表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/97

第十五部「偽りの罪」第2話(完全版)

 県庁所在地からはだいぶ距離があった。

 周囲を山間部に囲まれた町。

 閉鎖的な地方都市の印象はぬぐえない。

 新幹線の停まる駅からの距離もあり、これと言った観光資源もない。

 地元の人間しか知らない町というのが現実。戦後の歴史のほとんどは町を挙げた裁判のみ。

 病気が続き、賠償が続く。

 ある一定の世代が生きている内は終わらない問題。

 行政も、それを待っていた。


 杏奈あんなの車で到着したのは昼時。

 天気は快晴。春が終わり、夏までの間の季節。

 過ごしやすい気候のはずだが、この町にすずやかさは存在しない。

 萌江もえ西沙せいさも〝ねん〟のようなものを感じていた。

 繁華街とも言えないほどの駅前の小さな商店街。その近くの駐車場に車を停め、三人は昼食の取れる店を探した。

「総てが例のエリアじゃないんでしょ?」

 一方通行の道路を挟んだ商店街を歩きながら、萌江もえがそう言って杏奈あんなに顔を向ける。

 周囲の人通りはまばら。

 杏奈あんなはいつも通り萌江もえの斜め後ろを歩きながら応えた。

「場所は決まってますね。確かに広い範囲ですけど、新しい疾患しっかんのエリアはアスベストのエリアより狭いです。地図で見たほうが早いですよ。道路で区分けされてるみたいにクッキリですから」

「道路で区分け? 面白いね…………あ、ここにしよっか」

 萌江もえは歴史のありそうな定食屋の前で足を止めた。

「こういう店が美味おいしいんだよねえ」

 そう言って萌江もえは入口を開けるが、そこはゴスロリの西沙せいさには似つかわしくない雰囲気の店。当然のように西沙せいさ眉間みけんしわを寄せて小さく溜息をいた。

 渋々、杏奈あんなに続いて店に入る。

 油の染み付いたような木のテーブル。料理の匂いが蔓延まんえんした店内。四人掛けのテーブルが四つと椅子が五つあるだけのカウンター。

 昼時であるにも関わらず、他に客はいなかった。

 いらっしゃいませの声もないまま、四〇代くらいの女性が水の入ったコップを持って近付く。三人はクリアファイルに入れられただけの手書きのメニューから注文をすると、自然とそれぞれが店内に目を配り始めた。

「そこの紙」

 壁に貼られた一枚の小さな紙を見ながら萌江もえがそう小さく口を開くと、西沙せいさ杏奈あんなが首を回す。そして萌江もえが続けた。

「まだまだ根が深そうだね」

 それはアスベスト訴訟の追加賠償を求める集会のチラシ。決してポスターのように大きな物ではない。恐らくはA4サイズ。ほとんどが文章だけのモノクロ印刷。

 しかも貼られているのはそれほど目立つ場所でもないように見える。

 杏奈あんなが小声で返した。

「地元の弁護士団体が中心になってるみたいですよ。昔から…………賠償の内容までは私も詳しくは分かりませんけど、なんだか終わらせたくなくて無理矢理続けてるみたいで…………」

 その言葉を拾うのは萌江もえ

「決して間違った思想で始まってるわけじゃないのに、いつの間にか活動すること自体が目的になってる団体ってあるよね…………目的は違ったはずなのに…………」

 そこに西沙せいさが挟まる。

「どうして? 補償を求めてるんじゃないの?」

「その正義をたてにしてる奴らがいるんだよ…………個人では勝てないから組織になって戦ったのに、いつの間にかその組織を食い物にする人間が近付いてきたことにも気が付かない……政治家個人だったり、反与党をかかげてる政党とかね。それでもり寄って来られると悪い気はしない…………自分たちの正義を疑ってないからね」

「お金?」

「だろうね。支援団体の間でお金が飛び交ってるよ。ホントに苦しんでる犠牲者を無視してさ…………その人たちにとっては犠牲者なんかどうでもいい…………活動を続けることが最大の目的…………だから終わらない。かせげる正義の活動ってのもあるんだよ…………」

