第十五部「偽りの罪」第2話(完全版)
県庁所在地からはだいぶ距離があった。
周囲を山間部に囲まれた町。
閉鎖的な地方都市の印象は拭えない。
新幹線の停まる駅からの距離もあり、これと言った観光資源もない。
地元の人間しか知らない町というのが現実。戦後の歴史のほとんどは町を挙げた裁判のみ。
病気が続き、賠償が続く。
ある一定の世代が生きている内は終わらない問題。
行政も、それを待っていた。
杏奈の車で到着したのは昼時。
天気は快晴。春が終わり、夏までの間の季節。
過ごしやすい気候のはずだが、この町に涼やかさは存在しない。
萌江も西沙も〝負の念〟のようなものを感じていた。
繁華街とも言えないほどの駅前の小さな商店街。その近くの駐車場に車を停め、三人は昼食の取れる店を探した。
「総てが例のエリアじゃないんでしょ?」
一方通行の道路を挟んだ商店街を歩きながら、萌江がそう言って杏奈に顔を向ける。
周囲の人通りはまばら。
杏奈はいつも通り萌江の斜め後ろを歩きながら応えた。
「場所は決まってますね。確かに広い範囲ですけど、新しい疾患のエリアはアスベストのエリアより狭いです。地図で見たほうが早いですよ。道路で区分けされてるみたいにクッキリですから」
「道路で区分け? 面白いね…………あ、ここにしよっか」
萌江は歴史のありそうな定食屋の前で足を止めた。
「こういう店が美味しいんだよねえ」
そう言って萌江は入口を開けるが、そこはゴスロリの西沙には似つかわしくない雰囲気の店。当然のように西沙は眉間に皺を寄せて小さく溜息を吐いた。
渋々、杏奈に続いて店に入る。
油の染み付いたような木のテーブル。料理の匂いが蔓延した店内。四人掛けのテーブルが四つと椅子が五つあるだけのカウンター。
昼時であるにも関わらず、他に客はいなかった。
いらっしゃいませの声もないまま、四〇代くらいの女性が水の入ったコップを持って近付く。三人はクリアファイルに入れられただけの手書きのメニューから注文をすると、自然とそれぞれが店内に目を配り始めた。
「そこの紙」
壁に貼られた一枚の小さな紙を見ながら萌江がそう小さく口を開くと、西沙と杏奈が首を回す。そして萌江が続けた。
「まだまだ根が深そうだね」
それはアスベスト訴訟の追加賠償を求める集会のチラシ。決してポスターのように大きな物ではない。恐らくはA4サイズ。ほとんどが文章だけのモノクロ印刷。
しかも貼られているのはそれほど目立つ場所でもないように見える。
杏奈が小声で返した。
「地元の弁護士団体が中心になってるみたいですよ。昔から…………賠償の内容までは私も詳しくは分かりませんけど、なんだか終わらせたくなくて無理矢理続けてるみたいで…………」
その言葉を拾うのは萌江。
「決して間違った思想で始まってるわけじゃないのに、いつの間にか活動すること自体が目的になってる団体ってあるよね…………目的は違ったはずなのに…………」
そこに西沙が挟まる。
「どうして? 補償を求めてるんじゃないの?」
「その正義を盾にしてる奴らがいるんだよ…………個人では勝てないから組織になって戦ったのに、いつの間にかその組織を食い物にする人間が近付いてきたことにも気が付かない……政治家個人だったり、反与党を掲げてる政党とかね。それでも擦り寄って来られると悪い気はしない…………自分たちの正義を疑ってないからね」
「お金?」
「だろうね。支援団体の間でお金が飛び交ってるよ。ホントに苦しんでる犠牲者を無視してさ…………その人たちにとっては犠牲者なんかどうでもいい…………活動を続けることが最大の目的…………だから終わらない。稼げる正義の活動ってのもあるんだよ…………」
「つまり、そこに〝エサ〟を与え続けるわけか…………」
それに返すのは杏奈。
「でも活動から離れてる町民も増えてるみたいです…………疲れてきてるんじゃないですか。この店も形だけチラシを貼ってる感じですし。断りにくいんでしょうね…………色々と」
