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インペリアル・フラワーズ シリーズ

ヒロインなんて嫌なので、替え玉を用意しました

作者: 里見 知美

お久しぶりです。のんびり短編どうぞ。

 そっか、私転生したんだ――。


 そう気がついたのは、生まれ落ちてすぐの頃。


 アマリリス・ピーコック。男爵令嬢だ。なんて高貴な名前をつけてくれるんだと文句を垂れるも、父の名前は、ルーズベルト、母の名前はアルストロメリア、兄の名前はヴァレリアン。両親も兄も素晴らしく長ったらしい高貴っぽい名前を持つため、致し方なく。


 朧げながら覚えている前世の私は、社会人だった。事務職とは聞こえのいいお茶汲み係で、渡された書類を清書して封筒に入れて、それぞれの宛先に送るだけの毎日で、大して隆起の無い仕事だったと思う。ニコニコ笑って10時と3時にお茶を出して、お客さんが来ればお茶菓子とお茶を用意して、5時になったらタイムカードを押して帰るだけの仕事。ブラック企業でもなければ、全然忙しくもなかったし(それはそれでいいのかと思うけども)、ストレスも全くと言っていいほどなかった。


 漫画も乙女ゲームも興味なかったのか記憶にないし、テレビでさえもあんまり見なかった気がする。なんで死んだのかは覚えていないし、なぜ前世の記憶があるのかもわからない。ただ、外から聞こえてくる声で、なんとなく、「ああ生まれ変わったんだな」と気づいただけ。


 そんな私がこの世界が恋愛小説から派生した乙女ゲームの世界だと知っている。


 と言うのは、アマリリスよりも5歳年上の、兄ヴァレリアンのご友人である辺境伯のご子息レイモンドが、生まれたばかりのアマリリスにそう告げたからだ。


 君は「インペリアル・フラワーズ」という乙女ゲームのヒロインなんだよ、と。


 この世界は恋愛小説から派生した乙女ゲームの世界で、君はヒロインだ。15歳の頃に魔獣に襲われた俺を助けて、聖魔法に目覚める。そして王都からキラキラしい聖騎士が君を迎えに来て、君は聖女として公爵家の養子になり、インペリアル王立学園に編入して王都で華々しい恋愛ゲームを繰り広げるのだ。


 なんとレイモンドにも前世の記憶があった。私よりもずっとはっきり前世のことを覚えているようだ。彼は前世では女の子で、そのゲームを踏破したらしい。そしてまだ目も開かない赤ん坊のアマリリスに向かってこんこんと言って聞かせた。王都で繰り広げられる聖女アマリリスと5人の攻略対象者たちのラブストーリー。


 第3王子との冤罪NTRあり(追放エンド)、冒険者とのドラゴン討伐冒険あり(死亡エンド)、聖職者との報われない悲恋あり(闇堕ちエンド)、教師との歳の差苦恋あり(監禁エンド)、宰相の息子との愛憎劇あり(溺愛エンド)。


 ……申し訳ないけど、どれも全く興味がない。何、そのなんとかエンドって何気に酷くない?


 ってか、赤ん坊に何教えてんのよ。


 何が悲しくて、そんな波瀾万丈な恋愛を好まなくちゃいけないんだ。普通に育む愛はないのか。まあ、どれをとってもそれなりに顔良し、爵位よし、立場あり、金有りのような感じだけど、将来性がないでしょう、どれもこれも。辺境の男爵家生まれの私的には、普通に結婚して子供を産んで生まれ故郷で平穏に生きたい。


 まあ、そんなわけでもし前世の記憶があったら教えてね、と言われたんだけど。


 この北の辺境伯領グラディノースはアンビリーバボーに住みやすく、食べ物も美味しい。レイモンドが前世の知識をこれでもかと発揮して、とんでもなく便利で住みやすい土地に仕上げているからだ。滅菌トイレも上下水道もお風呂もカレーライスもマヨネーズもかき揚げも天丼も、まだまだ王都には出回っていないんだとか。


 時々辺境伯の使いっ走りで王都へ出向く父曰く、王都の川にはゴミや死体が浮かび、街には腐臭が漂い、汚物は路地裏に捨てられているらしい。富を表すために歯を黒く染め、男女共に体に良くないコルセットをつけ、匂いを消すために香水を振り撒き、とてもじゃないが食事をする気にもなれないとか。


