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最終話



 電車で約40分、徒歩にて約40分、海を望む山肌に俺たちが今日、目指すキャンプ場がある。


詫夢「天落ち村、改めて聞いても攻めている名前。てんおち? あまおち?」


 対面に座る詫夢の言葉に顔をあげる。最寄りの駅から郊外へと向かう電車の中はガラガラにすいている。一応今日は学校の無い休日なんだが。誰も遠出をする用事が無いのか。こんな客入りじゃ採算なんて取れないだろうに、これはもうただの意地で電車を動かしているんじゃなかろうか?


 進行方向に合わせて向きを変化させることのできる可動式のシートを倒して俺たち4人は向かい合って座っている。詫夢は俺が前日に渡したチラシを見ながら、今日行くキャンプ場のネーミングセンスについて、隣に座った三島と話している。


 近い。二人の距離が近いような気がする。グイグイと距離をつめているのは三島の方で、詫夢の方はそんな三島の行動ひとつひとつにビクついている様だが。


 俺はというと駅に入る前に受け取った新興宗教の勧誘のチラシに目線を戻す。魂は不滅であり死んでも記憶は残るだの、死後も一緒に修行しようだの、アットホームな修行場ですだの、ポップな字体で書かれた文章に、ゆるキャラめいた絵が添えられている。これは宗教の勧誘というより、なんというか、サークル勧誘のノリだ。どこまで真面目にやってるんだろうな。さえない風体の男に連れられた子供が面白くもなさそうに配っていたし、やることも無いから適当に動いておけ感あった。四つに折ってポケットにしまい込む。火起こしの時の焚きつけにしよう。


 宗教に新たな救いを求める人に、宗教を見限る人。人類滅亡までのカウントダウンが誰の目にもはっきりとわかるように提示された今、宗教界隈は混沌に混迷を重ねてもはや制御不能という状況らしい。混沌に混迷は宗教に限った世界じゃないが。


 隣の結愛を見る。ショートカットだ、なんと髪の毛を切ってショートカットにしている。ショートボブっていうんだっけか。超似合う。超絶似合う。激烈に可愛い。今日の朝に見たときは心臓が止まるかと思った。しかしそんな結愛は朝からテンションが低い。いつも朝の一番から元気でうるさい奴なのに。髪型について言葉をかけそこなった。こーいうのは一度でもタイミングを逃すと難しい。


悠馬「結愛、電車に酔ったか?」

結愛「へっ!? いや」

希望「結愛ちゃん、まだ緊張しないで、昨日教えた通りで今日の夜はバッチリだから!」

結愛「ななな何のことかなっ?」

希望「あはは! 結愛ちゃんが可愛いすぎる」


 例の告白から以降、三島が覚醒してしまった。すごく楽しそうだからいいんだろう。いいのかなあ。


 詫夢よ、三島の手綱をちゃんと握って置けよ? 今日からのキャンプが平穏無事に終わるかどうかはお前に掛かっているからな? 強い視線を友人に送るが、駄目そうだ、詫夢の瞳から光が消えてらぁ。


 車窓から流れる景色の中から民家が減り田んぼや畑が増えていく。そして目的の駅に到着する。俺たちは車両から降りて一度荷物をホームに置いて周辺を見渡す。無人駅ってほどの小さい駅じゃないのに、駅員を含めて人の気配が無い。


 電車からは俺たちに遅れて制服の駅員さんが一人降りて、無言で指差し確認をしていく。老人と言っていい年齢だと思う。詳しくはないが駅員さんの着ている制服はひょっとして昔のやつなのだろうか、装飾が多く、色あせていた。


 凛とした立ち姿と、切れのいい動きに目が釘付けになる。ありがとうございます。心の中で感謝をしながら敬礼をすると、駅員さんは敬礼を返してくれた。


 駅員さんを飲み込んで電車が発車、次の駅を目指して、消えていく。


悠馬「かっけえ」

結愛「映画の世界から抜け出してきたみたいな人だったねー」

希望「実写版の高倉健みたい?」

詫夢「高倉健は実写の人だよ!?」


 俺はこの半年間、親と一緒に古いドラマやアニメを見ているから知っているが、皆も普通に知っているのか。まぁ有名人だし。さて、ここからは歩きだぜ。厳選に厳選を重ねたはずなのに、やたらと重く大量になってしまったリュックサックを背負い荷物を手に持つ。俺と詫夢だけが大荷物だ。女子に持たせるわけにはいかないだろ? 男女差別するわけじゃないけどさ。あ、けど疲れたら休憩させてくださいませ。



