110.片付け
一方その頃、シータは自室で一冊の本を片手に唸っていた。
その本の名は【全知全能】この神界から全てを知ることが出来る神の本。
だが、それは不完全だった。情報の多くが黒く靄がかかるように、一部が隠され読めなかった。
「どう、何か分かった?」
「ある程度はね……とりあえずみんなを集めよう」
そう言うとシータは立ち上がる。
そして少しの時間が経った後。
「皆集まったね」
シータは全員の顔をゆっくりと見回した。
「……情報まだ完全じゃないけど、分かったこともある」
シータは手にしていた【全知全能】の本をぱたんと閉じる。
「ゼンとアクは洗脳能力を持っている、そして洗脳には条件がある」
「善人か悪人かが判断されアクなら善人がゼンなら悪人が意識を乗っ取られ暴走するみたい」
「……つまり、アクの洗脳は善人を、ゼンの洗脳は悪人を狙うってことね?」
シータは頷いた。
「そう。そして洗脳された者は、自我を持たず、ゼンやアクの代弁者のように動くと、書いてあった」
「私達がやる事は単純、アクを倒す。ムカつくけど、私達は全員悪人判定だった」
「やることが決まってるなら単純だね……さあ皆、死ねる人だけついて来て」
アリューが後ろから声をかけてきた。
「……うん、死ぬかもしれないし。何より人間達に姿をさらすことになる」
シータは後ろに振り向き、全員の顔を見る。
「……うん!」「……了解よ」「はいはーい」「承知いたしました」
全員が頷いたのを確認し、シータは言った。
「よし……行こっか」
★
そして同時刻。
「やぁ、№2」
地下の研究所、セイゼン教の中でも一部しか知らないはずの地下室に忌まわしき声が響く。
「は?……オリジナル!」
何でここに、どうして急に。そんな思考が渦巻くが
オリジナルはゆったりとした足取りで歩みを進める。
「どうして……か、まさか忘れたのか?マスターの魔術【全知全能】」
レースは後ずさる。だが、その足はすぐに止まった。
「カラサトス、奴を討て」
オリジナルが命令すると、レースの背後からカラサトスが現れる。
「承知しました、レース様」
「レース?ああ……なるほど」
「【再定義】」
「剣はここにあり、敵向かい飛んで行く」
そうカラサトスが発現した瞬間。
無から剣が現れ、オリジナルへ飛んで行く。
だがそれは、ある男によって簡単に弾かれた。
「たく、避けれるもん位避けろよ。次は助けねえぞ」
それはジーク・ドームゲート。
「やあ、ジーク。ちょうどいいタイミングだ」
オリジナルは嬉しそうに言う。
「それにしてもレースか……随分趣味が良いね№2。僕の名前を自分の名前に使うとは」
「黙れ!オリジナル!」
レースは怒りを露わにする。
「まあ、良いさ……さて」
オリジナルが手を前にかざすと、そこに一振りの剣が現れた。
その剣は神々しく、見るもの全てを魅了しそうだった。
「|【天すら目を奪われる寿】《フレイヤ》」
「そっちを頼むよジーク。僕は僕のクローンと決着をつけてくるよ」
「させません。【再定義】」
「やらせねえよ」
カラサトスの言葉を遮り、ジークがカラサトスの前まで一瞬で移動すると全力で上に蹴り上げた。
「ぐ、な」
それは地下から地上を突き抜け、雲まで届いた。
「はあ、行くか」
「終わったらこっち来てね」
そう言う前にジークはその穴から地上へ飛んでいた。
「さて、やろうか。ふっふふ。レース」
オリジナルは剣を振ると、その衝撃波がレースを襲い吹き飛ばす。
「私はお前に!全てを奪われた、何もかも!」
「知ってるさ、付けたいんじゃないのかな?決着」
オリジナルは笑い、レースはそれを聞き激昂した。
「殺す!今ここで!」
オリジナルはレースに剣を向けた。
そして戦いが始まる。
★
カラサトスが雲の上で天井に近しい者にその目を向けていた。
空気が張り詰める。
「ほら、来いよ」
「【再定義】」
「私の姿は目に映らず、風は耳ならず。私は何処へも居ない」
「なるほど……そういう魔術か」
ジークはその声を微かに聞き取り笑った。
そしてカラサトスの居るであろう場所を思い切り殴りつけた。
その瞬間、塊が轟音と共に移動する。
「悪いな、目が良い」
「がっくっ…」
「さ、流石は勇者に次ぐ実力者と言われるだけはある」
「まあ、かかって来いよ。俺はここで遊んどくだけだ。下の事が終わるまでな」
「舐めるな!」
カラサトスは無から剣を取り出しジークへ斬りかかる。
その一撃は空気をも切り裂き、まさに不可視の剣だ。
だがジークにはそれすらも見えているかのように躱していく。
「またそれか?芸が無いな」
「【再定義】」
「矢はここに幾万と存在し我が敵に向かう」
カラサトスの声が轟き、空間に幾千の魔法陣が瞬時に描かれる。
そこから無数の光の矢が生成され、まさに雨の如くジークを穿たんと降り注ぐ。
ジークはそれに対し、何もしなかった。いや、する必要が無かった。
矢は彼の体を貫かない、当たるものの弾かれていく。
「おいおい、そんな玩具じゃ傷一つつけらんねえよ」
「いいか?攻撃ってのはこうやるんだよ」
次の瞬間、ジークはカラサトスの背後に回り脇腹を蹴り飛ばした。
無から取り出したその蒼剣ソデモダを天へ掲げると、空が震えた。
まるでその一撃に身構えるかの如く、緊張が走る。
彼は剣を振り下ろした。その瞬間、蒼い斬撃が生まれた。
それはただの斬撃ではなかった。
風を裂き、魔を断ち、空そのものを切り裂く力そのものの具現。
カラサトスの広げた結界魔法ごと、空を切り裂いた。
「あっけなく終わるわけはないわな」
「【再定義】」
「体は切られておらず、血は流れていない」
「やるなぁお前。お前の魔術【再定義】、自身の力でできる事を過程をすっ飛ばし事象だけを起こすってところか?」
「だが、それで限界だ。お前ができない事はできない、俺には勝てねえよ」
「舐めるな!」
カラサトスは無から剣を取り出すと、その剣を天へ掲げる。
「遅えよ」
刹那、カラサトスが剣を振り下ろすよりもずっと速く蒼剣ソデモダを振り上げた。
それは余りに強大過ぎた、カラサトスの体一つを細切れに切り裂いた。
「速く終わりすぎたな……」