「つまり、そこに〝エサ〟を与え続けるわけか…………」

 それに返すのは杏奈あんな

「でも活動から離れてる町民も増えてるみたいです…………疲れてきてるんじゃないですか。この店も形だけチラシを貼ってる感じですし。断りにくいんでしょうね…………色々と」

 そして萌江もえが返す。

「まさか〝のろい〟のうわさのせいであきらめてるって感じでもないだろうしね…………」

 そして三人が店を出るまで、他の客は訪れなかった。


 杏奈あんなが運転しながら説明を続ける中、萌江もえは助手席でタブレットの地図を眺めていた。

 車内に杏奈あんなの声が続く。

「ここの道路みたいですね。右側が新しい疾患しっかんの出てるエリアで、左側は一人も出ていません」

 そう言った杏奈あんなは境界線のようになっている道路を回り始めた。確かにかなり広いエリアだった。広さだけで言えば町の半分ほどの広さになる。

「結構新しい家も多いね」

 そう言う萌江もえ杏奈あんなが返した。

「裁判で町民が勝ってから賠償金が出たんですが、そのお金で家を建替えた人たちも多かったみたいですよ。後はリフォームとか……年代的に以前の家は戦後に新しく区画整理をした後で、ほとんどが建売だったみたいなんですよ。もう何十年も経ってますからねえ。裁判がなくても時代的に入れ替わりの時期を過ぎた感じですよね」

 すると後部座席の西沙せいさ

「一度、戦争で焼け野原になったんでしょ? それから新しく区画整理したのに…………それなのにどうしてのろいのエリアが道路でクッキリ分かれてるんだろう…………」

のろいまで道路で区分けされるなんて、おかしな話だね…………」

 助手席でそう返した萌江もえが続ける。

「どっかでエリア内に入ろうか。空爆の慰霊碑いれいひもあるみたいだし、一応見ておこう」

 エリア内のほぼ中心に、その慰霊碑いれいひはあった。

 大きな一枚岩で作られた立派な物だったが、その外見は決して管理された印象はない。周囲は雑草だらけ。慰霊碑いれいひの前の花も枯れたまま。民家からは僅かに離れ、その一帯は開けた場所になっていた。慰霊碑いれいひの周りは小さな林のようにもなっており、やけに寂しさが漂う。

 雑草は西沙せいさがスカートのすそを気にするほどの高さ。

 スニーカーの杏奈あんなですら歩きにくい。萌江もえのハイカットブーツならまだしも、西沙せいさのローファーでは入るのを躊躇ちゅうちょするほどだった。

「こういう所って…………行政の管理ですよね?」

 杏奈あんながそう言いながら雑草をき分けていく。

 萌江もえ慰霊碑いれいひの前に着くなり手を合わせた。西沙せいさ杏奈あんなもすぐに続く。

 慰霊碑いれいひの前にはお墓でいうところの香炉こうろに当たる四角い石があり、そこがくり抜かれて線香の灰が僅かに残るだけ。しかも湿気を吸い込んだのか色は黒い。石の上には枯れた花束。いずれもかなり古いままに放置されているのがすぐに分かった。

「お花くらい持ってくればよかったね」

 萌江もえはそう言いながら、香炉こうろの中に手を入れ、中の灰をき出した。

 すると背後から西沙せいさの声。その声は微かに震えていた。

「…………空爆って…………日付は?」

 応えるのは杏奈あんな

「……戦争が終わる直前の四月ですから…………日付としては少し前です…………今年はもう過ぎましたね」

 その杏奈あんなも声は小さい。西沙せいさの質問の意味が予想出来た。

 西沙せいさの震えた声が続く。

「…………慰霊祭いれいさいもしてないじゃない…………ここの行政は何やってるのよ…………のろわれて当然の土地だ…………死者の扱いも知らないなんて…………」

 神道しんとうの世界に生きてきたから、だからこそ、元々西沙(せいさ)は死者を冒涜ぼうとくすることが許せない性格だった。自分自身でもそれは自覚していた。幽霊などというものではなく、亡くなった人の〝ねん〟と関わってきたからだと思っている。慰霊碑いれいひのような物だけでなく、神をまつったほこらなども大事にしてきた。それは生きた人間の〝ねん〟が宿やどる物だからだ。