悠馬「登りの山道なめてた……」

詫夢「ぜはーぜはー……」


 平坦な道ならまだいけた。道ばたの田んぼは急ごしらえで畑に改造されている最中なのだろう。ジャガイモやカボチャ、ゴーヤや枝豆やトウモロコシ……植物の名前当てゲームをしながら進む間は笑っていられたんだよ。やがて道の勾配の奴が本気を出してきたがった。


結愛「だから、少し持つよっ?」

悠馬「いいって、いけるから、詫夢、いけるだろ?」

詫夢「ぜはーぜはー……」

希望「はむっ」

詫夢「!?」


 突然の暴挙、三島が詫夢の耳を捕食、じゃなくて甘噛み。道端にへたれ込む詫夢の腕からさっと荷物を奪い取る。


希望「一緒に大変な思いをすることで良い思い出になることってあると思うの。楽をさせてあげよって気持ちは嬉しいけど、楽と気楽は違うからね!」

結愛「そういうこと!」

悠馬「すまねえ」


 俺の手から荷物を引き取って先に進む結愛と三島。よっし! 元気が復活した。おら、さっさと立て詫夢。こいつが被害にあっている内はセーフ、セーフだ。



 短い休憩をはさみつつも無事に目的地のキャンプ場に到着。つっかれたぁー、いや、いきなり疲れている場合じゃない。キャンプはこれからだ。


 天落ち村キャンプ場。てんおち、か、あまおち、どっちの発音が正しいのかはわからないが、なんとなくの意味はわかる。名前とかはどうでもよくて、村の紹介と概要が書かれたチラシを見てから気になっていたキャンプ場だ。


 受付には、この村の代表が座っていた。柴田さん。50台と思われる男性。この人に俺は会いに来た。


 チラシを見て来たと告げると柴田さんは笑顔で迎え入れてくれた。彼は俺たちとテーブルを囲んで座り、持論を語る。


 「右向け右で一斉に右を向く国民性だと思っているからね。誰もが暴走を始めたら、きっとみんな一斉に暴走する」「日本がこのまま平穏でいられるとは限らないからね、余裕がある内にやれることやっておきたい」「貨幣経済も何もかもいつか破綻するだろう」「自給自足を基本にして何が何でも終末まで生きのこる」……


 それらは俺が思っていたこと、そのままだ。この人は俺が漠然と心の中で思っていた事を言葉にして行動している。賛同者を募り、一から村を作っている。


 ”何が何でも生き残る。最後の時まで”


 俺は親の説得などが済み次第、手伝いに来ることを約束する。彼にこの村の名前を聞くと、てんおちむら、と発音するのが正しいらしいけど「仮称だし、いい名前があったらそれにする」と笑っていた。


「今日のところはお客さんだ、キャンプを楽しんで」という言葉でいったん彼とは分かれて、俺たちはキャンプサイトに移動する。



希望「やりたいことやっている人の顔って、なんかいいね。うん。イケオジ」

結愛「悠馬のやりたいこと、聞いていたけど、こーゆーのなんだ。うん、実感した」

詫夢「自給自足かぁ。ところでこのテント、立てるの難しくない?」

悠馬「簡単なはずなんだけどなぁ。スマホに動画を保存してるから、それ見れ」


 俺たちは4人でうんうんと苦心しながら二人用のテントを二つ設置する。くっ、初心者とはいえ、ただテントを立てるだけで相当に時間を取られるもんだ。何でもやってみないとわからない。ちなみにテントの内訳は俺と結愛で一つ、そして詫夢と三島で一つだ。


 当然、最初は男同士の女同士だったさ。ただ、強力に反対の意見を言う人物が一人いてな、まあ、三島なんだが。涙と笑顔とスキンシップで詫夢の心を折り、もしそうならないなら夜中に俺を襲うという宣言に結愛も折れた。実に民主的に平和的に多数決の結果そうなった。暴走三島を止められる奴がこの中にいない……ヤバくない?


