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第十三部「水の中の女神」第5話(完全版)(第十三部最終話)

 御世みよの意識操作の真実を暴くまでもなく、その効力自体は御世みよの死後にすでに崩れかけていた。もちろんそれはりょうの行動の結果でもある。

 やがて、再建された唯独ただひと神社の認知が清国会しんこくかいの中でされた時、すでに神社はその存在理由を失っていた。文献ぶんけんに残されているような、栄華えいがを誇っていたやしろとは程遠いものでしかなかった。

 しかし清国会しんこくかいにとって金櫻かなざくら家と水晶は欠かすことが出来ない。

 その存在を持ってして世界の中心になろうとしていた。

 それでも御世みよの意識操作の影響が残る中で、その確証は文献ぶんけんの中のみ。そこが本当に求めているやしろなのかの保証も見付けられなかった。しん唯独ただひと神社ならば二つの水晶が存在するはず。

 それを確認するため、御陵院ごりょういん神社から美麗みれいの妹────より唯独ただひと神社に嫁ぐ。そのよりは、その後、萌江もえの母である京子きょうこを産む。

 しかし神社が災害でその姿を消した時、よりは神社と共に命を落とし、唯一の生き残りである京子きょうこは世間に紛れて清国会しんこくかいから逃げ続けた。

 清国会しんこくかいは再び金櫻かなざくら家を見失う。

 そしてさき京子きょうこに接触したことで萌江もえと〝火の玉と水の玉〟の存在を確認するが、結果的に僅かな繋がりは萌江もえの存在のみとなる。


 やがて、さき西沙せいさ萌江もえに接触させる。

 そして同時に文献ぶんけんの残されていなかった女神めがみ伝説を調べ始める。

 しかし姫神ひめかみ湖が雄滝おだき湖であるという確証が持てないまま。それでも水晶の所在を明らかにするためには雄滝おだき湖の場所を確かめる必要があると考えた。水晶を生み出した雄滝おだき湖ならば、何か繋がりを見付けられるかもしれないと願った。

 そして杏奈あんなに情報を流す。

「またネタ探しですか?」

 久しぶりに西沙せいさの事務所を訪れたさきは、杏奈あんなの顔を見るなりそう言って溜息をいた。

 杏奈あんなもバツが悪そうに笑顔を浮かべて応える。

「まあ……そんなとこです」

 杏奈あんなの向かいに座る西沙せいさの隣に腰を降ろしながら、さきが返した。

「我々も別に常に大きな事件に巡り合っているわけではありませんよ。神社でもほとんどは地鎮祭じちんさいとかの儀式的なものです。はらいごと専門とうたってみてもそれだけで食べていけるわけではありませんからね」

 するとそれに返したのは西沙せいさだった。

「珍しいね。お母さんがそんなマイナス思考的な発言するなんて」

「マイナス思考だなんて…………現実を言ったまでです」

 そしてさき美由紀みゆきの運んできたコーヒーを口に運んで続ける。

「相変わらずコーヒーだけは美味しい所ですね」

「ほらマイナス思考だ」

「違います」

 そして、そんな二人の会話に杏奈あんなが挟まった。

「最近はオカルトブームも下火なんですよねえ…………私もネット専用の記事ばっかりだし…………久しぶりに誌面にも載せて欲しいんですけどね」

 返すのは西沙せいさ

杏奈あんなまでマイナス思考はやめてよ。ここのイメージまで悪くなるじゃん」

 それにさきが挟まる。

「心霊相談にイメージなんかないでしょ」

「あります。神社と同じ」

「……イメージといえば…………世間から忘れ去られたような寂しい神社が一つありますね。元々は歴史ある由緒正しい神社なのですが…………」

 そのさきの言葉に、杏奈あんなが目を光らせた。

 さきが続ける。

杏奈あんなさんは…………女神めがみ伝説ってご存知ないかしら…………」

 そしてさきは伝説を話し始めた。

 話を聞いていた杏奈あんな雄滝おだき神社に行くことを決めるが、さき杏奈あんなに提案する。

文献ぶんけんも残っていないので…………ことの真相を知るのは難しいと思います。もし問題がないようでしたら、恵元えもとさんと黒井くろいさんに協力してもらったらどうでしょう」

