10 寒冷地帯
馬車を何度か乗り換え、窓が結露する頃には見える景色が真っ白に染まっていた。
寒冷地ドバロニアス。
一年を通して雪が降らない日はないと言われ、雪原は一秒ごとに生物の痕跡を覆い隠してく。
寒冷地に差し掛かればいよいよ馬の足では渡れない。
取って代わるのは体格もさほど変わらない屈強なトナカイたち。
馬力も引けを取らず深雪を物ともせず進み、目視で占拠された街が見える位置まで来た。
暖房の魔法が施された馬車から降りると、冷たい空気が体の中に入り込む感覚がはっきりとする。
肺まで凍ってしまいそうだ。
「あー、やっとついたー。清々するー」
「こっちの台詞だ」
カノンとジハルドもようやく居心地の悪い空間から解放された。
「ここからは別行動だな。俺たちは炎の魔物を、カノンたちは占拠された街を」
「頑張ってね。推薦した僕に恥を掻かせないでよー。心配はしてないけどね」
「はっ、見物だな。失敗したら全力で逃げてこい、笑ってやるよ」
「なにそれ、二人のこと心配してる?」
「どう聞いたらそう解釈すんだテメェはよ!」
俺もレイと同じで若干そう聞こえたけれど。
本人にその気はなかったみたいだ。
根が良い奴なのか天然なのか。
「それじゃ、行ってくる。ロゼ。ロゼ?」
「え? あぁ、うん。行きましょ」
雪が珍しいのか、ロゼは周囲をキョロキョロと見渡していた。
§
この時期の寒冷地ドバロニアスの積雪は人の歩行が困難なほどだ。
なので寒冷地仕様の戦闘靴には雪の上を歩く機能が備わっている。
魔法によるものなので、かんじきのように幅を取らず、地面を歩いているのと同じ感覚がする優れもの。
一秒ごとに薄くなっていく足跡を刻みながら、炎の魔物の出現域を目指して歩いて行く。
「寒いな。こんな寒冷地に人が住んでるなんて信じられない」
「そうね……」
ロゼはまだ一面の銀世界に目を取られている。
「あ、そうだ」
閃いて憑依状態に移行。
頭髪が白に染まり、同色の獣耳と尻尾が生える。
「ふぅ。これで寒くない」
「あ、ずるい。あたしだって寒いのに」
「じゃあ、こうするか」
マガミの尻尾でロゼを包む。
「わっ、ふわふわで暖かい。けど」
「けど?」
「これセクハラか微妙なラインよね」
「じゃあ訴えられる前に辞めとくか」
「嘘嘘、冗談よ冗談」
「まったく」
一度離した尻尾で再びロゼを包む。
マガミは狼であり体温が高く、加えて冷気を操れるので寒さにも耐性がある。
今の状態であれば寒さが原因で起こるあらゆる問題を解決できたと言っていい。
まぁ、戦闘になればロゼには寒さを我慢してもらうことになるが。
いや、べつにそうでもないのか。
相手は炎の魔物なんだし。
「……そんなに雪が珍しいのか?」
「え?」
「さっきからずっとキョロキョロしてる」
「あぁ。いえ、違うのよ。あたしはただ花を探していただけ」
「花?」
「そ。寒冷地に咲く寒さに強い花。あたしの魔法は分類的には植物魔法だから寒さに弱いのよ。この気温だとたぶんまともに動かせない。だから、寒さに強い花が必要なの」
「なるほど。じゃあその寒さに強い花を用意できればまともに戦えるんだな?」
「えぇ。でも、そのためには雪を掘り返さないと。全部、埋まっちゃってるわ」
ロゼの言う通り辺り一面の銀世界に花は一輪もない。
地面から積雪を貫いて生える木々にも花はなく、時折風で枝が揺れて花弁の代わりに雪が散るくらい。
この状況から花を見付け出すのは骨が折れそうだ。
「エフメールの花屋には置いてなかったのか?」
「その花、ブルーホワイトって言うんだけど。寒冷地の外に出すとすぐに枯れるし、栽培も難しいからって取り扱ってなかったのよ。だから現地で探そうと思ったんだけど……」
「そういうことならしようがないな。ここらで掘り返してみるか」
「犬かきで?」
「狼なんだぞ。狼かきだ」
足幅を広く取って両手の指を折り曲げ、指先を足下の雪に付ける。
憑依状態の怪力ならすぐに地面まで掘れるはず。
いざ狼かき、と指先に力を込めたその時。
「あぁ、そう言えば」
歩幅を元に戻し、指先は雪から雑嚢鞄へ。
「こういうのがあるんだった」
取り出したのは卵形――ではなく種の形をしたアーティファクト。
魔力を込めて起動させると表面に蒼白い光で回路が浮かび、その効力が発揮される。
俺たちの目の前、雪の表面に一輪の花が咲く。
外側は白く内側は青い。
「もしかして、この花?」
「そう! これがブルーホワイト! 凄い、なにそのアーティファクト!」
「エフメールに来る前に助けた村の村長からもらったんだ。まさか役に立つ日がくるとはな」
咲いたブルーホワイトを摘み、それを増殖することでロゼの花魔法に一つ色が増える。
これで花魔法が苦手なこの寒冷地の環境でもロゼは問題なく戦えるようになった。
このアーティファクトを譲ってくれたあの村の村長には感謝しないとな。
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