第二話
両親と一緒に晩メシを喰いながら、古ーい時代のトレンディドラマってやつを見た。
日本のバブルの時代の女性って全員が同じ髪型で肩パットしてたのか? いや、時代の移り変わりってのを感じるね。しきりに懐かしがる両親には悪いが、なんかね、古いドラマって古臭い。二話ほど見たが三話目からはリタイアして自分の部屋へと行く。
部屋の俺のベッドの上には先住権を主張する生き物がいた。奴は面倒くさげにこちらをチラリと見て一声にゃあと鳴く。先住民のご機嫌をうかがいつつ、邪魔にならないようにベッドの端に座って話しかける。
悠馬「どうやら俺たちに残された時間は二年と半年だけらしいぞ? 世界は滅んじまうんだってよ」
お猫様からの返事はない。世界の行く末とかどーでもいいですぞとばかりに、あごの下を撫でる俺の指の動きを堪能しておられる。
思い返すのは先ほどの三島の事、そして。
悠馬「このままじゃ、いられんよな?」
以前の俺ならきっと何もしないだろうな。胸の中にある想いを、ただ胸の中にだけにしまっておいて、何事もなく高校生活を送っていたことだろう。簡単に想像がつく。俺はそういう奴だ。絶対にそうしていた。けど……
悠馬「よし。告ろう。結愛に、告る」
小学校以来の縁である鹿子結愛を異性として意識しはじめたのは、はて、いつだったか? 切っ掛けとか……、あ、思い出した。中一の時、学校の帰り道でゲリラ豪雨にやられて夏服が透けて、あいつの下着がくっきりと浮かび上がっているのを見たときだ。俺の脳内フォルダーにしっかりと鮮明に保存されているぞ。思い出してスッキリだ。よし、告ろう。
あいつとはそれなりに長い付き合いだし、少なくとも嫌われてはいない、はず。
覚悟を決めたら緊張してきた。やめるか? いや、断られたら断られた時だ、俺はやりたいことをやる、それだけだ! 応援してくれ、お猫様。
鹿子さんの家は公園をはさんで少し歩いて向こう側。要件を告げずにメールで結愛を呼び出す。40分後に公園で会うことになった。
部屋の中をウロウロウロウロうろつく俺を猫が目で追っている。まだ心臓がバクバク言ってるよ。40分、なげーな。
◇
公園にやってきた結愛は、風呂に入った直後なのか髪が少し濡れていた。そしてジャージにパーカー。夜とは言え、夏もまだまだ終わる気配が無いというのに、その恰好は暑くないか? 実際、顔が赤いぞ。ちらちらとこちらの様子を窺いながら結愛が公園のベンチに座る俺の横に陣取る。
悠馬「あー、呼び出してすまん。直接、話がしたくてな」
結愛「えっ、そ……うん、いいけど、明日の学校じゃダメなの?」
悠馬「そうだな、今しかない、あー、結愛っ」
結愛「っ……はいっ」
悠馬「……最近どうかね」
結愛「世間話ぃ!? 何事も無いよ! さっきまで一緒にいたよ!」
悠馬「結愛っ」
結愛「っ……はいっ」
悠馬「……まだまだ暑いな」
結愛「帰っていいかなあっ!?」
悠馬「その……好きだ、付き合ってくれ」
結愛「…………」
悠馬「…………」
無言の時間。俺は息もできず、横に座る結愛の顔も見れない。かろうじて秋の気配を見せ始めた公園の茂みからは虫の鳴き声。見上げると月が浮かんでいる。月が綺麗ですねとかぼんやりとした頭で思う。てか、返事……返事をくれ。息が続かない……。
結愛「ほっ、保留でっ、じゃなくて悠馬、その、うん……ごめんなさい」
悠馬「っ……! 理由とか、あったりとか、あの、俺のこと、あの」
結愛「そおゆうんじゃなくてっ! だって、もう死んじゃうんだよ!? 私も! 悠馬も! みんな死んじゃうんだよ!?」
大きな声じゃない、けど、声は小さくても、それは心の底からの叫びなんだろう。俯き、手を白くなるまで握りこんで、結愛は声を絞り出し、続ける。
結愛「好きとかっ意味ないよっ!もう全部……意味なんてないよ……だから、ごめん」
改めて結愛の横顔を見る。こいつのこんなにも辛そうで悲しそうな顔は見たことが無い。いつ見てもどこで見ても笑っているような奴だ。こいつはこいつで、この狂っちまった時代に何を思って、何を心の中に溜め込んでいたんだろう? 結愛にかける言葉なんて、今の俺のどこをひっくり返したって見つかりはしないだろう。
悠馬「そうか……わかった、呼び出して、すまん」
結愛「うん……えと、明日、学校で」
ベンチを立ち上がり、ふらふらとおぼつかない様子で自宅へと帰る結愛を見守る。
やることやった。泣くもんか。俺はベンチから立ち上がり、棒立ちのまま一歩たりとも動けない。未練かよ、俺――
突如、悲鳴を聞く。
女性の悲鳴、結愛の向かった先。考えるより先に体が動いた。
道の角を曲がった先に見たものは、結愛の髪をつかんで何か叫んでいる男。クラスメイトの戸川、手にはナイフ、へたり込む結愛、様々な視覚情報を置き去りにして俺は走ってきた勢いのまま男を蹴り飛ばした。
悠馬「結愛っ!」
結愛「悠馬ぁ……」
結愛に向けられていたナイフが結愛を傷つけたらどうしようとか、蹴り飛ばされた拍子に道端に転がったナイフを見て、今更ながら思い至る。蹴り飛ばされた男、戸川を見る。戸川は上半身を起こしてこちらを見る、戸川は顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。そして、気が付く、周辺に漂う……
灯油の臭い?