 やがて杏奈あんなが帰り、直後に美由紀みゆきも退社時間を迎えた。

 事務所には西沙せいささきだけ。

 さきが来た理由はもちろん別にあった。

西沙せいさ…………今日はこの間の応えを聞きに来ました…………」

 さきがそう言って向かいのソファーに移ると、西沙せいさが大きく溜息をく。

「さっきの杏奈あんなへの提案もその一環いっかん?」

 西沙せいさの声にいい印象は感じなかったが、さきは構わずに応えていた。

「もちろんです。あくまで可能性ですが、雄滝おだき湖と姫神ひめかみ湖の繋がりが分かるかもしれません。もし私の予想通りに姫神ひめかみ湖が雄滝おだき湖だったとすれば、あの場所は我らにとって〝神域しんいき〟となります。さすれば不安定になってきた清国会しんこくかいの地盤固めの材料にも丁度良いでしょう」


 ──…………政治か…………


 そう思った西沙せいさに構わずさきは続けた。

「しかも黒井くろいさんの出所しゅっしょが分かった今となってはことを急ぎます。〝水の玉〟も手に入ったようなもの…………」

「でもさあ…………あの二人がこっちに協力するとは思えないけど…………」

「そうは言っても……〝血〟には逆らえませんよ…………あなたのように…………」

 そのおよそ一ヶ月後、さき西沙せいさを神社に呼び出して眠らせた。

 その理由は雄滝おだき神社。

 恵麻えまの指示だった。

西沙せいさは危険だ。排除しろ…………抵抗が激しいようなら命を取ってもいい。御世みよも動いてる…………あの御二人に会わせてはならない…………」

 恵麻えま御世みよを恐れるのも当然だった。

 二つの水晶が揃ったことで、すでに御世みよの意識操作がだいぶ薄れていたのは事実。

 それでも御世みよの存在を感じる。


 ──……死んだのは肉体だけ……異形いぎょうの者とでもいうのか…………


 しかし指示を受けたさきは、西沙せいさの動きをおさえることしか出来なかった。



      ☆



 さき清国会しんこくかいの拠点、中心たる雄滝おだき神社にいた。

 西沙せいさの葬儀は明日。

 その前に恵麻えまから呼び出されていた。

 広い本殿には恵麻えまを含めて滝川たきがわ家の全員が集まっていた。

 強い夕陽が差し込む。

 本殿の全員の影が濃い。

 祭壇の前に座る恵麻えまの後ろに並んで座るのは恵麻えまの妹の陽麻ひま、父の麻人まひと、母の陽恵ひえ

 更にその後ろ、距離を開けてさきが深々と頭を下げていた。

 本殿の高い天井に恵麻えまの声が響く。

「娘の西沙せいさは…………」

 頭を下げたまま、すぐにさきが返した。

「…………みずから……命を断ちました」

「葬儀は…………」

「…………これからです」

「都合が良かったではないかさき…………娘の中には〝京子きょうこ様〟がいたのだろう? はらう手間もはぶけた。そうではないか」

「はい…………」

 さきはそれしか応えられずにいた。

 清国会しんこくかいのために動いてきた人生。あの文献ぶんけんを見付けてから、唯独ただひと神社と水晶を追い求め、金櫻かなざくら家と関わってきた。

 水晶が二つ揃い、咲恵さきえの正体も分かり、まさかの西沙せいさ障壁しょうへきとなった。

 三姉妹の中で一番(かん)の鋭い娘だった。一番の能力者。間違いなく言えることは、さきよりもその力は強かったこと。直接対峙(たいじ)したとすればさきでは絶対に敵わなかっただろう。

