122.夜明けはすぐそこに
精神的な疲労、倒れた理由はそれだ。
肉体的な疲労はいくらでもどうにか出来るが、精神的な疲労はどうにもできない。
そしてようやく、眼を覚ました。
隣にはあの獣人の女。シータだったか。
殺しておくべきかを悩んだ。こいつは明らかに脅威だ、人間の敵だろう。
マナもう戦えるくらいには回復している。
【聖なる光を放つ聖剣の意】光の剣を手に取りその首に近づける。
しかし、女の寝顔を見た時にそれは止まった。
今こいつを殺す事はできる。ここで殺せるのならば殺すべきだ。しかし。
「……」
敵の前だとに、警戒心は感じられない。
いまなら簡単に殺せる。
そうすべき理由もある。
合理的な判断なら、ここで排除するのが正しい。
……だができない。
殺したら後悔するなどという甘い理由ではない。
もっと直感的で、もっと正体のわからない——拒絶感が、胸の奥に刺さ
「……はぁ」
ため息をつき、剣を消す。
「殺しに来るなら来い、変えれるものなら変えてみろ」
「終わりにしたいのは私も同じだ」
★
「……」
目覚めた時、晴天の下には私しかいなかった。
勇者はどこかへ去った。殺せたはずの私を、放っておいて。
私は立ち上がり、深呼吸をする。
生温かい風が肌を撫で、土の匂いが鼻を刺した。
「情けか……それとも」
どっちでもいい、私は私の目的を果たすだけだ。
そう言い残して拠点へと転移した。
★
「ねえ、ミザール。これで終わりらしいわよ」
悦楽の天使クエンは、倒れたミザールを足蹴にしながら言った。
「もうクリスタルも残ってない。……私たちは二度と蘇れない」
「そうか……」
ミザールは静かに目を閉じる。その声音には、諦観とどこかの安堵が混じっていた。
「貴様がこんなに必死になるとはな」
「それを言うならあなたもよ? 目的なんて無さそうだったじゃない」
「ああ……そうかもな」
その言葉を最後に、クエンの刃がミザールの首を落とした。
「……つまんない」
クエンは血飛沫すら興味なさそうに払い捨てる。
「もっと面白い男だと思ってたのに」
退屈そうに呟き、空を見上げる。
「この世界……どうなるのかしらねえ」
★
そのまま転移魔法で拠点へ戻ると、
皆がいっせいにこちらを見た。安堵ではなく──痛いほどの不安を宿した目で。
世界は元に戻った。
なのに、空気はどこか妙に冷たかった。
「シータ……」
エヴィが名を呼ぶ。
その声音に、胸の奥がざわりと震えた。嫌な予感が、背筋を撫でる。
皆の視線が向けられた先に──見覚えのある人影があった。
「……アリュー」
まるで眠っているように、そこに座っていた。
だが、すぐにわかった。これは生きている姿じゃない。
「……皆、そろったみたいだね」
静かに目を開けたアリューは、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを向けてきた。
その様子が、逆に恐ろしいほどに現実味を帯びる。
死にかけだ。……いや、もう死んでいる。
「嘘だ……嘘だよね、アリュー」
「本当さ。これは意識を残しただけ。すぐ……崩れる」
淡々と告げながらも、どこか申し訳なさそうな声だった。
「泣いてる時間は無いかな。言うべきことだけ言うよ」
アリューは視線を皆に巡らせる。
「皆、仕掛けよう。勝算は生まれた。……そうだよね、シータ」
「……うん」
ただ、それしか言えなかった。
「長い冬だったね。もうすぐ終わる」
そう言って、アリューはまっすぐ私に向き直る。
「君なら成し遂げられるよ。僕は……信じてるよ」
その声はあまりにも優しくて、あまりにも遠かった。
私は、こらえきれずに頷いた。
「もう行くね。ごめんね」
アリューの身体が、限界に近づいているのがわかった。
「ありがとう、皆」
そして最後に──
「愛してるよ、シータ」
その言葉を遺して、アリューは静かに塵となった。
風に溶けるように、世界からこぼれ落ちていった。
涙は止まらない。止めようとも思わない。
また……家族が死んだ。
小さい頃からずっと一緒だった、大切な人が。
生きる術も、心の持ち方も、全部教えてくれたのに──
私は家族の死の理由さえ知らず、
ただ、見送ることしかできなかった。
あの時も。
この時も。
何一つ、守れなかった。
なのに──アリューの最後の声だけが、頭から離れない。
「君なら成し遂げられるよ」
「………………いやだよ。アリューがいなきゃ……」
それでも。
――それでも、やるしかないんだ。
その言葉だけが、今の私を辛うじて立たせていた。
「……皆、勝とう。世界を変えよう」
私が宣言すると、皆の目がかすかに光った。
「私たちは必ず勝てる」
「そうね、勝ちましょう」
「今こそ反撃のときです」
「もう逃げる時間じゃねえだろ」
「世界が変わる時が来たの」
「やるぞ、オレ達の未来のために!」
「アタシも全力で支えるよ」
「シータ、共に行こう」
その言葉のひとつひとつが、乾いた心に染み渡っていく。
でも私はまだ泣く。
家族が死んだんだ。悲しくないわけがない。
「アリュー……なんでなの」
その声は届かない。それでも問わずにはいられなかった。
「しっかりしろ、大将」
「導いてくれなきゃ私達は迷うばかりだ」
デルが、そして皆が、私の肩を叩いた。
「私たちもアリューを大切に思ってる。一緒に悲しもう」
「でも、涙は今だけにして。もう待ってくれないよ」
私は涙を拭った。
「わかってる。始めよう。革命を」




