《戦士の誇り》
細工師ザレドスに放たれる魔獣の黒火球。確実に死を迎えるはずだった彼を救ったのは……。
だが一瞬の間をおいて、細工師はヨロヨロと立ち上がる。
「大丈夫か!?」
「……、え、えぇ、何とか」
ボクの呼びかけに、細工師が弱々しく応えた。
そうか、普通だったら、ゲルドーシュがあそこまで思いっ切り蹴り飛ばしたらタダでは済むまい。しかし今ザレドスは貧弱ながらアイテムによって身体の周りに障壁を張っている。それで深刻なダメージを負わなくて済んだのか。
「計算通りだな」
ゲルドーシュが自慢げにこちらを見る。
いや、ぎりぎりセーフって感じだろう。だが、今はこれで良しとするしかない。
ボクはザレドスが命がけであぶり出した魔獣の弱点がある場所を凝視した。しかし、抱きかけた小さな希望はすぐに打ち砕かれる。
「スタン、どうしました。弱点は現れましたか!?」
ようやくシャンと立ち上がった細工師が成果を尋ねる。
「だ、駄目だ!」
「なんだ、何がダメなんだ、旦那?」
魔獣の正面に立つゲルドーシュが叫ぶ。
「八つ、八つあるんだ。奴の弱点、ビートブラックパイと思われる黒い斑点が!」
「なんですと!?」
細工師が驚愕の声をあげた。
いまボクの目の前にあらわになった奴の弱点。本来は背中に一つあるはずなのに、黒点は八つもある。何が何だかわからなくなったボクの頭に、突然ひらめきが走った。
「多分これが最終偽装で、この中のどれか一つが本物なんだ!」
畜生、妨害者の施した偽装の方が一枚上手だったという事か。多分、時間を掛ければザレドスの力でどれが本物かわかるに違いない。だが、そんな時間も機会も二度とはないだろう。
その時、魔獣の顔全体に広がった口周辺に異様な魔力の収束が感じられた。ボクは咄嗟に思い出す。これは博物館で見た同類の標本解説にあった”カオスフレームボール”を放つ兆候だ。
ファイヤーボールなどとは比べ物にならない魔素を多量に含んだ火の玉で、ちょっとやそっとの防御魔法では全く通用しない。
そしてガノザイラの体勢を確認すると、奴の狙いは明らかにザレドスを狙っている。魔獣の本能が、自らを倒す情報を与え続ける者を見極めたのだろう。
畜生、今のボクは魔獣の動きを妨害するのが精一杯で、奴が火の玉を吐く事を阻止出来ない。ザレドスの命を救う事が出来ない。ボクの心臓は、今にも張り裂けんばかりに鳴いている。
一方、ザレドスも魔獣の狙いが自分であると悟ったようだ。そしてその死が決定的である事も……。だが見苦しく逃げ回ったりはしない。それは徒労に過ぎないと分かっている。細工師はやるだけの事はやったと言いたげに、キッと魔獣を睨みつ屹立した。
ザレドス、すまない! ボクがそう心の中で叫んだ時、風前の灯火だった細工師の前に黒い影が立ちはだかった。魔獣の前から一転、ザレドスの方へ駆け戻ったゲルドーシュである。
彼も戦士の勘で、魔獣が恐ろしい”何か”を吐き出す兆候を察知し、それをもはや避けられないと感じ取ったのだろう。
「ちょっと、ゲル! 何をやってるんです! スタンの所へ戻って下さい! 私がこの戦いで出来る事は、もう何もない、何もないんだ。私を護る理由がありません!」
ザレドスがゲルドーシュを必死に説得する。
「ふざけんな、ボケが! 仲間を守るのに理由なんぞいるか!!」
間髪入れず応答したゲルドーシュが大剣を振りあげた。
魔獣の口には恐ろしい程の魔力が集中し、ついに赤紫色に輝いた最強の火球が細工師と戦士に向かって放たれる。
おどろおどろしい威圧感を振りまきながら迫りくる魔火球に対し、渾身の力で大剣を振り降ろすゲルドーシュ。凄まじい爆裂音と共に、辺りは紫煙につつまれた。
「ゲル!ザレドス!」
ボクとポピッカが、同時に声をあげる
やがて煙霧は少しずつ晴れ、額から血を流すゲルドーシュと無事な姿のザレドスが姿を現わした。
「あんた、バカですよ。私を助けるために、あと二発しか打てない”爆裂”の一発を使ってしまうんですから……」
命拾いをした細工師が呆れ顔でぼやく。
「ふん、戦士に向かってバカとはとんだ暴言だな。こりゃぁ、一杯や二杯の奢りじゃすまねぇぞ」
ザレドスの方を振り返りもせず、戦士は最前線に復帰する。
ゲルドーシュの行為は愚行なのか快挙なのか、今のボクにはわからない。このような事態を引き起こしたのは、ボクの油断と慢心なのだから、ボクが判断すべき事じゃない。
だけど、もし今の彼の行動が最後の最後で裏目に出てしまったとしても、誰も彼を恨みはすまい。それだけは確かであると信じたい。
ボクの心の中で絶望の声が聞こえ始めた時、更なる悪夢が現実のものとなった。ボクの体内に蓄積していたマジックエッセンスが枯渇し始め、魔獣を抑えるに十分な力を発揮できなくなって来たのである。
これだけマジックエッセンスが減ってしまっては、バウンサーズとの大戦時に使ったコンシダレーションの魔法も使えない。考える時間さえボクには残されていないのだ。
魔獣は体を激しく揺さぶり、ボクが奴を拘束している戒めの鞭を外そうとしている。ボクは振り払われないようにするのが精一杯だ。だがそれも、あと数十秒でこと切れるだろう。
畜生、万事休すか……。
このまま魔獣が暴れ出したら止める術はもう残っていない。全員が一瞬の内に殺戮されるのは火を見るより明らかだ。
【余談】
良くも悪くも後先を考えず、強固な意志で自らの役割を全うしようとするポピッカ、ザレドス、ゲルドーシュ。それに引きかえ、スタンの心は揺れ動きます。イレギュラーな力を手に入れても、心は凡人のままなのはある意味悲劇です。




