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第三話

簡単な人物紹介

 下総 悠馬【しもふさ ゆうま】高校1年の男子 語り手

 鹿子 結愛【かのこ  ゆあ 】クラスメイトの元気で明るい少女

 飯名 詫夢【いいな  たむ 】クラスメイトの友人

 三島 希望【みしま  のぞみ】クラスメイトの清純な美少女


 朝、リビングに行くとすでに朝食の用意がしてあった。


 珍しく朝からテレビのニュース番組を見ている両親に挨拶をしてテーブルにつく。テレビの中のアナウンサーはすました顔で、どこぞの金持ちが群衆に集団リンチを受けて死亡したのなんだのと言っている。日本の話だよコレ。


 世界は意外と平穏だが、それはまんま平穏って意味じゃない。俺を含めた多くの人が予想したものに比べればって話であって、半年前の最初期の大混乱を除けば落ち着いていた日本でも、最近ではあちこちで暴動や略奪や殺人が増え始めている。それでも比較対象を世界にまで広げるならば日本は平和で平穏と評価されるらしい。巨大隕石すら擬人化して萌えキャラにしてしまう文化だしな。開き直りか? ある意味凄い。


 薄皮を一枚むいただけで人類って奴は狂暴にも悪辣にもなれる。いや、狂っているとか悪だ善だって言葉の意味すらもう変化している。人はむき出しで生き始めた。


 それは昨日、結愛を襲った「あいつ」も。


悠馬「珍しいね。父さん、朝のニュース番組、大嫌いじゃなかった? 朝から暗い気分になりたくないんでしょ」

天馬「ああ、昨日の戸川さんとこの息子のニュースやるかなぁって。まったくやらんな。あの後、一応警察には連れて行ったんだが、警察も人がいなくて忙しそうだったからなぁ。あの後どうなったかも父さんたちは知らんしな」


 テレビニュースではどこぞの政治団体が推し進めてきたトンネル計画が実は巨大隕石に備えた地下シェルターだった疑惑がどうとかの話題に変わっていた。地下に逃げてもコンマゼロゼロ以下の生存確率っていうのが多くの学者たちの最終的な意見だったはず。それでもまぁそこにしがみつく人たちもいるか。


 やがてニュースが昨日の自殺者の数を発表し始めたところで父さんはリモコンでテレビを消した。


悠馬「あー、今日、学校休むから。昨日、詫夢と話してさ、今日は結愛を元気づけようって……そのニマニマ顔やめろ、母さんもやめて」

天馬「好きにしろ。好きにしろ。人様に迷惑をかけないなら、なんだって好きなことしていい……悠馬、こんな時代にお前を生んじまって、すまん」

悠馬「それもういいって。朝は笑って始めるのが一番なんだろ……ペガサス父さん」

天馬「てんまだから! てんまだから! 戸籍にもてんまってなってるから!」


 朝イチから我が家の鉄板ネタが炸裂する。親は子を選べないし、子は親を選べない。子供にいたっては生まれるタイミングだって選べない。天使やら神様やらに『あ、成人する前に人類滅んじゃいますねー、生を授けちゃってもいいかなー?』なーんて聞かれた記憶も無い。んじゃ誰も悪くない。だろ。


天馬「とにかく何やってもいいから、その時が来るまでは、死なないでくれ」

悠馬「死なないよ。告ったばっかで死んでられな、そのニマニマ顔やめろ。母さんもやめて」


 ニマニマ顔。やめろ。



 まず結愛の家に行って彼女と合流。結愛は涼しげな白のワンピースを着て髪型をポニーテールにしている。昨日の今日じゃさすがに髪は切ってないな、うん。ポニーテール? 好きですよ? 