 コルセットって、男性もつけてたのか…。知らなかったな。お歯黒は水銀か鉛か何かを使ってて、歯がボロボロになって使用禁止になったんだっけ。この時代はまだ使ってるのね。って言うか、異世界のくせになんでヨーロッパの風習取り入れてるんだろう。


 夏は絶対に行かないほうがいいとか、スライムを路地裏の清掃に使っているだとか、ちょっと今世で見ても考えられない生活をしているようだ。辺境に生まれてよかった。


 そのファンタジー的な魔法生物スライムは、確かに体内に取り入れたものはゴミでも何でも消化するけど、浄化はしない。誤って触ったりしたら、酸液を飛ばされる。スライムの通ったあとは酸のせいで道路が変色して溶けるし、ぬめって滑りやすい。滑って転んでお尻が溶けたとか言ったら笑えない。兄曰く、あの滑りはスライムの排泄物だというけど、それなら酸性だと言うのも納得。結果としてデコボコ道になって整備に手間がかかるし、やっぱり汚い。まあ、汚物とか腐臭よりはマシかもしれないけど。


 代わってグラディノースでは、道路は砕石(さいせき)を乳剤で固めて整備されていて、歩道と馬車道の間に排水溝もある。街角の各所にゴミ箱が置かれ、回収ボット(魔道具らしい)で定期的にゴミを回収していく。その中でも生ゴミは畑の肥料に使えるので、選別され森の中の結界で囲われた堆肥場に運ばれる。そこで魔道具を使って堆肥になるらしい。それ以外のゴミは別の場所に集められて、圧縮滅却され、その灰も最終的には肥料になるのだそうだ。仕組みはよく分からないけど、レイモンドが開発した。まだコンクリートやアスファルトといったものは見当たらないけど、煉瓦はあるから多分レイモンドが考えているに違いない。


 滅菌トイレというのも各家に設置され、用を済ませ蓋を閉めると、備え付けられた魔道具で瞬間堆肥化されて乾燥した土塊のようになる。そして二重底の中蓋が開いて地下に落とされ、そこから自然に還るのだそうだ。


 そして上水道。前世のように蛇口をタップすると綺麗な水が流れるので、井戸まで水を汲みにいく必要もない。その水は下水リサイクルで要所で浄化され、辺境中を流れている。トイレと上下水道は領地内の家全てについていて、清浄・清潔は領民の責任とされている。そのおかげか、以前は流行っていた黒死病とか感染症が無くなった、らしい。


 らしい、というのは、私が生まれた時には既に整備されていて、物心がついた頃には、これが当たり前のようになっていたから。レイモンド様様である。というか、たった5年しか年が違わないのに、私が生まれた時には完備されてるってどんな天才児だ?って話で。赤ん坊に乙女ゲームの話をするだけのことはある。


 話を元に戻すと、実は前世の記憶があるとは誰にも言っていない。


 だって、乙女ゲームなんて知らないし、前世の記憶がうっすらあるからと言って、レイモンドのように貢献できるほどではないから。今の生活をありがたく甘受して、みんなと同じようにフツーに生活できればそれでいいと私は思う。


 だけど一つだけ。レイモンドは自分が魔獣に襲われて、アマリリスに助けられるのだと言った。その時に私は聖魔法に目覚めるのだと。今のところそんな事件は起きていないけど、レイモンドは現在15歳だ。つまりそんな危険な事件がいつ起きるとも限らない。だから、と思ってこっそり聖魔法の訓練をしてみたら、問題なく使えてしまった。


 えぇ?これって、やっぱりヒロインだからなの?こんな簡単に使えちゃっていいものなの?


「……まぁ、いいか。とりあえず、レイモンドにくっついて歩いて、もしもの時は使うしかないのね」


 レイモンドはアマリリスに執着している。なんかめっちゃ溺愛されているという自覚もある。というか、さすがヒロインというべきなのか、誰も彼もが溺愛してくるので、時々驕り高ぶらないように自分を戒める必要もあるくらいだ。下手に驕って、王都に連れて行かれては敵わない。死亡エンドも、監禁エンドもお断りだ。


 私だって辺境が好きだし、何よりレイモンドは私の初恋なのだ。


 だってレイモンドは頼りになるし、頭いいし、強いし、しょうゆ顔で好みのタイプというか、安心できるというか。体もがっちりしてるから守られてる感じがするし、人の意見をちゃんと聞いてくれる。そう、レイモンドは聞き上手なんだ。だからゆっくり話しても、じっと待っててくれる。


 すごくいい。


 好き。


 宰相の息子の溺愛エンドより、レイモンドの溺愛エンドがいい。いや、エンドじゃなくて、フォーエバーがいい。


「ねぇ、レイモンドが魔獣に襲われるっていつなのかわかる?」

「え?ああ、うん。それはもう、すんだことだから問題はない」

「えっ、済んだこと?って襲われたの?!」

「いや、そうじゃなくて。結界を作ったから」


 魔獣に襲われるイベントは既に不発に終わっていた!?