戸川はライターに火をつけようとして……取り落とした。
なおもヌルヌルと滑るライターを拾い上げようとする戸川を改めて蹴り飛ばす。ついでにライターも遠くへ蹴り飛ばす。
悠馬「無理心中なら一人でやりやがれ!」
なんだこれ、どんな状況だよ? もう俺の心臓が持たねぇ。
悲鳴を聞きつけ近所にいる大人たちもすぐに駆けつけてきてくれた。泣きながら叫ぶ戸川を大人たちが抑え込む。――死なせてくれ、殺してくれ、大声で叫ぶ戸川を見る。大声につられて、さらに人が大勢あつまってくる。
悠馬「結愛、大丈夫か? 立てるか?」
結愛「立てる……いたた、ひざ、ちょっとすりむいているかも」
悠馬「膝だけか? 他にどっか痛くないか? てか灯油臭いぞ、パーカー脱げ」
結愛「うん、頭、痛いかも、髪の毛引っ張られたから……」
悠馬「くそ戸川め……っ!」
急展開すぎて今イチ頭がついていけてないが、今だって司法は生きている。殺人未遂に放火未遂? いや自殺未遂か、とにかく戸川は裁かれるはずだ。それだけのことをしでかした。司法、まだ生きてるよな?
戸川の奴も灯油臭い服を脱がされている。集まった大人の人たちに俺は状況の説明をする。そこに男の人が息を切らせてやってきた。戸川になんとなーく似ているなと思ったが、戸川の父親だった。そういや戸川の家もこの近くだったか。
戸川と戸川父は言い争う。息子は叫び、父は息子を殴りつけた。どっちも泣きながら。
大人の人が俺たちの事を心配して現場から引き離してくれた。公園に逆戻りだ。視界の端で戸川が戸川父にぼっこぼこに殴られているのを見る。司法……
公園のベンチに座り、震えが止まらない結愛によりそう。よりそうだけだ。
結愛「し……死ぬかと思った、ふ、震えが」
悠馬「俺が結愛を呼び出した、すまん」
結愛「それは違うよ悠馬。むしろ、たぶん、よかった。寝ているときに火を付けられていたら……」
悠馬「何があったんだ?」
結愛「えと、わからないけど、後ろからいきなり抱き着かれて、俺と一緒に死んでくれって、いやマジわかんない。意味不明すぎるんですけど」
悠馬「戸川とは何かあったのか? その、恋愛的な意味でさ」
結愛「無いよっ! 中学ん時は少し喋ったけど、高校になって、ね、なんか、目つき怖かったし」
悠馬「そうか……モテ期か」
結愛「もてき……うれしくなーい」
悠馬「すこし落ち着いたか?」
結愛「うん。ぷっ。悠馬、さっきの。無理心中は一人じゃできないから、無理やりなのが無理心中だから、ぷっ」
変なツボに入ったらしい結愛を見て俺もほっと胸をなでおろす。
結愛「髪の毛、切ろうかな?」
結愛は右手で頭を撫でつけながら、もう片方の手で髪の毛の先を目の前に持っていってつぶやいた。
悠馬「いいんじゃないか? きっと似合う。ショートカットが似合うのが本当の美人の条件だとか、いや美人の条件でもなんでもいいが、俺はショートカットも好きだ。いや、なんの告白だよ俺。というかお前が好きだ」
結愛「こっここ……告白っ、またっ! ええと、その、前向きにー、えー、検討させてもらうー的なー? ……というか、なんで私なの?」
悠馬「色々考えたんだよ! 頭の中でさ、俺にとっていらないものをぽいぽい捨てて、自分以外で何が一番大切なのは何かを考えていたら、お前の顔が浮かんだ。お前が一番好きだからだ、意味なんてなくても好きだ」
結愛「うお」
悠馬「付き合おう。好きだ」
結愛「うん……」
うん? うんって言った? 最初うつむいていた結愛は顔を上げ、頬を上気させて、潤んだ瞳で俺の事を見返してくる。俺は結愛を改めて見つめなおす。
そして公園の用具入れの端から大人たちが覗いているのに気が付く。
悠馬「ぐはぁっ!」
状況っ! 状況の事、すっかり頭から抜けていたっ!? 大騒動があったばっかりだろうがっ! 大勢周りにいるだろうがっ! 何やらかしちゃってんだ俺ぇ!
うろたえ始めた俺を見て、用具入れの影から大人どもがにゅるりと這い出して、こちらにやってくる。ニマニマ顔で。
その中には結愛の父親もいるっ! 何ぃ!? 俺の両親もいるだとお!?
――「大変だったね悠馬くん」「あとは大人にまかせて」「どちらも今日は家に帰って休んで」
父親に連れられ、ほわほわとした足取りで家に帰っていく結愛を最後に見て、フラフラな頭で家に帰る俺。
自宅の俺の部屋に入ると猫はいなくなっていて、ベッドの上には彼が存在していたことを証明する丸いくぼみがあるだけ。そこに倒れこむ。そしてもだえる。
悠馬「うおああ、俺はっ! こんなキャラじゃないっ! 時代が……時代が悪いんだっ!」
そうだ時代が悪いんだ。