【祝! 6万PV】 咎めなき婚約破棄に断罪を......
開いてくださりありがとうございます。
やや古典的な婚約破棄の復讐ものとなった気がします。
お楽しみいただければ幸いです。
評価・感想お待ちしています。
(12/26 追記)
総合日間短編ランキングにて、8位になったことを確認しました。
皆様、本当にありがとうございます!
(23.9.7追記)
一人称視点版を投稿しました。
https://ncode.syosetu.com/n1750ik/
こちらも読んでくだされば幸いです。
ある女使用人は怒りと殺意を滲ませながら、今し方研がれたばかりの包丁を、料理人の目を盗み、厨房から持ち去った。
自室に戻った彼女は、胸元に忍ばせたそれを二重、三重に布で包む。
そして、自らの遠征用の道具入れの奥にそっと仕舞いこむと、用意されていた馬車に乗り込んだ。
彼女は向かう先は、王太子主催のパーティー会場である。
『新婚約者の紹介と挨拶』を名目にしたそれを開催することは、彼女にとって度し難く、また、何より許し難い所業であった。
遡ること3ヶ月前、王太子アレックスは、フォレス公爵令嬢セシリーに婚約破棄を言い渡した。
その事件は、かねてより聡明だが大人しいセシリーにつまらなさを感じていたアレックスが、少し抜けたところもあるが活発であり、何より自身に懐っこく接してくるリスター子爵令嬢サラに対して恋心を抱いたことが切っ掛けであった。
最初こそ王太子としての立場を考え、多少の手紙のやりとりを交わすだけだったが、そんな2人の関係は、いつしか密会するまでに変化していた。
セシリーはそんな婚約者の雰囲気と態度の違和を敏感に感じ取っており、サラとの仲に少々の苦言を呈すこともしばしばだった。
しかし、彼女が勇気を振り絞って放った言葉も、既に彼女を軽んじていたアレックスには何ら効果はなく、2人の溝は深まる一方となった。
「これは、私とアレックス様に課せられた試練なの。大丈夫よ。アレックス様は必ず、目を覚ましてくれるわ。」
初めはそう気丈に振る舞っていたセシリーも、時を経て、アレックスがかつて婚約が取り決められた頃とは別人のような態度をとるようになったことで、憔悴しきっていた。
そんな両者の動向が懸念される中、セシリーの誕生日が訪れた。
例年ならばフォレス家にて彼女の誕生会が開かれるのだが、公爵が彼女の体調を慮ったために、今回は見送りとなった。
セシリーは日頃より他の令嬢と親しくしていたため、誕生日の前後には、会の取り止めを惜しむ手紙が多く届いた。
それらは弱った彼女にとって慰めとなったのだが、当日に届いたものの中にひとつ、飾りのない、無機質な手紙があった。
その内容は「王太子アレックスの名の下に、セシリーとの婚約破棄を宣言する。」という旨のものだった。
本来であれば、それは王室の書類監査係より審査され、破棄されるべきものだった。
しかし、アレックスが「この中身を検めた者は処罰する。」と厳命したために、係員は戸惑い、結果、その場での然るべき対応がなされなかった。
係員が王に判断を仰ぎ、手紙の中身を検めよ、との命が下された時には、既にアレックスの側近が手紙を送ってしまっていた。
こうしてセシリーのもとに送られたそれは、あろうことか彼女の誕生日の当日に届けられたのである。
手紙を読んだセシリーはたちまち青ざめ、その呼吸は、異常な早まりを見せた。
少しの間、その苦しさから喉を押さえていた彼女だったが、遂にはその場で倒れてしまった。
セシリーが目を覚ましたのは、それから3日後のことだった。
意識を取り戻したことの喜びも虚しく、彼女はあまりのショックから心が壊れてしまい、廃人となっていた。
それからというもの、一日の大半を泣き喚く彼女には、国中のどの令嬢よりも聡明で美しい所作の、気品に溢れたフォレス公爵令嬢セシリーの姿は、既になかった。
こうして変わり果ててしまったセシリーを、誰よりも嘆き、悲しみ、そしてその元凶たるアレックスに怒りと憎悪を抱いた者こそが、幼少より彼女の側仕えとして身の回りの世話を任され、また、彼女の相談役となっていたフローラであった。