 乙女ゲームのストーリーでは、レイモンドが15歳の春、スタンピードの予兆があって警戒態勢にある時、街中に魔獣が現れた。そこに運悪く遭遇したアマリリスを守って、これまた都合良くその場に居合わせたレイモンドは魔獣と戦うのだが、鋭い爪で切り裂かれてしまう。それを見たアマリリスが魔力を暴走させ、魔獣は塵になりレイモンドの傷を癒すのだが、力及ばずレイモンドは片目と片足を失ってしまう、という。


 アマリリス!役立たずじゃん!


 それを考慮したレイモンドは、スタンピード対策の一環として辺境伯領に結界を作って、魔獣が入って来れないようにしたのだそうだ。辺境の兵士たちは当然魔獣討伐に定期的に出かけているけれど、最近では魔法士も増えたし、魔道具もあるおかげで防御力も戦闘力も上がり、割と簡単になったのだとか。


「結界」

「うん、頑張ったらできた」


 あれ?結界って聖魔力が必要じゃなかったっけ?だから聖女が持て囃されるって教会で習ったけど?


「うん。俺、聖魔力使えるようになったから」

「え、そうなの?!」


 乙女ゲームの中のアマリリスが聖魔法を使えるようになるのは、身内や大切に思う人を危険から守りたいと強く願ったから。つまりそんな事件をことごとく潰して仕舞えば、力を覚醒させることもない。なんてことをしたら、レイモンドが聖魔力に目覚めてしまったと。


 レイモンドのヒロイン度がめっちゃ高い。これって強制力っていうものでは?


 レイモンドは優秀で(本人曰く転生チートがあるという。なんで私にはないのだろうか)ほぼ全魔法が使える。もちろん治癒魔法も含めてだ。5歳の時には辺境の平民から貴族まで全員、最低でも初級魔法が使えるように、教育機関まで作った男である。


 魔力は誰もが持っている。多少はあれど、ちゃんと努力をすれば魔力は増える。魔力の多い人は、平民でも高給の仕事を得ることができるため、サボろうなんて輩はいないのが現状だ。平民でも上級職に就くことも可能であり、給料も増えるとあれば、領内の活気も上がる一方だし選べる仕事の幅も大きい。元々畑仕事や畜産、森林業を営む人々が多かったから、土地区画整備も一気に進んだらしい。上下水道管理者や土木作業員、魔道具製作所の仕事が安定職とされていて、資格を取って他領に派遣される仕事もあるくらい。


 レイモンドは技術を隠しては居ないので、知識は無償で教えている。だけど知識だけでは発展はできないから、近隣の領は辺境に教えを乞い、徐々に生活を向上しつつある。作業員や教員として派遣された人は、辺境からと派遣先からの給与が入るため、人気が高い。平民でも大義名分があるので、侮られることは少ないらしい。派遣員バッジには魔道具で録画録音機能がついているため、嫌がらせをしようものならすぐにバレる。下手をすればそこの領から全ての派遣社員を引き上げられるので、滅多に馬鹿げた態度を取る人はいない。


 昨今では噂が噂をよんで、そこかしこから引退した冒険者や職人が移住してくるため、人材には事欠かないし、職人の技術も向上する一方だ。下手をしたら王都よりも栄えているのじゃないかと思う。王都には行ったこと無いからわからないけど。


 なのに何故王都は変わらないのか、と言えば貴族のプライドの問題であるらしい。


 王都の様に出来上がった街並みを変えたり、上下水道を通すのも多分難しいとは思うけど、とレイモンドも言っていた。人の数が違うからゴミ処理も別の方法を考えなければいけないだろうし、小さな領地がひしめき合っている分、区画整理も難しい。


 何より辺境と王都では距離がありすぎて、向こうの貴族はグラディノース(こちら)をそれこそ鄙びた田舎だと思っているらしい。そこで何が流行ろうと烏合の衆くらいにしか思わず、画期的な土地区画など獣に『できるわけがない』と決めつけている。敵国や魔獣の反乱を押しとどめて王都近隣を平和に導いているのは東西南北の辺境伯領地だと言うのに。


