<61>防災
人々は襲い来る自然の猛威に対して抗うことは出来ない。抗うことが出来なければ、どうするのか? 答えは簡単! その猛威を最小限に食い止める他はない。その対応が防災である。防災が完璧であれば、自然と寛ぎ気分にもなれようというものだ。
戦国の一場面である。前方から朝倉勢、後方より浅井勢に取り囲まれようとしていた織田、徳川の軍勢は、まさに窮地に立っていた。
「市からのう…」
金ヶ崎城に陣取った信長公は浅井の使者からの労いの品を受け取った。その中には妹、お市の品も含まれていた。小豆袋の両側を紐で括った品である。信長公の脳裏に、ふと小豆坂の戦いの記憶が甦った。
「…小豆坂! おのれっ、長政っ! 裏切りおったわっ!! し、退くのじゃ!!」
傍に従っていた武将達は俄かに戸惑った。その中の一武将が信長公の足元へにじり寄り、土下座して跪いた。
「殿、しんがりは、この猿めにお申し付け下されましっ!」
「おお、猿か…。よう言うたっ! その役目、その方に申しつけるっ! 大義っ! 励めっ!!」
信長公はそう申し残すと、たちまち馬上の人となり、京の都を目指し疾駆されたのである。
さて、しんがりのお役目を一手に任された猿殿は死を覚悟の大勝負に出られた。思い出されるのは、あの頃、この頃の優雅に寛いでいる自らの姿であった。しんがりのお役目は悲惨で、後退しつつ敵と戦い、全軍を守って撤退するという敵軍に対する悲惨な防災の軍勢である。
「皆の者っ! ここが、死に場所ぞっ!!」
と、自らの軍勢を鼓舞されたかどうかまでは定かではないが、まあ、そのようなことも言われたかも知れない。^^
その後の史実を紐解けば、織田軍は無事、京へ撤退したとあります。家康公も然り、猿殿を助けつつ撤退された訳です。ようやく京の都へ逃れられた一同に、束の間の寛ぎの一時が生まれたのは、ほぼ間違いないように思われます。^^
完