く影を作った。

 萌江もえを挟むように咲恵さきえ西沙せいさ、三人が座る。

 正面にはみさおと、その娘、優花ゆうか

 歴史のある日本家屋の中とは言っても、品のある洋装だった。あわい紫色なのか、夕陽の色がかぶさり、お互いを相殺そうさつしているワンピースの色。

 立ち振る舞いから育ちの良さがにじむ中、決してりんとした姿勢を崩そうとはしなかったが、それでも優花ゆうかの目からは不安が隠し切れていなかった。それを隠そうとするからだろうか、萌江もえたち三人と目を合わせようとしないだけでなく、どこにも視点がさだまらない。

 隣のみさおは疲れてまぶたれた状態のままではあったが、それでも昨夜よりはだいぶ落ち着いていた。もちろん無理をしている部分はあるのだろう。養子ようしとはいえ、自分の娘の前で気丈きじょうに振る舞おうとするためか、膝の上で重ねた手が僅かに震える。

 何度か口を開き掛けたみさおに向けて、隣の優花ゆうかが口を開いた。

「母上……今日は何用なにようでございますか? この方々は…………」

 当然の反応だった。

 日頃、萌江もえたちのようなラフな服装の人間がおとずれるような家でもないだろう。まして西沙せいさのようなゴスロリファッションなど見たこともない可能性のほうが高い。

 しかも母であるみさおよりも明らかに若い客など、その繋がりを想像出来るほうが不自然だ。

 疑問だらけの優花ゆうかに、みさおはゆっくりと返していく。

「はい……以前から話している……養子ようしの件です…………」

 益々優花(ゆうか)に理解など出来るはずもない。優花ゆうかはあからさまに表情を曇らせた。日頃から何度も出ているであろうその話題に、明らかに嫌悪けんおの態度。

「……それは…………それに関してはお断りしたはずです…………」

 その言葉に、みさおが膝の上の両手を強く握った。

 そして、小さく声を張る。

「これは話しておかなければなりません…………あなたも…………あなたは、養子ようしなのです」

 優花ゆうかまぶたが、ゆっくりと、開かれていった。

 一瞬動きを止めたその目が、泳ぎ始めた。

「…………母上…………」

 何をどう返せばいいのか、想像していない母の言葉に、優花ゆうかは気持ちが定まらない。

 そのまま、みさおが続ける。

「……そして…………私も養子ようしでした…………」」

「…………そんな…………」

大婆様おおばばさまがどうかは分からないそうですが…………高柳たかやなぎ家はのろわれていると…………遥か先代せんだいから伝え聞いているそうですよ…………おかしな話でしょ…………」

 みさおは口元だけに笑みを浮かべていた。

 まるで気でも触れたのかと思わせるその横顔に、優花ゆうか驚愕きょうがくの表情。前日から何度も自分の心の奥底をえぐられるような感覚を味わい続け、みさお自身も精神的には限界だった。良くも悪くも追い詰められていたのだろう。すでに自分で何かを決断するような判断力は残されていない。

 そんな母の姿に、優花ゆうかは何も言い返せずにいた。

 押し寄せる波のように、何度も想像だにしない言葉に襲われ、理解が追いつくほうがおかしいだろう。

 その時、障子しょうじの向こうの長い廊下から足音。

 使用人が開けた障子しょうじの向こうには、大きな茶封筒を持った、杏奈あんなの姿。

 そして、その表情はかたい。追いかけてきたということは、報告の出来る情報を持ってきたということ。その情報がまとまったということでもある。

「……お待たせしました。〝全血ぜんけつ交換〟についてご説明します…………」

 優花ゆうかにとっては再びの初めての言葉。

 目の前で何が起きているのか、それはすでに理解の範疇はんちゅうを超えた。

 その唇が小刻みに震える。

 杏奈あんな西沙せいさの隣に正座をすると、軽く頭を下げてから口を開いた。

「娘さんも、みさおさんも、もっと前から……清慈愛せいじあい治療院で全血ぜんけつ交換は代々行われてきました。裏情報ですが事実です」

 毅然きぜんと話す杏奈あんなに対し、みさおが視線を落とした。

 自分がどうかは知らなかった。

 しかし、優花ゆうかに関しては、知っている。

 見ていた。


 ──……やっぱり…………私も…………


 杏奈あんなの言葉が続く。

「正確には全血輸血ぜんけつゆけつとか交換輸血こうかんゆけつと言うそうなんですが、確かに治療法としては正式にあります。しかし現在は血漿交換療法けっしょうこうかんりょうほうというより安全な形に置き換わっています。そして問題は、最初に高柳たかやなぎ家でこの治療が行われたのが明治のきわめて初期だったということです。あの時代には無かった医療行為です……やみ医療だったと思われます。技術的に完全に血を交換出来たとは思えません。もしかしたら後遺症ごういしょうに苦しんだ人もいるかもしれません……総ての血を完全に入れ替えるなんてあの時代には不可能だったんです。例え母親と同じ血液型の養子ようしを見付けたとしても…………」