そして萌江が返す。
「まさか〝呪い〟の噂のせいで諦めてるって感じでもないだろうしね…………」
そして三人が店を出るまで、他の客は訪れなかった。
杏奈が運転しながら説明を続ける中、萌江は助手席でタブレットの地図を眺めていた。
車内に杏奈の声が続く。
「ここの道路みたいですね。右側が新しい疾患の出てるエリアで、左側は一人も出ていません」
そう言った杏奈は境界線のようになっている道路を回り始めた。確かにかなり広いエリアだった。広さだけで言えば町の半分ほどの広さになる。
「結構新しい家も多いね」
そう言う萌江に杏奈が返した。
「裁判で町民が勝ってから賠償金が出たんですが、そのお金で家を建替えた人たちも多かったみたいですよ。後はリフォームとか……年代的に以前の家は戦後に新しく区画整理をした後で、ほとんどが建売だったみたいなんですよ。もう何十年も経ってますからねえ。裁判がなくても時代的に入れ替わりの時期を過ぎた感じですよね」
すると後部座席の西沙。
「一度、戦争で焼け野原になったんでしょ? それから新しく区画整理したのに…………それなのにどうして呪いのエリアが道路でクッキリ分かれてるんだろう…………」
「呪いまで道路で区分けされるなんて、おかしな話だね…………」
助手席でそう返した萌江が続ける。
「どっかでエリア内に入ろうか。空爆の慰霊碑もあるみたいだし、一応見ておこう」
エリア内のほぼ中心に、その慰霊碑はあった。
大きな一枚岩で作られた立派な物だったが、その外見は決して管理された印象はない。周囲は雑草だらけ。慰霊碑の前の花も枯れたまま。民家からは僅かに離れ、その一帯は開けた場所になっていた。慰霊碑の周りは小さな林のようにもなっており、やけに寂しさが漂う。
雑草は西沙がスカートの裾を気にするほどの高さ。
スニーカーの杏奈ですら歩きにくい。萌江のハイカットブーツならまだしも、西沙のローファーでは入るのを躊躇するほどだった。
「こういう所って…………行政の管理ですよね?」
杏奈がそう言いながら雑草を掻き分けていく。
萌江は慰霊碑の前に着くなり手を合わせた。西沙と杏奈もすぐに続く。
慰霊碑の前にはお墓でいうところの香炉に当たる四角い石があり、そこがくり抜かれて線香の灰が僅かに残るだけ。しかも湿気を吸い込んだのか色は黒い。石の上には枯れた花束。いずれもかなり古いままに放置されているのがすぐに分かった。
「お花くらい持ってくればよかったね」
萌江はそう言いながら、香炉の中に手を入れ、中の灰を掻き出した。
すると背後から西沙の声。その声は微かに震えていた。
「…………空爆って…………日付は?」
応えるのは杏奈。
「……戦争が終わる直前の四月ですから…………日付としては少し前です…………今年はもう過ぎましたね」
その杏奈も声は小さい。西沙の質問の意味が予想出来た。
西沙の震えた声が続く。
「…………慰霊祭もしてないじゃない…………ここの行政は何やってるのよ…………呪われて当然の土地だ…………死者の扱いも知らないなんて…………」
神道の世界に生きてきたから、だからこそ、元々西沙は死者を冒涜することが許せない性格だった。自分自身でもそれは自覚していた。幽霊などというものではなく、亡くなった人の〝念〟と関わってきたからだと思っている。慰霊碑のような物だけでなく、神を祀った祠なども大事にしてきた。それは生きた人間の〝念〟が宿る物だからだ。
そして、それは萌江とも共有する部分でもある。だからこそお互いを認めることが出来ていた。
まして今は美由紀のこともある。やや過剰になっているのは西沙自身も、そして萌江も気付いていた。
