第二三部「消える命」第3話(完全版)
文明一一年。
西暦にして一四七九年。
一〇年以上に渡って続いた応仁の乱は、この頃には実質的には終結していたと言ってもいいだろう。幕政の中では未だその後始末が続いてはいたが、それでもすでに世の中の雰囲気は明らかに変化していた。
スズ────金櫻鈴京と青洲の三つ子が産まれて一〇年。
元々は戦乱の世を憂いたことで生まれた清国会は、最初の勢力の拡大の後にその勢いが止まったまま。幕府の中に影響を及ぼすことも出来ず、ただただ永きに渡る騒乱の中に居続けた。当然のように清国会の存在意義自体が内部で議論され始めたが、それでも清国会を存続させられたのは金櫻家の存在の力そのものに他ならない。
結果として〝神〟としての金櫻鈴京の立場は守られた。
それに関しては誰も疑ってはいない。それだけスズの〝力〟は強力だった。その未来を見る力には誰もが平伏すしかないほど。
もはや清国会の発足時の目的そのものが変わってしまっていたと言ってもいいだろう。
帝を奉って世直しをするため────から、金櫻家を奉って清国会を日の本の頂点とするため、に変わっていた。
それを支持する雄滝神社側の勢力と、それに疑問を持ち始めていた勢力。
その反対勢力の中心に、恵比寿神社があった。元々恵比寿神社の遠藤家は清国会が発足する以前から大きな勢力を誇っていた。清国会に与したのは決して初期ではなかったが、やはりその理由は金櫻家の存在と、大きくなる新たな勢力の内側からの取り込み。そして恵比寿神社が清国会に入ったことで、その派閥に入る神社も同時に清国会に与していた。それでも参加したのが後続のためか、清国会内部での立場は決して上ではない。
その恵比寿神社の現当主、遠藤重富はまだ新しく当主になったばかり。齢は二二。金櫻鈴京に傾倒していた先代が急死したため、まだ若くして当主となっていた。
重富は清国会での権力を求めていた。しかし全国的にも有数の勢力を誇りながらも清国会に於いてはまだまだ新参者。低い立場でしかない。若さからか、他の神社から侮られるのを恐れていた重富はすぐに動いた。
恵比寿神社よりも小さな神社でしかない御陵院神社を取り込もうとする。
御陵院神社は清国会に与して一〇年余り。その力を着々と伸ばしていた。現在では二年前の改修工事で本殿も新しくなり、それに合わせるようにその名も知れ渡り始めることとなる。
御陵院神社は雄滝神社と同じく憑きもの専門の神社。
その御陵院神社に、恵比寿神社の遠藤重富が訪れていた。
御陵院神社の当主、御陵院麻紀世はこの時三三歳。
麻紀世も重富と同じように若くして当主となった過去を持っていた。当主となって一〇年。しかし世継ぎはまだいなかった。そのため、麻紀世に焦りがあったのは事実。
世継ぎが欲しかった。
まだ新しさの残る本殿の祭壇前。
重富が麻紀世に軽く頭を下げていた。清国会の上下関係としては確かに御陵院神社の方が上。しかし御陵院神社とてそれほど上位に位置している訳ではないからか、決してその程度の差をひけらかすようなことはしなかった。そのためか、御陵院神社、強いては麻紀世の評判は悪いものを聞かない。むしろ御人好しのような印象が噂として広がっている程だった。
そこに重富は入り込もうとした。
表向きは自らが当主を引き継いだことによる挨拶。
通されたのは本殿、本祭壇の前。まだまだ新しさの残る祭壇だが、御陵院神社の祭壇が一つだけでないのは伝え聞いていた。噂では秘儀に使用される隠された物もあるという。〝憑きもの〟を相手にしてきたということだけでなく、神社の規模だけで安易に侮ることの出来ない神社であることは重富も常々感じていた。
──……真の御人好しなら有り難いが…………
そう思いながらも、麻紀世の巫女姿の所作は、その重富から見ても美しささえ感じさせるもの。
麻紀世も重富が当主になった話は伝え聞いていた。
「此度は新しき御当主となられたと伺いました」
麻紀世のその柔らかい声に、重富は顔を上げて応える。
「左様です。有り難き事なれど…………私にはまだまだ過ぎた立場ですよ」
「かようなことは御座いませんでしょう。同じ清国会として期待しておりますよ。雄滝の青洲様も近々朝廷に取り入る御準備をしていると聞きます。いよいよ我等がその力を発揮出来ることでしょう。然る時には遠藤殿の御力も重要なものとなるはず」
すると重富は、少し声を落として返した。
「……しかしながら……あちこちで怪しげな動きがあることも確か…………」
「怪しげとは……穏やかではありませんね」