 すると、みさおが顔をせたまま。

「…………明治からですか…………それじゃあ……私もですね…………」

 みさおは言葉を詰まらせる。

 頭に浮かぶのは〝覚悟〟の文字だけ。

 もはや確かめる必要もない。突き付けられる現実を噛み締めるだけ。

「これが……清慈愛せいじあい治療院の記録です…………」

 杏奈あんなは横に置いていた茶封筒から大きく引き伸ばした写真を数枚取り出して並べた。それは素人目に見ても、病院のカルテの写真。

 杏奈あんなが言葉を繋げる。

やみ医療とは言っても、元は真面目まじめなお医者さんなんでしょうね。念のためにカルテは残してくれてました。血液交換を始めてすぐに軽度の拒絶きょぜつ反応が見られて、すぐに施術せじゅつは中止されています。でも、そんなこと言えなかったと、最初に施術せじゅつを行った主治医しゅじい岡安晃一郎おかやすこういちろうは言っていたそうです……結果的に……毎回…………全員です…………優花ゆうかさんの時も拒絶きょせつ反応が見られたために中止されています……現在の主治医しゅじいの、お二人もご存知の憲一けんいちさんから数時間前に確認を取りました……晃一郎こういちろうさんのお孫さんです…………」

 そして、杏奈あんなはスマートフォンを取り出すと、指をすべらせる。

 途端とたんに聞こえる呼び出し音が、部屋中に響いた。

 その音が切れ、それに杏奈あんなの声。

「お待たせしました。後はお願いします」

 するとスピーカーから帰ってきたのは、毘沙門天びしゃもんてん神社にいるしずくの声だった。

『──みなさんお疲れ様です。これから、私の見てきた高柳たかやなぎ家と清国会しんこくかいについての繋がりを説明します。高柳たかやなぎ家にとついだ女性────寿嶺じゅれいは、スズの娘で間違いありません。最初の唯独ただひと神社で青洲せいしゅうとの間に産まれた子供です』

「────何の話を────」

 思わず言葉を挟んだのはみさお

 そのみさおを制したのは萌江もえ

「聞いて……みさおさんも優花ゆうかさんも……二人にも〝のろい〟を受け入れてほしいの…………」

 スピーカーからのしずくが続ける。

清国会しんこくかいは最初その存在を知りませんでした。寿嶺じゅれい高柳たかやなぎ家で二人の娘を産みます。そして雄滝おだき湖で水晶が見付かった直後に……寿嶺じゅれいが亡くなっています…………その後から高柳たかやなぎ家の不妊ふにんの歴史が始まっていました。その水晶を理由に御陵院ごりょういん家が高柳たかやなぎ家に関わるようになります。水晶を糸口にして〝金櫻かなざくら家の血〟が見付かった、ということでいいと思います。それからは祈祷きとうで血を入れ替え続けたようですが…………それがどういうものなのかは私では分かりませんでした…………そして御世みよが明治の初めに意識操作をした時点で、一度清国会(しんこくかい)の歴史から高柳たかやなぎ家は切り離されています……御世みよが望んだことだったんでしょう……でも古くからの〝仕来しきたり〟だけが残ったようですね……もしも清慈愛せいじあい治療院が全血ぜんけつ交換の提案をしなければ…………のろいはもう終わっていました…………』

 しずくの言葉が止まる。

 静かになった。

 やがて最初に口を開いたのは、無意識に呟いたみさお

「…………血筋を絶やしてはならない…………」

 それが古くからの〝仕来しきたり〟。

 寿嶺じゅれい遺言ゆいごん

 その言葉を、のろいが苦しめてきた。

 再びの静寂せいじゃくやぶるのは咲恵さきえの声。

「ありがとうございましたしずくさん。お陰で総て繋がりました……後はこちらで…………」

『よろしくお願いします』

 しずくの側から通話を切る音がした。

 すると、咲恵さきえが目を閉じる。

「……萌江もえ…………後は、お願いしていいのね…………」

 小さな、僅かに震えるその咲恵さきえの言葉に、隣の萌江もえがゆっくりと返した。

「うん…………迷う必要はないよ…………総て見えた…………総て感じたよ…………さすがしずくさん」


 ──……杏奈あんなちゃんもしずくさんも…………母親のことは秘密にしたか…………


 そして萌江もえは、小さく息を吐いて続ける。

「つまり…………全血ぜんけつ交換なんかするもっと前、ずっと前から、養子ようしを取り続けてきた……最初は、つまり分かりやすく言うと〝おまじない〟みたいなもので血を繋いできたみたいだね。西洋医療の無い時代に注射針ってわけでもないだろうし」

