2 神狼憑依
どうやって自分の家に帰ってきたかは憶えていない。
ただ地べたに座り、何をするでもなく虚空を見つめて時間だけが過ぎていく。
ふと気がつけば真っ暗な部屋に月明かりが差し込んでいた。
「俺は……どうすればいい」
自分から伸びた影に問う。
「どうするべきだったんだ……」
召喚魔法を奪われた。
俺にはもう魔法が使えない。
幻獣が喚べなければ冒険者を続けることは不可能だ。
これからの生活をどう送ればいい。
いや、それより問題なのは孤児院のことだ。
毎月やってた寄付ができなくなる。
もしかしたら立ち行かなくなるかも知れない。
それだけは、それだけはどうにかしなければ。
だが、もう俺にはどうすることも出来ない。
「くそ……くそッ……くそッ!」
立ち上がり、剣を抜き、振り上げる。
目の前に斬るべきものなど何もないのに。
「なにやってんだ……俺」
地べたに腰を下ろし、剣を鞘に押し込む。
深いため息を吐いて再び自分から伸びた影に目を移す。
そこに自分ではない影を見付けて、すぐに背後の窓へと振り返った。
目に映り込むのは月明かりを浴びて銀色に輝く獣。
神狼マガミ。
「どうして、ここに」
窓を開けるとマガミは跳ね、じゃれついてくる。
「おおっと、よしよし」
押し倒されそうになるのを踏み止まり、一息をつく。
ふわふわな毛並みを優しく撫でると、心地の良い手触りがした。
「クレストが寄越したのか? いや、そんなはず……」
そんなことをする意味がない。
なら、どうしてマガミはここに?
「もしかして……帰還を拒否したのか?」
肯定するようにマガミは一声鳴く。
「そうか、こっちに残ってくれたんだな。俺のために」
召喚魔法はあくまで幻獣を召喚する魔法だ。
召喚した後、幻獣が何をするかまでは縛れない。
幻獣が帰還を拒否すればこちら側に止まることが出来る。
召喚者を裏切ってこちらに付くことも幻獣の自由だ。
「ありがとう、マガミ。俺の味方をしてくれて」
顔をそっと包み、額を合わせる。
絶望という名の暗闇に一筋の光が差した。
だが、それもすぐに潰えてしまいそうになる。
「体が」
マガミの体が薄くなっていく。
幻獣がこちら側に止まるには魔力が必要になる。
召喚を拒否したマガミにクレストから魔力が供給されることはない。
俺は魔法を奪われているから正規の方法で魔力を与えるのは不可能だ。
「どうする……そうだ、マガミ」
両手を広げ、迎え入れる準備を整える。
こちらの意図を察したマガミは半透明な体で大きく跳ねて俺の懐へと飛び込んだ。
染み渡り、溶け合う。
幻獣と人間の融合。
憑依という形でマガミは俺に取り憑いた。
その副作用として元々黒だった髪が真っ白に染まり、狼の耳と尻尾が生える。
鏡で自分の姿を見てみると、そこにはまるで獣人になってような自分がいた。
「これでマガミに魔力が渡せる。戦えるな」
幻獣を憑依させた今の俺は身体能力が跳ね上がっている。
マガミの能力も使えるし、神狼の擬人化状態と言ってもいい。
「元の姿にも……戻れるな」
人の姿にも、再び憑依された姿にもなれる。
「このままクレストに奇襲を……いや、無駄か」
クレストの言う通り、アーティファクトが壊れてもその効果は永続するタイプも多いと聞く。
このままクレストに奇襲を掛けても現状を変えることは出来ない。
しかるべき行政機関に訴え出てもクレストは幻獣たちの力で街から離れるだけだろう。
そして別のギルドで新しく冒険者を始める。解決にはならない。
「なに、か。なにか方法があるはず……」
奪われたモノを取り戻す、なにかが。
「そうだ。アーティファクトを無効化するアーティファクト」
プラチナランクの冒険者になることで与えられるアーティファクトの中にそれがあった。
どのような効果を持つアーティファクトだろうと、それを無効化するアーティファクト。
それがあれば奪われた召喚魔法を取り戻せるかも知れない。
「プラチナランクを目指すなら……この街を出ないとだな」
この街で目指せば必ずクレストに妨害される。
奴には俺がすべてを諦めて街を出たと思っていてもらわなくてはならない。
別の街で新しく冒険者としてやり直し、プラチナランクを目指す。
これしか奪われた魔法と尊厳を取り戻す方法はない。
「今夜だ。今夜、街を出る」
一日でも早くプラチナランクになるために。
§
「ははっ! 最高ッ!」
屋根を足場に高く高く跳躍し、全身で風を切る。
この世にいる何者よりも月に近づき、また次の屋根を蹴って跳ぶ。
街の明かりが流星のように流れ、絶望すら吹き飛ばしてくれたような気がした。
「よっと」
何かしらの建物の屋上に着地し、一息をつく。
自宅からかなりの距離移動したけれど、まったく息が荒れない。
これなら魔族や魔物が相手でも問題なく戦える。
戻って来てくれたマガミには本当に感謝しないとだな。
「さて、と。明かりはまだ付いてるな」
目を向けた先にあるのはエヴィロン孤児院。
その一角、よくかあさんが使う部屋の窓から明かりが漏れている。
携帯端末を取り出して連絡を取るとすぐに通話が繋がった。
「あら、どうしたの? こんな夜更けに」
「あぁ、その……なんだ……あー、大きな仕事が入ってさ。しばらく街を出ることになったんだ。今から」
「随分と急な話ね。いつ帰ってこられるの?」
「なんとも言えないかな。もしかしたら長引くかも」
「そう、子供たちが寂しがるわね」
ズキリと胸が痛んだ。
「……大丈夫だよ、帰ってくるから」
「そうね。体に気を付けるのよ、ジン」
「あぁ」
思わず目頭が熱くなり、声が震えそうになるのをぐっと堪える。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
通話を切り、もう一度窓の明かりを目に映す。
「必ず帰ってくるから」
屋上から跳び上がり、月光を浴びて銀色を纏う。
その夜、俺は街から消えた。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。