麻紀世は近頃の清国会内部での動きのことだと思った。少し前まで続いていた戦乱に乗じるかのように、清国会内部でも小競り合いが起きていたからだ。その大半は勢力と権力を求めてのもの。清国会が発足時本来の目的から外れてしまった理由はそこにもあった。組織が大きくなると管理はそれに比例するように難しくなるもの。
しかし重富の次の言葉は麻紀世を驚かせた。
「鈴京様の……御子を欲しがっている社があるとか…………」
「御子を? 天照大神様の血を欲していると言うのですか⁉︎ なんと畏れ多いことを…………」
──……………………
すぐに重富が返した。
「しかしながら……もしその血を頂けたとすれば……確かに清国会での立ち位置は安泰…………」
──………………………………
「しかしながら麻紀世様……金櫻家の血を権力の道具にするなど許されざること……いかがでしょう……我等でその謀反を抑えては…………金櫻鈴京様のために…………」
重富は練っていた〝策〟の通りに言葉を運ぶ。
同時に思った。
──……生き残ってはいけぬ御人だな……噂通りの御人好しか…………
しかし、重富のその読みは甘かった。
麻紀世の首筋を汗が伝う。
「え……ええ…………そうですね…………」
麻紀世のその声は、無意識に小さくなっていた。
──……ここは小さな神社……清国会での立場も未だ小さい…………
──……しかし……天照大神様の血を手に入れられたら…………
重富が言葉を繋ぐ。
「さすれば……滝川家からの…………金櫻家からの信頼も厚くなるというもの…………」
──……嘘だ…………遠藤家も〝血〟が欲しいはず…………
──…………私の真意を探りに来たのか…………
数日後、麻紀世はおよそ三年ぶりに雄滝神社を訪れていた。
スズに直接会うことの出来る人間は限られている。全体から見ると早い段階から清国会に属していた御陵院神社は許されている所の一つ。それでも雄滝神社を訪れることが許されているのは当主のみ。
麻紀世は改めて雄滝神社が小さな神社であることを感じた。小さな本殿があるだけ。その敷地ですら決して広くはない。
──……こんな小さな神社でも金櫻家の血を引き継いだだけで…………
スズはこの頃二〇歳ほどと言われていた。生年月日は不明。若く美しいという情報だけが先行し、それが益々〝金櫻鈴京〟の神秘性に拍車を掛ける。
三人の世継ぎもすでに一〇歳。
男子も二人の女子も感情を表に出さない子供だった。まるで麻紀世が初めて会った頃のスズのよう。
その三人は雛壇になった祭壇の一番上。中心に座るスズの隣に並んで座っていた。その一段下には青洲。それは金櫻家の立ち位置を表しているかのようだった。
とは言っても複雑な状況でもある。三つ子の二人、男子と女子一人はすでに夫婦として滝川家を継ぐことが決まっている。金櫻家のみならず滝川家の血を継いでいるというのは理解出来るが、兄姉で夫婦というのは清国会内部でも驚きを持って受け取られていた。
しかし、共に神の末裔。誰からも異論は出ない。
そして、もう一人。一人の〝姫〟の存在が清国会を悩ませる。
多くの社がその存在を欲しがっていた。
「此度は非常に重要な情報を得ました故、謁見を賜りましてございます」
麻紀世は祭壇の前の板間で深々と頭を下げ続けていた。
それに応えるのは青洲。
「ほう……申してみよ。御陵院」
麻紀世は僅かに頭を上げただけで応えた。
「清国会内部に…………謀反の動きがあります」
「それは聞き捨てならんこと」
青洲はそう言うと眉間に皺を寄せて続ける。
「御主はそれが誰か知っているのか⁉︎」
僅かに声を荒げた青洲に対して、スズは微動だにしなかった。横の子供たちも同じ。
麻紀世は少しだけ間を空け、ゆっくりと応えた。
「…………恵比寿の…………遠藤家………………」
すると、スズの口角が少しだけ上がる。
そして、その口が開いた。
「……大義だ…………御陵院…………」
☆
「……総て…………嘘だったと…………」
咲の膝が力を失う。
その体が落ちるのに合わせるように、背後の綾芽は反射的に短刀を咲の首から離していた。
咲は膝を着くと同時に、床に両手を着く。
そして、床に向かって叫んでいた。
「────殺せ! 殺せ御世‼︎ もう聞きとうない‼︎」
この状況を予測出来ていなかった御世に対して、横で見ていた苑清は臆することなく叫んだ。
「なりませんぞ咲様! 貴女様は御陵院家の人間として……最後まで聞く義務がある!」
「黙れ苑清! 惑わされおって!」
「逃げてはなりません! 真実は常に目の前にあったはずです!」
「信じてきた……ずっと信じてきたのだ……だと言うのに! 総てが嘘だったと言うのか!」
──……真実とはなんだ…………
咲の頭に浮かぶのは、今まで〝何か〟に目を背けていた自分自身。