美由紀のお墓を作ってあげたいというのが西沙の理想だった。身近に骨壷を置いておきたい気持ちもありながら、やはりしっかりとしたお墓を作ってあげたかった。もちろん好きな所に勝手に作っていいものではない。しっかりとした墓地に納めてあげるべきだと思っていた。美由紀の名前での埋葬許可証もある。後は埋葬場所を決めるだけ。
しかしそんな西沙が気が付いた。
目の前の萌江が両の手を強く握りしめている。
萌江の気持ちを汲み取ることで、少しだけ西沙の中に冷静な感情が戻った。
そして、その萌江の声がする。
「……ここにはもう一度来ることになるよ…………ここのカラクリも暴かなきゃ…………」
☆
霊能者との約束の時間は一四時。
霊能者が長く宿泊しているホテルのロビーだった。
町には駅前に古いビジネスホテルが一つだけ。決して大きくはない。元々はリゾートホテルの誘致も計画された過去があったが、観光地としての公共事業が白紙となったことで、それも計画だけで終わる。そしてそれ以来、計画すら持ち上がってはいない。
少し早目に到着した三人はロビーの喫茶スペースで待つことにした。その喫茶スペースも丸テーブルが三つ並んだだけの規模でしかない。
そして三人のコーヒーのカップが空になろうという頃、少し遅れて霊能者が現れる。
「あの人だね」
開いたロビーの自動ドアからその姿が見えた途端に、そう萌江が口を開いた。
五〇代くらいに見える品のいい女性だった。決して派手な服装ではない。落ち着いた印象もあった。
「お待たせしてしまって…………早江と申します」
そう言って三人の前に腰を降ろしたその女性に威圧的な感じはなかった。むしろ年齢の割にはその印象は明るく、どこか幼い。苗字は使わず、下の名前だけで活動しているとのことだった。
杏奈は名刺を出して取材の意図を説明していく。
「よろしくお願いします。実は今回は幽霊奇談を記事にしたいわけではないんです。むしろカラクリを知りたくて来ました」
すると早江は、柔らかい口調で返した。
「そうでしたか……何やらテレビでは面白おかしく〝呪い〟の噂が騒がれているようですね。ですので私も最近は取材はお断りしていました。しかし今回は……どうしてでしょうね…………なんとなく、ですが」
そう言って軽く目を伏せる早江に、杏奈は気持ちを早らせながら質問を向けた。
「早速なんですが……心霊現象の報告があるようですね…………それで話題になったのは事実だと思いますけど……」
「はい…………総てのお宅ではないんですが、多くのお宅でお庭に見たことのない女の子が現れるんだそうです。まるで日本人形のような着物を着た女の子で……おかっぱ頭で……いつも鞠をついていると…………でもすぐに消えてしまうそうです。本日伺ったお宅でも同じだそうで、それで遅くなってしまいました。申し訳ありません」
そう言って早江は深々と頭を下げた。
すると萌江が西沙の異変に気付く。顔を伏せ、微かに体を震わせている。やがてその西沙が声を絞り出す。
「……その子…………藤原家の子ですね…………最初に犠牲になった子…………庭で倒れてる…………」
西沙にはその光景が見えていた。
──……エリア内では何も見えなかったのに…………どうして…………
そして、その西沙の異変に気が付いた早江が静かに返す。
「……どうやら、お分かりになる方のようですね……その通りです。呪われたエリアは元藤原家の敷地です。その呪いによって町の皆さんが体調を崩されていることは間違いないかと…………」
しかし、そこで口を開いたのは萌江だった。
「……どうなんだろう…………言われてる〝藤原家の呪い〟って……みんな…………誰の呪いのことを言ってるのかな…………」
すると早江は顔色ひとつ変えずに微笑んで応える。
「どうなんでしょうね…………マスコミの皆さんはその〝呪い〟の意味をどう捉えていらっしゃるのか…………」
「…………早江さんは…………どう思ってるんですか?」
「さあ……私は〝真実〟を知ってほしいだけですよ…………」
──……真実…………?
──…………〝呪い〟の…………?