 ただレイモンド的には、自分が王都に出張る事は無いから関係ないという。国から課せられた役割はこなしているのだから文句は言わせないし、王都を発展させないのは王都民(正確には王侯貴族)たちの勝手である。無理強いをされたら国から離脱する気も満々だ。さすが転生チート持ち。


 ともかく。


 私のヒロインとしての役割はなんだか終わってる、というか始まってさえいない気がする。このまま、私の聖魔法は誰に知られることもなく、封印してしまえば安心なのではないだろうか。しかし、レイモンドがヒロインっぽくなってしまっているのが気にかかる。恋愛は置いといても、レイモンドが王都に呼び出されて二度と辺境に戻ってこないなんてことになる可能性もある。物語の強制力は侮れないらしいから、憂いを除くためにもここはいっちょ、私が一肌脱ぐべきか。いや脱がないけど。


「そうだ。替え玉を用意しておきましょ」


 私は決断した。 


 幸い平民の中には魔力量の多い人物が何人かいる。そして都会に憧れる女の子も数人いた。現実を知ってがっかりするかもしれないが、それはそれ。私はその子たちと仲良くなり、聖魔法の使い方をこっそり伝授。


 しばらく教えてみた結果、得手不得手はやっぱりあるみたいで全員が使えるわけでは無かった。でも、ある程度の方向性を見つけた。聖女に向く性格というか意識というか。聖魔法を使う条件として、無私無欲(セルフレス)、聞き上手、向上心が強い人が挙げられた。


 私がそれに当てはまるかどうかは置いといて、レイモンドはピッタリ当てはまるのではないだろうか。レイモンドの聖女度が高すぎてマズい。


 ひとまず、3人の女の子たちに聖女の素質があった。いるところにはいるのね、聖女って。


 豊作である。


 彼女たちの名前はそれぞれ、リリー、デイジー、ローズ。インペリアル・フラワーズのゲームタイトルにふさわしい花の名前の少女たちである。


 リリーとデイジーは15歳、ローズは16歳になったばかり。この3人を「聖女としてあるべき」能力を約5年かけて最大値まで上げて、街の教会へと送り込んだ。ぎりぎりインペリアル王立学園に入れる年齢だ。


 レイモンドに耳が腐るほど教え込まれた乙女ゲームの内容も、しっかり教え尽くしてある。攻略対象者を誰にするのか、誰を選ぶのかは本人に任せてあるし、あり得る結果も伝授した。その際の悪役令嬢の情報も込みである。もし攻略対象者を選ばないのであれば、やんわり退けるようにも伝えたから、あとは本人の自由だ。


 ハーレムだけはモラルに反するのでやめてねと伝えた。愛欲に溺れては聖女ではなく性女だ。辺境(ノース)のイメージを壊されても後々困るしね。いじめられたらすぐに辺境に戻るよう伝えたし、彼女たちは自分の立場をしっかり把握している。きっと足を踏み外すような事はしないはずと信じてる。


「自分の人生は、自分でしっかり掴んで操縦するように」

「「「イエス、マム」」」


 そうして彼女たちを送り出し、聖騎士団が3人を迎えに来た。辺境から3人も聖女が生まれたものだから、ちょっと困惑気味だったと後からレイモンドから聞いた。それに活気付いた辺境を見て目を輝かせてもいたらしい。


 ……目をつけられないように、近隣の領地も急ぎで向上させておこうかな。レイモンドの手を煩わせない様にバックアップしておかないと。レイモンドの能力が広まったら、王都に取られちゃうもんね。



 


 その後。


 彼女たちは辺境の素晴らしい技術のアレコレを王都で伝えたらしく、聖女たちに絆されたお貴族様たちが素直にその技術を取り入れ、王都も衛生面では確実に良くなったらしい。きっとみんなお歯黒とかコルセットとかやめたかったんだと思うな。香水とかも自分が臭いと思うから、隠したかったんだろうし。


 学園に通う間にローズは王子様を見事落として婚約者になるも、冤罪で婚約者の座を蹴落とされた侯爵家の令嬢が平民に落とされて辺境にやってきた。この人、お話の中では後半で体が不自由になったレイモンドに寄り添い仲を深めていくのだそうだが、そうはさせるかぁ!