「……おまじない…………」

 みさおが無意識に呟く。

 萌江もえはそれにすぐに返した。

「そう……おまじない…………漢字で書くと〝のろい〟と同じ字を使う…………〝のろい〟も〝おまじない〟も中身は同じものなんだよ」

 顔を上げたみさおが目を見開く。

 尚も続く萌江もえの声。

「〝いのり〟は〝まじない〟。それは〝のろい〟とも言う…………でもさ…………いのっただけで全身の血の交換なんて…………出来るわけがない」

 予想外な萌江もえのその言葉に、みさお優花ゆうかは呆然とする。

 萌江もえは声のトーンを上げた。

「〝のろい〟ってさ、所詮しょせんは人が作るものなんだよ……いのって血の交換が出来るなら、こんな簡単な話も無い────ありえない……つまりさ……すでにその時点で血は途絶えてたってこと。結論はそれだけ。それなのに仕来しきたりのためにやみ医療を続けてきた……何かに取りかれたようにね…………」

 みさおの体が震える。

 そして尚も続く萌江もえの声に、空気が変わるのを感じた。

「馬鹿げてるよね。遥か昔に血筋なんて終わってたのにさ。何を守ってきたの? ねえみさおさん。あなたも……あなたのお母さんも……そのまたお母さんだって…………養子ようし養子ようしを育てて……また養子ようしを入れて────」

「────じゃあ……」

 そう言って萌江もえの言葉を遮ったみさおが、少し強い声になって続ける。

「どうしてみんな…………子供を産めない体なんですか…………のろいじゃなきゃ説明が────」

「そう…………それが〝のろい〟…………のろいは……〝かたち〟を持つんだ。のろいは人のおもいそのもの…………人が創り出すもの…………最初に願った人の元を離れて残る…………だから嫌いなんだ……タチが悪い…………」

「…………それじゃあ…………」

「この家に入った女性は…………みんな…………子供を産めない体になる…………本当は最初ののろいで終わってたのに…………それなのにのろいだけが残った…………ホントにタチが悪いよ」

 しだいに小さくなる萌江もえの声が、さらに小さくつむがれた。


「……これが……〝のろい〟というものの真実…………」


 萌江もえの気持ちが揺れる。


 ──…………私は……?


「……おかしな話だよね……子供子供って言いながら……この家の人たちは……誰も…………お腹なんか痛めてないじゃない…………」


 ──……………………私だって………………


「……みんな…………他人の子を育ててきただけじゃない…………!」


「────優花ゆうかは私の娘です!」


 咄嗟(とっさ)だった。

 みさおが叫んでいた。

「ずっと私が育ててきました! 産んでなくても育てたのは私です! 母親として私が育てました! 子宮しきゅうで感じるんです! 優花ゆうかは私の娘です‼︎」

 ほおを流れる大粒の涙もぬぐわずに、みさおは叫んでいた。

 そのみさおを見ながら、目を細めた萌江もえが立ち上がる。

 そして、小さく呟いた。

「…………ごめんね………………」

 その声は一転してやわらかい。

 萌江もえはゆっくりと畳を歩き、優花ゆうかの背後に回る。

「…………みさおさんの口から、それを聞きたかったんだ…………」

 膝を落として、萌江もえ優花ゆうかを両腕で包み込んだ。

 左手には〝火の玉〟。

 その水晶を優花ゆうかのおなかに当てる。

つらかったね…………人は今を見ることしか出来ない。過去も未来も見れない。でも、だから生きてるんでしょ。過去を未来につなげるためにね…………」

 萌江もえのその言葉に、優花ゆうかほおを、無意識に涙が流れていく。

 何も考えられなかった。

 そのまま、萌江もえの言葉。

「私はね……未来をつかむことが出来るの…………あなたは今、子宮しきゅうで感じてるはず。暖かくなってきたでしょ…………元気な赤ちゃんが産まれるよ。女の子だけじゃない。男の子も。ここからどんどん未来に繋げていくの。あなたがね…………」