 言葉少なに二人で並んで歩く。やばい、照れくさい。どおすんのこの空気。


 以前と比べて人と人との距離が近くなっている気がするっていうのは父親の談。待ち合わせ場所の詫夢の家に行くまでに何人かの顔見知りの人たちと挨拶をする。心なしかご近所さんからの視線が痛い。ニマニマ笑っている気がする。いや被害妄想だ。きっと。


 詫夢の家についた。二人して顔がゆでだこの様になってしまったのは朝から俺たちに厳しくあたってくる太陽のせい。


詫夢「おす、おす、あがってー。今、家に誰もいないから遠慮なくー。あー顔赤いよー。もう話は聞いているからな? もーいちゃついてましたってか? 爆発しやがれ」

結愛「おじゃまします。爆発は詫夢くんがしてフンコロガシ野郎」

悠馬「おじゃまします。爆発はお前がしろゾウリムシ野郎」

詫夢「クチ悪っ!?」


 詫夢の部屋で冷たい麦茶を飲みながら今日の計画を練る。


詫夢「の、希望ちゃんもそろそろ来るけど、その、今日はですね」

悠馬「あー、皆までゆうな、希望ちゃんに告白するんだろ? 当たって、そして砕けたいのがお前の望みだな?」

詫夢「いえ悠馬さんや、当たっても砕けない方法をですね、告白とかまだちょっとですね」

結愛「あら? 詫夢くんは希望ちゃんが好き、と? ウフッ。詫夢くんは奥手なのね」

悠馬「え、何、恋愛強者感出してんの……」

詫夢「完全に上から目線、この人怖い」


 飯名家のインターホンが鳴る。


詫夢「ああ、もう来た。何にも決めてない」

結愛「はーい、今行きまーす!」


 他人の家でもお構いなし、それが俺の彼女、元気な子。踊るように部屋を出て玄関のドアを開ける。俺たちも続いて部屋を出て三島を出迎える。結愛と三島が玄関で抱き合っている。三島は泣きそうな声で結愛を慰める。


希望「結愛ちゃん、大変だったね、怪我が無くてよかったね。もう、なんて言ったらいいかわからないけど、本当に、いろいろありすぎるよ」

悠馬「俺たちの人生、若くして激動すぎるよな。はぁ、もっとのんびりゆっくり生きたいよ」

詫夢「お年寄りが良く言う意見! さ、とにかく、上がって、希望ちゃんも」


 部屋に再集合。


詫夢「希望ちゃん、その、学校休ませちゃって悪かったかな」

希望「詫夢くん、それはいいの。私、もう学校行かないかも」

詫夢「ええっ! な、何かするの?」

希望「何かするわけじゃないけど……」

詫夢「…………」


 むう、いかんな。盛り上がらないぞ。友人のために話題を振ってやらねば。


悠馬「詫夢は何かやりたいことあるのか?」

詫夢「やりたいことっていうか、最近さ、自転車泥棒とか多いだろ? 自警団っぽい、いや、まんま自警団か。親父も兄貴も入ってる奴な。そこに入れてもらった。昨日の夜からだけどね。昨日の夜も見回りをしたんだぞ。そこで戸川の事件のあらましも教えてもらったしな」