 すかさず救済処置として、そろそろ結婚適齢期が過ぎる兄ヴァレリアンを充てがうと、元侯爵家の令嬢ヴァイオレットは、あっという間に美男子の兄(ヒロインの家系だからね)と恋に落ち、スピード結婚に漕ぎ着けた。名前までも「ヴァ」同士お似合いじゃないですか。


 数ヶ月後、王子の浮気で冤罪にかけられたと知った侯爵家やら王家がヴァイオレットを取り返そうとやってくるが、時既に遅しだ。辺境のピーコック男爵家の次期男爵夫人として采配をふるい、お腹には新しい命も芽生えている。早いし!辺境での生活を堪能するヴァイオレット義姉様は当然王都に戻る事はなく、元家族を冷たく追い払っていた。強いな、さすが義姉様。


 やらかした王子は王位継承権を剥奪の上、南の辺境ベルサロスへ送られた。あっちの方は魔獣よりも敵国が近いだけだから、生き延びる率は高いだろう。愛に生きる聖女ローズはちゃっかり王子について行き、聖魔法を行使しつつ、環境と技術の向上にも能力を発揮、南の辺境で大変ありがたく受け入れられているらしい。王子は一般兵になったけど、まあまあ幸せに暮らしているようだ。要望があれば、技術者を南まで派遣するから連絡してね、とローズには伝えてある。


 二人目の聖女リリーは、ストーリーには全く出て来ないグリーンズ子爵家の嫡男といい仲になり、聖女を娶った褒美として伯爵に叙爵され、王都の東方にある領地を受け継ぎ、辺境のように土地区画をすると意気込んでいるとか。堅実である。


 最後まで王都に残った聖女デイジーは、王都の魔導士宮に入り、辺境で学んだ魔法の使い方を指南しているという事だ。我が道を行くデイジーは、上昇志向で貢献意欲が3人の中で一番高かった。今後は、聖女育成にも力を注ぐようで、今後北の辺境に目を向けることは皆無となるに違いない。


 全てが丸く収まって一件落着。余すところはレイモンドと私なんだけど。


 兄がスピード婚をして、しかも早々に子作りに励んでしまったこともあって、現在、私は辺境伯家に転がり込んで、お義母様からいろいろ学んでいる最中である。


 まあ、その。


 私の方は結婚する前に()()()しまったので、とりあえず籍だけは入れた。一応、次期辺境伯夫人である。


 アマリリスの家族はまあ、生まれた時からレイモンドに執着されていたので、仕方ないとも思っているようだ。


「王都に取られる前に、念の為の処置で」


 なんて、やらかしたレイモンドは言い訳しているけど。


 レイモンドはお義父様から説教をくらい、辺境の兵士たちと訓練に明け暮れていて、私とは面会禁止令を出されているものの、毎晩内緒で転移しては私の部屋にやってくる。いや、お義母様にはバレてるんだけどね。妊婦な私が情緒不安定になるので、大目に見てもらっている。


「愛してる、アマリリス。ずっと俺のそばにいて」


 なんて言われ続けたら、絆されちゃってもしょうがないよねー。えへ。


 ひとまず、私の初恋もつつがなく実ったことだし、春には第一子が誕生する。すでに親バカになりつつあるレイモンドは、医療の向上に力を入れているらしい。たくさん作って、明るい家庭を築きたい。


 多分前世の私もそれを望んでいるはずだと思う。






***




 アマリリスが生まれた時から、俺はアマリリスにこだわっている。というか俺なりの溺愛ともいう。


 当然、命を助けられる相手でもあるからというのと、前世で遊んだ乙女ゲームのヒロインに興味があるというのもあった。自分が15歳になる頃に魔獣に襲われ、アマリリスによって命は助かるものの片目片足をなくし、それ以降は話から姿を消してしまうモブであるというのも、エンディングの後で、最後にチラッと出てきて、追放された元侯爵令嬢に同情されて、傷の舐め合い婚する羽目になるというのも、ちょっと納得できなかったというのもある。


 5歳下の少女に魔獣に襲われたところを助けられるって、なんで辺境伯家の嫡男がそんなに弱いんだ、と腹が立ってめっちゃ訓練した。いや、し続けている。そのせいで最近筋肉ゴリラとか言って怖がられている気がしないでもないけれど、アマリリスにさえ嫌われなければそれでもいい。


