再会3
更新が大変遅くなってしまいすみません。
遅いのは作者の生活が忙しくて、あるいは充実していて妄想する暇がないと受けとっていただけると幸いです。
「それで、貴女は?」
そして茉莉は未宇に、鋭さの内に上品さが滲む視線を向ける。
「あ、はい。未宇です。能力には、心当たりがないんですけど……」
皆それぞれ独自の能力を持っていたことからも、この世界において能力がそれほど大事な要素であるということだろう。
「シンカラがいればまた違ったんだろうけどねー」
楓華は、何も気にすることはない、と言うように朗らかに笑った。
「ところでさ、未宇ちゃんっていくつ?高校生?」
人懐っこいのか何なのか、遠慮はないが不思議と嫌な気はしなかった。
「十七歳で高校二年です」
楓華と茉梨の他は、未宇たちとは別に集まって話し始めている。
「ふむふむ。二つ下かぁ。若いっていいねー」
「えっ」
「大学生が高校生を若いとか、喧嘩を売っているでしょう」
「ちなみに茉梨ちゃんは十八だよ。見えないでしょ」
平然と言ってのけたがもはや絶句である。
つまり、このどう見ても小中学生にしか見えない二人が実は年上で、しかも小さくて一見無邪気そうな方が大学生であると、そういうことである。
「ほら、ちゃんと説明しないから驚いていますよ」
「あははー。わざと。えっとね、見た目は死んだ時のまま変わらないんだ。死んだ時というより死にかけた時かな。まだ生きてるしね」
未宇は内心で跳び上がった。
今はどうしても、死という単語になんとも言えぬ後ろめたさを感じる。
自分の中でメラメラと炎を上げる生きたいという欲望に、中途半端に死のうとして反って気が付いてしまった。
「楓華、今は避けるべきでしょう」
「んー、そっか。ごめんねー。私は事故だったからそういうの気になんないんだよね。でもそっちに誘導したのは茉梨ちゃんだからね」
楓華は非難するように頬を膨らませるが、茉梨はそれを無視して話を変えた。
「お子様はもう起きた方がよろしいのでは?」
「なによう、お子様じゃないやい」
急な話の転換に、楓華は不貞腐れた顔をしつつも本気で怒った様子ではない。このようなやり取りはよくあるのだろうことが伺われた。
「ではレポートは?」
「あ、やばい。十時まで!またねっ」
そう言って楓華はふっと消えてしまった。
きらきらと淡い桃色の光の粒が微かに昇って消滅する。
「消えた……」
「起きたんですよ」
周りを見れば、既に残っているのは未宇と茉梨、そして杏那と信晴だけだった。
茉梨はこちらに向き直り、何かを言おうとしてやめる。その代わりに杏那と信晴を呼んだ。
「信晴、色々説明してくださいな」
「なんで俺が。楓華にさせとけばよかっただろう」
渋々といった様子でこちらへやって来る。
「楓華ちゃんは知らないもんね〜。うっかりしちゃったら困るしぃ。ところでわたしじゃだめなの〜?」
「お前じゃ進まん。未宇、さっき蛍が少し説明した通り、ここは夢の中だ。だが個人が頭の中で創り出した夢じゃない」
文句を言いながらも説明はしてくれるようだ。
夢の中とはまだ信じられないが、ここで突っかかっても進まないのでとりあえず頷く。
聞きたいことは後で纏めて聞こう。
「今、生身の俺たちは普通に寝ている。起きたらこの世界のことは覚えてないが、寝たらまたここにいる。気づいたら前日起きる前にいた所に立ってる。そんな感じだ」
解るような解らないような、未宇の顔がそう物語っていたのだろう。
「ゲームのセーブみたいな感じだね~。そこから再開ぃ、みたいな〜」
杏那が補足してくれた。
未宇はゲームをしないのでイメージでしか判らなかったが。
「それで、根本的な話だが、この世界にいるのは事故か事件で死ぬはずだった人間だ」
これはさっき楓華が言いかけたことだろう。