☆
三人はそのまま町役場へ向かった。
古い地図を確認するためだった。
杏奈の名刺と雑誌社の名前を出すと、意外にも職員の対応は早い。何度もマスコミの取材を受けていたからだろう。慣れた感じで、その古い地図はすぐに出してもらえた。
確かに藤原家の敷地は広かった。
早速現在の地図と重ねてみるが、決して藤原家はエリアの中心というわけではない。むしろエリアに被っているのは半分程度。
「これじゃミスマッチもいいとこですね。藤原家の事件と呪いを結びつけるのはちょっと…………しかも早江さんの話と重ねると、藤原家の敷地以外でも心霊現象が報告されてることになりますよ」
そう言って杏奈は写真を撮り、メモを取った。
そして不意に顔を上げ、地図を見続ける萌江に声をかける。
「どうします? 時間的にそろそろ帰らないと日帰り出来ませんけど…………」
すると、地図に視線を落としたまま、口角を上げた萌江が応えた。
「今夜は泊まりにしよっか。頃合いの所はさっきのホテルしかなさそうだけど」
「いいんですか? 今日は日曜日ですよ。咲恵さんが帰ってくる日じゃないですか」
「うーん…………でもこのままじゃ帰れないなあ」
萌江は体を起こし、ポケットからスマートフォンを取り出すと咲恵に電話をかけた。
しかし留守録。
「シャワーかな? ────あ、えっとね、今夜泊まりになっちゃった。そんなわけだからよろしく」
「何をよろしくなのよ」
通話を切った萌江に、西沙がそう言いながら地図から顔を上げて続ける。
「念のためって着替え持って来たってことは…………最初から分かってたくせに」
「なんとなくその可能性もあるかなって」
そう言って萌江が笑顔を浮かべる。元々咲恵にはスマートフォンでメッセージを送ってから出発していた。その中でも泊まりの可能性は示唆していた。
しかし西沙の表情は晴れない。慰霊碑のことがまだ気持ちに引っかかっていた。
そして再び萌江。
「で? 西沙は何が見える?」
その萌江の真剣な声に、西沙も気持ちを切り替えた。
「うん……見えるよ…………確かに家族全員が死んでる…………使用人が当主を殺したのも事実…………何か恨みがあった…………かなり追い詰められた感じ…………それ以上は分からない…………」
「分かった。残りはホテルで話そう」
そして帰り際。
杏奈が役場の受付で職員に礼を言っていると、西沙が強い足音で近付いた。
「戦没者慰霊碑の管理をしてるのは誰?」
その強い西沙の声に全員の視線が集まる中、若い職員が呆然と腰を浮かせた。
続く西沙の言葉はさらに強いものに。
「全然管理がされていないってどういうこと? 慰霊祭もしてないじゃない」
すると、立ち上がった若い職員は辿々しく口を開いた。
「いや……でも…………あの当時を知る方はどなたも……ご存命の方がいらっしゃらなくて…………」
事実だった。空爆で村のほとんどの村民が亡くなり。僅かに生き残った人たちの中にはこの地を離れた者も多い。最後の経験者が亡くなったのはすでに二〇年以上前。
「────だからなんなのよ‼︎」
西沙の叫びが役場内に響いていた。
「戦争で亡くなった人たちの慰霊碑なんじゃないの⁉︎ そんなんだからアンタたちは土地に苦しめられるんだ‼︎」
その肩に、萌江の手が乗った。
震える肩を感じながら萌江の言葉が西沙の耳に届く。
「やめよ…………理解出来なかった人になら言ってもいい…………理解出来る可能性があるからね。でも…………」
萌江は声のトーンを落とした。
「……理解する気のない人間には…………何を言ってもムダ」
その声に、その場が凍りつく。
☆
ホテルのカウンターで受付を済ませたところで、三人は早江とすれ違う。
声を掛けてきたのは早江のほうからだった。
「あら、お泊まりになるんですか?」
すぐに返したのは笑顔の萌江。
「ええ、もう少し調べたいことがありまして」
「そうでしたか、私は今夜もお祓いに出向きます。ごゆっくり」
そして早江が足早に自動ドアに向かうと、その後ろ姿を見ながら萌江が杏奈に囁いた。
「見てきたほうがいいかもね。記事のネタにもなるし」
「そうですね」