 そしてヒロインなだけあって、アマリリスは美少女だ。目の開かない赤ん坊だったアマリリスに胸を撃ち抜かれてしまった。だって、すごくちっちゃくってふにゃふにゃで、クリンとした薄い髪の毛が鳥の雛みたいで、おっぱいを吸う形に捲れ上がったぽってりした唇とか、とにかくどこもかしこも可愛かったから。前世の母性本能とか触発されたのかも。


 そんなわけで、辺境から飛び出して攻略対象者相手に恋愛なんてしないよう、王都に夢を見ないようにじっくりと言って聴かせた。どのルートを取ってもエンディングがあまりよろしくないクソゲーで不評だったのもある。こんなに可愛くて優しくて愛らしいアマリリスにそんな苦労は必要ない。


 アマリリスの聖女の気質は癒しだ。そばにいるだけでストレスが減り、希望が湧き出てくるというもの。下手に聖魔力が強くなると魅了も発揮してしまうので、闇落ちやら監禁やらのエンドに落ちてしまう。だから聖魔力なんて持たない方がよろしいのだ。


 本来の話では、アマリリスが幼い頃に流行病で両親を亡くし、兄ヴァレリアンは苦労してアマリリスを育て上げるが、何しろ北方の男爵家で羽振りも悪く、魔獣に脅かされるような土地だ。王都から迎えに来た聖騎士に預けたほうがアマリリスのためになると考えて送り出すのだが。その数年後、無理が祟って兄も儚くなってしまう。俺の親友ヴァレリアンまでも。家族全員を失ってしまうなんて。なんて不憫なアマリリス。


 だから、そんな話はとっとと潰してやろうと考えた。


 必要なのは、土地を豊かにし、病をなくし、魔獣に襲われて怯え続ける環境を改善することだ。


 若干2歳、自分で歩けるようになって俺は動き出した。普通に考えると恐ろしい二歳児である。受け入れてくれた心の広い(というかあまり考えのない脳筋な)両親に、この時ばかりは感謝した。


 前世では世界保健機関(WHO)で従事していたこともあり、最初は衛生面の強化に勤しんだ。土地区画から上下水道の考案、排泄物やゴミの再利用方法や、道の舗装。辺境伯の跡取りということもあって人事と物事は割と簡単に動かすことができた。その上で、自分の親を含む貴族や領民たちの意識改革にも励んだし、前世では一人暮らしの上、世界各国を飛び回っていたこともあって、料理にも力を入れた。食の向上は心身の向上にもつながる。


 それから学業面にも力を入れて、識字率を上げた。田舎者だのケダモノだの、言われ放題だったのもムカついたからだ。自信を持て、胸を張れ、矜持を持て、と発破をかけた。


 持って生まれた魔力が豊富だったのも幸いして、魔道具の開発と新しい魔法にも力を入れた。もし、アマリリスが俺と同じ転生者であれば、いや、転生者でなくとも辺境(ここ)での生活が一番清潔で安心できて、美味しいものが沢山あって両親も健在、家庭も円満、とあれば誰が出て行こうなんて思うだろうか。


 それでも、何があるかわからないのが乙女ゲームの基本でもある。強制力とか、何かあって聖騎士や王子がここを訪れて、アマリリスを見初めてしまったら?逆にアマリリスが恋してしまったら?


 そうなる前に、俺はアマリリスを手に入れることにした。


 当然無理矢理とかは考えたこともないけれど、アマリリスはどこかおっとりしていて流されやすい性格をしている。ヴァレリアンや両親が白といえば、黒いものも「しょうがないわね、白でもいいわ」なんて言ってしまうところがある。わざわざ、反対意見を言ってことを荒立てることもない、と考えている。時々、何かを考えている様だけど、自己完結してしまうのか、その考えを口に出すこともない。だから、常にアマリリスはどう思う?どうしたい?と聞く様にしているし、アマリリスが何かを伝えようとするときはじっと聞き耳を立てて、一言一句聞き逃さないようにしている。


「俺はアマリリスが好きだけど、アマリリスは俺のことどう思う?」


 そんな事を言っても、あらそうなの?嬉しいわ、とにっこり笑ってほんわかしてしまうから、本当の気持ちがわからない。かと思えば、どこに行くのにも後ろをついて来て、さりげなく世間話をする。あの通りの誰々さんは教えるのが上手だから教員に向いてると思う、だとか、あそこの大工さんの家に赤ちゃんが生まれたから、お祝いに蜂蜜カステラを焼いて持っていこうだとか。俺の行くところ行くところ、全てを把握していて、領民からの人気も高い。辺境伯夫人としても向いているのだと思う反面、乙女ゲームだけでなく、この辺の男どもからも守らなくてはならなくて、うかうかしていられない。


 他の男どもを威嚇しながら、こういう男には気をつけろとか、ああいう男に騙されるなとか、なんだか嫉妬深い男みたいな事を言っているうちに、聖女が3人も出現した。色々訓練しているうちに使える様になったのだと、アマリリスと同年代くらいの少女たちが教会に訪れたのだ。


 色々訓練って。誰が?どうやって?