 そして、それは萌江もえとも共有する部分でもある。だからこそお互いを認めることが出来ていた。

 まして今は美由紀みゆきのこともある。やや過剰になっているのは西沙せいさ自身も、そして萌江もえも気付いていた。

 美由紀みゆきのお墓を作ってあげたいというのが西沙せいさの理想だった。身近に骨壷こつつぼを置いておきたい気持ちもありながら、やはりしっかりとしたお墓を作ってあげたかった。もちろん好きな所に勝手に作っていいものではない。しっかりとした墓地に納めてあげるべきだと思っていた。美由紀みゆきの名前での埋葬許可証もある。後は埋葬場所を決めるだけ。

 しかしそんな西沙せいさが気が付いた。

 目の前の萌江もえが両の手を強く握りしめている。

 萌江もえの気持ちを汲み取ることで、少しだけ西沙せいさの中に冷静な感情が戻った。

 そして、その萌江もえの声がする。

「……ここにはもう一度来ることになるよ…………ここのカラクリもあばかなきゃ…………」



      ☆



 霊能者との約束の時間は一四時。

 霊能者が長く宿泊しているホテルのロビーだった。

 町には駅前に古いビジネスホテルが一つだけ。決して大きくはない。元々はリゾートホテルの誘致も計画された過去があったが、観光地としての公共事業が白紙となったことで、それも計画だけで終わる。そしてそれ以来、計画すら持ち上がってはいない。

 少し早目に到着した三人はロビーの喫茶スペースで待つことにした。その喫茶スペースも丸テーブルが三つ並んだだけの規模でしかない。

 そして三人のコーヒーのカップがからになろうという頃、少し遅れて霊能者が現れる。

「あの人だね」

 開いたロビーの自動ドアからその姿が見えた途端に、そう萌江もえが口を開いた。

 五〇代くらいに見えるひんのいい女性だった。決して派手な服装ではない。落ち着いた印象もあった。

「お待たせしてしまって…………早江さえと申します」

 そう言って三人の前に腰を降ろしたその女性に威圧的な感じはなかった。むしろ年齢の割にはその印象は明るく、どこか幼い。苗字は使わず、下の名前だけで活動しているとのことだった。

 杏奈あんなは名刺を出して取材の意図を説明していく。

「よろしくお願いします。実は今回は幽霊奇談を記事にしたいわけではないんです。むしろカラクリを知りたくて来ました」

 すると早江さえは、柔らかい口調で返した。

「そうでしたか……何やらテレビでは面白おかしく〝のろい〟のうわささわがれているようですね。ですので私も最近は取材はお断りしていました。しかし今回は……どうしてでしょうね…………なんとなく、ですが」

 そう言って軽く目を伏せる早江さえに、杏奈あんなは気持ちを早らせながら質問を向けた。

「早速なんですが……心霊現象の報告があるようですね…………それで話題になったのは事実だと思いますけど……」

「はい…………総てのお宅ではないんですが、多くのお宅でお庭に見たことのない女の子が現れるんだそうです。まるで日本人形のような着物を着た女の子で……おかっぱ頭で……いつもまりをついていると…………でもすぐに消えてしまうそうです。本日伺ったお宅でも同じだそうで、それで遅くなってしまいました。申し訳ありません」