杏奈はそれだけ言うと、早江を追いかけて声を掛ける。
萌江と西沙はルームサービスを取ることにした。本格的な食事は杏奈が帰ってからのほうがいいと考えたからだ。
部屋は運よく四人用のファミリールームが取れたので広い。
それぞれシャワーを浴び、ルームサービスの簡素なツマミでお酒に口を付け始める。
「どうして冷酒がないのよ」
そう言う西沙に萌江は缶ビールを飲みながら応えた。
「ちょっと時期が早かったかもね。で? 西沙はどうなの? 私は誰かが邪魔してる感じがする」
二人はベッドに腰掛け、その前には窓際から引っ張ってきた小さな丸テーブル。上には小さなサラダとチーズの盛り合わせがあるだけ。
西沙は日本酒を二合徳利から大きなコップに注いで返す。冷酒ではないと言っても大吟醸の辛口。決して悪い日本酒ではない。
「それでなのかなあ…………エリア内でも見えなかったし…………藤原家の殺人事件も使用人の存在も嘘じゃないことは分かったけど…………その呪いと現在が繋がらない…………」
「行政の資料の中に当時の建築業者の名前があったよ。調べてみる価値はあると思う」
「それなら────」
「当たり。あの人たちしかいないね」
萌江はスマートフォンで電話を掛けた。
相手は満田。
そして簡単に経緯を説明する。
「そういうわけだから調べてもらえる? 富士芝帝都建設って会社。今もあるか分からないけどギャラは出すからさ。明日まで」
『明日⁉︎ 仕方ないなあ。データを調べればすぐに出てくるだろうから……何とか出来るか…………分かったらすぐに電話するよ』
「さすが。よろしくー」
その時、部屋のチャイムが鳴った。
「あれ? 杏奈ちゃんもう帰ってきた?」
そう言ってドアに向かう萌江の背後から西沙の小さな声。
「…………違うと思う」
萌江がドアを開けると、そこに立っていたのは大き目の鞄を肩に掛けた咲恵だった。
そして眉間に皺を寄せた咲恵の声が西沙にまで届く。
「三人だけで何楽しんでるのよ」
応える萌江は満面の笑み。
「よく町の名前だけで分かったねえ」
「白々しいわね。ここしか泊まれる場所なんかないじゃない。まったく……分かってたくせに」
咲恵はそう言って部屋に入るなり西沙に声を掛けた。
「お疲れさま」
西沙も軽く手を上げて応える。
咲恵はベッドの横に鞄を置いて続ける。
「四人部屋なんでしょ? さっき受付で説明してチェックインは済ましてきたから」
西沙は相変わらずの咲恵の行動力に驚いた。
西沙自身、そして萌江も行動力は高いほうだと思っている。それは多分に性格的なものもあるのだろうが、その西沙からしても咲恵は驚嘆に値する。
原動力が理由だろうとも思った。
──……咲恵は萌江のためなら命を懸けられる…………
──…………私は、どうなんだろう…………
西沙にとってはもはや、咲恵は他人ではない。それは血の繋がりだけではなかった。〝仲間〟などという安っぽい言葉でも足りない。
それでありながら咲恵が隔週とはいえ店に戻れたのは、他でもない西沙の存在があるからだ。西沙がいなければ咲恵があの家から離れることはなかっただろう。少なくとも西沙はそう考えていた。
「なんだかさ…………」
西沙が柔らかい口調で続ける。
「驚いたけど嬉しいね」
その西沙の言葉に、咲恵もやっと笑顔を浮かべた。
そしてベッドに座る西沙の隣に腰を降ろした咲恵が返す。
「で? 今回もあまり面白い話じゃなさそうね」
その咲恵に缶ビールを渡しながら萌江。
「ここまでの経緯は夕方に資料を送った通り」
「送ってたの⁉︎」
西沙が驚いて声を上げる。
そして萌江。
「咲恵なら資料見るだけで大体のことは分かるでしょ?」
それに咲恵は笑みを浮かべて応えた。
「まあね。問題はカラクリっていうより総ての関連でしょ? 呪いとアスベストと謎の疾患と…………謎の霊能力者…………それらを繋ぐものが何かってことね」
「お見事」
西沙が小さく呟く。
咲恵が続けた。
「意外と……バラバラだったりしてね…………それを無理矢理に繋げてる〝何か〟を見付けなきゃって感じかな」
そして杏奈が戻る。
