102.同盟
「シータ誰、その人」
エヴィが不思議そうにシータに尋ねる。
シータが答えようとするがそれを遮り灰の王は答えた。
「……俺は灰の王。我が同胞、エルフたちを導き救う者だ」
その言葉にこの場にいたエルフ全員が反応する。
「灰の王……どう言う事?」
エルフたちの中から、最初に口を開いたのはエヴィだった。その表情には驚きと戸惑いが混ざっており、視線はシータと灰の王の間を行き来している。
シータは軽くため息をつきながら言葉を選ぶように口を開いた。
「敵じゃないから安心して。それより、エヴィ達にやってほしい事がある」
「何……?」
エヴィがシータに尋ねる。
その目には、不安と期待が入り混じっているようだった。
「まあ、皆集まってからでいいかな」
その後エヴィとサーシャ、ルウの三人とシータは別室で話し合っていた。
エヴィは一度深く頷き、部屋の中で静かに話を整理し始めた。
サーシャは少し首をかしげ、疑念を抱きつつもシータを見つめている。
ルウは腕を組み、頬に手を当てながら考え込んでいる様子だ。その様子に、エヴィは軽く眉をひそめた。
「で、何をすればいいの?」
「灰の王が言っていた【実越仙境】に行ってみて欲しい。なんでも、衣食住が全てマナで補える、この世界とは隔離された空間らしい」
ルウが半信半疑で答える。
「……どんな夢物語なのかしら。本当なの?」
「灰の王とは【服従】の契約を結んである、話の真実は確証できる」
シータはしっかりと自信を持って言葉を続けた。
「一度行ってみて、三人の判断でいいから、今いるエルフをそっちに移そう」
その言葉が部屋の中に響き渡る。サーシャは目を細め、シータに言った。
「私は従うよ……」
「まあ、罠じゃないと言えるのなら行かない意味もないかしら」
ルウははっきりとした口調で答えた。
「まあ……行ってみましょうか」
その言葉に他の二人も同意を示し、頷いた。
「頼んだよ、いい報告を待ってる」
そう言ってシータはエヴィたちを送り出した。
★
「何が何だか分かっていないのだけれど、貴方についていけばいいのよね?」
「ふふ、素晴らしい力を持っているな。同胞として喜ばしい限りだ」
「会話になってないのだけれど」
灰の王がどこか嬉しそうだった。
エヴィはため息をつきながら、灰の王を見上げた。彼の目はどこか遠くを見つめるように輝いており、まるでこの瞬間を心待ちにしていたかのようだった。
「とりあえず、【実越仙境】とやらに案内してもらうわ」エヴィは肩をすくめながら言った。
サーシャも静かに歩み寄り、淡々と言葉を続けた。
「どういう場所なのか……私たちの目で確かめる」
ルウは腕を組みながら、灰の王に冷ややかな視線を向ける。
しかし、灰の王はそんな彼女たちの態度を気にする様子もなく、満足げに頷いた。
「いいだろう。ならば、俺が案内しよう。お前たちには、直接この目で見る価値がある」
そう言って、灰の王はエヴィたちに背を向けた。
「ついてくるといい」
★
灰の王が作った扉を潜るとその先には幻想的な空間が広がっていた。
エヴィたちは足を踏み入れた瞬間、まるで異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
広がっていたのは、どこまでも続く青白い霧に包まれた静寂の地。空には星のように輝く光の粒が漂い、まるで夜空をそのまま閉じ込めたような景色だった。地面は透き通るような滑らかな輝きを放ち、一歩踏み出すごとに淡い波紋が広がる。
「……すごい」サーシャが思わず息を呑んだ。
「確かに、幻想的ね」ルウも周囲を見渡しながら、小さく呟く。
エヴィは慎重に一歩踏み出し、地面を確かめるように足元を見つめた。「これは……マナで構築された空間?」
灰の王は静かに頷いた。
「その通りだ。【実越仙境】は、我らエルフが安住するために創られた理想の地。衣も食も、住まいさえも全てマナによって賄われ、あらゆる外敵から隔絶されている」
「ん~確かに凄いねえ。この空間。完全に外と隔絶された場所かあ。想像もしたことなかったなあ」
アリューが何処からともなく現れて、感心したように周囲を見渡している。
「アリュー、いつの間に」エヴィが呆れたように言った。
「ん~? まあね~」
「精霊か……見ただけで分かる。化け物だな」
灰の王は感心したようにアリューに視線を向け、軽く息をつく。
「ちょっと酷いな~」
アリューが苦笑しながら答える。
「さて、存分に見て回ると言い」
★
その後、エヴィたちは【実越仙境】をくまなく見て回った。
「ちょっと前まで、こんな活気はあり得なかった」
「見てきた全員がこの先に明るい未来はあるのかと嘆いていた」
エヴィたちもその景色に圧倒されていた。しかし、その表情にはどこか安堵と期待が入り混じっている。
ルウが静かに呟きながら、目の前の景色を見渡した。
幻想的な青白い霧の中、エルフたちは穏やかに過ごしていた。
マナで構築された住居はどれも美しく、温かな光を放っている。空間そのものが優しい波動を纏い、心地よい静寂に包まれていた。
「俺の目的はこの空間で偽りの平和を作る事ではない」
「勇者を殺し、エルフの地位を復権させ、同胞が皆穏やかに日の元を歩ける世界を作ってみせる」
「エルフの未来を、俺が作る」
灰の王は静かにエヴィたちにそう告げた。その瞳には決意が宿っていた。
「……そういうことね」
エヴィは灰の王の瞳をじっと見つめながら、小さく息をついた。
「つまり、ここはただの隠れ家じゃなくて、未来へと繋ぐための拠点……そういうことでいいのかしら?」
灰の王は静かに頷いた。
「そうだ。エルフたちがただ生き延びるだけの場所ではない。ここで力を蓄え、我らの誇りを取り戻す。そのための礎となる場所だ」
ルウが腕を組みながら目を細める。「それが本当に実現できるのかしら?」
「もちろん容易なことではない」灰の王は静かに言葉を続けた。
「しかし、かつてのように虐げられ、滅びゆくことをただ待つよりは、戦い、道を切り開くほうがいい。俺はそのためにここにいる」
「……そう」
「我々との同盟。打診してくれるかな?」
灰の王は静かにエヴィに尋ねる。
「決めるのは私達じゃないわ」
「君たちの報告次第だろう?」
灰の王はあくまでも冷静だった。エヴィは深く息を吸うと、静かに答えた。