112.だからこその行使である。行進である
「……それって。アサインが言ってた」
アリューは頷く。
「うん、僕が封印した、ごめん。僕がやったんだ」
シータは俯いて黙り込んでいる。
「別に、アサインから聞いてた。アリューの事だから何か理由があるのは分かるよ」
「ありがとう、それじゃ。始めるよ。準備はいい?」
「うん」
アリューはシータの額に手を置くと、詠唱を始めた。
★
「私は……何をしている」
皆が命を賭けて、怪物に挑んでいると言うのに。
私は王城で待機しているだけだ。私は勇者だろ!人類の守護者だろ! なのに、なんで。私は……。
壁を叩き声を荒げるも、何も変わらない……。
「行かなければ」
命令などどうでもいい……自分の意思で―――。
「そうだね、そうすればいい」
「お前は……あの時の、逃がしていたか」
オリジナルは転移魔法で勇者の傍まで転移していた。
それに対して勇者は振り返り戦闘態勢に入った。
「僕の言葉を信じるかどうかは君次第だけど、一つ言わせてもらうよ。あれは人間の贄とした儀式の産物だ、善悪を決めるのは贄となった人間達の集合意識」
「結論から言えば君は善だ、つまり君が対峙するべきはゼンだよ」
「何一つ信用できないな、胡散臭すぎる」
「言っただろ。信じるかどうかは君次第だ」
「……」
勇者は剣を鞘に納めた。
「【契約魔法】だ、真偽を確かめさせろ」
「何で?僕にメリットがない」
「つまり嘘と言う事だな!」
「好きにとらえなよ、滅ぶのは世界だ」
「しないと言うなら、今ここでお前を殺す。前とは体が違うようだな、呪いの対象外だ」
オリジナルは呆れた顔をしながら言う。
「おっと……そこに気付くか。しょうがない、一つ条件だ。僕に危害を加えない事。約束してくれるかな?」
勇者は頷くと、オリジナルは言った。
「いいよ、【契約】」
★
私の周囲に次々と魔法陣が浮かび上がっていく。
空間が軋み、耳鳴りのような魔力の共鳴音が響き渡る中、一つ、また一つと空気を裂くように魔法陣が現れるたび、
「バチン、バチン」
と鋭く、何か重く張り詰めていた鎖が千切れていくような音が鳴り響く。
「アリュー……」
私は思わず名を呟いた。
心の奥底に、説明のつかない不安が湧き上がっていた。
その瞬間だった。
魔法陣たちが、まるで意志を持つかのようにゆっくりと回転し始めた。
幾何学模様が光を帯び、宙に描く円はやがて正確な軌道を刻み、空間を円環に編み上げていく。
アリューが静かに、しかし確信に満ちた仕草で手を翳す。
その小さな動きだけで、周囲に浮かんでいた全ての魔法陣が震え、音もなく吸い寄せられるように集まり始めた。
光が収束する。
それはまるで星を圧縮したかのように、眩く、そして禍々しい。
そして、全てが一つに纏まった瞬間、空間そのものが脈打つように震えた。
アリューの瞳は微動だにせず、ただその輝きを見据えていた。
「これで終わり、君の【天をも喰らう修羅の威光】は解放された。……どんな感じ?」
「……わかんない、かな。ただ、」
「ただ?」
「私はこの力で何かを為せる気がする」
「……そっか、試しておいで」
「うん、やってみる」
★
【転移】
この間にもアクは前進を止めていなかった。
多少距離が開いていたので転移で移動しアクの前に出る。
私にはわかる。
前にアリューが言っていた――
私の魔術は「光を操る魔術」だと。
自然光を、増幅し、集中し、変換し、そして消滅させる。
私が望めば、昼も夜も思いのままに書き換えられる。
そして今――はっきりと理解した。
この世界に存在するあらゆる光が、私のおもちゃだ。
「何故立ち向かう……愚かな獣よ。世は進みゆく、受け入れるほかに当たられた選択肢はない」
今度はノイズじゃない、確かな声が脳内に響いてくる。
「お断りだ……」