 その光景に、向かいに座る咲恵さきえは膝の上の手を握りしめていた。

 微かにその手が震える。

 それに気付いたのは西沙せいさ

 その西沙せいさの呟きが咲恵さきえの耳へ。

「……大丈夫だよ…………咲恵さきえが信じなくて誰が信じるの?」

 西沙せいさ咲恵さきえと同じものを感じていた。


 ──…………けずられてる…………


 目に見えるものとは違う。

 咲恵さきえ西沙せいさだけが感じられるもの。

 その萌江もえは、震える優花ゆうかを抱きしめたまま。

「あなたはこれから母親になる……心配しないで…………今まで〝お母さん〟からもらった愛情を…………そのままそそげばいいだけ…………」

 そして萌江もえはゆっくりと立ち上がり、咲恵さきえ西沙せいさの間に戻った。

 すぐにその手を、震える咲恵さきえの手が握る。

 それでも萌江もえは続けた。

「……まあ信じろって言っても、信じてもらうしかないんだけどさ…………私は〝命を創り出すこと〟が出来る…………今年の七月に妊娠にんしんが分かるよ」

 みさお優花ゆうかが顔を上げる。

 そこにはあるのは、もはや悲しみの涙だけではなかった。

 萌江もえの言葉が二人を包んでいく。

「最初は男の子。みさおさんが服を作り始めるんだよ……今は色んなのが売ってるからって優花ゆうかさんが言ってもみさおさんは聞いてくれなくて…………でも優花ゆうかさんはそれがうれしいんだよね…………」

 萌江もえの笑顔に涙が浮かぶ。

「でもこれだけは忘れないで…………この世界には、血のつながりより大切なものがある…………みさおさんと優花ゆうかさんなら分かるよね」

 萌江もえ咲恵さきえの手を握り返した。

 そして、優花ゆうかも、母のみさおの手を握っていた。



      ☆



 咲恵さきえの運転する車には助手席の萌江もえだけ。

 西沙せいさ杏奈あんなの車で帰路に着いていた。元々帰る場所が違う。西沙せいさ杏奈あんなは今回の依頼の資料をまとめるために心霊相談所へ。同時にカルテの写真も早々に処分しなければならない。さらには御陵院ごりょういん神社への結果報告。

 萌江もえ咲恵さきえは真っ直ぐ唯独ただひと神社へ。

 二人は、ずっと無口なまま。

 しばらく走ったところでその均衡きんこうを最初に崩したのは、咲恵さきえだった。

みさおさんが本当の母親じゃないこと、どうして伝えなかったの? しかも今までも必ず母親は死んでる……みさおさんみたいに姉妹とか、お婆さんが母親代わりのこともあったみたいだけど…………」

 それは当然のように咲恵さきえにも見えていた過去。

 萌江もえもやはりそれは分かっていた。

杏奈あんなちゃんとしずくさん…………二人は全く違ったアプローチをしてたはずだけど、病院のカルテでも過去の御陵院ごりょういん神社の祈祷きとうの光景でも、絶対に分かったはず。でも二人とも秘密にした…………私が分かってることを知った上でさ。伝えるかどうか悩んだ上で……二人とも私にたくした…………そして私も、必要のない事実だと思ったんだ…………」

「その事実は…………のろいとは……本当に関係ないの?」

 咲恵さきえは、ずっとそれを聞くことを恐れていた。

 母親の死と、養子ようしであるにも関わらず必ず不妊ふにんに苦しんできた一族。

 本当の〝のろい〟というものの可能性を咲恵さきえは恐れていた。

「さあ……どうなんだろうね…………」

 それは咲恵さきえが予測していた萌江もえ萌江もえらしい応え。

 咲恵さきえが恐れていたのは、やはりスズの関与かんよ。スズがみずからの血を終わらせようとした可能性が高い。そう考えれば総ての説明が可能だった。

 そして萌江もえが続けた。

「〝のろい〟は……〝人の気持ち〟そのもの…………今回もそれは〝かたち〟を持った……だから御世みよに助けを求められた…………」

 二人は同じようなものを何度も見てきた。その上で二人にとって〝のろい〟というものは決して心霊現象的なものなどではない。人間の〝気持ち〟が作り出す現象に過ぎなかった。

 いつもながらハッキリなどしないままの解決。

 そしてその結末を選んだ萌江もえが言葉をつないだ。

「血筋を断つならもっと早くても良かったはずなのに…………みんな……どうして失敗ばっかりするのかな…………機械的にことを進められたら失敗なんかしないのに…………私も無理だろうな…………」