 確かに俺自身も聖魔力を発動できたけど。自然に使える様になったのか、それとも……。


 そんな話は、ゲームにはなかったけれど、俺自身が色々変えてるから元のストーリーも変わって来ているのかもしれない。それならば、と早速王家に報告、聖騎士団が迎えに来た。当然アマリリスは自宅待機。ヴァレリアンに、聖騎士にアマリリスの顔を見られたら、美少女発見とばかりに連れていかれるぞ、と脅したら絶対部屋から出さないと手伝ってくれた。なんたって、聖騎士の一人は攻略対象者だから。こういう時、家族には逆らわないアマリリスだから安心して預けられる。


「聖女が3人も出現するとは…。天変地異でも起こるのではないか」


 なんて心配を聖騎士たちはしていたが、スタンピードは阻止した後だし、黒死病も壊血病も既に解決済み。少なくともこの世界に魔族だの魔王だのはいないから、どこかの火山が噴火したとか隕石が落ちたとかでなければ、天変地異なんかは起こらない、と思う。


「北の辺境地グラディノースは魔道具や技術が発達しておりますので、聖女たちを王家と神殿に派遣しても、問題はありません。こちら3人の聖女たちは、辺境で生まれ辺境で育ちましたから、この地の技術も十分に知識として持っています。これらの力を存分に発揮できる場を提供し、現王家と神殿の大いなる発展を望みますよ」


「あ、ああ。ありがたく確かにお預かりする。ちなみに、こちらでは聖女が生まれやすい何かがあるのだろうか?」

「さあ。土地がいいのか空気がいいのか……。一つ言えることは、ここでは身分の差の意識が低く、民は平等に力が発揮できる様、対策が取られています。心身の向上は萎縮しない環境と食事からと考えておりますので、それが神聖力を上げるのかもしれませんね」


「……なるほど。確かに驚くほど活気があるし、ずいぶん発展している様にも見えるが…、王家や神殿に対し後ろ暗い様なことはないだろうな?」


「……そんなものがあれば、貴重な聖女を3人も差し出さないとは思いませんか」


「……うむ。失言だったな。申し訳ない」


 あの様子では聖女を養成しろとか、もっと出せとか将来言い出すかもしれないな。下手をすれば聖女だけでなく人材も魔導具も出せとか言い出しそうだ。なにしろ奴ら、目の色を変えて街並みを見ているし。予防線はしっかり張っておこう。


 俺は最後の別れにと3人の聖女たちに助言をした。


「やりたい様にやるといい。できる事なら、ここで学んだ事を王都でも実践してほしい。伝えられる技術や情報は隠さず分け与えてくれて構わない。お願いできるかな?」


「もちろんです、レイモンド様。もとよりそのつもりで励んでまいりました」


「辺境を不当に陥れるようなふざけた要望には、天罰を食らわせますのでご安心を」


「とりあえずアマリリス様はきっちり手綱を握っていてくださいませね」


「えっ?」


 聞けばどうやら俺の知らないところでアマリリスは聖魔法を使いこなしていたらしい。なんてこった。この5年ほどの間、街の同世代の女の子たちを集めて聖魔法の取得に貢献したのだとか。そんな素振りはこれっぽっちも見せなかったのに!


「もう、アマリリス様ったら。レイモンド様のこと心配なのに全然態度に出さないから」


「そうそう。内緒ですけど、アマリリス様から全て聞きました」


「愛されちゃって、いいですねぇ~」


 俺は両手で顔を塞いだ。全て聞いたって何を。前世の記憶か。乙女ゲームの話か。それともアマリリスの気持ちか。


「とっとと押し倒しちゃえばいいんですよ」


「既成事実あるのみ」


「若気の至りと言えば、大抵は許されます」


 平民の聖女たちは思ったよりも逞しいらしい。そんな事をしたら嫌われるのではないかと思ったけど、無理矢理でなければ多少強気に出ても大丈夫と言われた。


 無理を押し過ぎると神罰食らいますけどねー、って。ああ、バリっとくる雷魔法(アレ)のことか。


「押し倒されたいとか、女からは言えませんからねぇ」


「お貴族様ですからねぇ、アマリリス様」


「その気にさせちゃえば一気ですよ、一気。ファイト一発!」


「下世話な言い方はやめろ!」



 頑張ってくださいね~と少女たちは聖騎士団と共に去った。

 

