103.馬鹿の集まり
「ねえ、貴方。その眼で、勇者を見たの?」
「……ああ、灰となった同胞の記憶は俺に受け継がれている」
「本当に、勝てると思ってるの?」
灰の王はその問いに、一瞬だけ沈黙した。
彼の瞳が静かに揺らぐ。エヴィの問いは単なる確認ではない。
その言葉には、計り知れない重みがあった。
「――勿論だ」
「……まあ、別に貴方が倒さなくても、シータが勇者を殺すけど」
まるで、そんなことは当然の未来であるかのように。
ルウが小さく笑う。
「そうね、約束してくれたかしら」
★
その後拠点へと戻ってきた三人とシータ。
「おかえり、どうだった?」
シータが尋ねるとエヴィは肩をすくめた。
「まあ、悪くないわ」エヴィが静かに答える。
サーシャとルウは顔を見合わせると小さく笑った。
「そう、ならよかった」
シータは安心したように微笑んだ。
「今いる全員を【実越仙境】に移しても一切の問題はないわ。あそこなら衣食住が問題なくそろうし、マナで補える」
「そっか」
シータは、どこか安心したように息をついた。
「それじゃ、灰の王。ここに同盟を結ぼう」
「ああ、よろしく頼む」
灰の王はどこか満足げな表情で頷いた。
★
シータが灰の王との交渉を終え、同盟を結び数か月が経った。
拠点で保護していたエルフ達の【実越仙境】への移動が着々と行われていた。
5000人程度のエルフ達が皆、【実越仙境】へ移動するとなると結構な大仕事だった。
「まったく……人使いの荒いこと」
エヴィがため息をつきながら呟くとアリューが笑った。
「ん~流石に大変かな灰の王?」
アリューの横にいる灰の王は今にも倒れそうな表情で力を込めていた。
「な……に、問題ない。ゲート程度いくらでも、保って居られる」
「ふーん?」
エヴィが少し意地悪そうに笑いながら、灰の王の額に浮かぶ汗を見つめる。
「そう? なら、この移動が終わるまでしっかり頼むわよ?」
「くっ……言われなくとも……」
灰の王は歯を食いしばりながら、大規模な転移ゲートを維持していた。
彼のマナをもってしても、5000人を安全に転移させるのは相当な負担らしい。
「まあ、頑張ってね」
アリューが呑気に言うと、灰の王はちらりと彼を睨んだが、すぐに視線を戻した。
「……あと半分だ」
転移を終えたエルフたちは次々と【実越仙境】へと送り届けられていく。
彼らは目の前に広がる美しい光景に目を輝かせ、新たな拠点での生活に期待を抱いていた。
★
エルフ達の大移動が行われている時、拠点ではシータとオリジナルが向き合っていた。
「やあやあ、久しぶり」
オリジナルの声が響くと、シータはすぐに警戒の姿勢を崩さず、冷徹な目で彼を見据えた。その表情には一切の隙がない。
「何か用か?」
シータの問いかけに、オリジナルは淡々と答える。
「ああ、実は『楽園』方で進展があったんだ」
「そうか……で?」シータの口調には、どこか冷たい響きがあった。
「それで、君の力を借りたいんだ」オリジナルは淡々と続ける。
「……それは命令か?それとも頼みごとか?」
シータはじっと彼女を見つめる。その瞳からは感情が読み取れなかった。しかし、その奥にある強い意志だけは感じ取れた。
「そうだね……これは頼みごとだよ」
オリジナルは悪びれずに答えた。その表情には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
「分かった、話せ」
シータがそう言うと、オリジナルは嬉しそうに笑った。
「簡単に言えば君の事を探してる、僕の協力者としてじゃなくて。君、シータ=スコールをね」
シータはその言葉に、僅かに目を細めた。
「私を?」
「ああ、覚えてるかな君が殺した二人組の僕のクローン。その片割れさ」
シータは軽く息を吐いた。
「なるほど……それで?」
「探してるのなら、こちら仕掛けないかい?」
「つまり、向こうが仕掛ける前に叩こうと?」
オリジナルは指を鳴らしながら、にやりと笑った。
「話が早くて助かるよ。その通りさ。僕としても、自分のクローンが勝手に動き回るのはあまり気分が良くないしね」
シータは静かに目を閉じ、一瞬思案するように息を吐いた。そして、ゆっくりと目を開き、オリジナルを見据えた。
「……いいさ。お前の策に乗ってやる」
オリジナルの笑みが、さらに深まった。
「決まりだね。それじゃあ、これを」
オリジナルが何処からともなく地図を取り出すと、それをシータに手渡した。
地図には赤い点が記されていた。
「これは?」
「奴らは、セイゼン教という宗教団体に属している」
「エルフの虐殺が始まった位にできた。『人間が善でありその他全てが悪。ならば我ら人間が全てを踏み台に生きよう』という思想の下、活動している」
「なるほど、そいつらの目指す世界が『楽園』か」
「そうだよ、自分たちが善だと信じて疑わない。馬鹿の集まりさ」
「それで、私はこの教会から潰せば良いんだな?」
オリジナルがこくりと頷く。
「ああ、頼めるかい?」
シータは地図をしばらく眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。そして静かに言葉を紡ぐ。
「分かった」
その言葉に満足したように、オリジナルは微笑んだ。
「じゃあ、任せたよ」
オリジナルはそういうと、そのまま姿を消した。




