25 結晶解除
「完全に気を失ってるわね」
跳ね返った自らの魔法で、彼はしばらく目を覚まさない。
ここに置いて魔物の餌になるのもつまらないので、運び出さないと行けないけれど。
その前にやることがある。
「カーバンクル。この森を元に戻してくれ、あと宝石も」
「きゅー!」
カーバンクルの一鳴きで現状の問題はすべて解決した。
潮のように引いていく結晶化、色を取り戻していく森林。
人々を魅了し、奪い合っていた宝石も今やただの石と変わらない。
時間が巻き戻るようにリゼスノロリアの森は日常を取り戻した。
これで森全体が、カカリアの街が結晶に飲まれることはない。
「ありがとう」
「きゅー!」
返事をするように鳴いてカーバンクルは姿を消して俺の中に宿った。
「一件落着ってところ?」
「あぁ。あとはこの人を運び出せば、それで終わり」
「なら、速いところ終わらせちゃいましょ。意識が戻る前に」
ロゼの花魔法で花弁の絨毯が作られ、意識のない彼が持ち上がる。
空飛ぶ絨毯なんて子供の頃に描いていた夢の一つなのに勿体ないくらいの贅沢だ。
花の良い匂いがしてさぞ寝心地がいいだろうと思いつつ森を抜けてカカリアの街に戻ると、当然というべきか住民たちは騒然としていた。
店頭に並んでいた結晶化した植物の一部は、みんな元に戻っている。
宝石を隠し持っていた人もいるだろう。
そんな人たちが結晶化の解除という現象に晒されて大騒ぎとなっていた。
特に林業業者の狼狽っぷりは凄まじく、大量の石を抱えて嘆きに嘆いている。
ログハウスの外にまで漏れ出すような音量で、声が枯れるまでそれは恐らく続くだろうと思われた。
「あーあ、良い稼ぎだったのによ。なんだって急に結晶化が解けちまうんだか」
「まぁ、しようがねぇだろ。上手い話はそう長く続かねぇよ。唐突に結晶化したんだから、唐突に解除されても不思議者ねぇ。まぁ、俺たちはもう十分に稼がせてもらったよ。新人には気の毒だがな」
「そうですね。残念です」
ほかのベテラン冒険者には適当に話を合わせておいた。
「しっかし、こいつ目を覚ましたらどんな顔するんだろうな」
「俺たちとそんなに変わらないベテランのはずなのに魔物に遅れを取るなんてよ。挙げ句、宝石拾いはもう店じまいと来た。厄日だろうな、こいつにとっては」
意識のない彼はログハウスの隣りに垂れられた簡易テントの下で眠っている。
林業業者が彼らのために設置したもので、病院ほどではないにしろ医療設備がそこそこ整っている。
「じゃあ、俺たちはこの辺で。雇い主があの調子だと話にもならなそうなので」
「おう、そうか。元気でな。俺もぼちぼち街を出るか」
「俺もそうするぜ。宝石が拾えなくなった以上、この街にいる理由もないしな」
彼が目を覚まし、詳細を聞かれる前に立ち去ろう。
二人ともすぐに街を出るようだし、心配はいらないかも知れないけれど。
念のためだ。
「さっさと依頼主に報告を済ませて街を出るわよ。欲を言えばもっとよく観光とかしたかったけど」
「状況が落ち着いたらまたくればいいさ。脅威は取り除いたんだし、いつでも来られる」
「いつでも来られるってなると行かなくなるでしょ、人間」
「たしかに。この街からの依頼が出てても、面倒くさがって受けないかもな。そう思うと勿体ないきがしなくもない……かも」
「決めた。次に依頼でこの街の名前を見たら受ける。それでどう?」
「いいな、決定。その時を楽しみにしてよう」
騒然とした街の喧噪とは裏腹に、俺たちの会話は軽やかに進んでいく。
依頼者に報告を終えたらエフメールに戻ろう。
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