 そう言って早江さえは深々と頭を下げた。

 すると萌江もえ西沙せいさの異変に気付く。顔を伏せ、微かに体を震わせている。やがてその西沙せいさが声を絞り出す。

「……その子…………藤原ふじわら家の子ですね…………最初に犠牲になった子…………庭で倒れてる…………」

 西沙せいさにはその光景が見えていた。


 ──……エリア内では何も見えなかったのに…………どうして…………


 そして、その西沙せいさの異変に気が付いた早江さえが静かに返す。

「……どうやら、お分かりになる方のようですね……その通りです。のろわれたエリアは元藤原(ふじわら)家の敷地です。そののろいによって町の皆さんが体調を崩されていることは間違いないかと…………」

 しかし、そこで口を開いたのは萌江もえだった。

「……どうなんだろう…………言われてる〝藤原ふじわら家ののろい〟って……みんな…………誰ののろいのことを言ってるのかな…………」

 すると早江さえは顔色ひとつ変えずに微笑ほほえんで応える。

「どうなんでしょうね…………マスコミの皆さんはその〝のろい〟の意味をどう捉えていらっしゃるのか…………」

「…………早江さえさんは…………どう思ってるんですか?」

「さあ……私は〝真実〟を知ってほしいだけですよ…………」


 ──……真実…………?

 ──…………〝のろい〟の…………?



      ☆



 三人はそのまま町役場へ向かった。

 古い地図を確認するためだった。

 杏奈あんなの名刺と雑誌社の名前を出すと、意外にも職員の対応は早い。何度もマスコミの取材を受けていたからだろう。慣れた感じで、その古い地図はすぐに出してもらえた。

 確かに藤原ふじわら家の敷地は広かった。

 早速現在の地図と重ねてみるが、決して藤原ふじわら家はエリアの中心というわけではない。むしろエリアに被っているのは半分程度。

「これじゃミスマッチもいいとこですね。藤原ふじわら家の事件とのろいを結びつけるのはちょっと…………しかも早江さえさんの話と重ねると、藤原ふじわら家の敷地以外でも心霊現象が報告されてることになりますよ」

 そう言って杏奈あんなは写真を撮り、メモを取った。

 そして不意に顔を上げ、地図を見続ける萌江もえに声をかける。

「どうします? 時間的にそろそろ帰らないと日帰り出来ませんけど…………」

 すると、地図に視線を落としたまま、口角を上げた萌江もえが応えた。

「今夜は泊まりにしよっか。頃合いの所はさっきのホテルしかなさそうだけど」

「いいんですか? 今日は日曜日ですよ。咲恵さきえさんが帰ってくる日じゃないですか」

「うーん…………でもこのままじゃ帰れないなあ」

 萌江もえは体を起こし、ポケットからスマートフォンを取り出すと咲恵さきえに電話をかけた。

 しかし留守録。

「シャワーかな? ────あ、えっとね、今夜泊まりになっちゃった。そんなわけだからよろしく」

「何をよろしくなのよ」

 通話を切った萌江もえに、西沙せいさがそう言いながら地図から顔を上げて続ける。

「念のためって着替え持って来たってことは…………最初から分かってたくせに」

「なんとなくその可能性もあるかなって」

 そう言って萌江もえが笑顔を浮かべる。元々咲恵(さきえ)にはスマートフォンでメッセージを送ってから出発していた。その中でも泊まりの可能性は示唆しさしていた。

 しかし西沙せいさの表情は晴れない。慰霊碑いれいひのことがまだ気持ちに引っかかっていた。

 そして再び萌江もえ

「で? 西沙せいさは何が見える?」

 その萌江もえの真剣な声に、西沙せいさも気持ちを切り替えた。

「うん……見えるよ…………確かに家族全員が死んでる…………使用人が当主を殺したのも事実…………何かうらみがあった…………かなり追い詰められた感じ…………それ以上は分からない…………」

