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18 魅了宝石


「この宝石は――」

「触るなッ!」


 やけに幼い叫び声がして、俺はようやく誰かの容姿をはっきりと目にした。


 その子はまだ俺の半分程度しか生きていない子供で、薄汚れた衣服を見に纏っている。


 お世辞にもまともとは言えない格好をした少年は、散らばった宝石を急いで掻き集めると袋に詰めて足早にこの場を後にする。


 まるで何かから逃げているように。


「あのクソガキ! どこへ行きやがった!」


 追い掛けるように大人の怒鳴り声が響く。


 冒険者と思しき風貌の男二人組が人混みの中を乱暴に突き進んでいる。


 状況から察するにあの少年はこの二人から逃げていたのだろう。


「宝石、逃げる少年、追う大人。盗みね」

「そうとしか考えられないな、状況的に」

「どうする? 教えてあげる?」

「……いや、俺たちであの子を捕まえよう」

「捕まえる? なんでよ。そこまでする必要ある?」

「理由はあとで説明する。今はまずあの子を追い掛けないと」


 あの子を追い掛けるにしてもすでに人混みの中に消えている。


 目視で探すのは現実的ではないため、目ではなく鼻に頼ることにした。


 憑依状態を部分的なものに限定し、嗅覚だけを人智を越えたものへ。


 人間では嗅ぎ分けられないような匂いでも、今の俺なら認識することができる。


 ぶつかった時に服に付いた匂いを憶えた。


 これであの子を追跡できる。


「あっちだな」


 人を躱しながら路地へと入り、匂いを辿る。


「まさかとは思うけど、もしかして宝石に目が眩んで横取りしようとか考えてる?」

「半分当たりだな」

「半分ってどの半分よ。目が眩んだほう? 横取りのほう?」

「横取りのほう」

「目が眩んでたほうがまだマシだったわね」

「目が眩んでるのはあの子と、あの子を追い掛けてた二人のほうだよ」

「どういう意味よ」

「カーバンクルが生み出した宝石には誰もが魅了されるんだ」

「魅了……たしかに宝石に魅了されるなんて言葉もあるけど」

「そんな生やさしいもんじゃない。カーバンクルの宝石に魅せられたら人が変わったようにそれを求め続けてしまう。何を犠牲にしてでも手に入れたくなるし、たとえ命を天秤に欠けられても手放したくなくなる。終いには宝石のことしか考えられなくなって廃人化だ」

「そんな危ないものなの?」

「あぁ。だから人間には過ぎたものなんだよ。正しく使えるのはカーバンクルだけ。幻獣を憑依させた俺でも耐性があるくらいで完全には魅了を防げない。だから、あの子が持っているのは危険なんだ。もちろん、あの二人組もな」

「なるほど……そう言う理由だったのね。なら、早く取り上げないと」

「もう近くまで来てる。ここを曲がれば」


 少年の匂いを辿り、角を曲がってすぐに宝石は見付けられた。


 光を浴びて七色の光を放つ宝石を、恍惚とした表情で眺める少年。


 その表情はすでに正気でなく、狂気すら宿っているように見えた。


「あぁ、不味いな。荒療治が必要そうだ」


 部分憑依を解除し、完全憑依へ以降。


 モードミタマ。


 獣耳と九つの尾を生やし、神通力を持って見えない力で宝石を少年から取り上げる。


「――どうしてッ、待って! どこへ!」

「どこにも行かないよ。ただ」


 数多の宝石をまとめ上げ、万力のような力で締め上げて宝石を粉々に砕く。


「ダメだ! 辞めてくれ! そんなッ! 酷いッ、なんてことをッ! うぁッ、ああぁぁぁああぁああああああ!」


 だめ押しに狐火ですべてを燃やし付くし、宝石は黒くすすけた物体へと成り下がる。


 魅了されていた宝石の残骸を目の前にし、少年は絶叫したあと気を失った。


「宝石の魔力ってところなのかしら。子供があんなに叫ぶのね……正直、怖いくらい」

「これで宝石の危険性がわかっただろ? たぶん、この子が持ってた分だけじゃない。もうかなりの数がリゼスノロリアの森から運び出されているかも知れない」

「こんなのが流通したらとんでもないことになるわよ。もし狡賢い連中に宝石の魔力を利用されでもしたら……」

「最悪、人間同士で殺し合いが起こるかもな」


 気を失った子供を担ぎ上げる。


「そうなる前にカーバンクルを押さえよう。そうすればすべての宝石をただの石に戻せる」

「リゼスノロリアの森に入るのは明日の早朝よね……夜明けまでが長いわ」


 少年を抱えてたまま俺たちは予め予約して置いた宿屋へと向かう。


 日はすでに大きく隠れ、透き通るような夜空が空を覆い尽くそうとしていた。

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