8 特別昇級
喫茶店の前を通ると窓際の席でロゼを見付けた。
シルバーランクのライセンスカードを眺めて頬が緩んでいる。
そう言えば俺にもそんな時期があったっけ。
その様子を微笑ましく思いつつ喫茶店に入り、ロゼの向かい側に腰を下ろす。
ロゼはライセンスカードをすでに懐にしまい、澄まし顔になっていた。
「シルバーランクの朝はどうだ?」
「べつに。特に変わったことなんてないわよ。まだまだ通過点なんだから、こんなことで喜んでらんないわ」
「そうか。向上心の塊だな」
俺も鬼じゃないので、喫茶店に入る前に見たものは忘れることにした。
「でも、あたしまでシルバーランクに昇級していいのかって気持ちもあるのよね。魔族を斃したのはあんただし」
「ロゼだってリョクノカプスを斃しただろ? 十分にシルバーランクの実力はあるよ。素直に受け入れればいい、折角の試験なしの特別昇給なんだ」
「ブロンズが魔族を斃したからこその特別でしょ? そこが引っかかるのよね。まぁ、返上しろって言われてもしないけど」
とんとん拍子でシルバーまでランクを戻せた。
でも油断は禁物。
「シルバーランクまでは誰でも時間を掛ければなれる。シルバーで冒険者人生を終えることだってよくある話だ。プラチナを目指すならここがようやくスタートラインになる。これからデカい仕事をこなさないと」
「デカい仕事って言ってもいきなりは無理でしょ、あたしたちもうシルバーだし。数をこなして実績を作るか、誰かに推薦してもらうしか」
「じゃあ僕が推薦してあげよっか?」
「わあッ!?」
店内にロゼの悲鳴が響き、それを聞いて上手くいったとにんまりしているのがカノンだ。
テーブルからにゅっと生えてきてテーブルに顎を置いている。
そう言えば昔から悪戯が好きだったっけな。
「え、なに、誰って、あれ?」
「あっはっはー。僕はカノンだよ、よろしくー」
「カノン。あのゴールドランク冒険者の?」
「そだよー」
「な、なんでそんな人が」
「いやー、ちょっとジンさんに仕事を頼みたくてね」
「ジンさん? さんづけ?」
ロゼの頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮かんでいるのが見える。
「いいでしょ? ジンさん。お求めのデカい仕事だよ」
「それはありがたいけど、ちゃんとシルバーランクの仕事なんだよな?」
「もちろん。まぁ僕たちの付き添いだから実質ゴールドランクみたいなもんだけど。はい、これ仕事の詳細」
資料を受け取り目を通す。
「街の乗っ取り?」
「そ。寒冷地帯にある街が魔族に乗っ取られちゃったんだって」
「その街にもギルドがあったはずなのに……」
「そうなんだけどねー。寒冷地の田舎ってすぐに若者が街を出ちゃうからギルドも人手不足なんだよ。居てもゴールドランクが一人くらい。流石に複数の魔族を街を守りながらっていうのは難しいんじゃない。ジンさんなら別だけど」
「え、そうなの?」
「真に受けるなって。無理だよ、そんなの」
「今はね」
「今?」
「カノン」
「ごめん、ごめん」
かつての俺ならあるいは可能だったかも知れないけれど。
今は無理だ。
詳細は知らないだろうけど、カノンもなんとなく理解しているはずだ。
俺が以前と比べて遙かに弱体化していることに。
「生存者は?」
「それが厄介なことに結構な数いるみたいなんだ。死んでるならしようがないけど、生きてるなら助けてあげないとねー」
「じゃあ生存者を守りながら魔族と戦うってこと?」
「いや、生存者の回収は僕の魔法でちゃっちゃかやるよ」
「なら俺たちの仕事はなんだ? てっきり、生存者の保護やら避難誘導やらだと思ったんだけど」
「それは資料の最後のページに書いてあるよ」
促されるまま資料の最後のページに目を通す。
「寒冷地に炎の魔物が?」
「そ。珍しいでしょ? かなり凶暴みたくて手当たり次第に魔物を喰って回ってるんだって。確かな情報じゃないけど魔族を相手に戦ったこともあるらしいよ。びっくり」
「基本的に魔物は魔族の下位互換なのに、たしかに珍しいな」
大半の魔物は本能から魔族に従属する。
魔族が自分よりも強く、戦っても勝てないことを知っているからだ。
反抗したり、ましてや戦ったりなんてことは非常に珍しい。
「活動域も街の近くだし、作戦実行中に横やり入れられたりしたら堪らないから、二人に処理してもらおうと思って」
「炎の魔物……あたしたちお互いに相性悪い相手よね」
炎の魔物に冷気は通り辛いし、花弁は燃やされてしまう。
「そうだな。やってやれない相手ではないと思うけど。自分の弱点なんだ、対抗策の一つぐらい持ってるだろ?」
「それはそうだけど……試したことはまだないのよね」
「どうするのー? 受けてくれる? くれない?」
「ロゼの意見は?」
「あたし? あたしは……そうね。挑戦してみたい。苦手な相手から逃げてるだけじゃ成長できないもの」
「なら、決まりだな。俺たちの席を空けといてくれ」
「そう来なくっちゃ。じゃ、日時はあとでジンさんに知らせるね」
話にも一区切りがついたところで注文していたサンドイッチセットとパンケーキがくる。
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、俺のサンドイッチ」
「ごちそうさまー」
鈴が鳴ってカノンの姿が見えなくなる。
「そう言えば昔もこんなことあったっけ。まぁいいけど」
懐かしく思いながらも一つ減ったサンドイッチに手を伸ばした。
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