<3>美味(おい)しいもの
生きていく上で食は欠かせないが、美味しいものを[1]食べているとき、あるいは[2]食べる前や[3]先々、食べられることが確定しているとき、[4]食べたあとなどの場面ほど寛ぎ気分を味わうことはないだろう。食べられることは確定しているが、まだ食べていない場合は、メンタル[心理]面で先々の食べる場面などを想像しながら寛ぎ感覚を覚え、食べているときや食べ終えたあとなどは味覚の満足感に浸りながら寛ぎ感覚を味わうことになる。人はそれだけ食には弱いのである。^^
この男、牛口は世界中の美味しいものを食べ尽くしてやろう…と一念発起しなくてもいいのに一念発起していた。^^
「あの…エスカルゴ風辛子味噌漬け豚肉ソテーが食べられると聞いて来たんですが…」
会員制高級レストラン{絨毯}に入った牛口は、開口一番、待機していた入口のウエイターに訊ねた。
「あ…はい。会員の方でございますね。エスカルゴ風辛子味噌漬け豚肉ソテーは当店の自慢料理の一つでございます」
予期しなかった客のひと言にウエイターは一瞬、躊躇したが、ひと呼吸置き、落ち着きを取り戻すと静かに返した。
「よかった。予約しました牛口ですが…」
「牛口さま…はあ、確かに。3番テーブルへどうぞ」
牛口は言われるまま3番テーブルへ進み、着席した。この段階で牛口は最初の寛ぎ気分に浸れた。
しばらくすると客席係のウエイターが現れた。
「パン、ライスどちらになされますか?」
「ああ、パンで…」
「かしこまりました…」
そしてまたしばらくすると、美味しそうなエスカルゴ風辛子味噌漬け豚肉ソテーとパンが運ばれてきた。牛口にとって、飽くまでもこの段階では視覚的には美味しそうな感覚であり、美味しい味覚の寛ぎ感覚ではなかった。
食べるうちになんとも言えないような味覚の満足感が牛口の口中に広がっていった。と同時に、牛口は寛ぎ感覚を覚えたのである。
『ああ、やはり、エスカルゴ風だけのことはある…』
豚肉でエスカルゴを彷彿とさせる絶妙な豚肉の舌ざわりに、牛口はふたたび寛ぎ感覚に浸りきった。
味覚で寛ぎ感を得る感覚は、人それぞれです。^^
完