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フェンリルに転生した俺、人間に復讐を決意します  作者: アイスマシーン
灰の王編
109/119

108.平和主義者の罵詈雑言

シータはフッと笑いながらカラサトスを挑発する。

「いえいえ、無粋でした」

そう言って起き上がるカラサトス。その体に付いた土埃を払いこちらを向く。

「私は失礼するとしましょう……またお会いできる日を楽しみにしておりますよ?」

そう言い残してカラサトスは姿を消した。

それと同時に空間が正常に戻り、この一面の青空は元の大聖堂へと戻った。

辺り一帯は既にもぬけの殻であり、人っ子一人いやしない。

「何なんだ、あの化け物は……」

エルメスがポツリと呟く。

「……とりあえず、私は退く。お前はどうする?」

「ここを探索し奴らを追う、事態の収拾は先の神とやらを殺せばつくはずだ……」

エルメスは目を細め、大聖堂の入口を見据えた。

そしてシータは転移魔法で拠点へと戻って行った。


全人類――いや、全生命に響く“それ”は、言葉ですらない音だった。

鼓膜を震わせることなく、思考の内に直接流れ込んでくる奇妙な“放送”。

そこに映る二柱の怪物。『ゼン』と『アク』。

その映像が、人々の脳裏に焼き付くように刻み込まれた。

「何なんだ……これは」

誰かが呟く。

それはまるで、神話のワンシーンを切り取ったような光景だった。

花嫁は六本の腕で赤ん坊を抱きながら、虚空を彷徨う腕を振り回していた。

一方の騎士は巨大な黒剣を振るいながら、傾いた天秤を掲げていた。

「おい!何だよこれ!」「頭の中に映像と声が」「え、お前も?」

「おい!?今何て?楽園が始まるとか何とか」

人々は混乱し、恐怖し、そして――

少し時間が経った後再度あの声が流れてきた。



『楽園の説明を忘れていました、それは確かなユートピア』

『喚く混沌ゼンと悟る秩序アクは互いに互いを求め、歩み続けます』

『そして!この二柱が合流した時こそ!このユートピアが作られるのです!』

そう、叫び声が聞こえた時。頭の中に映像が流れる。

それは、生物が『善』『悪』に二分され『悪』側の生物が『善』側の生物に全てを捧げ生きる

世界。『悪』側の生物は『善』側の生物に傅き、そして全てを肯定し奉仕する。

そんな世界の光景だった。

「何だよ……これ……」

誰かが呟く。それは疑問であり、否定の言葉でもあった。

『私たちはこのユートピアを造り上げます!これは決定事項です!』

『では、またお会いできる日を楽しみにしております』

その言葉を最後に、放送は切れた。そして世界は沈黙する。




小国トルスートでは、乾いた大地に響く異様な地鳴りが、人々の不安を現実へと引きずり込んでいく。

それは、神の足音だった。

「な、なんだ……!? あの巨人は……!」

兵士の一人が叫ぶ。その声は、恐怖と混乱で上ずっていた。

遠くの地平線に、“黒い影”が一歩ずつ近づいてくる。

巨大な黒ローブを纏い、四本の腕を持つ巨人――アク。

その巨体は大地を震わせながら、ゆっくりと迫りくる。

「おいおい、待てよ。あいつこっちに来る気か?」

一人の傭兵が呆然と呟く。その言葉に、周囲の者はザワつき始める。

「はあ!?あんな奴が通ればこの国どうなんだよ!」

口々に騒ぎ立てる人々。



一方、短い時間が経ち。兵士たちはこの国を守るために準備を整えていた。

指揮官らしき人物の声が響く。兵士たちは急いで陣形を作り、アクに向かって魔法を構えた。

命令を出す指揮官。その表情には、緊張と恐怖が滲んでいた。

「撃て!」

指揮官の声と共に、様々な魔法がアクに直撃する。

だが、それは蟻の抵抗のようなものだった。

