105.強行突破
名乗ると同時に、影のように静かに現れた男は、落ち着いた声音でそう告げた。
「エルメス……エルメス様! お助けください、三大天使――恐怖の天使エルメス様!」
天使の名を叫ぶ聖女の声は、先ほどまでの傲慢さとは打って変わって、まるで救いを求める信徒のように震えていた。
「黙れ、驕るな。愚か者が」
エルメスと呼ばれた男は、静かな声で聖女に語りかける。だが、その声音には冷たい怒りの感情が籠もっていた。
「あ……ああ……いや……」
聖女の顔から血の気が引き、その表情は絶望へと染まっていく。
その目は虚空を見つめており、まるで壊れた人形のように動かない。
「三大天使?お前何者だ」
「……俺はこいつらの仲間ではない。少し前までは……違ったが」
エルメスは静かに答えると、ゆっくりとシータの方を見た。
「俺はこいつらを追っている。大本であるはずのミザールをな」
「色々情報がある、知りたいのならその敵意を抑えてくれ」
「……随分と事情を抱えてそうだな」
シータはエルメスの言葉を吟味するように睨みつける。
「ああ、まあそうだ。」
彼は腕を組み、静かに付け加える。その目には迷いのない確信が宿っていた。
「……話を聞くだけならな。そして情報次第ではお前も敵に回る」
「構わん、どんな結果であれ。決断はお前の自由だ」
シータはエルメスの瞳をじっと見つめた。その目には強い意志が宿っており、嘘偽りはないように思えた。
「いいだろう、話を聞こう」
シータがそう言うとエルメスは小さく頷き、静かに語り始めた。
「ミザールは、自身の能力で天使たちを操っている。俺は何とか逃げる事ができた」
彼は静かにそう告げると、わずかに眉を寄せた。
「それから俺はずっと、地上で天使たちの動向を調べていた。そして分かったのは、やつらが『セイゼン教』の名の下に、エルフや獣人を排除しようとしているということだ」
「俺が望むのはこの状況の解決だ」
エルメスは真っ直ぐにシータを見つめる。その目は真剣そのもので、決して冗談ではないことが窺えた。
「なるほどな」
その時だった。聖女の体がぴくりと動き、再び声を上げる。
「ミザール様……私はまだ戦えます!どうかお力を!」
その瞬間、光の鎖がさらに強く締め上げられた。
「とりあえず、お前にも話すだけ話してもらおうか」
そうシータは聖女に語りかけるが、彼女は苦悶の表情を浮かべながらも口を開こうとしない。
「あ……ああぁ……ミザール様……!」
エルメスは小さくため息をつきながら、口を開いた。
「もうこいつは駄目だな」
シータは黙ってその様子を見守った。
聖女は苦しそうにもがいているが、やがて意識を失ったのかぐったりと動かなくなった。
「アリューに見てもらうか……」
シータはぽつりと呟いた。
「そうだ、アリュー。俺もお前に一つ聞きたい事がある」
エルメスは思い出したように、シータに問いかける。
「お前、何者だ?」
「私か……教えるとでも?」
「いや、話す気が無いならいい。戦って勝てるとも思えない」
エルメスは肩をすくめると、再度こちらに目を合わせる。
「お前が何者でもいい、俺に力を貸してくれないか?」
エルメスは静かに、しかしはっきりとそう告げた。
「メリットは?」
エルメスは静かに深呼吸をし、シータを見据えながら続ける。
「お前もこいつらを片付けたいんだろう、親玉を……直接叩きに行ける」
シータはエルメスの言葉を吟味するように目を細めた。
「親玉を直接叩きに行ける、ね……」
口元に手を当て、しばし考える。確かに、シータの目的は勇者を討つことだが、その背後にいるミザールもまた放っておける存在ではない。
「……お前の言う『直接叩きに行ける』ってのは、どの程度までの話だ?」
エルメスはシータの問いに即答する。
「恐らくは文字どうりの直接だ、奴のアジトに侵入できる」
「なるほどね……」
シータは考え込んだ。正直、天使の戦力は未知数である。
だがまあ、目の前の男が三大天使と言われている時点でたかが知れているだろう。
「今すぐに行けるか?」
「……ああ」
「まて、三大天使とか言っていたよな。もう一人は?」
そう質問した時ある一人を思い出す、天使とは思えない言動に行動。だが頭の上にある確かな光輪。
「クエンという奴だ。だが安心しろ、そいつは敵対していない味方の可能性も……ある」
「そいつの魔術は【有頂天】か?」
「そうだが、知っているのか?」
エルメスは少し驚いた様子でシータを見る。
「敵対はしていないんだな……」
「それは間違いない」
今の私なら勝率は7割って言った所か、まあ敵対していないなら関係ない。
「分かった、アジトに連れていけ。転移魔法は使えるか」
「ああ、問題ない」
「なら、行くぞ」
罠だとしたら、破壊するのみだ。