再会2
未宇は思わず目を細める。
光が射している訳ではないのだが、眩しいように感じられた。
しかしそれもすぐに治まり、杏那に手を引かれて奥へ歩いて行く。
中は外観からは考えられない程広かった。というよりも、全て白いので床や壁、天井の区別が曖昧に感じられる。
薄い陰影だけが頼りである。
「みんなお待たせ〜、っていうほど待ってないよねぇ〜」
そう杏那が声を掛けたのは、七名の男女だった。
「あぁ。寧ろ早かったな」
初めに杏那と一緒にいた男である。
こうして会ってみると、普通の青年だった。ジャケットは着たままであるが。
「そうか?そんなもんじゃねーの?これ以上遅かったら使えねーだろ」
可愛い顔をしてなかなか辛辣な男の子である。小学校高学年くらいだろうか。
「でもねぇ、ビルが上から倒れてきちゃってそこから出てきたんだよ〜?まわりは戦闘してたし〜」
まあとりあえず座って〜、と杏那は半ば強制的に未宇を椅子に押し込めた。
因みにこの椅子も、七人がめいめい座ったりもたれ掛かったりしているソファや家具も、全て真っ白である。
「まずはぁ、説明だよね〜。無理矢理連れて来ちゃったけど〜、状況わかってないよねぇ」
当にその通りだったので、未宇は黙ったまま頷いた。
「だね~。とりあえずぅ、この世界についてだけど〜。この世界はゆめ」
「夢の中なんだよ。今は深夜でみんな寝てんの」
突然、先程の男の子が杏那の言葉を奪った。杏那は固まったままわなわなと震えている。
「ひどぉい〜、わたしの役目盗らないでよ〜」
そして最初に一緒にいた青年に泣きついた。
「お前は遅いし聞きにくい」
ばっさり斬り捨てられた。
「えぇ!?聞きやすいようにゆっくり喋ってたのにぃ〜」
杏那はそのまましおしおとへたり込んでしまった。
「そうそう。んで、こっちであく……この世界で悪霊とか対立グループと戦ってるわけ。オーケー?」
夢の中というのも引っ掛かったのだが。それより。
「悪霊?」
「ああ。俺らがそう呼んでるだけなんだけど」
それ以上何も言ってくれそうもない。男も補足をするつもりはないようだ。
「じゃあその、ここが夢の中っていうのは……?」
「まんまだよ。あっちの世界では、現実では俺らは寝てる」
直前に言ったこととほとんど同じことが返った。
「でも、夢ってもっと抽象的で今みたいに会話なんてできませんよね。まして夢だって教えられるなんて」
「明晰夢ってやつな。まあこれも俺らにとっちゃ普通だし、すぐお前もそうなるよ」
それより、と少しこちらへ身を乗り出して続けた。
「お前、能力なに?」
まるで、否、事実それを聞くのが目的だったのだろう。しかし未宇にはその意図が判らなかった。
「能力?……杏那さんが翔んでたみたいな?」
「そう。ちなみに俺は炎出せる」
そう言って実際に手の上に出して見せた。
人以外に色の無いこの空間にその鮮やかな紅色はよく映えている。
しかし未宇には自分の能力に心当たりはない。
「え、わかんないの?普通最初から知ってるんだけど」
未宇の困惑した顔に痺れを切らしたようで、未宇たちが入ってきた時のように機嫌が悪くなった。
「やっぱ使えねーじゃん。俺これ以上人数増やす必要ないと思ってんだけど」
「待ってよ〜、みんなほんとにすぐわかってたぁ? 無意識に出たんじゃなくて〜?」
立ち直ったのか、立て直したのか、(脇に置いたのか)まあ恐らく後者だろうが、杏那がフォローを入れてくれた。
「能力がわからなくたって使い所くらいいっぱいあるよぉ。さっきも言ったけど〜、自力で戦闘域から出てきたんだよ〜?」
巻き込まれないように工夫もしてたし、と付け足して再び皆の顔を覗っている。
「……とりあえず使えるか使えないかは置いておくとして、保護は必要なんじゃないの」
今まで黙っていた青年――――一番年上に見える――――が沈黙を破った。
「俺はだいぶ助かった」
「だっ、だよねぇ〜。わたしもそう思う〜」
一瞬ぽかんとした杏那だったがすぐに満面の笑みで食いついて他にも賛同を求める。
「いやお前は……一人だっただろ」
最初に杏那と一緒にいた男がぼそりと呟いた。
杏那は無視して手を挙げる。
「はいでは〜、多数決ぅ。賛成ぃ!」
二人。
「反対ぃ!」
一人。
「どっちでもいぃ!」
五人。
「じゃあ参加で決定でーすぅ。よかったね〜」
参加なのか、参加で決定なのか。なんというネガティブイレクト。
そもそも未宇の意見を聞きもしない。
「いやいや。多数決ってんならどっちでもいいだろ」
「どっちでもいいはどっちでもいいだよぉ。どっちになっても文句はないんだから残りで決めればいいの〜」
「は?んなのずりぃだろうが。やる前から結果わかってたじゃねーか」
「そんなことないよぉ。心の中ではやだなぁって思ってたかもしれないじゃん〜」
「このメンツ見て言ってんのか?心底どうでもいいと思ってる奴らじゃねーか」
流れるような言い合いを経て、杏那がくるりと振り向いた。
「それならぁ、未宇ちゃんはどう思う〜?」
もはや自分の意見は聞かれることはないだろうと思っていたので、急な話の矛先の転換に対応出来なかった。
「え?あ、えっと……」
「ほらいらねーんじゃん?」
男の子はにやっと笑った。
しかし未宇も引き下がる訳にはいかない。
さっきのような戦場に一人放り出されてはたまったものではない。
「い、いえ。参加、させてもらいたいです!」
未宇のその言葉に男の子は目を見開いて、ふぅん、とでも言いたげにそっぽを向いてしまった。
杏那は対照的で見るからに上機嫌に笑っている。
「やっぱりそうだよね〜。それじゃぁまず〜、自己紹介しないとねぇ。もうしちゃったけどぉ、わたしはここの代表の杏那です~。能力は『飛翔』だよ~」
そして男の子を指名した。
「蛍。能力は『火焔』」
蛍は顔を背けたままではあるが、素直に答えた。
次は杏那以外で唯一賛成に手を挙げた青年。
「俺は恵斗。能力は『凍結』です。よろしく」
腰程の棚にもたれ掛かった、知性的な雰囲気を持つ少年。
「桜花。能力は『水幕』だ」
その横でソファに座っている、いかにもお嬢様といった様子の少女。
「茉梨といいます。能力は『探知』」
そしてそのソファの肘掛けに腰かけているニット帽を被った少女。
「楓華だよ。よろしく。……あ、能力は『幻影』だよ」
最後は、初めに杏那といた青年。
「信晴だ。能力は『創造』」
どうやら能力には様々あるようだ。
そのうち未宇も何らかの能力に目覚めるのだろうか。
「あれ?あいつは?さっきまでいたよね」
楓華がきょろきょろと周りを見渡している。
小学校高学年から中学生くらいだろうか、小動物のようで可愛らしい。
「どうせ自己紹介から逃げたのでしょう。いつも嫌がっていましたもの」
茉梨は紅茶でも飲み出しそうなまでに優雅である。
その黒のワンピースにもぼやけることのない整った相貌には気品が溢れ出ていた。