22 宝石幻獣
リゼスノロリアの森は多種多様な植物の宝庫であり、取れる木の実や果実はカカリアの街の名産品だ。昨日の夕食の際に飲んだ木の実のジュースもそのうちの一つ。
あれは美味しかった。このまま結晶化が進めば飲めなくなってしまう。
それを防ぐためという名目も担いで、俺たちはリゼスノロリアの森に足を踏み入れた。
「そうだ。先に言っとくことがある」
森に入ってすぐ。まだ結晶化の傾向も見えない生きた森の中。
ふと思い出したように冒険者の一人がこちらに目をやる。
「当然だが宝石の数には限りがある。俺たちはそれぞれ縄張りを持ち、互いに干渉しないようにしてるんだ。お前たちもそうしてくれ」
「金のために宝石を取ってるんだ。命を落としちゃ本末転倒だ。だから、欲を掻くなよ」
「えぇ、もちろん」
こちらはそちらよりも欲深くはない。
そう思いはすれど言葉にはせず、愛想笑いを添えて頷いた。
「それでよし。見えて来たな」
彼らが何度も通ったであろう、踏み固められた獣道のような筋をなぞると結晶化した木々が見えてくる。
透明な植物が太陽を浴びて中から光を拡散させている様子は幻想的の一言に尽きる。
事情がなければゆっくりと観光したい風景だけど、残念ながらそんな暇はない。
「ここからは別行動だ。日が暮れるまでにはこの地点に戻ってこいよ。探しにいかなくちゃならないからな」
「はい。それでは」
冒険者たちはそれぞれ別の方向へと歩いて行く。
よく足下を見てみると、そこにはすでに道が出来ていた。
結晶化した植物は硬直していて動かず、風に靡かず、成長も修復もされない。
壊された部分は結晶化が解けるまでずっとそのままだ。
だから彼らの通った後には道ができる。
つまり、道がない方向へ進めばとりあえず他の冒険者と鉢合わせることはない。
「ようやくあたしたちの仕事が始められるわね。でも、どうやって見付ける気?」
「実はこれと言ってなにか作戦があるわけじゃないんだ。でも、カーバンクルが好みそうな場所はわかるし、歩いていれば向こうから見付けてくれるかも」
「行き当たりばったり」
「お恥ずかしい限りで」
結晶化した植物を砕きながら先へと進む。
「この結晶化ってカーバンクルが引き起こしてるのよね」
「あぁ」
「どうしてそんなことを?」
「召喚された幻獣はこっちの世界に留まるのに魔力を使うんだ。俺に取り憑いてるマガミもミタマも俺が魔力を供給しなきゃいなくなる」
「結晶化がその問題解決になるってことね」
「そ。結晶化は言わば自分の領域を広げるってことだ。結晶化した土地の中でならカーバンクルは魔力の消費なしにこっちの世界に留まり続けられる。日に日に結晶化の規模が大きくなってるのも活動域を広げたいからなんだろうな」
「あんたを見付けるために」
「あぁ。まぁ、マガミとミタマがそうだっただけで、カーバンクルもそうだとは言い切れないけど」
案外、こっちの世界が、リゼスノロリアの森が、気に入ったからなのかも知れない。
どちらにせよカーバンクルをこのまま放置することは出来ないので、大人しく向こうの世界へ帰ってもらうか、俺に憑依してもらうか選ばせないと。
「お、ここなんてカーバンクルが好きそうなところだな。日当たりがいいし、植物の背も高い。底が浅いけど綺麗な水の池もある。完璧な立地だ」
「あんたの言う通りかも。ほら、見て。宝石がたくさん」
「ホントだ」
カーバンクルが好む条件にばかり目が行っていた気がつかなかったが、足下にはたくさんの宝石が散らばっていた。
ここを好んで居着いている証拠だ。
今は姿が見えないが、ここで待っていれば確実に会えるはず。
「ねぇ、その辺の宝石。片付けて置いてくれる? 目に入るだけでも魅了されそうなのよ」
「あぁ、そうだな。耐性があるのは俺だけだし、片付けておくか。宝石の魅了はまともな人間ほど掛かりやすいし」
「よくできた宝石だこと」
宝石を纏めて拾いあげて隅の方に集めておく。
カーバンクルを待つ間の暇つぶしにはちょうどよく、最後の一個に手を伸ばす。
「あ」
その宝石に同時に手を付けたのは小さな前脚だった。
兎のような栗鼠のような造形をした額に宝石を宿す幻獣。
神石カーバンクル。
たったいま見付かった。
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