咲恵の姿に驚く杏奈を無視して萌江は部屋の受話器を手にしてルームサービスを頼んだ。
「で? どうだった?」
萌江が杏奈に缶ビールを渡しながら声をかける。
「まあ、なんというか、よくあるお祓いでした。どの程度の人なのかはそれ以上は私ではちょっと…………」
そこに咲恵。
「とりあえず、明日そのエリアに連れてってよ。西沙ちゃんを邪魔するだけの存在がいるなら、どうなるか分からないけどね…………」
その咲恵の言葉に、西沙は強い安心感を覚えていた。
☆
翌日。
まだお昼前。
駅前で花束と線香を買うと、四人はまっすぐ慰霊碑に向かう。
エリアに入るが、やはり咲恵も何も感じなかった。
萌江は慰霊碑の前の枯れた花束を、その横の雑草の上にそっと避けた。
そして新しい花束を置くと、杏奈が車に積んでいたライターで線香に火を点ける。
柔らかい風に乗って、辺りにその香りが漂った。
萌江はその線香を香炉の中に入れた。
そして全員が手を合わせる。
もう二度と来ることはないかもしれない。それでも無視は出来なかった。せめて今だけでもこうするべきだと、誰もが思った。
そして、咲恵はここに来て初めて感じていた。
──…………これは…………なに…………?
「……確かに…………悲劇はあったみたい…………西沙ちゃんが感じた通り…………」
そう言い始めた咲恵が声のトーンを落として続ける。
「でも西沙ちゃんが感じてたのは幽霊なんかじゃない…………その時の実際の光景…………」
それに西沙が返した。
「多分……………………あれ?」
西沙は言いながら一歩後ずさっていた。
言葉が続く。
「…………これって…………誰の記憶?」
その様子がおかしいのに全員が気が付く。
西沙の目が変わった。
空を仰ぐようにして口を開く。
「…………式神…………女の子…………呪われてる…………」
そこに咲恵の低い声。
「…………どこだ…………誰だ…………」
そして、萌江は首の水晶を掴んでいた。
──……焦ったら負ける…………
そして、その場に声が響く。
突然現れた声。
四人が振り返った視線の先には、早江の姿。
「……皆さんここで何を…………どうされました⁉︎」
早江のその声にも不安が籠る。
萌江が顔を向けると、早江の表情は僅かに怯えて見えた。
直後、動いたのは咲恵。
早江に足早に近付くと、驚いた表情の早江の手を取った。
すぐに、咲恵は立ちくらみを起こしたように膝が折れる。
しかしその体を後ろから支えたのは萌江。
同時に、二人の水晶が熱を帯びた。
そして萌江は、咲恵の体を支えたまま、そのまま西沙に手を伸ばす。
西沙はすぐにその手を掴んでいた。
その西沙が言葉を漏らす。
「……………………御世……………………」
そして、総てが繋がった。
☆
安政六年────一八五九年。
雄滝神社。
滝川家の長女、御世は一〇歳になっていた。
御世はその年、現在で言う結核である労咳の診断を受けた。
御世は長女として雄滝神社を継ぐ立場にあったが、病気の診断と共に滝川家はそれを諦めざるを得なかった。
世の流れと同じく、父である倉明と母の前世は元々男子を求めていたが、昨年流産をしたばかり。もはや御世の一つ年下の末世に継がせるしかないと判断し、御世を神社から出す決断をする。
御世の預けられた所は遥か遠くの古い屋敷。かつて滝川家に嫁いできたことのある家系に繋がる屋敷だった。
藤原家。
神社に直接関係する家柄ではなかったが、清国会を裏で支える豪族の一つ。とはいえ、清国会がどういった組織なのかまでは知らない。元々京都御所にも出入りしていた神道の組織だからと、金銭的に支えているに過ぎなかった。その屋敷の別邸に預けられることになった。
御世の身の回りの世話をするための使用人が二人選ばれた。元々雄滝神社に使用人として入ったばかり。二人の実家にはかなりの金額が送られた。
若い女性が二人。
一六歳のイト。
一五歳のサエ。
二人共、貧しい家の出だった。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十五部「偽りの罪」第3話(完全版)
(第十五部最終話)へつづく 〜