悠馬「ニヤニヤするな! って、ええ、昨日のこと、どうやって伝わってるんだ?」

詫夢「伝説……そう、それは甘酸っぱくも初々しい少年少女の告白の伝説として、」

結愛「どうりゃ!」


 結愛が顔を真っ赤にしてクッションを投げつける。詫夢にヒット。


希望「結愛ちゃんは悠馬くんと付き合うことになったんだよね。そうかそうかー、どうりでねー、そうかそうか」


 うんうんうなずく三島の発言の続きが怖いのでとっさに話題を変える。


悠馬「それよりっ! 今日は何する? どっか行くか? 何か案のある人手ぇ上げろい!」

詫夢「とくに無いなぁ」

希望「とくにないです」

結愛「とくにないかなー、それより、どうりでって、どういう、」

悠馬「お前らっ。夢とか無いのかっ!」

結愛「うちらには未来も無いからねっ!」

希望「結愛ちゃん、すごく楽しそうに言うのは……」

詫夢「行きたい所も無いなら、どこにも行かずに家にいてもいいじゃん。……親父の隠してる酒飲もうか? 実は俺、酒って一度も飲んだこと無いんだよな」

結愛「ちょっと興味あるけど、飲酒は駄目でしょ、苦情が来ちゃう」

悠馬「ああ。ここがアニメの世界なら苦情が来るからな」

詫夢「どっから苦情が来るんだよ!? 昨日からそういう発言多いな!」

悠馬「最近特に現実に生きている感覚がなくなって来てさ、物語の世界に入り込んだアリスの心境っていうか?」

詫夢「アリスはメタ発言とかしないから、お酒も飲まないから」

結愛「じゃあ、未成年者の飲酒は禁止です! これでいいんじゃない?」

悠馬「犯罪を助長するものではありません。よし、これくらい言っておけばいいだろう、飲むか」

希望「こういう時の二人って息ぴったりだよね」


※未成年者の飲酒は犯罪です。この作品は犯罪を助長するものではありません。


 詫夢が父親の部屋に侵入してブツを持ってきた。バーボンっていう酒を水で薄―く薄―く薄めて飲むことになった。四つのグラスが乾杯の合図で触れ合い、硬質の音を出す。


結愛「うーん……おいしい? おいしくない?」

悠馬「マズい。そもそも酒なんてのは100%毒だってさ。つまりこんなもんを好き好んで飲むやつは完全なる馬鹿って奴だ」

詫夢「そういやお前らの名前の中に馬と鹿の文字があるな」

悠馬「そこに気が付いてしまったか、消されるぞ、お前……」

詫夢「ウマシカカップル、ぶふっ」

結愛「我らウマシカ会! 生まれし時は違えどもー、倒れるときは前のめりー!」

詫夢「酔っ払ったの!?」

悠馬「いや、いつもこんな感じだろ」

希望「あはは」

結愛「はい! 今から笑ってはいけない飲み会を始めます!」

悠馬「唐突だな!」

結愛「笑った人は罰ゲームね! じゃあスタート! ぶふっ!!」

悠馬「いきなり笑った!?」

結愛「ぶっははは、詫夢くんの顔、顔!」

詫夢「俺ぇ!? 何もしてない!? 何もしてないよ!?」

希望「あはは……はは……楽しい……楽しいよぅ……ぐすっ」


 突然泣き出す三島。泣き出した三島に混乱する俺たち。


結愛「どっ、どどっ、どうし、な、何かあったのかなー? 希望さんや、精神の乱高下の果てに虚無から虚空へと至ったゆあおねぇさんに心配事なんでも言ってごらん?」

悠馬「意味がまったくわからん」

希望「結愛ちゃん……私ね、妊娠してるの……」

結愛「……えええっ!?」

悠馬「……えええっ!?」

詫夢「……えええっ!?」


 手で顔を覆い、肩を震わせる三島の様子から、これが冗談でもなんでもないことがわかってしまう。妊娠? 妊娠ってことは、ええとお? ああ、もう、えっっぐい角度から放り込まれた爆弾の処理なんかできねぇ。三島、いや三島さん、もう許して。激動すぎるだろ。これじゃ頭も体ももたねぇよ。いいかげん休ませてくれよ。


 横を見ると大層ショックを受けている詫夢の姿。陸に打ち上げられた酸欠にあえぐ魚のように息をしている。顔、すっげえぞ。ちょっと落ち着いた。自分より慌てている奴を見ると落ち着くって本当なんだなあ。


結愛「ちっ、父親は?」

希望「……わからない、ひくっ……」

結愛「その、隠し立てするのは……」

希望「本当に、わからなくて、あの人かなーって、いうのは、何人か、いるん、だけど……」


 詫夢のハートにクリティカル。おい、息しているか?


希望「もうみんなと一緒にいられないよぅ……」

結愛「なんでっ!?」

希望「ひっく……だって、私、なんて、無責任で、」

結愛「はぁん? 無責任? 誰がそんな事言ったの?」

悠馬「お前」

結愛「謝罪しまっす! 撤回しまっす! え? 無責任? 常識? はっ! そんなもん、この世界じゃ息してないから! たとえ生きていても私がトドメさしてやんよ」


 シュシュと口で言いながら座ったままシャドーボクシングをする少女。これ俺の彼女なんだぜ。


詫夢「だっ男女差別するわけじゃないけど女の子はもっと、こうっ! 体を大切にさあ!」

結愛「はいっ! 今から男女差別の発言します! 詫夢君はもげたほうがいいと思います」

詫夢「それ個人攻撃ぃ!?」

希望「ぷっ」


 息を吹き返したらしい詫夢の発言をすかさず迎撃する結愛、これ俺の以下略だ。あと三島、こっそり笑ったぞ。実は結構余裕あるんじゃなかろうな?