「分かった。残りはホテルで話そう」

 そして帰り際。

 杏奈あんなが役場の受付で職員に礼を言っていると、西沙せいさが強い足音で近付いた。

戦没者慰霊碑せんぼつしゃいれいひの管理をしてるのは誰?」

 その強い西沙せいさの声に全員の視線が集まる中、若い職員が呆然と腰を浮かせた。

 続く西沙せいさの言葉はさらに強いものに。

「全然管理がされていないってどういうこと? 慰霊祭いれいさいもしてないじゃない」

 すると、立ち上がった若い職員は辿々(たどたど)しく口を開いた。

「いや……でも…………あの当時を知る方はどなたも……ご存命の方がいらっしゃらなくて…………」

 事実だった。空爆で村のほとんどの村民が亡くなり。僅かに生き残った人たちの中にはこの地を離れた者も多い。最後の経験者が亡くなったのはすでに二〇年以上前。

「────だからなんなのよ‼︎」

 西沙せいさの叫びが役場内に響いていた。

「戦争で亡くなった人たちの慰霊碑いれいひなんじゃないの⁉︎ そんなんだからアンタたちは土地に苦しめられるんだ‼︎」

 その肩に、萌江もえの手が乗った。

 震える肩を感じながら萌江もえの言葉が西沙せいさの耳に届く。

「やめよ…………理解出来なかった人になら言ってもいい…………理解出来る可能性があるからね。でも…………」

 萌江もえは声のトーンを落とした。

「……理解する気のない人間には…………何を言ってもムダ」

 その声に、その場が凍りつく。



      ☆



 ホテルのカウンターで受付を済ませたところで、三人は早江さえとすれ違う。

 声を掛けてきたのは早江さえのほうからだった。

「あら、お泊まりになるんですか?」

 すぐに返したのは笑顔の萌江もえ

「ええ、もう少し調べたいことがありまして」

「そうでしたか、私は今夜もおはらいに出向きます。ごゆっくり」

 そして早江さえが足早に自動ドアに向かうと、その後ろ姿を見ながら萌江もえ杏奈あんなささやいた。

「見てきたほうがいいかもね。記事のネタにもなるし」

「そうですね」

 杏奈あんなはそれだけ言うと、早江さえを追いかけて声を掛ける。

 萌江もえ西沙せいさはルームサービスを取ることにした。本格的な食事は杏奈あんなが帰ってからのほうがいいと考えたからだ。

 部屋は運よく四人用のファミリールームが取れたので広い。

 それぞれシャワーを浴び、ルームサービスの簡素かんそなツマミでお酒に口を付け始める。

「どうして冷酒がないのよ」

 そう言う西沙せいさ萌江もえは缶ビールを飲みながら応えた。

「ちょっと時期が早かったかもね。で? 西沙せいさはどうなの? 私は誰かが邪魔してる感じがする」

 二人はベッドに腰掛け、その前には窓際から引っ張ってきた小さな丸テーブル。上には小さなサラダとチーズの盛り合わせがあるだけ。

 西沙せいさは日本酒を二合徳利にごうとっくりから大きなコップに注いで返す。冷酒ではないと言っても大吟醸だいぎんじょう辛口からくち。決して悪い日本酒ではない。

「それでなのかなあ…………エリア内でも見えなかったし…………藤原ふじわら家の殺人事件も使用人の存在も嘘じゃないことは分かったけど…………そののろいと現在が繋がらない…………」

