<40>束縛(そくばく)
人は束縛から解き放たれたとき、寛ぎ気分になれる。言い返せば、何らかの束縛があるときは寛げないという訳である。
とある市役所の健康福祉課に勤める下瀬は白髪を気にしていた。年々増える白髪に、下瀬は半ば諦めながらも、何かいい知恵はないものか? …と思案する毎日だった。
「下瀬さん、これ、お願いします…」
「はい…」
課長補佐の柳川が鰌のようなヌルヌルした、か細い声で下瀬に依頼した。柳川は才女で、万年ヒラ職員の下瀬の直属の上司だった。下瀬は否応なく応諾し、手渡された収入調停簿と予算差引簿を受け取った。そのとき、ふと、下瀬の脳裏に、あるアイデアが浮かんだ。
『そうだっ! 白く染めりゃいいんだ…』
下瀬の考えは白く染めてしまえば、白髪を気にすることもなくなる…というものだった。下瀬はその日の帰り、チューブ入りの白い白髪染め剤を買い、帰宅したあと、浴室で染めた。
「ワォ! 下瀬さん、どうされたの?」
翌日、柳川がニンマリと微笑みながら下瀬に訊ねた。
「いやぁ~、最近、白髪が増えましたので、思い切りました…」
白髪は弁解がましく、そう返した。
「そうなの…」
柳川は小さく哂ったが、それ以上は深く追求しなかった。軽く受け流されたことで、下瀬は課内で爆発せずに済んだ…とホッ! と安堵の息を漏らした。そのとき、得も言えぬ寛ぎ気分が下瀬の全身を包んだのである。下瀬の心中に、少しは年老いた感じを庁舎内でアピールすれば、係長にひょっとすればひょっとする…という想いが含まれていなかったか? といえば嘘になるのかも知れない。^^
下瀬さん、出世しなくても束縛されない安定したヒラで寛ぎ気分を維持し、頑張って下さい。^^
完