19 宿屋一室
予約していた宿は壁に張り付いた無数の蔦によって不気味な雰囲気を漂わせている。
夕日が良い感じに影を作り、幽霊でも出てきそうに思えてしまう。
もっとも出てきたところで所詮はアンデッド系の魔物だ。対処は容易いけれど。
「あ、ここが俺の部屋だな」
意識のない子供を抱えているという、見ようによっては犯罪臭を伴うチェックインだったが、不気味な雰囲気の宿屋に相応しい不気味な雰囲気のフロント係の人には特になにも聞かれることなく、あっさりと鍵を渡された。
それで良いのかと思いつつも都合がいいので黙ったまま廊下を進み、08号室と書かれた扉を開くと何泊かするには十分な環境に出迎えられる。
広さもそれなりにあるし、窮屈な思いはせずに済みそうだ。
「へぇ、こんな感じなんだ」
「隣りも同じ作りだろうし、ロゼの部屋もこんな感じだろうな」
「虫が湧いてたら変わってね」
「虫が湧いてないことを祈ってるよ」
少年をベッドに寝かせて一息をつく。
目の前で宝石を打ち砕かれて燃やされて衝撃のあまり失った意識。それが戻ってくるのはあとどれくらいのことだろうか。
窓から外を見るとすでにくらい。
今日目を覚ましたとしても帰すわけにはいかなくなったな。
「目を覚ましたらまた発狂するんじゃないの? その子。そしたらあたしたち誘拐犯に間違われてもしようがないわよ」
「原因を絶ったからたぶん大丈夫。元凶を発てた訳じゃないけど」
「そうね。結局の所、カーバンクルをどうにかしないと事態は治まらないのよね。その子もまた宝石に手を出すでしょうし。そのうち捕まって碌な目に会わないわ」
「そう言えばあの二人組の冒険者も宝石に手を出しているんだよな。この子はそこから宝石を盗んだわけだし」
色々と気になることが増えてきたけれど、この少年の意識が戻らないことには始まらない。
事の詳細を知るのはまだすこしお預けを食らいそうだ。
「お腹空いた。ねぇ、なにか頼まない?」
「そうだな。ちょうど夕食時だし、ルームサービスになにか持ってきてもらおう。この子の分も。メニュー表は……これか。なに頼む?」
「あ、ラム肉山菜焼きだって。あたしこれにしよ」
「へぇ、この街らしい料理だな。じゃあ、俺も。あとは……あぁ、木の実のジュースおすすめだってさ」
「じゃあ、あたしもそれ。その子にはどうする?」
「好き嫌いとかもあるだろうし、適当に色んなのをちょっとずつ頼んどくか」
ルームサービスを頼み、しばらくして注文した料理が運ばれてきた。
一気に室内がいい匂いで満たされ、腹の虫が暴れ出しそうになるのを押さえるのに苦労する。
そん中、匂いに釣られてか少年が目を覚ました。
「良い匂い……うわッ! あんた誰だ! ここどこだよ!」
「まぁ、落ちつけ」
小さなパンを手に取り、少年に投げ渡す。
「まずそのパンをやるから名前を聞かせてくれよ。答えてくれたら次の質問だ。質問に答える」
「……俺の名前はホロ」
自らの名前を告げると、ホロはパンをかじる。
「他に聞きたいことは? なんかよく状況がわからないけど、質問に答えるだけで飯が貰えるなら何だって答えるぜ」
ホロは随分と肝が据わっているようだった。
「話が早くて助かるな。じゃあ次の質問だ。もう宝石はなくても平気か?」
「宝石? ……あぁ、思い出した。俺、あの宝石に触った途端、それしか考えられなくなったんだ……あの宝石はどこに。あんたが持ってるのか?」
「いや、壊した。粉々にな」
「……そっか。それはよかったよ」
「よかった?」
「あれは恐ろしいもんだ。俺なんかが……人間なんかが手を出していいものじゃない」
「よくわかってるな」
経験が生きたようだ。
「ほら。熱いから気を付けろ」
パンの次はスープ。
受け取ったホロはパンに付けて頬張り満面の笑みになっていた。
まだまだ聞きたいことはある。
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