そして引っ掛かるのは、やはりそこである。
「事故か事件?」
未宇の飛び降りは事故でも、況してや事件などでもない。
「ああ。俺たち三人はお前の事情を知ってるが、他の奴らは知らない。お前がいいなら言っても構わんが、風当たりは強いだろうな」
つまり、未宇が自殺未遂であることを知っているのはこの三人だけであり、楓華を含めた他の人は知らないと。
楓華の前で未宇がそれを言ってしまうのを防ぐために、茉梨は楓華を帰らせたということか。
風当たりが強いというのも、恐らくこの世界に来るのはまだ生きたいと願った者たちばかりだからであろう。
理不尽にその生を奪われる者と、自ら手放す者との違い。
未宇は手放そうとして、初めて本当は生きたいと気がついた。気がついた時にはもう遅いのである。
「まーぁ~?そんな深刻な顔しなくたって大丈夫だよぉ。みんなそれくらいで突き放したりはしないから〜」
「蛍が言い過ぎそうなことだけだな。あいつも本気で嫌がってる訳じゃないはずだが」
杏那も信晴も、空気を和ませるように笑った。
「結局は自分で選んでここにいるのですから、あまりくよくよしないでください。見ていて腹が立ちます」
「茉梨も言い方がきつい方だったな」
信晴は苦笑するが、未宇にとっては新たな問題だった。
「選んだ……?私、選んでません。もう死にたくは、ないですけど」
「選んでない?」
これには三人とも驚いたようで、顔を見合わせている。
「変な声が聞こえなかったぁ?時間が止まったみたいになって〜」
「あ、はい。それは聞こえました」
男の人とも女の人ともとれない、頭の裏に響くような声。
「なんて言ってた〜?」
発言したのは杏那だけだが、他の二人も興味深そうに未宇を見る。
「えっと、たしか……」
――――汝に死に場所を与えよう。
少し考えただけで、嫌に鮮明に頭に響いた。
「汝に死に場所を与えよう、って聞こえました」
三人はもう一度顔を見合わせて、何やら相談を始めた。
「イレギュラーでしょうか」
「それを言ったら最初からそうだろう」
「うーん。でもまぁ、それで何か変わる訳じゃないけどね〜」
未宇を安心させるためか、そもそも楽観的なのか、杏那は特に気にしてはいないようだった。
「あの、皆さんはなんて聞こえたんですか」
聞くのはよくないかとも思ったが、どうしても気になってしまった。
「汝、生きたいか。さらば生き延びてみよ」
茉梨が即座に呟くように返す。
「こうして口に出してみると返答に対する二文目かは疑わしいですね」
杏那と信晴も、んんと唸っている。
「確かに、あの時は必死だったから生きたいかって聞かれて即答だったもんな。さらばの前に間があったかって言われると、ちょっとな……」
「あれは質問ではなく問いかけということでしょうか」
「あり得るね〜。わたし達が勝手に選んだと思ってただけかぁ」
三人は寄り合って考え込むが、これ以上何も有力な考察が出てきそうにはなかった。
「今ここで考えてもしょうがないな。情報が無さすぎる」
「そうだね~。今度シンカラが来たときにでも聞こうかぁ」
そして杏那は未宇に向き直った。
「もう訊いておきたいことはない〜?もうそろそろ起きる時間じゃないかなぁ」
杏那が尋ねるので、頭の中を攫ってみたが緊急のものは無さそうである。
「いや、特に無いと思います」
「それじゃぁ、また明日にしようね~。ばいばーぃ」
そう言って杏那は、楓華の時と同じように、しかし淡い山吹色の光の粒になって消えた。
「それでは私も」
「またな」
茉梨と信晴もそれぞれ淡い若草色と空色の粒子を残していった。
さて自分も起きよう、としてはたと思い至る。
「あれ、どうやって起きるんだ?」
その時、どこか遠くのような近くから目覚ましの音がした。