「でも…………そういうものでしょ?」

 その言葉は咲恵さきえの口から自然と出ていた。

 それをすくい上げるように、萌江もえ

「……やっぱり……やっぱり悩んでたんだよ…………〝あの子〟も〝人間〟だったってこと」

 萌江もえが満面の笑みを浮かべた。

 しかし、咲恵さきえは真剣な眼差まなざしのまま。

 〝スズ〟の存在が頭から離れない。

「でも……そのために、あなたは自分の命をけずった…………それがどういうことか分かってる?」

 重く、きびしさを伴う声だった。

 萌江もえ咲恵さきえ誤魔化ごまかしが効かないことは分かっている。ついになる水晶を持った咲恵さきえに見えていないわけがない。咲恵さきえだけではなく、西沙せいさが気付いていることも想定していたこと。

 萌江もえは、咲恵さきえにあくまでやわらかく応えていた。

「……やっぱり〝スズ〟からもらった力なのかな…………それには必ず意味がある……だから私の中の御世みよがあの家族を探してた…………」

 萌江もえの中にある力。

 それは〝命を創り出す〟もの。

 何となく気付いていた。しかし萌江もえ自身も明確にその力を感じられてきたわけではない。少しずつ、少しずつ、何かが萌江もえの中でふくれ上がってきていた。

 だからこそ、スズは萌江もえほうむるべきだと感じ、ずっとそれを求めてきた。

 しかし萌江もえの母である京子きょうこはばまれた。


   〝 あなたにも大事な人がいるでしょ……

         そしてあなたにはまだやることがあるはず……

                行きなさい…………総て終わらせて 〟


 京子きょうこのその言葉が萌江もえに確信を持たせた。

 スズが京子きょうこと共に萌江もえほうむれなかったのは、萌江もえの持つ〝ちから〟のため。

「〝置き土産みやげ〟なんかじゃないね…………きっと…………ずっと前から私の中にあったんだ…………」


 ──……その〝ちから〟は……お母さんから…………?


 萌江もえはそう考えてもいた。


 ──…………お母さんも……子供を産めない体だったのに、私を産んだ…………


 ──……だったら………………私は………………?


 咲恵さきえも言葉を選ぶことに慎重しんちょうになっていた。

 萌江もえが分からずに行動しているわけがない。そんなことは咲恵さきえにも分かる。それでも気持ちをぶつけないわけにはいかなかった。落ち着こうとする感情が騒つく。

 それでも、出てくる言葉は少ない。

「……ホントに……バカよね…………萌江もえは…………」

 雨は降っていない。

 それでもなぜか、街灯や信号の明かりがにじんで見えた。

 そんな咲恵さきえの気持ちに入り込む萌江もえの言葉は、強くも優しい。

「……かもね…………でも私は、99.9%……のろいなんか信じない…………」

「でもね…………」

 咲恵さきえは言いながらハンドルを握る手に力を込める。

「あの家族は救えた……例えそれが幻ののろいだったとしてもね……しかも私たちに無関係な人たちなんかじゃない……解放することが出来た…………でも……萌江もえの命がけずれたのも感じた…………」

「分かるよ……言葉で説明の出来ない感覚…………咲恵さきえに怒られることも分かってたのに…………」

「怒ってるよ。でも私には止められない…………萌江もえじゃなきゃ、あの家族は助けられなかった……」

 少し不安気に、それでも確信を持って萌江もえはその咲恵さきえの横顔に視線を送った。


 ──……咲恵さきえなら…………大丈夫だよね………………


 その咲恵さきえの口が再び開いた。

「まだ、あなたの中にスズさんはいるの?」

 どうなんだろう。瞬時しゅんじ萌江もえが思ったのはそれだけ。


 ──……スズは……まだここにいるの…………?


 口から出るのは違う言葉。

依代よりしろとは違うみたい…………スズの〝おもい〟みたいなものが残ったのかな…………」

「………萌江もえに何かあったら…………」

「……何か…………あるのかな…………」

 萌江もえは、思わず呟いたその言葉を、すぐに後悔こうかいした。



      ☆



 永正えいしょう九年。

 西暦にして一五一二年。

 高柳寿嶺たかやなぎじゅれいの次女────寿刹じゅせつが一四の歳にとついだ先は、小さな神社だった。

 美しさの中にある冷たさ。

 年齢の割に大人びた、そんな印象を感じさせる娘だった。

 やがて、かたちだけの巫女みこが少しずつ頭角とうかくを現し始める。

 いつの間にか、誰もが平伏ひれふす存在へとなっていた。


 やがて時が重なっていく。

 明治。

 その神社は〝唯独ただひと神社〟と名を変える。





       「かなざくらの古屋敷」

    〜 第二四部「まゆの影」(完全版)終 〜

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