「行政の資料の中に当時の建築業者の名前があったよ。調べてみる価値はあると思う」

「それなら────」

「当たり。あの人たちしかいないね」

 萌江もえはスマートフォンで電話を掛けた。

 相手は満田みつた

 そして簡単に経緯を説明する。

「そういうわけだから調べてもらえる? 富士芝帝都ふじしばていと建設って会社。今もあるか分からないけどギャラは出すからさ。明日まで」

『明日⁉︎ 仕方ないなあ。データを調べればすぐに出てくるだろうから……何とか出来るか…………分かったらすぐに電話するよ』

「さすが。よろしくー」

 その時、部屋のチャイムが鳴った。

「あれ? 杏奈あんなちゃんもう帰ってきた?」

 そう言ってドアに向かう萌江もえの背後から西沙せいさの小さな声。

「…………違うと思う」

 萌江もえがドアを開けると、そこに立っていたのは大き目の鞄を肩に掛けた咲恵さきえだった。

 そして眉間みけんしわを寄せた咲恵さきえの声が西沙せいさにまで届く。

「三人だけで何楽しんでるのよ」

 応える萌江もえは満面の笑み。

「よく町の名前だけで分かったねえ」

白々(しらじら)しいわね。ここしか泊まれる場所なんかないじゃない。まったく……分かってたくせに」

 咲恵さきえはそう言って部屋に入るなり西沙せいさに声を掛けた。

「お疲れさま」

 西沙せいさも軽く手を上げて応える。

 咲恵さきえはベッドの横に鞄を置いて続ける。

「四人部屋なんでしょ? さっき受付で説明してチェックインは済ましてきたから」

 西沙せいさは相変わらずの咲恵さきえの行動力に驚いた。

 西沙せいさ自身、そして萌江もえも行動力は高いほうだと思っている。それは多分に性格的なものもあるのだろうが、その西沙せいさからしても咲恵さきえ驚嘆きょうたんに値する。

 原動力が理由だろうとも思った。


 ──……咲恵さきえ萌江もえのためなら命を懸けられる…………


 ──…………私は、どうなんだろう…………


 西沙せいさにとってはもはや、咲恵さきえは他人ではない。それは血の繋がりだけではなかった。〝仲間〟などという安っぽい言葉でも足りない。

 それでありながら咲恵さきえ隔週かくしゅうとはいえ店に戻れたのは、他でもない西沙せいさの存在があるからだ。西沙せいさがいなければ咲恵さきえがあの家から離れることはなかっただろう。少なくとも西沙せいさはそう考えていた。

「なんだかさ…………」

 西沙せいさが柔らかい口調で続ける。

「驚いたけど嬉しいね」

 その西沙せいさの言葉に、咲恵さきえもやっと笑顔を浮かべた。

 そしてベッドに座る西沙せいさの隣に腰を降ろした咲恵さきえが返す。

「で? 今回もあまり面白い話じゃなさそうね」

 その咲恵さきえに缶ビールを渡しながら萌江もえ

「ここまでの経緯は夕方に資料を送った通り」

「送ってたの⁉︎」

 西沙せいさが驚いて声を上げる。

 そして萌江もえ

咲恵さきえなら資料見るだけで大体のことは分かるでしょ?」

 それに咲恵さきえは笑みを浮かべて応えた。

「まあね。問題はカラクリっていうより総ての関連でしょ? のろいとアスベストと謎の疾患しっかんと…………謎の霊能力者…………それらを繋ぐものが何かってことね」

「お見事」

 西沙せいさが小さく呟く。

 咲恵さきえが続けた。

「意外と……バラバラだったりしてね…………それを無理矢理に繋げてる〝何か〟を見付けなきゃって感じかな」

 そして杏奈あんなが戻る。

 咲恵さきえの姿に驚く杏奈あんなを無視して萌江もえは部屋の受話器を手にしてルームサービスを頼んだ。

「で? どうだった?」

 萌江もえ杏奈あんなに缶ビールを渡しながら声をかける。

「まあ、なんというか、よくあるおはらいでした。どの程度の人なのかはそれ以上は私ではちょっと…………」

 そこに咲恵さきえ

「とりあえず、明日そのエリアに連れてってよ。西沙せいさちゃんを邪魔するだけの存在がいるなら、どうなるか分からないけどね…………」

 その咲恵さきえの言葉に、西沙せいさは強い安心感を覚えていた。



      ☆



 翌日。

 まだお昼前。

 駅前で花束と線香を買うと、四人はまっすぐ慰霊碑いれいひに向かう。

 エリアに入るが、やはり咲恵さきえも何も感じなかった。

 萌江もえ慰霊碑いれいひの前の枯れた花束を、その横の雑草の上にそっと避けた。

 そして新しい花束を置くと、杏奈あんなが車に積んでいたライターで線香に火を点ける。

 柔らかい風に乗って、辺りにその香りが漂った。

 萌江もえはその線香を香炉こうろの中に入れた。

 そして全員が手を合わせる。

 もう二度と来ることはないかもしれない。それでも無視は出来なかった。せめて今だけでもこうするべきだと、誰もが思った。

 そして、咲恵さきえはここに来て初めて感じていた。


 ──…………これは…………なに…………?