──…………本当に何も気が付いていなかったのか…………
──……疑問を持たないフリをしていなかったか…………
──…………どうして……西沙は清国会に弓を引いた…………
咲は自分自身を疑った。
もはや、自分を信じることなど出来ない。
総ての過去を呪った。
御世から語られた真実は、権力のための争いに自分の先祖が大きな加担をしていた現実。
もはや未来など見えない。
まるで、咲の周りだけが、時が止まったような静けさ。
その静けさの中。
その時。
その御世の声は小さくも、響いた。
「……綾芽…………咲に、介錯を────」
その言葉に、西沙の片足が動いた時。
床の上で甲高い音が響いた。
その場の空気を切り裂いたかのような、床に短刀の落ちる音。その光景に驚いた御世が目を見開くが、その後ろの西沙はまるでこの展開を予想していたのか、動かない。
口を開いたのは、立ち尽くす綾芽を見つめる御世だった。
「……どうした…………早く咲を…………」
御世の分身としての〝幻〟だった綾芽が、今、御世の目を見つめている。
御世に湧き上がるのは疑問だけ。
──……どうして……私の言うことを聞かない……?
綾芽の後ろ。
その綾芽の頭の上には左手。
その手に下がるのは、小さな水晶────〝火の玉〟。
その水晶が、僅かな陽の光を反射させた。
その光景に、御世が目を見開く。
──…………いつからそこに…………
綾芽の後ろの影の中、浮かび上がるのは────萌江の姿だった。
御世が反射的に口を開く。
「……萌江様…………貴女様が綾芽を…………」
「さてね」
すぐに、そんないつもの萌江の声。
その声が続いた。
「〝幻〟って、あまり長いと自我を持つみたいだね。だから幻のくせに記憶からは消えてくれない。それって、存在していたことと何が違うの?」
「綾芽は私そのものです」
そう返していた御世の声には、明らかに気持ちの迷いが感じられた。
萌江もそこに容赦無く入り込む。
「でも……綾芽さんは〝自分の意思〟であなたに反抗した。どうして? 自分を生み出した御世の命令じゃなくて、自分を育ててくれた咲さんの命をとった…………どうして?」
御世が何も返せないまま、萌江はその御世を見つめる目を鋭くさせ、続ける。
「これは……綾芽さん自身の…………最大限の〝想い〟だ」
そして、まるでその言葉に応えるかのように、空気に溶け入る声があった。
それは、綾芽のもの。
「……母上…………総てを…………見て下さい…………」
小さく、僅かに震えてさえいた。
咲の耳にも届く。しかしまだ顔を上げることさえ出来なかった。誰もその表情を窺い知ることが出来ないまま。
やがて再び空気に広がるのは、萌江の言葉。
「歴史っていつもさ……権力者の都合のいいように作られてきたんだよね……それは今も変わらない…………そうでしょ? 御世」
その声に、御世の背後の西沙の口角が上がる。
萌江が視線を下げると、両手を着いたままの咲の横、そこには倒れて意識を失ったままの咲恵の姿。
──……咲恵…………ごめん…………
そう思った萌江の言葉が続いた。
「……私は過去を見られない……見れてもちょっとだけ。咲恵には敵わない。しかも時を超えられるわけでもないし…………でもね、私には未来の可能性が見える……それに関しては御世には負けない…………スズにもね…………」
すると御世が、慌てたように声を張り上げる。
「…………スズは……スズは萌江様の始まりの人です! 総てはスズが────!」
「スズはこうなることを望んだの? 可能性が見えていたなら……どうしてこうなる未来を選んだの? 誰かが誰かを恨んだり……誰かが誰かを殺したり…………」
「……それは…………」
「……私は…………スズじゃない」
その萌江の言葉に、御世は声を詰まらせた。
そして萌江が続ける。
「……だからさ…………こういうことは終わり…………」
萌江の左手に下がる〝火の玉〟が揺れた。
綾芽のその身が、ゆっくりと薄れていく。
しかし薄れゆく姿のまま腰を落とすと、四つん這いになったままの咲の隣へ。
綾芽は咲の肩に手を回した。
そして、寄り添った。
その姿が消える。
暖かかった。
その温もりを、咲だけが感じていた。
それは咲の体の中心を暖めた。
込み上げた何かが頬を伝う。
止まらなかった。
それは咲の体を震わせ、やがて床を濡らした。
萌江が左手を下げて口を開く。
「確かに綾芽さんは御世の作った〝幻〟。私たちでも見抜けなかった…………でもね、そこに意思のようなものは生まれていたんだと思う……それは感じたよ…………もう御世の分身なんかじゃなかった。だから、最後は御世じゃなく、咲さんに寄り添った…………その意味が分かる? もう終わりにしよう御世……私には…………総てが見えたよ…………」
