02 フローズヴィトニル(決意固き狼の意思)
獲物が逃げるが俺はそれを許さない。
四本の足でスピードを上げ森を駆ける。
そして獲物に追いつき、飛びかかった。
「ギャイン!」
悲鳴を上げる獲物の首元を加える。
「ご飯ゲット」
そう言って俺は獲物を引きずって巣穴に戻る。
この世界に生まれ落ちてから二年たった。
前世では独身サラリーマンだったのだが、ある日の仕事帰りに交通事故に遭い、死んだと思ったらここにいたのだ。
分かった事は俺はこの世界で狼、それもフェンリルとして転生した事だ。
フェンリル、北欧神話に登場する神にも匹敵する強さを持った狼である。
そんな存在に転成して最初は戸惑ったが、何とか適応していった。
と言うか元の競争社会よりこっちの方がずいぶん気楽だ。
今日の事だけ考えて、特に不自由なく暮らせる。それだけで十分だろう。
それにしても今日も狩りはうまくいった。
最近になってやっと自分で狩りが出来るようになった。
まだ子供だからあまり遠くには行かしてくれないがそれでも十分満足だ。
とにかく今は腹ごしらえだ! 巣穴に戻った俺は早速今日の晩飯を食べようとする。
「おかえりなさい」
「ただいま、ママ」
ママは俺を産んだ雌のフェンリルの母親の事だ。
父親は居ない、フェンリルは交尾の後に父親は食われてしまうからだ。
そうすることで栄養とさらなる力を手に入れることができ子供を守れるかららしい。
怖すぎだろとも思ったが俺はどうやら雌のようなので食われる心配は無い。
「まだ備蓄はあるのにまた狩ってきたのね」
「うん、だってもうすぐ冬でしょ」
「分かってる。でも生態系を崩さないようにね」
「大丈夫だよ」
「そう、なら食べましょうか」
こうして俺たち親子は食事を始める。
普通に生肉だが二年たち慣れたので、全然食える。
むしろ美味しく感じるくらいだ。
食べ終わってしばらくしてから俺は巣を出て森に来ていた。
森をで平原を駆ける。
しばらくすると街が見える。この街は俺の巣がある森を抜けてさらに進んだ先にある。
何故こんなところにいるかというと、単純に興味本位だ。
人間を見てみたい、きっと仲良くなれるもともと人間だし。
でも、今日はいいかな。もう遅いし。
森に帰って巣に戻った俺は眠りにつく。
★
次の日になって今日も狩りに行こうとしている時だった。
「待ちなさい」
ママに声をかけられた。何だろうと振り返るとママは言った。
「人里に行ってないでしょうね」
「……行って無いよ」
嘘ではない、見たけど行っては無いのだから。
「人は私たちを見れば襲ってくるわ。子供であるならなおさら。反撃でもしたなら大勢の人間があなたを殺しに来るわ。そうなれば私達も生きていけない。分かる?」
「う、うん」
「分かったなら絶対に近づかないこと。良いわね」
「……分かった」
そんな人間ばかりじゃないと思うんだけどなぁ。
裏切ることになるけどいつか会いに行こう。
そう考えながら今日もまた狩りに出かけた。
★
一か月が経った。
街に行く、そう決心ができた。
今はまだ早いかもしれない。だけれど行きたいのだ。
「今日も狩りなの?獲物ももう少ないし少し控えたら?」
「うん、でも食べたいし」
「まあ、好きにしなさい。ただし危なくなったらすぐに帰ってくること」
「分かってるよ」
さて、それじゃあ行くとするか。
俺は勢いよく飛び出した。
森を出て平原を走る。
ここまで来れたことに安心しつつ油断せずに進む。
そしてついに街の家々が見えてきた。
「あれが……」
前世では見る機会が無かった景色に感動を覚えつつ、ゆっくりと近づいていく。
そんな時声が聞こえた。何を言っているかはわからなかったけど。
(あーワンちゃんだー)
その声の方向を向くと小さな女の子がいた。
少女は俺に向かって駆けてきた。
(お手!)
何て言われてるか分からないけど、手を出しているので思わず前足を出してしまった。
(おかわり!)
どうしても抗えずまた前足を出してしまった。
(かわいい~!!)
少女は笑顔になり抱き着いて来た。
(ねえ、遊ぼ!)
不味いな、言葉が分からない。何て言ってるんだ?
少女は近くの木の枝を取り投げるジェスチャーをしていた。
取って来いって事ね。少女が木の枝を投げる。
しょうがないので木の枝を追いかける。空中でそれをキャッチして少女の前に差し出す。
(すごいすご~い!)
(じゃあ次は背中に乗せて!)
少女は俺の背中に乗り首元を撫でまわす。
少女の方を見ると指を前に指している。走れって事か。
とりあえず走ろう。近くの草原を少女が落ちない程度の速さで走る。
少女は楽しそうだ。良かった。
それからしばらく遊び続けた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、いつの間にか夕方になっていた。
もうすぐ帰る時間だろうと思い少女を出会ったところまで送る。
そこには一人の女性が居た。
「あ、ママだ」
その女性はこちらを見るなり驚いた顔をしていた。
「っ!?」
何か叫んでいるようだがよく聞き取れない。
「フェンリル、何でこんな、ところに居るの」
「ママ?どうしたの」
すると少女の母親であろう女性は少女をかばうように俺の前に立った。
「食うのなら私にしなさい、この子だけは絶対に守るから」
俺は言葉が分からない。でも俺を怖がっているのは分かる。
「ママ?何言ってるのこの子は私と遊んでくれたんだよ」
「何を言っているの!こいつは魔獣よ!」
……仕方ない、ここは帰ろう。
俺は来た道を戻り巣穴に戻ることにした。
戻る途中後ろを振り返ると母親が少女を抱きしめ泣いていた。
あの光景が頭から離れなかった。
俺はあんなに怖がられるのか、すこし悲しいな。
人と会いに行った事を知ったらママは怒るかな。
俺はその心配をしながら巣へと戻った。