 さきですら時に恐れ、同時に嫉妬した。

 その西沙せいさはすでにいない。

 理由はさきでも分からないまま。

 自分の力を利用されるのを恐れたのか、誰かに操られていたのか、何かをおさえ込んだのか。その西沙せいさの死で、同時にさきは引き返せないことを自覚していた。

 最近、西沙せいさと話している中で自分の中に雑念が増えてきていることには気付いていた。


 ──……御世みよが命を懸けてまで隠そうとしたものは……本当は何だ…………

 ──…………もしや…………初めから総て…………今すらも…………


 恐らくは恵麻えまにそれを見透かされていた可能性すらある。

 恵麻えまは現在の清国会しんこくかいの頂点に君臨くんりんする巫女みこ

 表向き、雄滝おだき神社は父の麻人まひとが中心としながらも、しんのトップは恵麻えま

 それはやはり恵麻えまの持つ力と、歴代のかしらを経由して伝えられる〝神の啓示けいじ〟。それが総てだった。事実、恵麻えまは総てを見通した。それを唯一(さまた)げるのは御世みよの意識操作だけだった。しかし萌江もえ咲恵さきえの力で、ある意味そこから解き放たれた今、恵麻えまに恐れるものはない。

 恐れていたとしたら、唯一人ただひとり

 西沙せいさだけだった。

 その西沙せいさがいなくなり、後は清国会しんこくかいを歴史の表舞台に出すだけ。

 恵麻えまさきに背中を向けたまま口を開く。

京子きょうこ様の母がお前の家から嫁いだことも長年の計画の一つだった…………総ては〝畏敬いけいの力〟に対抗するために我らの血を混ぜた…………そして結果的に萌江もえ様と咲恵さきえ様のお陰で御世みよが隠そうとして作り上げた伝説の真実も分かった。水晶が御二人を選んだことも事実。これで幾多いくた文献ぶんけんが歴史に繋がる……しかし問題は我々の思想にとなえる者がいることだ。その者たちを大人しくさせるためには、なんとしてもあの御二人の力がいる…………」

