<5>一服(いっぷく)
現在では余り遣われなくなった言葉に[一服]というのがある。なんでも、煙管で煙草を一服、吸う・・などと遣われたようだが、要は仕事の合間に寛ぎの時間を設けるということらしい。例えば、職人さんなんかが大工仕事をしていて、朝から昼までの間に少し休む・・などという場合などがそれである。現在のように機械的に人々が働く時代ではなく、昭和20~30年代によく見られた長閑な時代の光景である。私なんかも父親の手伝いでよくこの場面を経験したものである。少し疲れた頃合いにお茶の一杯でも飲めれば、これはもう寛ぎ以外の何物でもなかった。
「親方、そろそろ一服にして下さいなっ!」
「ああ、どうも…」
朝から納戸の剥がれ落ちた壁を修理をしている父親とそれを手伝う小学生の子供が、声をかけた家の奥さんの方を手を止めながら見た。
「そろそろ一服にするか…」
「うん…」
仕事の区切りがついた親方が手伝う子供に声をかけた。親方は器用に塗り、子供は、もっぱら道具を洗ったりタイルを削ったり、材料を捏ねて手渡す仕事を任されていた。二人は手を止めると、家の奥さんが準備した場所へと移動しお茶を飲んだ。昭和30年代のことだから、現在のような菓子はなく、駄菓子が出回り始めた頃のことである。子供が菓子鉢の醤油焼き煎餅を一枚、手に取ると齧り始めた。父親の親方も釣られて一枚、煎餅を手に取るとニンマリと哂いながら齧る。なんともユッタリと時が流れる寛ぎの時間が流れた。^^
完