17 自然調和
神石カーバンクル。
兎と栗鼠を掛け合わせ、額に宝石を埋め込んだような容姿の幻獣。
ふわふわの毛並みに包まれ、その体調は人の肩に乗れてしまうほど小さい。
幻獣の中でも比較的小柄なカーバンクルだが、体格に似合わぬ力を秘めている。
マガミやミタマのように牙で獲物を引き裂くような力は持たないが、その反面カーバンクルが作り出す宝石には様々な能力が付与されているのだ。
絶えず燃え続ける炎の宝石。決して壊れない不壊の宝石。魔法を跳ね返す反射の宝石。
そして周囲を結晶に変えてしまう支配の宝石。
現在リゼスノロリアの森に起こっている結晶化現象の原因は神石カーバンクルである可能性が高い。
もし俺の予想が正しいなら直ぐに迎えにいかないと少々不味いことになってしまうかも知れない。
「やっと到着ね。ここがカカリアの街」
馬車から降り、足を付けた街の名はカカリア。
豊かな緑の中に栄えた街で、リゼスノロリアの森に最も近い人間の生活圏。
リゼスノロリアの森に用事があるならカカリアの街が拠点に最適だ。
「森の中みたいな匂いがするな」
街の中にも緑が多く、どこからか小鳥のさえずりが聞こえて来そうな雰囲気がある。
実際は人の往来があるので聞こえはしないけれど、そう思わせる造形をしていた。
「とりあえず宿屋を探して適当に歩いてみるか」
「そうね。もう日が暮れそうだし。観光と行きましょ」
以前の仕事では寒冷地に二日もいたのに街を観光するどころではなかった。
今回はじっくり街を見て回って明日リゼスノロリアの森を探索することにしよう。
早くカーバンクルを迎えに行きたいが、夜の森を歩くのは危険だ。
「この街の家はみんな自然と一体化してるんだな」
幾重にもなった葉っぱのカーテンで飾られた民家。
うねる樹木をくり抜いて建てられた建造物。
木の根に覆い被さられた店舗。
街全体がそんな調子で自然と調和している。
自然に侵食されているといっても過言ではない。
「ここならロゼの花魔法も調子がいいんじゃないか? 前はかなり厳しい環境だったし」
「まぁ、あの寒冷地に比べれば随分と調子はいいわね。熱すぎず寒すぎずのこのちょうど良い季候は過ごしやすいけど」
「けど?」
「虫が湧いてそうで長居したくないわ」
「ロマンがないなぁ」
こういう自然に囲まれた環境での日々は一部では憧れとされているのに。
「ねぇ、あれ見て」
「ん? あ」
街を歩く中で見付けた一件の土産物屋。
その店頭に透明な木の枝が並んでいる。
カーバンクルの影響で結晶化したものだ。
「いらっしゃい。おや、冒険者さんかい?」
「えぇ、まぁ。この透明な木の枝は?」
「あぁ、それならお前さんたちも冒険者なら知っているだろうけど、結晶化した森の一部さ。調査にいった冒険者が持ち帰ってきたものだよ」
「へぇ。触っても?」
「どうぞ」
手に持ち、重さや手触りを確認する。
手に持った感触を言えば、精巧に作られた硝子細工としか思えない。
枝の先、葉の一枚一枚まで完璧に結晶化されている。
「どう?」
「間違いないな」
今まで予想でしかなかったものが確信に変わった。
リゼスノロリアの森にカーバンクルは確実にいる。
「ありがとう。これいくら?」
お礼に結晶化した木の枝を買い取り店を後に。
「あげる」
「いいの?」
「あぁ、カーバンクルを迎え入れたらただの木の枝に戻るから」
「なーんだ」
そう言いつつもロゼは夕日に焼けた空に翳したりして楽しんでいた。
案外、気に入ったのかもな。
「どいた、どいた!」
不意に聞こえた叫び声。
人混みを掻き分けてこちらへと突進してくる小さな影。
人の往来が邪魔で躱しきれずにぶつかると、その誰かは尻餅をつく。
けれど、その誰かがどんな容姿をしているか、すぐには目に入らなかった。
なぜならそれよりも目を引くものが地面に転がったからだ。
夕日を受けて茜色に輝く宝石の数々。
これらは間違いなくカーバンクルが生み出した宝石だった。
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