 その後、しばらく悶々と悩んで顔を見られなかったけど、やっぱり会いたくなって男爵家に押しかけた。


「いらっしゃい、レイモンド。久しぶりね」


 なんて、ほんのりはにかんだ顔を見て、俺はタガが外れたように一気に捲し立てた。


「生まれた時からずっと君を見てきて、おしめも替えたし、ファーストキスもいただいたし、初めて抜けた乳歯も実は俺が持ってる。もう君以外考えられない。結婚して欲しい。愛してるアマリリス。どこにもいかないでずっと俺の隣にいてほしい。前世女だったけど今は心身ともに男だし、アマリリスを絶対大事にする。苦労はさせない、とは約束できないけど、させない様努力する。今以上に魔獣対策も練るし、現代社会並みの生活向上も約束する。君がただ俺の隣にいて、笑ってくれるだけで俺は幸せだし嬉しい。イエスと言って、アマリリス。君だけを愛すると誓う」


 色々バラしすぎて、気持ち悪いとか思われたらどうしようとふと思ったが、キョトンとした顔をして、俺を見ていたアマリリスは、徐々に理解して来たのか真っ赤になって俯いて「はい、喜んで」と呟いた。


 嬉しくて嬉しくて、速攻で婚約の手続きをした。


 ヴァレリアンだけは最後まで反対をし続けていたけど、アマリリスの「お兄様、いい加減になさい」という一言で撃沈。


 恋人の手繋ぎをしたら、ほんと我慢出来なくなってキスをして。くすぐったそうにするだけで嫌がらないのを見て、抱きしめて、キスをして、どこに行くのも一緒に行って。どんどんのめり込んでいく俺を見ても、アマリリスは笑みを深めるだけ。ものすごく手のひらで転がされている感じがする。


 あんなにアマリリスにこだわっていたヴァレリアンが恋に落ちて、件の元侯爵令嬢と結婚してすぐに妊娠したのを見て。


 アマリリスがチラッと「子供は男の子がいいわねぇ」なんて言うから、てっきり俺らのことだと思って喜んで襲い掛かったら「避妊はちゃんとしてね」とか言われた。


 最近、ひょっとしたらこの子、前世の記憶があるのではと疑ってるんだけど。だって避妊の概念とか、この世界にはない。子供は授かりもので、産めよ育てよが基本だから。


 我慢の効かない俺は、アマリリスを連れて帰って一緒に暮らし始めた。言い訳はいっぱいある。新婚の邪魔になるとか、ヴァレリアンが盛りがついて四六時中発情しているからアマリリスが困惑してるとか、どうせ俺と結婚するんだからとか。


 その後、第3王子が追放されて、こっちの辺境に行くかも知れないとローズから報告が来たため、慌てて南の辺境ベルサロスへ行くように指示を返した。


「ちゃんと特別手当をくださいね」


「わかった。生活資金も面倒見よう」


「やった!よろしく~」


 南の辺境伯には技師も送るし、聖女ローズが第3王子の面倒を見ると言ったら大喜びで受け入れてくれた。それでも念には念を入れて、アマリリスに丹念にマーキングをしたのが余計だったらしく。


「私、妊娠したみたい」


「え」


「婚姻前に何しとんじゃぁ!ケダモノがぁ!!」と流石の親父にも怒られて、大慌てで籍を入れた。色々順番間違えちゃってごめんねと謝ったけど、アマリリスは「子供はたくさん欲しいわねぇ」と言って穏やかに微笑んだ。もう、大好きすぎて涙が出た。たくさん産めるように環境も医療も完璧にしなくては。




 結婚式は来年の初夏。アマリリスの花が満開になる頃だ。




「愛してる、アマリリス。ずっと俺のそばにいて」

「もちろんよ、レイモンド。私もあなたを愛してる」



読んでいただきありがとうございました。誤字脱字報告助かります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精神的には百合なのか?
[一言] 二人で人材を育成して王都に送り込んで結果として国全体を救ってるのがまさに転生チート
[一言] す き !!!
感想一覧
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