 4人で周辺から燃料になる木材を集める。遠くからコーンコーンと響く音が聞こえる。斧で木を切り倒しているんだ。人力なのは、いずれチェーンソーを動かす燃料も手に入らなくなると判断したからだろう。


 火起こしは簡単だった、まぁ着火剤もあったしバーナーもあったからな。よし、これでバーベキューの態勢は整った。馬でも鹿でもない俺たちは酒は無し。ジュースで乾杯。


結愛「さーてさて、ウマシカ会を代表しまして私こと鹿子結愛が乾杯の音頭を取ります」

悠馬「まてまて、お前、それを正式名称にするつもりか? 馬鹿っぽいぞ」

希望「私たちの名前が入ってないよー」

結愛「じゃあ、ユメとキボーのウマシカ会で」

詫夢「より馬鹿っぽい!」

結愛「かんぱーい!」


 マイペース野郎が復活してきた。


結愛「もう焼ける? お肉、高くって少ししか用意できなかったよー」

希望「キノコは沢山買ってきたよ。キノコ大好き。キノコを頬張っている時が一番幸せ、ふふ」

悠馬「おい詫夢、三島の口を塞いどけ、大惨事になりそう」

希望「詫夢くん、私の口を詫夢くんのキノコで塞いでほしい」

詫夢「大惨事になっちゃった!」


 三島は子供を生み、そして育てると宣言する。愛おし気にお腹をさすりながら。


希望「無責任って言われてもいい、悪いのは私、けど生まれてきて欲しい。私はこの子に一生分の愛情を注ぎたい。残された時間全部を使って地球で一番、母親に愛された子にする」

詫夢「俺は……支えるよ、ずっと」

希望「詫夢くんありがとう……それに子供の父親は悠馬くんかも知れないし……」

詫夢「!?」

悠馬「手も触れてないからなっ!? 空気感染でも妊娠するのかよって!?」

希望「だって悠馬くん、私の毒牙に掛からなかったから、ちょっと仕返し。えへっ」

結愛「ほー。くわしく聞こうか?」

悠馬「毒牙とか自分で言う!? その話題ナシナシ! 詫夢が遠い目をし始めたからっ!」


 話題は尽きない。気が付けば夕方。空には月が浮かんでいた。


詫夢「月に基地を作って移住するって計画どうなったかなー?」

悠馬「どうやっても時間が足りないから成功しないって話だったな、今は知らない」

結愛「月に逃げたかぐや姫か、希望ちゃんって見た目かぐや姫って感じする」

希望「私なら月に行かないよ、5人全員とお付き合いする」

詫夢「男たちの血みどろ展開になりそうっ!?」


 誰とも付き合わずに月に逃げたかぐや姫は正しかった!


 キノコをメインとしたバーベキューが終焉を迎え、俺たちの腹は満たされた。完全に暗くなる前に管理棟でシャワーを借りる。まずは女子から。残された俺と詫夢は炭になっていく木材たちをいじりながら語らう。


