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変わらない日常・変わりゆく心情

またまた遅くなりました。




  ☆☆☆



「あぁ、起きれた」


 目覚ましの音を聞いた次の瞬間、未宇はいつものように天井を見上げていた。やけに頭が冴えている。


 まるで夢のような夢だった。しかしそこであったことははっきりと覚えている。

 もう間違っても死にたいなどとは思えない。


 そういえば、杏那はなぜ時間がわかったのだろうか。


 未宇の妄想でなければ夜再び会った時に聞くことにしようと心に決めた。

 ベッドから起き上がり、大きな姿見の前に立つ。


 今日も学校である。行きたくはない。

 しかし直に母が起こしに来るだろう。いつものように。


「未宇ー。何してるのー。目覚まし鳴ったでしょー」


 やはり階下から母の呼ぶ声がした。

 もう聞くことなどないと思っていた母の声。反射的に振り向いて、知らず涙が溢れていた。


「未宇ー?起きなさーい」


 再び未宇を呼ぶ声に我に返る。急いで涙を拭って返事をした。


「起きてるよー」


 着替えて階段を下りると、母は既に朝食の席に着いていた。


「遅いよ。寝るのが遅かったんじゃないでしょうね」

「起きてたよ。ちょっとぼーっとしてただけ」


 いただきます、と二人で手を合わせ食べ始める。


「すっきり起きられなかったの?睡眠が足りてない証拠よ」


 朝のお小言もいつも通り。


「睡眠が一番、学力向上に重要なのよ。早く寝て早く学校に行きなさい。お姉ちゃんはしっかりやってたよ」


 そして最後に姉と比較されるのもいつものこと。

 未宇ができないのではない。姉ができすぎるのだ。


 姉は頭脳明晰、大抵のスポーツも人並み以上にできる。

 明るく周囲に媚びない性格からか、男女から愛され頼られている。姉の周りには自然と人が集まっていた。


 未宇が学年上位の成績を取ろうが姉の一位には霞み、スポーツを人並みにできても優れることがないだけに凡人に沈む。周りに勝てなければ姉には勝てず、周りに勝てても姉には及ばない。

 未宇には常に姉の劣化版のレッテルが貼られる。


 優しい姉は家族の中で唯一未宇を褒めてくれるが、それも全て姉の寛容さへの評価に繋がった。

 姉に他意はないということは解っている。解ってはいるが、未宇は複雑な気持ちにならざるを得ないのだ。


「お姉ちゃんが出来るんだから未宇も出来るはずよ。自信を持ちなさい」


 母は励ましているつもりだろうが、未宇にとってはプレッシャーでしかない。

 それでも家族は未宇にとって大切な存在であり、出来ることなら応えてあげたかった。


 やはり一時の気の迷いで死ななくてよかったと涙ぐみそうになって必死に押し殺した。


 なんとか朝食を食べ終え、学校へ行く準備をする。


「学校に行ったら予習してなさいね。寝るのは駄目よ。家と学校のメリハリをつけなくては」


 もう高校生になったのだから毎日言われることではないと思うのだが、母は小学生の頃から見送り時には必ず言う。

 いつも通りの返事をして、未宇は歩き出した。


 毎日の見送りも母の愛情のひとつだとは思う。しかし姉が小学校を卒業して別々に登校するようになってからは、同じことを言われているのを見たことがない。

 やはり母からしても、できる姉とできない妹なのであろう。


 教室に入ると既に女子達の輪ができていた。未宇の隣の席に集まっているが、幸いにも未宇の席には侵食していないようだ。


「おはよう」


 いつも通り一言声をかける。


「あ、おはよ」


 一瞬、間を開けて一人がそう返すと、すぐに会話を再開した。

 彼女らの世界に未宇はもういない。


 席に着いて外を眺める。

 いつもなら提出する課題の確認や、授業の予習をするのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。


 思い返してみれば、母親以外の人間とまともな会話を交わしたのも久しぶりだった。

 いまのような、挨拶してきた誰か、不特定多数のうちの誰か、ではなく一人の人間として、「未宇」として接してもらえた。


 少しだけ、誰も気が付かないほどにほんの少しだけ口の端が上がっていたことは、未宇自身も知らぬところであった。





 今日もまた何もない平凡な一日を消化した。

 行くべき部活もなければ、一緒に遊ぶ友人もいないので直帰する。


 しかし今日はいつもよりも短く、そして長かった。


 今夜見る夢の如何で、今後の生活が変わる。

 否、生活は変わらないがそこに(むか)う気持ちが変わる。


 昨夜の続きであれば、色鮮やかで変化に富んだものになるだろう。そうでなければ、あるいは未宇の頭が可怪しくなっていて、反って退屈しないかもしれない。


 自室に入って授業の復習をする。

 子に勉強の習慣をつけるうえでは、母の教育は間違っていないのかもしれない。これは良くも悪くも習慣化した作業である。


 昨日の憂鬱が嘘のように、未宇の思考は昨夜の夢を反芻し続け、更にはこれからのことにまで及んでいた。

 これまでの同じような毎日に浸ってきた未宇にとって、この一日こそが大きな変化であった。



今回は短いですが区切りがいいのでここまで。

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