「……確かに…………悲劇はあったみたい…………西沙せいさちゃんが感じた通り…………」

 そう言い始めた咲恵さきえが声のトーンを落として続ける。

「でも西沙せいさちゃんが感じてたのは幽霊なんかじゃない…………その時の実際の光景…………」

 それに西沙せいさが返した。

「多分……………………あれ?」

 西沙せいさは言いながら一歩後ずさっていた。

 言葉が続く。

「…………これって…………誰の記憶?」

 その様子がおかしいのに全員が気が付く。

 西沙せいさの目が変わった。

 空を仰ぐようにして口を開く。

「…………式神しきがみ…………女の子…………のろわれてる…………」

 そこに咲恵さきえの低い声。

「…………どこだ…………誰だ…………」

 そして、萌江もえは首の水晶を掴んでいた。


 ──……あせったら負ける…………


 そして、その場に声が響く。

 突然現れた声。

 四人が振り返った視線の先には、早江さえの姿。

「……皆さんここで何を…………どうされました⁉︎」

 早江さえのその声にも不安がこもる。

 萌江もえが顔を向けると、早江さえの表情は僅かにおびえて見えた。

 直後、動いたのは咲恵さきえ

 早江さえに足早に近付くと、驚いた表情の早江さえの手を取った。

 すぐに、咲恵さきえは立ちくらみを起こしたように膝が折れる。

 しかしその体を後ろから支えたのは萌江もえ

 同時に、二人の水晶が熱を帯びた。

 そして萌江もえは、咲恵さきえの体を支えたまま、そのまま西沙せいさに手を伸ばす。

 西沙せいさはすぐにその手を掴んでいた。

 その西沙せいさが言葉を漏らす。


「……………………御世みよ……………………」


 そして、総てが繋がった。



      ☆



 安政六年────一八五九年。

 雄滝おだき神社。

 滝川たきがわ家の長女、御世みよは一〇歳になっていた。

 御世みよはその年、現在で言う結核けっかくである労咳ろうがいの診断を受けた。

 御世みよは長女として雄滝おだき神社を継ぐ立場にあったが、病気の診断と共に滝川たきがわ家はそれをあきらめざるを得なかった。

 世の流れと同じく、父である倉明そうめいと母の前世さきよは元々男子(おのこ)を求めていたが、昨年流産をしたばかり。もはや御世みよの一つ年下の末世すえよに継がせるしかないと判断し、御世みよを神社から出す決断をする。

 御世みよの預けられた所は遥か遠くの古い屋敷。かつて滝川たきがわ家に嫁いできたことのある家系に繋がる屋敷だった。

 藤原ふじわら家。

 神社に直接関係する家柄ではなかったが、清国会しんこくかいを裏で支える豪族ごうぞくの一つ。とはいえ、清国会しんこくかいがどういった組織なのかまでは知らない。元々京都御所にも出入りしていた神道しんとうの組織だからと、金銭的に支えているに過ぎなかった。その屋敷の別邸べっていに預けられることになった。

 御世みよの身の回りの世話をするための使用人が二人選ばれた。元々雄滝(おだき)神社に使用人として入ったばかり。二人の実家にはかなりの金額が送られた。

 若い女性が二人。

 一六歳のイト。

 一五歳のサエ。

 二人共、まずしい家の出だった。





             「かなざくらの古屋敷」

      〜 第十五部「偽りの罪」第3話(完全版)

                 (第十五部最終話)へつづく 〜


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