詫夢「これから俺たちどうなるんだろーなー」

悠馬「少なくともお前は苦労する……よかったのか? 三島の事、子供の事」

詫夢「よかったんだよ。俺が決めた。そう決めた」

悠馬「お前は、いい男だよ、詫夢、がんばれえー」

詫夢「他人事みたいね、他人事か。なぁ悠馬……父親候補の男たちの数な……想像したのとケタが違った」

悠馬「聞きたくない聞きたくないあーあー聞こえなーい」


 女子が帰ってきたので次は俺たち男子。速攻でシャワーを済まして帰還。


結愛「花火やりたかったなー」

悠馬「手に入らなったな、せめて春雨があればよかったんだが」

詫夢「春雨? 食べ物の? なんで春雨?」

悠馬「火をつけると線香花火っぽくなるらしい」

詫夢「ただでさえ物悲しい線香花火なのに、それは想像するだけで悲しくなるなあ」


 まだ夜は早いが、とにかく疲れたから先に休むと言って詫夢と三島は自分たちのテントに行く。


詫夢「覗くなよ?」

希望「覗いてもいいよ?」

詫夢「げふっ……」


 友人たちよ、どんな形でもいいさ、幸せであってくれ。



 快晴の夜空に満開の星が煌めく。テントから離れた丘に俺と結愛は座り、手を繋いでいる。


悠馬「あー、今朝、言おうと思ったんだが……髪型似合ってる」

結愛「えへへ、ありがと悠馬、具体的に私のどこが好き?」

悠馬「具体的に答えると見た目だな」

結愛「わりかし下種な答えが返ってきた」

悠馬「本当の事だしな、今からお前の見た目で好きな所を全力解説しようか?」

結愛「うあああ、それは恥ずかしいですます」

悠馬「今は見た目だけじゃない、一緒にいて楽しい、お前と付き合えてよかった」


 告白しなかったら絶対に後悔していただろうな。俺の心臓よ、よく頑張った。照れる俺の彼女、ちょうかわ。


結愛「希望ちゃん、すごくよく笑うようになった。我慢してたんだなーって」

悠馬「ちょっと手に負えない感じになっちゃってるが」

結愛「悠馬は本気の覚醒のぞみんの怖さを知らない」


 目からハイライトを消してカタカタ震えだす結愛。聞きたくない聞きたくないあーあー聞こえない。


結愛「ああもう……常識とかもうめちゃくちゃになってるし。ねぇ悠馬、聞いて、私はやりたいことが何もない……」

結愛「弘樹叔父さんが死んだって……今朝、聞いたの……」

悠馬「……っ! 弘樹さんが……」

結愛「けど、あんまりショックを受けていない自分がいて、それがショックで」

結愛「もう、ぐちゃぐちゃ。……私も死にたい……怖いよ」

悠馬「…………」


 激動の時代に皆が翻弄されるだけ。おれたちは右往左往。何をやったって死ぬ。どれほど誇り高く生きようとも死ぬ。誰しもに通じた常識なんてもう壊れきっている。俺は彼女に何を言えばいい? どんな言葉をかければいい?


悠馬「……やりたいことがないなら俺のやりたいことを手伝ってくれ。それでも今すぐに死にたいなら一緒に死ぬよ? うん、ちょっと早くなるだけ、問題ナシ」

悠馬「けど、俺が今、一番やりたいことを聞いてくれ」


 計算されつくした巨大隕石の軌道は、落ちる時間や場所もほぼ特定されている。二年半後、夕刻、日本に近い太平洋、今、まさに俺たちが見ている風景の中に隕石が落ちてくる。


悠馬「俺はそれが見たい」

悠馬「その時、お前と一緒に見てみたい。俺が一番好きなお前と一緒に。それが俺が今一番やりたいこと、最後にやりたいこと」


 人は死ぬ、いつか死ぬ、必ず死ぬ。


 常識も何もかも激変しているが、よくよく考えたら、以前と何も変わらないじゃないか。


 この地球でかつて生まれた命は例外なく死んだし、今、生きている者も例外なく死ぬ。


 今回、たまたま、全員いっせいのーせで余命宣告をされただけ。それだけのこと。


結愛「悠馬、震えてる……」


 結愛は俺の手を両手で優しく包みこむ。


結愛「やりたいことできたかも。最後の時まで、悠馬の一番で居続けること……」


 手を握ったまま寄り添う俺たち。星に照らされた影は一つになる。



 遠くで何かの生き物の鳴き声がする。


 世界が反転した半年前、それ以前と以後で物理法則が変わったわけじゃない。動物も星空もまた変わらない。なんなら人間だって変わらない。激変したのは人間の行動だ。それは今からも変化するだろうし、それがどういう形になって現れるのかも予測しようがない。


 けど、俺はやりたいことは決めた。あとはそこにむかって行動するだけだ。最後の時もこうして彼女の手を握っていられたら、それだけでいい。


 とまぁ長々とよく聞いてくれたもんだよ。

 まだ聞いてくれてるんだろ? ありがとうな。

 君のことだよ。そう、君。

 俺の事はもういいとして、君の事を聞かせて欲しい。


 君は終末、何してる?





お・わ・り


2022年のボイコネライブ小説大賞の応募作品です。


声優さんたちが楽しんで演技できる小説を作りたいと思って書いた作品。

ですが気がついたらほぼ主人公の一人語り……。難しいものです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

もし応援していただけるのなら☆評価をお願いします。


すべての声優さんたちに敬意を込めて。ではまた次の作品で。

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