「どんな強者も夢に溺れて消えていく。理想は新たな秩序に反し、世界を彩る」
「対話なんて求めてない、どうせ聞きやしないだろうし」
アクはその歩みを止めることなく確かに私に近づいてくる。
「そうだ貴様たちは崇高なる思想を聞き入れない、だからこその行使である。行進である。歩みを止める事は無い」
「【飽ク亡キ志砲:卍天】」
その言葉が聞こえた瞬間。胸の甲冑が開き、闇の渦のようなものが垣間見える。
そこに光が集まっていく。
私にはできる。
この空に、太陽さえあるならば。
光よ、集え。増幅しろ。破壊しろ――私の敵を。
空間が軋む。
昼の光が異常に色づき始め、影が奇妙に伸びる。
私の背後に巨大な魔法陣が展開され、それはまるで天を裂くレンズのように、
太陽光を一箇所に集束し始める。
一点では足りない。
いや、もはや「点」などという概念ではない。
私が編んだ光の焦点は、アクの全身を丸ごと包み込む灼熱の領域へと膨れ上がる。
世界が焼け焦げる音がした。
空気が悲鳴を上げ、砂がガラスへと変わる。
太陽すらも、私の意志で刃へと変わる。
「失せろ、身勝手」
アクの魔法が発射される瞬間、私もその光をアクに向かわせる。
その瞬間、アクの胸部に巨大な穴が開いた。
一瞬だった、焼き切れる音が聞こえると同時に閃光が包んだ。
閃光が無くなると同時に見えたのは倒れているアクだった。
その肉体も装甲も、かつてあった形を留めることなく、ただ蒸発し、昇華し、
粒子へと還っていく――はずだった。
だが。
「…………興味深い」
「なぜこれほどまでに力を持つのか」
耳に届いたのは、声だった。
その瞬間、熱光の中に黒い裂け目が生まれた。黒剣が裂け目を広げ、その腕が裂け目を掴む。
そしてはい出てくるアクの姿。
私は指をアクの方に向け再度光を放射した。
「 【白穿ツ向コウ空】 」
それに対しアクはその手に持った黒剣で私の光を切り裂いた。
「盆の中に納まるか?獣」
アクはそのまま腕のうちの二本で黒剣を構えた。
(色々なことができそうだけど……まだ基本しか使えてないな)
アクの持つ黒剣は不気味に光っていた。
「【九元ヲ正ス神罰】」
構えた黒剣が九つに分裂し宙を舞う。
それと同時にアクが持っていた黒剣が振るわれた。
一筋の線が空間を断ち切る。
それは瞬時に広がり、周囲の大地を巻き込みながらこちらへ迫ってくる。
私は瞬時に結界を展開しそれを防ごうとしたが、結界は吸収され私の体を真っ二つに割った。(卍天魔法か……こいつの使う魔法は全部卍天魔法だと考えた方が良さそうか)
そう思いながら【現実改変】で自分の体を元へ戻す。
(魔法の打ち合いで勝てる事は無いだろうな…)
アクは再び黒剣を構える。
「【秩序啼ク此黒剣】」
九つの剣が弧を描き、同時に振り下ろされる。
その瞬間、世界が縦に割れた。
まるで空そのものが、ひとつのガラスであったかのようにヒビが走り、次の瞬間には、何もかもが割れてゆく。
卍天魔法いかなる、防御魔法も無駄であった。
「崩れていく、古き物達。世界は真に輝きを放ち、新たな世界に希望は宿る」
「死んでいった命よ。礎となれ」
そう言い残しアクがまたその足を歩もうとした時。
「———誰が死んだんだ?」
私は変わらずそこに立って居た。
もちろんアレを喰らえばというよりアクの卍天魔法を喰らえば【現実改変】のストックが無い限り即死だろう。
だから当たらない距離まで逃げ戻ってきた。自分の体がマナ体なら光速で動けるからこれくらいなら容易でできる。
光速は自分でも制御できないから実際は光速よりはだいぶ遅いが。
「素直に死ねばよかろうに、獣め」
さて、私の有効打は【天喰羅威】だけ。でも、さっき喰らってみて分かった事がある。マナ体になった時に偶に見えていた赤い斑点のような物、あれがマナの核。
今ここで会得してやろう【卍天魔法】