16 幻獣捜索
寒冷地ドバロニアスから無事にエフメールへと帰還して数日。
ハードな仕事を終えて休みを挟み、今日からまた再始動というこの日。
いつもの喫茶店に向かい、正面を通ると窓際の席に座るロゼと目が合った。
お互いに言葉の挨拶ではなく軽く手を振り合い、喫茶店の扉を開く。
「三日ぶりか。ちゃんと休めたか?」
「休むのも仕事のうちだから、疲れは残ってないわ。長風呂が癖になっちゃいそうだったけど」
「わかる。今月の光熱費と水道代が怖い」
冷え切った体を溶かすような熱いシャワーはこの世の天国かと思うような大発明だ。
そう思うのも極寒の寒冷地に二日間もいたからだけど。
魔族に乗っ取られた街の設備が生きているわけもなく、エフメールに帰るまでシャワーはお預けだった。
娯楽と言えば狐火で温めたお湯に付けた熱いおしぼりで体を拭くことくらい。
寧ろ、二日で帰ってこられたことを感謝しなければならないのかも知れなかった。
「その分、また稼がないとね。次の仕事はどうするの? 前回の仕事でゴールドランクにかなり近づけたと思うんだけど」
「そうだな……そのことで一つ相談があるんだけど」
「相談?」
「あぁ、俺のことはすこし話したよな」
「えぇ、召喚士なんでしょ」
「そ。でも、事情があって今はマガミとミタマの二体しかいないんだ」
俺の言葉をロゼは黙って耳を傾けていた。
事情があってとぼかしたところを突いてくる様子もない。
気遣いに感謝しつつ話を続ける。
「ほかの幻獣たちはたぶんこの世界の各地に散らばっていると思う」
マガミとミタマがそうだったように、ほかの幻獣たちも俺を探してくれている可能性がある。
思い過ごしかも知れない。自意識過剰なのかも知れない。
けれど、二つの実例がある以上、この可能性は否定しきれないはず。
「だから、見付け出したいんだ」
クレストの命令を拒み、この世界に留まり続け、俺を待っているなら迎えにいかないと。
「事情はだいたいわかったけど、でも当てはあるの? 闇雲に探すだけじゃ時間の浪費になる。私はそれだけは避けたいの」
「あぁ、わかってる」
ロゼの目標はプラチナランクの冒険者になること。
そして恐らくはなるべく早くにと思っている。
時折見せる焦燥感がその証拠。
そんなロゼにとって時間の浪費だけは絶対に避けなければならないことだ。
「だから、こんな依頼を見付けて来た」
「依頼?」
携帯端末から情報をロゼと共有する。
「リゼスノロリアの森における結晶化現象の調査……これがなに?」
「幻獣の中にこんな奴がいる。そいつが作り出す宝石は魔力を宿しいる特別製なんだ。光はもちろんのこと魔法を跳ね返したり、逆に吸収したり、時には周囲の物体に影響を及ぼすことだってある」
「それって……じゃあ」
「あぁ、この結晶化現象の原因は恐らく幻獣。神石カーバンクルだ」
俺もかつて何度か召喚したことがあるからまず間違いない。
「なるほど……それが本当ならゴールドランクまでの実績にもなるし、ジンの戦力増強にもなる。でも、これってマッチポンプなんじゃ」
「まぁ……ある意味ではそうかも知れない。けど、事情があるんだよ、色々と。でも、これだけは断言できる。幻獣がこうして各地に散らばるようになった原因は俺じゃない」
「その言葉、信じていいのよね」
「もちろん」
「……わかった。あんたのことを信じる。この依頼受けるわ」
「よかった」
正直、この休みの間、どこまでロゼに話すかで頭を悩ませていた。
必要なら過去を明かそうとも思ったけれど、そこまでにはいたらなくてほっとしている自分がいる。
でも、いつかは。そう、いつかは。
ロゼに話す時がくるかも知れない。ロゼの過去を知る時がくるかも知れない。
それがいつかはわからないけれど、心の準備が整うのはまだ先のことかもな。
今はとにかく世界各地に散らばった幻獣を見付けに行くことに集中しよう。
まず手始めにカーバンクルを迎えに行こう。
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