詫夢「違うんだって! 俺は希望ちゃんには笑っていて欲しいんだよ! 男とか、女とか、他の誰かとかどうでもいいって! 希望ちゃんだけでも、すっ……。だから……体を大切にしてくれよ……笑っていてくれよ……」

希望「ぅぅ、詫夢、くんは、軽蔑、しない?」

詫夢「軽蔑しない! てか、人の目とか気にすんなよ、希望ちゃんは希望ちゃんであって、ずっと、と、とと友達だし、絶対に」

希望「詫夢くん……」

結愛「じゃあ物まねをします。カリオストロの城から~、銭形のとっつあん」


 そうだよな、結愛、お前はそういう奴だ。誰かが悲しんでいたり、怒っていたり、泣いていたりするのを耐えられないんだ。だから話の流れだって構わずぶった切って突っ込んでいくんだ。昔から変わらない。俺が大好きな俺の彼女だ。けどな、結愛、そこは割り込むタイミングだったか? いい感じになりそうな空気だったような気がするぞ?


結愛「あー、あー(ものまね)ルパンの奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの、さて、それは何でしょう?」

悠馬「大喜利形式っ!?」

結愛「(ものまね)ではそこの次元!」

詫夢「俺ぇ!?(ものまね)おいルパン……次元やったことねーわ。次元の物まねに挑戦したことねーわ」


 一同、爆笑。俺たちは、目に涙を貯めてまで、笑う。


 何でもない、何でもないことだ。すぐ隣にいる人が笑っていてくれたら、それでいいような気がする。他のすべてのあれこれはきっと、どうでもいい。


悠馬「準備してキャンプ行こうぜ。道具なら親のが家にある」

結愛「そうだ星を見に行こう」

詫夢「お前ら、そろって唐突すぎるだろ」

悠馬「ああ。ちょっと行ってみたい所があってな、」

希望「結愛ちゃん、悠馬くん、その、ちょと詫夢くんと二人だけで、話がしたいなあって」


 三島のたおやかで白魚のような手が詫夢の手首をそっと掴む。それだけで、がっちりとも、ぽっちゃりとも判別しがたい体格の詫夢の体は硬直して動きを止める。微笑む三島の目の奥に怪しい光が宿り、ヌメッとした蛇のような赤い舌が美しい少女の唇から覗くのを俺は幻視した。


 とっさに結愛の手首を取って立ち上がる。


悠馬「そおだな! よし、俺たちは準備があるから、また後でな!」

結愛「あ、ちょっと、悠馬、ちょっと」


 俺たちは捕食者のいるホラーハウスからの脱出に成功して外に出た。


 なんだろうな、日差しは強いのに寒気がするのは。パニック物の仲間を犠牲にして助かる主人公の気持ちを味わえたぜ。


結愛「悠馬、ちょっと痛い、かな」

悠馬「すまん!」

結愛「そおじゃなくて、こう」


 手首から手へ。異性と手を繋ぐ。ただそれだけで体温が上昇していく。


結愛「希望ちゃんの事、ビックリした。私は彼女の事、何も知らなかった」


 三島の奴が何を思って、何をしていたのかを俺は知らない。あるいはそれは、以前の常識での非常識だと、間違っていると、彼女を言いたい様に罵る奴らだっているような、そんな彼女の過去と現在。しかし俺たちは三島を支持する。俺も、結愛も、詫夢も。考えるまでも無く、ノータイムでシンキングだ。


 俺たちには世界のすべてをカバーする常識とかいらない。そんなのは手に余る。俺の身の回りの人たちの間にある常識でいい。友人たちの笑顔が守られる範囲の常識と付き合っていくので精一杯だ。


結愛「はー、なんだかんだで、なんかうまくいきそう」

悠馬「なにも解決していないとも言う。まぁ三島の事は、詫夢にまかせておけばいいだろう」


 親友がんばれ。役に立たない友人でスマン。力になれない。



 後ほど、詫夢から連絡があった。親が帰って来て酒を飲んだのバレてえらい叱られた? そんで三島とは何もなかったって? へたれかよ! は? 俺たち? 何も無かったですが何か?





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