 しかし、そこに挟まったのは母の陽恵ひえ

「待ちなさい恵麻えま…………そこまでの準備はまだ終わってはおりませんよ」

 すると父の麻人まひとも口を開いた。

「元々我らは西沙せいさ様の力もほっしていた……その穴埋めをどうするのか決めなくては…………」

 それに恵麻えまは背中で返す。

「父上ともあろう御人おひとが情けないことを…………もう一人いるではありませんか…………」

 すると麻人まひとは顔を軽く伏せて応えた。

「……しかしまだ…………目覚めてはいない…………」

「目覚めさせたらいいではありませんか…………そのためにそばに置いておいたのです」

 その恵麻えまの言葉に間を置いて返したのは、一番後ろのさきだった。

 その声は床に響く。

「……その件は……こちらで…………」

 そしてその直後、小さな異変に最初に気が付いたのは陽麻ひま

 陽麻ひまは腰を浮かして振り返る。

 頭を下げ続けているさきの背中越しに参道が見えた。

 綺麗に敷かれた砂利じゃりが夕陽で真っ赤に染まる。

 陽麻ひまが呟いていた。

「────なにか…………」

 すぐにさきが驚いたように体を上げて声を上げる。

「──まさか────!」

 しかし、続く陽麻ひまの声は冷静だった。

「…………姉様…………外に…………」

 そして立ち上がる。

 すると麻人まひと陽恵ひえは、まるで背中を向け続けている恵麻えまへの道を開けるように両端に移動して腰を降ろした。

 陽麻ひまが外に繋がる板間の縁まで歩くと、その横をすり抜けて下駄げたに足を通したのはさき

 そのさき砂利じゃりを踏み締めて叫んでいた。

「────来てはなりません!」

 その視線の先には、夕陽に照らされた人影が二つ。

 そして本殿の奥からは恵麻えまの声。

「……さき…………わめくな…………」

 そして立ち上がった恵麻えまは、体を回して足を進める。

 足袋たびが板間をる音さえ本殿に響いた。

 陽麻ひまが頭を下げながら腰を落とし、恵麻えまに道を開けると、夕陽の色が恵麻えま巫女みこ服を包む。


 長い参道の先から、砂利じゃりを踏み締める音が近付いた。


 その姿は、萌江もえ咲恵さきえ


 恵麻えまの口元に笑みが浮かぶ。

 本殿の入口前で下に降りているさきが小さく口を開いていた。

「…………御警戒を……」

 そして、真っ赤な空気を揺らしたのは、近付く萌江もえの声。

「────面白い話だったねえ…………私たちに会いたがってるのはあんたたち?」

 その声が響き渡る。

 その背後には咲恵さきえの鋭い目。

 やがて、ゆっくりと恵麻えまが返した。

「……わざわざ御二人で御越し頂けるとは…………御待ちしておりましたよ…………」

 萌江もえは口角を上げて応える。

「…………ウソばっかり……」

 萌江もえは腰の後ろに手を伸ばした。

 その手を外に広げると、そこには真っ赤に光る短刀。

 さきが素早く身構える。

 萌江もえ砂利じゃりり付け、その体はあっという間に本殿の前へ。

 そして、萌江もえの体はさきに重なる。

 短刀の切先きっさきが、さきの体を突き抜けていた。

 白い巫女みこ服が真っ赤に染まっていく。

 そのすぐ後ろ、本殿の中で、身動き一つしないのは恵麻えまだけ。

 残る三人が立ち上がって驚愕きょうがくの表情を浮かべた直後、萌江もえのすぐ斜め後ろで咲恵さきえが〝水の玉〟をからめた右手を突き出していた。

 誰も動けない。

 まるで時が止まっていた。

 体の力が抜けていくさきの耳元で、萌江もえささやく。


「…………誰かをうらんでも…………何かを見誤みあやまるだけ…………気を付けて…………」


 そして、萌江もえ咲恵さきえ、二人の姿が消えた。


「────え……?」

 思わず陽麻ひまが声を漏らす。

 目の前で何が起こったのか、誰も理解が出来ない。

 次の瞬間、その陽麻ひまの視線の先で、さきが膝を落とした。

 その砂利じゃりの小さな音が、やけに大きく聞こえ、やがて風を感じる。

 刃物などどこにも無い。

 さきは血の一滴も溢れていない自分の腹部を見下ろしていた。

 そこに背後からの陽麻ひまの声。

「…………見せられた…………だけ…………」

 そこに被さるのは恵麻えまの声だった。

「…………恐ろしい御人おひとだ…………どうしても我らにくみする気はないということか…………」

 そして、その背中に麻人まひとが声をかける。

恵麻えま…………やはりあの御方は────」

「────わかっておるわ‼︎」

 振り返って叫ぶ恵麻えまひたいに血管を浮かべて狂気の表情をあらわにしていた。

 その中、さきの呟きは誰の耳にも届かない。

「……………………西沙せいさ………………」



      ☆



 山の中。

 萌江もえの家には咲恵さきえ杏奈あんなもいた。

 萌江もえ咲恵さきえの二人は縁側に腰を降ろし、暗くなり、消えかける夕陽の空を眺めていた。

「ここも…………あの人たちに見付かる?」

 そう静かに聞く咲恵さきえに、萌江もえはゆっくりと応える。

「大丈夫。ここは守られてる…………理由は私も分からないけどね…………」

「……そう…………なら良かった……」

