<1>体力
人の身体は、心が寛げる時間を持たないと生きていけないように出来ているようだ。労働するだけで身体的なケアを怠れば身がもたないのである。身体とは心身であり、特にこの場合は心の安らぎを指す。それを得ることで、フラストレーションやトラウマ、鬱病に陥る危険性から脱却できる訳だ。これから綴る100のお話は、日々、誰もが体験する寛ぎに関係したお話の数々である。^^
北岡は体力には自信がある中年サラリーマンだった。
「北岡さん、僕、明日から三日間、休暇もらったんです。すみませんが、いつものようにお願いします…」
若い西脇に両手を合わせて合掌して頼まれては、毎度のことながら断れない北岡だった。
「ああ、いいよ…。また、山かい?」
「ええ、今度は北アルプスの槍ヶ岳へ登るんです」
「槍ヶ岳か…。俺も若い頃、東鎌尾根から登ったよ」
「中房温泉から入山するルートですねっ!?」
「そうそう! 合戦小屋から東鎌尾根の喜作新道を通って稜線づたいに縦走したな、確か…」
「なんだっ! 僕らと同じじゃないですか…」
「あの頃は体力に自信があったから、20キロは担いで登ったよ」
「今はダメですか?」
「半分くらいしか担げんだろうな、ははは…」
「でも山はいいですよね…」
「だなっ! 高くなるほど、どういう訳か息苦しさが紛れる…」
「あの気分って不思議ですよね…」
「ああ、山頂に立って下界を見下ろせば、心が洗われるような気分になるしな…」
「ですよね…」
「仕事は忘れて、リフレッシュしてこいよ」
北岡はこのとき、自分がいつも寛ぐスナックの美人ママのことを考えていた。体力に自信がなくなってきた最近の北岡の寛ぎは、美人ママを見ながらグラスを傾けるスナックの一杯だった。
年を重ねれば、求める寛ぎが自然と体力を消耗しない方向へシフト変化するようです。^^
完