03 フローズヴィトニル(決意固き狼の意思)2
「戻ったよ、ママ 」
「おかえりなさい。怪我は無い?」
「大丈夫だよ」
ママはいつも優しい。
だから俺はママが好きだ。
ママは鼻を鳴らした後、こう言った。
「どこに行ってきたの?正直に言いなさい」
「……」
「人里に行っていたのね人間のにおいがするもの」
ママが俺に詰め寄ってくる。
怖い、だけど俺は人間に会いに行きたかったのだ。
「ごめんなさい。でも人間はそんなに悪い人ばかりじゃないと思って」
「じゃあなんでそんなに悲しそうな顔をしてるの」
「え?」
何でだろ、悲しいことなんて、無いはずなのに。
「ほら、やっぱりね。もう二度と人間には近づかないでね」
「……うん」
でもねそれでも俺は人間を信じたいんだよ。
「人間に怖がられたよ。でもね、そんな人ばかりじゃないと思う」
「もういいわ、今日は巣から出ない事。ゆっくりしなさい」
そう言ってママは顔を俺に押し付け擦り当てた。
ママの顔はあったかかった。
「うん、分かったよ」
俺は今日一日ずっとママと過ごした。
★
夜になって巣の中で寝ている時にふと目が覚めた。何だか森が騒がしいような気がする。
「ようやく起きたのね。早くここから逃げるわよ」
「ママ?」
「早く」
「ど、どこに行くの」
「どこでもいいわ。とにかく遠くへ逃げなさい」
「な、なんで、どうして」
「人間が来るわ。きっと私たちを殺しに来たの」
あ、ああ、俺のせいだ、俺のせいで人間がここに来るんだ。
俺が街に行ったりしたからだ。
「あなたは悪くないわ。さあ行きなさい」
「ママは?ママはどうするの?」
「ここに残って貴方を逃がすための囮なるから」
「そんな、だめだよ!一緒に戦うから!」
「ダメ、足手まといになるだけ。貴方がいたら魔法が使えないでしょ」
「そんな」
ママは俺のそばによって俺の首を咥えた。
「私は人間を返り討ちにしてまたあなたと暮すから。だから待ってて」
「待ってよ、待って」
ママは首を振り俺を遠くまで投げた。
「私の愛しい子、どうか幸せに生きて」
「さよなら」
そしてママの遠吠えが聞こえた。
俺は急いでその場を離れる事にした。ママの言葉を信じて。
★
(あの子が人里に行ったのが今日だとするならなぜこんなにも早く人間がこの森に来られるの?)
(今日だけでフェンリルを殺すための戦力を集められたって言うの?)
フェンリルの母親は考える。
だが答えが出るわけでもなくただ時間だけが過ぎていく。
そしてついに人間が来る。
「おい、いたぞ。フェンリルだ」
この巣もばれてしまった。
(あの子が離れない限り魔法は使えない)
(でもよかった)
(私が食い止めればあの子は助かる)
(私が死んだとしてもあの子の命だけは!)
私は覚悟を決める。
そして人間に向かって飛びかかる。自前の爪で人間をバラバラに切り裂く。
人間たちは悲鳴を上げながら死んでいく。一人を噛み殺し、さらに襲い掛かる。
一人に飛び掛かり爪で切り裂こうとしたとき、何かに弾かれた。
(結界魔法?!)
「皆、すまない遅れた」
そこには一人の青年が立っていた。
その青年は剣を抜き私に向けて構える。
私はその姿を見て思う。
(強い、それに今まで見た人間の中でも一番のマナを持っている!)
私はこの青年を敵とみなした。
「勇者様だ!勇者様が来てくださった!」
「これで勝てる」
周りの人間たちも喜びの声を上げる。
「やっちまえ勇者様。犬畜生をぶっ殺せ!」
何を言っているかは分からないけど、多分罵倒されているのだろう。
でも今は関係ない。この男だけは殺さなければならない。
分かる事がある。この男には魔法を使わないといけない。
あの子は逃げただろうか離れただろうか。そうであってと願う。
大きく息を吸い込む。一撃で終わらせる為に。
「【悪評高き狼の意】」
フローズヴィトニル。フェンリルが使う広範囲、高威力の衝撃を生み出す魔法。その一撃は森の半分を消し去った。それほどの力があるのだ。
だが、今回この魔法で死んだ者はいなく、おろか怪我人一人出なかった。
ここにいるすべての人間一人一人に結界魔法が張られている。
「皆、怪我は無いな」
その時理解した。この男に敵わないと。
私はここで死ぬだろう。
「ーーー」
声にならない声で愛する我が子を想う。
(ああ、あの子に会いたい、もう一度だけ顔を見たい)
「【アルクスカリバー】」
「フェンリル、お前に恨みはないが、これも愛する者の為だ」
「受け取れ」
男が剣は私の胸に突き刺さる。
痛みはない。ただ熱いだけだ。
最後に見たのはあの子の笑顔だ。
★
何時間が経っただろうか。
俺はただ森から逃げるように走っていた。
森から轟音もしたけど、それもおさまった。
「もう、だいじょうぶかな?」
巣穴に戻りたい。またママを見たい、きっと全員殺して生きている。 そう願ってる。
さらに時間が経って俺は巣に戻ることにした。
(これだけ時間が経てば、人はもういないはず)
来た道を戻り森に向かう。
森は大半が真っ平になっていて巣がどこか分かりにくかった。
だけどママの匂いがした。ママの匂いがしたんだ。
その方向に急いで駆ける。でも薄々気づいていた。
「……え?」
そこには、毛をむしられ、皮を剥がれ、頭を切断され、四本の足が無く、尻尾すらない。
《《ただの肉塊があった》》。
あ、ああ、あああ俺のせいだ。俺のせいで俺にが人間に会うから俺が話を聞かなかったから。惨たらしく殺されて取られた。ママは死んだ。俺のせいだ。俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで「違う!!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで「違う!!!」私のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」「違う」「違う」違う違う違う違う違う違う違う違う違う!違う!!違う!!違う!!!違う!!!違う!!!違うッ!
「そう全部間違いだ」
俺ではない誰かがそう俺にささやいた。
真っ暗な空間でそこに居たのは一人の女性だ。
「お前は悪くない。悪いのは誰だ?」
「人間だ」
「そう人間だ。こちらは何もしていないのに勝手に決めつけ攻撃して。殺せば全てを奪っていく」
「そうだ人間が悪い」
「じゃあお前は何をする?どうする」
「復讐する。人間に、あの国の人間を一匹残らず殲滅する」
「それがお前の答えか」
「じゃあ、やろう一緒に」
「お前は、誰だ?」
「この体の本来の人格だ」
そいつは、まるで聖母のような笑みを浮かべながら言う。
そして手を差し伸べてきた。
俺はその手をつかんでしまった。
その瞬間意識が途絶えた。
★
あの日から5年が経とうとしている 。
私はあの時から成長し、体も大きくなった。
さあ、もういいだろう 復讐の時だ。