姉妹のように育った主の現状を前に、フローラは、食事すらも喉を通らない状態となった。
それから少し経った頃、王太子アレックスが「新婚約者の紹介と挨拶」という名目でパーティーを開催する、という話が彼女の耳に入った。
それから数日の後、フォレス家に対し、セシリーの現状を鑑みた王によって「正式な婚約破棄」が通達された。
セシリーの現状は全て、アレックスの行いが原因である。
しかし、婚約破棄に際して、彼に対する厳しい処罰はなされなかった。
これを知ったフローラは、怒りに打ち震えた。そして、凶行に及ぶことを決意した。
その足がかりとして、彼女は親しい御者に「アレックス様に一言申し上げたいから。」と、会場への密行を依頼した。
公爵の許しを得ずに会場へ行くのである。このことが知られれば、当然、フローラだけでなく、御者もお咎めを受けることは免れない。
だが、セシリーが生まれる前よりフォレス家の御者を担っているその男も、アレックスに対して憤慨していた。
このため、フローラの依頼は聞き入れられた。
足が用意できたフローラは、料理人に依頼し、包丁の切れ味を調えてもらった。
そうしてとうとう全ての準備を終えた彼女は、最後にセシリーの顔を見ると、そのまま屋敷を出、一礼し、御者と共に出発した。
10日ほどの後、会場である王宮を前にしたフローラは、深呼吸をするとともに、髪飾りにそっと触れた。
かつてセシリーが彼女の誕生日に贈ったそれは、彼女の最も大切な宝物であった。
会場に着いたフローラは御者に一礼すると、懐に布を被せた包丁を忍ばせ、案内されるままに中へと入った。
会場はざわついていた。
貴族達は、次の婚約者は誰になるのか、という話で持ちきりであった。
セシリーはアレックスの婚約者として、長年に渡って王妃となるべく勉強をして来ていた。
彼女が次期王妃となることを誰一人として疑っていなかったため、彼女に何かあった際の代理として教育された者もいない。
果たして後釜に据えられる者が誰となるのか。貴族達の注目は、その一点に集まっていた。
暫くして、発表の準備を整えたアレックスが姿を現した。
貴族達は、彼の一言一句を聞き逃すまいと、直ちに静まった。
アレックスは挨拶もそこそこに、淡々と形式的な口上を述べていく。
その姿に、瞳に、セシリーの現況を悲しむ様子はなかった。
「長年私の婚約者であったセシリーですが、先日、不幸にも悪魔に憑かれ......。」
(ふざけるな......!)
フローラは貴族達の間を縫い、最前列へ行くと、忍ばせていた包丁を取り出し、アレックスのもとへ駆けた。
そして、精一杯の力を込め彼の腹へ突き刺すと、手首を回し、柄を捻った。
研ぎ澄まされた刃は皮膚と筋肉を容易く貫き、その半ばまでが彼の内臓へ達していた。
それは、致命の一撃であった。
「な、な......。」
アレックスの口から、無類の苦痛と驚きを内包した声が僅かに漏れる。
残る力を振り絞り、顔を上げた彼の瞳には、怒りに染まりきった襲撃者が映った。
襲撃者は、血に塗れた包丁を引き抜き、生気を失いつつある標的の顔を睨みつけ、目を閉じた。
(セシリー様。不甲斐ない私をお許しください)。
フローラは、そう心の中で呟くと、一切の躊躇なく、自らの喉元に刃を突き立てたのだった。
最後までお読みくださりありがとうございました。
今作は元々「処刑を翌日に控えた令嬢と、長年彼女に付き従った使用人の最後の会話」という案が漠然と頭にあり、どのような話にしようか考えていたときに思いついたものになります。
最初の案を考えると、かなり救いがない話になった気がしますが、満足いただければ幸いです。
是非とも評価していただきたく思います。よろしくお願いします。
(12/26 追記)
多くの要望があったため、後日談を執筆することに決定しました。
少しの間お待ちいただければ幸いです。
(1/3 追記)
やはり後日談は必要ないと判断したため、執筆を取り止めました。
再開する可能性は低いです。