 咲恵さきえは静かにそう返すと、庭でじゃれ合う三匹の猫を眺め、続けた。

「派手に立ち回ったね…………あの人たちは黙ってないでしょうね…………」

「……うん…………でも……西沙せいさの復讐はしたよ」

 萌江もえはそう応えると、振り返ってソファーに座る杏奈あんなに言葉を投げる。

「……これで、いいんだよね」

 杏奈あんなはソファーに座ったまま、両手で持ったマグカップのコーヒーを眺めていた。そのまま、口を開くが、表情は硬い。

「……はい…………ありがとうございました…………」

 杏奈あんなにとっても、西沙せいさの一件は予想だにしていないことだった。

 何がこの結果を生んだのか、もはや誰にも分からない。しかし清国会しんこくかいの人間をうらんでも仕方がないことは誰もが分かっていた。

 誰もが、あまりにも多くのものに翻弄ほんろうされ過ぎた。少し考える時間が欲しかったのは全員が一緒だろう。

 咲恵さきえは立ち上がると、杏奈あんなの横に座って声をかけた。

「……西沙せいさちゃんの事務所にいた女の子は、どうしてるの?」

 すると、やはりまだ気の抜けたような杏奈あんながゆっくりと返す。

美由紀みゆきちゃんですか? どうなんでしょう…………あそこ自体は立坂さんが閉めてくれたみたいですけど…………」

「そう…………それと、私はしばらく店に顔は出さないから。女の子たちには連絡してるし、行ってもいないからね」

「そうなんですか?」

「色々と危険だしね…………それに、萌江もえを一人では置いておけない…………しかもここにいるほうが安心…………杏奈あんなちゃんにはまだ動いてもらうことになるけど…………」

「そうですね。やりますよ」

 杏奈あんなはそう応えると、自分の鞄から大き目の茶封筒を取り出す。それはかなり厚い。それをテーブルの上に置いて続けた。

「…………西沙せいささんから、です…………日付指定で、今日、お二人に見せるように言われてました」

「日付指定で? あの子も手の込んだことするわね」

 咲恵さきえは封筒から中の紙の束を取り出し、その表紙に目をやる。

 そして、口角を上げた。

 すると杏奈あんなが不安気に言葉を繋ぐ。

「私も中身は見ないように言われてて…………」

 その杏奈あんなに、縁側から振り返った萌江もえの声が届く。

杏奈あんなちゃん……ホントに最後まで付き合うの?」

 それに杏奈あんなは迷いなく返した。

「もちろんです……私にやれることは少ないですから…………なんでも…………」

「仕事のキャリア、失うことになるかも」

 杏奈あんな萌江もえのその言葉に、少しだけ間を空けて応える。

「…………いいですよ…………西沙せいささんにはお世話になりました…………このままで終われないのは私も同じですから…………」

 何を捨てるか。そしてそれをどうやって捨てるか、この時の杏奈あんなはまだ迷っていた。

 それでも、多くのことを捨てる覚悟だけは迷いはない。

 その力強い目に、萌江もえは視線を庭に戻して返す。

「迷惑かけてごめん…………私もこのままじゃ終われないんだ…………これが私の0.1%…………」

 まるで小さくなるその声を拾うかのように、三匹の猫が萌江もえの横に飛び乗る。

 猫に手を伸ばした萌江もえは顔を伏せていた。

 その肩が、小さく震える。



      ☆



 杏奈あんな雄滝おだき神社への取材を終え、記事をまとめている頃。

 珍しく西沙せいさから呼び出された。

 何か新しいネタかとも思ったが、西沙せいさからわざわざネタを杏奈あんなに持ち込むことは少ない。大抵は杏奈あんなから西沙せいさを揺さぶってネタが出てくるのを待つ。そんな関係だった。

 しかも呼び出されたのは夜の二一時。

 生活リズムがバラバラの杏奈あんなだったが、西沙せいさも負けじと生活リズムは崩れていた。仕事柄、依頼主の側に合わせる必要もあるのだろう。仕方のない部分でもあった。

 そんな二人だったが、夜に西沙せいさから呼び出しがあったのは初めてだった。

 杏奈あんなが到着すると、すでに事務所に美由紀みゆきの姿はない。よほど緊急のことがない限り、美由紀みゆきは定時の一七時には上がる。あえてその美由紀みゆきがいない時間を指定してきた時点で、何か深刻な話かもと杏奈あんなは少しだけ身構えてもいた。

 しかもその予感は的中する。

「どうだった? 雄滝おだき神社」

 西沙せいさは缶コーヒーを杏奈あんなの前に出しながらそう聞いてきた。

 杏奈あんなは缶コーヒーの栓に指をかけながら応えていく。

「協力的でしたよ。湖も綺麗でしたし…………春だからかもしれませんけど空気も綺麗だし…………あんな伝説が似合わないくらいですね」

「話してくれたのは……恵麻えま?」

 その西沙せいさの雰囲気は何かおびえたような仕草を含んでいた。

 まだこの時の杏奈あんなに、そこに疑念を持つ感情はない。

「はい、恵麻えまさんって方でした。いずれはあの方が神社を継がれるって聞きましたけど…………」

「神社をね…………」

 西沙せいさ杏奈あんなの目を見ようとはしない。

 何かを誤魔化ごまかしている態度だということは杏奈あんなにもすぐに分かった。


 ──……言いにくいことでもあるのかな?