☆
秋。
青洲は着々と朝廷への繋がりを強めていた。
何人もの公家に取り入り、真の〝神〟が誰であるかを説き続ける。
それは幕府を取り込むため。
日の本を清国会が掌握するため。
真の〝神〟によって日の本がまとまれば、平穏が訪れると考えた。
それでも、敵は内側にいた。御陵院の麻紀世からの情報が真実であるかどうか、それを確かめられないまま日々が過ぎていく。
疑惑の中心にいるのは恵比寿神社の遠藤重富。恵比寿神社が大きな勢力を持った社であることは以前から分かっていたこと。それらの勢力を敵に回すことになるかもしれない不安はもちろん青洲にもあった。調べようにも、恵比寿の勢力は当然のように遠藤家を守る。簡単に疑惑の一端を見せようとはしない。
しかし、朝廷への動きを早める青洲に危機を感じた遠藤家も焦っていた。
そしてその動きは早かった。
ある日の夜遅く、重富自ら雄滝神社を訪れる。
御陵院神社も取り込めないままだった。その御陵院家の真意も掴めないまま。
──……よもや御陵院家も…………
誰かに先を越される訳にはいかなかった。何としても〝金櫻の血〟が欲しかった。それによって得られる権力は想像を絶するものだと考えた。
祭壇にはスズと青洲。スズの隣には三人の子供たち。
その前で深々と頭を下げる重富に、スズが言葉を投げた。
「重富……〝穢れ〟が見えるぞ」
突き刺さるようなその低い声に、重富は頭を下げたまま。
「そのような……畏れ多い御言葉…………」
──……本当に何かを見られているとでもいうのか…………
まるで総てを見透かしているようなスズの言葉に、重富は恐怖しかない。重富自身、金櫻家に纏わる神話の総てを受け入れているわけではなかった。鈴京そのものが神の末裔である証拠を重富が知っているわけでもない。それでも多くの神社を引き連れた形で先代が清国会に参加したのは、一重に権力のためだったと考えていた。そして、それは重富も同じ。もはや重富にとって〝神〟は権力を手にするための道具に過ぎなかった。
その重富の言葉に返したのは、声から不安を見透かした青洲。
「世継ぎか? 恵比寿は最近代替わりを済ませたばかり……しかし……元々恵比寿は広い勢力を持つ社ではないか」
青洲は言葉を選んだ。重富の言葉から何かを探ろうとしていた。どうして今夜ここに来たのか、その真意を知りたかった。
その重富も言葉を選ぶ。
「……畏れながら…………金櫻様の血筋に勝るものはございますまい」
──……やはり遠藤家は…………
青洲がそう思った時、その上からスズの声。
「我の子が欲しいと申すか?」
スズは言葉を選ばなかった。駆け引きをするようなことはしなかった。
重富は頭を下げたまま。
その体に汗が滲む。
同時に、気持ちの中の何かが震えた。
スズの言葉は重富の予想に反するものばかり。
そのスズの言葉が続く。
「〝血〟が欲しいか……大それた話よのう重富…………果ては清国会が欲しいのか」
「──いえ……そのような…………」
──……どうする…………
更なるスズの言葉が重富を刺激した。
「我が〝予見〟に遠藤家はおらぬ」
その言葉に、重富の中の何かが音を立てる。
──……気付かれているなら……迷っている時間は無い…………
「清国会の力は今や朝廷にも影響を及ぼすもの……歴史に名を残すことになりましょう……」
そう言った重富が体を上げた。
直後、本殿前の参道が騒つく。
何人もの足音。
その音が途端に空気を揺らす。
そこに現れたのは重富が引き連れてきた二〇名ほどの従者。
しかもそのいずれもが帯刀していた。
重富が続ける。
「これからは……我が遠藤家が金櫻家を奉りましょう」
そして片膝を立てた。
その光景に、スズは顔色すら変えない。
青洲が立ち上がって叫ぶ。
「────やはり貴様の謀反は真か‼︎」
それに返す重富は冷静を装った。
「謀反ではございません。総ては天照大神様の血筋を護るため。滝川家のやり方では生ぬるいと申しております」
しかし、その背後で空気が揺れた。
参道から聞こえる呻き声。
刀の鍔迫り合いの音。
予想外の音に重富が振り返ると、従者の群れが蠢いていた。
刀の音と怒号。
騒つきが松明の灯りで揺れる闇を埋め尽くしていく。
重富が腰を浮かせると、その目に映るのは、刀を振り上げた御陵院麻紀世の姿。
その背後には数十名の御陵院家の従者たち。
「────御陵院か‼︎」
重富が叫んでいた。
小さく呟くのはスズ。
「御人好しが……勇ましいものだな」
その口元に笑みが浮かび、やがて、入り乱れる人の波が本殿に上がり始めた。
──……やはり寝返ったか麻紀世…………!