「……ああ」

傭兵は絶望したように息を吐く。その視線の先には……当然無傷のアクがいた。

「速く!次の魔法を放て!」

指揮官が叫ぶ。だが、その時すでに遅かった。

神は蟻の抵抗に不快感を抱いた。

その為、蟻を潰すことにしたのだ。


卍天魔法

【秩序啼く此黒剣】チツジョナクコノクロツルギ

その黒剣を天井に掲げ、静かに振り下ろす。

その瞬間、世界が“縦”に割れた。

まるで空そのものが、ひとつのガラスであったかのようにヒビが走り、次の瞬間には、何もかもが割れてゆく。

トルスートの中央区――王宮も兵舎も市場も、すべてが音もなく崩れてゆく。

兵士の一人が目を見開いたまま、自分の体がスローモーションで崩れ落ちていくのを見た。

空気が、重力が、時間さえもまだ反応できていない。

けれど結果だけが、ただ在る。

「う、そ……だろ……?」

誰かが、崩れてゆくで呟く。

だがその声に答える者はいなかった。

トルスートは、全てを崩され物の数秒で形を失った。





一方その頃、海上都市ルグリナス―環状都市国家。海の上に浮かぶその都市は、美と調和を讃える信仰国家だった。

その空のど真ん中、静かに“何か”が落ちてきた。

最初はただの“点”だった。

次にそれは“星”となり、やがて“影”へと変わった。

「……あれは……流星?いや、違う、何か、巨大な人影のような……?」

騎士団の一人が空を見上げ、呆然と呟く。

そして、次の瞬間。

ゼンが空から逆さまに現れた。

六本の腕を広げた、花嫁のような姿。

長い布を引きずるように宙を歩きながら、ゼンは逆さのまま“にっこり”と笑った。

その表情には、喜びも怒りも悲しみもない。

ただ、“それが当然”であるという、何の疑問も持たない“狂気的な無垢”が宿っていた。



「おはようございます、皆さま……」

言葉ではなかった。

けれど、そこにいた誰もが、その声と言葉を認識していた。

ゼンの全身から伸びる無数の黒糸が、空中に花を描くように広がっていく。

「な、なんだ!?あの……腕、いや、糸……!」

「やばい、逃げろ!!」

だが、その“花”が開くより前に、全ては終わっていた。

ゼンの右上の手が、小さな赤子を優しくあやしながら。

左下の手が、空間をひと撫で、した。

「ああ、皆さまはこれから気付くのです。気付く暇さえ、ありはしないのだと」

「|【平和主義者の罵詈雑言】《ピースフル・ヘイト》」

その瞬間、ルグリナスは“裏返った”。

青い空は内側から黒へと反転し、建物の外壁と内壁がぐちゃぐちゃにねじれ融合する。



人々の記憶が変化してゆく

「……あれ?僕……誰……?」

「私、何でこんな事……?」

「「ああ、そうか……」」

「僕は悪人だ」「私は善人だ」

そして皆笑い出す。

「さあ、皆で笑いましょう。幸せになるのです……はい、そう、いい子ですねぇ」

ゼンは手の中を赤子をあやしてその頬を撫でる。

「ふぎゃー、おんぎゃー」

ルグリナスに響き渡る住人たちの笑い声。その叫びとも咆哮ともつかない声が、地上を覆い尽くしてゆく。



やがて、一人の青年が声を上げた。

「ああ!そうだ!俺は善人なんだ!」

続けて声が上がる。

「私は悪人です‼善人様、どうか奉仕を!!」

不可解なその現象に、その場にいた誰もが歓喜の表情を浮かべて、跪き、あるいは笑い転げた。

ゼンは空をゆっくりと歩く。逆さのまま。まるで全ての常識をあざ笑うように、白い布を風に揺らしながら。

その手の中の赤子を抱きかかえながら、もう二本の腕で顔を覆い隠し。

「いないいない――ばぁ」

手の中の赤子は笑いなどしない、ただそその産声を響かせる。

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