 杏奈あんなはそんなふうに感じていた。

 神社と一口に言っても、それぞれの関係性は複雑だ。神社同士で敵対するということはないのだろうが、考え方の違いはある。西沙せいさは神社から抜けた身とはいえ、当然その世界には詳しい。

「ねえ杏奈あんな…………」

 西沙せいさは急に顔を上げた。

 その目は真剣そのもの。杏奈あんなも思わず身を硬くする。

 その西沙せいさが続けた。

「私たちに協力してほしいの…………」

「何言ってるんですか。私で良かったらいつでも────」

「今回は違う…………」

 西沙せいさはそう言って杏奈あんなの言葉を遮った。

 杏奈あんなが何も返せないまま、その西沙せいさの声が続く。

「もちろん萌江もえ咲恵さきえも絡む…………でもそれは決まってること…………一番問題なのは、あなた。でもあなたのネットワークが欲しい。私だけじゃ無理…………それに、今回は私は萌江もえ咲恵さきえを助けられないかもしれない…………杏奈あんなに助けてもらうしかない…………」

 西沙せいさの畳み掛ける言葉を、杏奈あんなは呆然と聞いていた。

 やがて、無意識に声が漏れる。

「…………何が…………あるんですか…………?」

 すると、西沙せいさ杏奈あんなに鋭い目を向けて口を開いた。

「……何かを……捨てる覚悟はある…………?」

「…………なにか……って…………」

「強要は出来ない。杏奈あんなにも杏奈あんなの人生がある…………それは理解してる」

「分かりませんよ…………どういうことですか?」

 返しながら、杏奈あんなの中に膨らむのは不安だけ。

 そこに応える西沙せいさは、それでもそれほど間を空けなかった。

「私は…………この国にきばを向ける…………そうしなければ…………萌江もえ咲恵さきえを失う…………」

 杏奈あんなには、まるで理解が追い付かなかった。

 ただ、何か、今までとは次元の違いを感じていた。


 ──…………私は今…………聞いてはいけない話を聞いてる……………


 そして西沙せいさは、途端に柔らかい表情になって続ける。

「どうして杏奈あんなと出会っちゃったかなあ…………こんなことに巻き込みたかったわけじゃないのに…………」

 杏奈あんなは初めて、西沙せいさの涙を見た。

「……杏奈あんなは何も関係ない…………私たちみたいなおかしな人生に関わる必要なんかないのに…………私が悪いんだ…………私が杏奈あんなに関わり過ぎた…………」

 そして、杏奈あんなは、気持ちを決める。


 ──……今まで…………色々助けてもらったな…………


「……じゃあ…………私は関わるべきじゃないですね…………」

「うん…………ごめん…………この話は聞かなかったことに────」

「でも…………」

 そう言って西沙せいさの言葉を遮った杏奈あんなが続ける。

「……私は萌江もえさんと咲恵さきえさんを守ります…………私にだって出来ることはありますよ…………聞かなかったことにしますので、総て話してください…………それでいいですよね…………」

 杏奈あんなの顔には笑みが浮かんでいた。

 西沙せいさ杏奈あんなのその表情に、反射的に口角を上げ、すぐに目を伏せる。


 ──……後戻りは出来ない…………

 ──…………これはホントに間違ってないの…………?


「まだ総ては話せないし、聞いたところで理解出来ないと思う。でも……これから私たちは大きなことに巻き込まれる…………その時に……萌江もえ咲恵さきえを助けてほしいの…………」

 そう言った西沙せいさがテーブルの上に紙の束を置いた。

杏奈あんなも……まだ表紙以外は見ちゃ駄目だよ…………」

 その表紙には、こう書かれていた。


 〝 『 清国会しんこくかいについての調査報告書 』──── へびの会 〟





         「かなざくらの古屋敷」

     〜 第十三部「水の中の女神」(完全版)終 〜


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