100.紅き眼
「お前が戦った武人。あれは私のいつかの師匠だ」
アサインがそう言う。
「こいつの教えが良かったのか。私の才能か。四年そこらこの目を手に入れた」
自慢げにその赤く光る眼を見せびらかしながらアサインは言った。
「極地の祝眼、そんな簡単に手に入るの?」
「……いや、普通は絶対無理だ。あの武人が編み出した武術なら話は別だがな」
「武術として、世界に愛されているんだろう。とにかく教えてやる、効率よくな」
「教えて」
シータがそう答えるとアサインは口を開く。
「まあ、今回は大して時間をかけれない。感覚共有してやるから動きを覚えろよ」
★
「ちっ!」
灰の王は舌打ちをしながら体制を整える。
「体に触れても灰になるのか……面倒だな」
灰になった部分を修復しながらシータは灰の王を嘲笑する。
「灰と化せ【威灰】」
灰の王は掌をシータに向け魔法を放った。
降り落ちる灰が突如形を変え彼女に襲い掛かる。
串刺しにしようと、瞬時に伸び上がる灰。
対しシータはゆっくりとその眼を開く。紅く煌き、色鮮やかな赤色に誰もが目を奪われるような。
「【現実改変】」
その瞬間、灰の王の放った魔法は消え去り。
シータはただその力を見せつけるように、悠然と立っているだけだった。
「……貴様」
「どうした?お前がやりたかった事はこういう事だろ?」
「【不浄盲天:黒】」
灰の王が天を仰ぐ。それと同時に黒い光の雨が降り注いだ。
体が動く前に雨は降り注ぐ、灰の王の体を次々に削っていく。
灰の王は降り注ぐ黒い雨に直撃され、その体を削られていく感覚に眉をひそめた。
雨を耐えきり再生を始めた時、またもシータの魔法が来る。
複数詠唱
「【不俱戴天】」
不可視の速度で灰の王を襲う光線は全方向から夥しい量の数で放たれる。
「くっ!」
灰の王に悪寒が襲う。
結界魔法を展開するが、シータの攻撃は容赦無くその障壁を貫いていく。
「……!!!」
光弾は灰の王を焼き尽くすかの如く降り注いだ。
灰の王は降り注ぐ光弾に圧倒され、身を守るための術を必死に発動するも、その力の奔流を完全には防ぎきれなかった。
(この女……!化け物か)
灰の王の声が苦しさと驚きで震えながら響く。彼の結界は次々に砕かれ、身体が光弾の爆発によって何度も切り裂かれ、焼かれていく。
再生を試みる度に、さらに上乗せされる攻撃がその努力を無駄にしていた。
一方、シータは相手の必死の抵抗を冷ややかな目で見下ろしていた。その紅い瞳は、完全なる勝利を確信しているかのように静かに燃えている。
灰の王は再び力を振り絞り、周囲の灰を急速に凝縮し始めた。
「【灰界輪廻】……!」
その言葉と共に、周囲の空間がねじれ、降り注ぐ光弾を呑み込むように灰が渦を巻く。
そしてその灰の渦から剣を取り出した。
互いに目を合わせると灰の王の姿が消える、降り落ちる灰の一つが増大し形を成していく。
「!?」
シータはその姿を捉えた瞬間、即座に回避行動を取る。
その刹那には既に灰の王は剣を振るっていた。その一瞬の一閃で空間が裂けた。
彼女の体は切り離されるものの、すぐに再生した。
灰の王はその誕生から大した月日が経っていない。
まだ彼自身も自分の力全てに理解はしていない。
(いきなり何だ?明らかに技の格が違うだろ)
シータは目の前で起こった現象に疑問を抱く。
「貴様は強いな」
灰の王は剣を構えたまま、そう呟く。
その言葉にシータは少し驚いたように目を見開いたが、また元の冷たい表情に戻った。
そして彼女は口を開くと、淡々と答えた。
「いや、まあそうだな」
「貴様、名は?」
「シータ=スコール」
「もし、俺達の目的が一致するのなら……この戦いの後、同盟を結ばないか?」
「同盟?」
シータはその提案に疑問を浮かべる。
灰の王はそんな彼女の様子を気にせず、話を続ける。
「もし、勇者を殺す事を目的とするならだ。ここに居る貴様たちと俺達で同盟を組もう。俺たちは、勇者を殺す」
「なるほどな……まあ確かに、それは悪くない話だな。だけど、同盟は却下」
「負けた方が配下になる、それでどうだ?」
シータの提案に、灰の王は冷静に表情を変えず、相手を見据えたまま返答する。
「配下、か。なるほど。随分と面白い条件を出す」
灰の王は剣を構え直し、その目に決意を宿した。
「そうだな。力ある者同士、どちらが上かを決めるのは当然だ」
「覚悟が決まったなら。来い」
シータは不敵な笑みを浮かべ、灰の王をじっと見据える。