そう思った重富は焦りを隠せないままに動いた。
祭壇前の階段に足をかけたかと思うと、スズの子供の一人────女子の腕を掴んだ。
青洲が僅かに動いた直後、重富の体を一本の刀が貫く。
重富の背後に近付いた、麻紀世の刀。
麻紀世がその刀を引くと、重富は呻き声を上げながら絡み合う人の波の中へ。
「私がお守りを!」
そう叫びながら麻紀世がスズへ顔を振る。
「大義だ麻紀世────御陵院には我が子を与えようぞ!」
そのスズの言葉に、麻紀世は振り返って声を張り上げていた。
「鈴京様を守れ‼︎ 裏切り者を殺せ‼︎」
その目は、血走る。
大きく見開かれていた。
多くの人が入り乱れ、本殿が血に濡れていく。
空気が怒号に包まれた。
その騒乱に紛れ、スズと青洲は姿を消す。
麻紀世はスズの指示通りに御陵院家に女子を一人。
残る二人の夫婦は滝川家を継いだが、まだ幼く、しばらくは御陵院家が支えていくこととなる。
雄滝神社と御陵院神社の深い繋がりの始まりだった。
重富は辛うじて死を免れたが、御陵院家は金櫻家の血を継いだことで力を増し、結果的に恵比寿神社の遠藤家は清国会での力を失う。しかし、元々の恵比寿神社の派閥内で、清国会への反発心が広がっていった。
やがてスズと青洲は地方の小さな廃神社に居を移した。
そこは最初の〝唯独神社〟。
そして、金櫻家の血が紡がれていく。
しかし、歴史の表舞台からは、姿を消すこととなった。
☆
「……結局……その後は雄滝神社が加藤家を焚き付けて恵比寿神社を取り込みます…………」
御世の声が空中に漂った。
そこに、その背後から西沙の声。
「それが蛭子神社の原点か…………歴史なんて…………嘘ばっかりだ…………」
それを萌江が拾う。
「……本当の歴史なんて誰にも分からない……そして私たちはその嘘に振り回された……滑稽だよね」
「しかし……」
そう口を開いた御世の震える声が続いた。
「……萌江様が金櫻家最後の末裔であることは事実────」
「だから?」
萌江が声のトーンを上げて続ける。
「だから何? それがなんだって言うの? もう終わりにしようよ…………こんな争いに何の意味があるの?」
「スズのために────」
「御世…………あなたはあの島で清国会に触れることになって……スズの存在を知って……スズのために清国会への復讐を誓った…………そして……総てを終わらせようとした」
──…………スズは…………何も悪くない…………
御世の頭にそんな言葉が浮かび、口が動きかけた時、続く萌江の声が空気に流れた。
「みんな殺せば……総て終わるの? 総てスズのため?」
──…………違う…………
その御世の心の声は、萌江に聞こえないわけがない。
「……違うよね……そうだよね。これは御世の復讐でしょ? スズに利用されたわけでもない。あなた自身の復讐…………そのためにスズという〝神〟が欲しかっただけ。でも、ろくに顔も見せない神なんか……私はいらない…………私は99.9%……神なんか信じない…………」
御世が言葉を詰まらせる。
──……まさか私も……スズを本物の神だと思っていたのか…………
──…………これでは…………清国会と何が違うと…………
そして、参道から、小さな足音が聞こえた。
参道に群がっていた従者たちが道を開ける。
全員が、反射的にその足音へ顔を向けていた。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二三部「消える命」第4話(完全版)へつづく 〜




