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1 魔法剥奪


「我が配下たちが全滅……だと」


 絶望する魔族の目の前には自らの配下だった者たちが横たわる。


 異形の姿をした魔物も、そこから進化して人の形を模した魔族も、区別なく血だまりに沈む。


 だが、彼の目を引いたのは仲間たちの亡骸じゃあない。


「なぜ……幻獣が人間などに」


 その先に佇む、数多の幻獣だちだ。


 神蛇バジリスク、神石カーバンクル、神馬スレイプニル、神狐ミタマ、神狼マガミ。


 ただそこにいるだけで場を支配する圧倒的な存在感を放つ幻獣たち。


 その神々しい姿の前では万物が霞んで見えてしまう。


「召喚士だからだよ」


 マガミが駆り、一瞬にしてその首を食い千切った。


§


「ありがとうございます。お陰で村の者も全員助かりました。これはお礼のアーティファクトです」


 白髭を蓄えた村長から村を守った報酬としてアーティファクトを受け取る。


「どうも」


 形状は丸い卵状のもので珍しい形というわけでもない。


「ジン! もう馬車が出るってよ」

「わかった。じゃあ、俺たちはこれで」

「本当にありがとうございました、冒険者のみなさん」


 村長とこの村に別れを告げて馬車へと乗り込む。


 ちゃかぽこちゃかぽこ。


 馬車に揺られながら少しの間立ち寄った村を後にする。


「あの村、俺たちがいてラッキーだったな。休憩に立ち寄らなきゃ今頃壊滅だぜ、あの村。なぁ、ジン」

「あぁ、フィアのわがままの賜だな」

「しようがないでしょ! 退屈で死にそうだったんだから! あ、笑うなケイン!」


 はしゃぐ二人を横目にしつつ窓辺に肘をつく。


 吹き抜ける風に髪を遊ばれながら眺める景色は雄大の一言。


 空に接した山々、どこまでも広がるように見える草原、根を下ろして束ねられた森林。


 この光景を眺めながら風を感じ、心地よい揺れに身を任せている時間が好きだった。


 子供の頃はこんな自分になるなんて考えもしなかったな。


「そうだ。村長にもらったアーティファクトがあったろ?」

「あぁ、そうだったな。なんのアーティファクトか確かめてみるか」


 卵形のアーティファクトを取り出し、魔力を流すことで起動してみる。


 表面に蒼白い光が回路のように走ると、肘を掛けていた窓辺の木材に一輪の花が咲く。


「花を一輪咲かせるアーティファクトってこと?」

「みたいだな。卵じゃなくて種だった訳だ」

「あの村長! 村を救った英雄にこんな下らないアーティファクト寄越しやがって!」

「ケインは特になにもしてないでしょ。ほぼ全部ジンが斃したんだし」

「だとしても! 避難誘導とか頑張ったし、魔物とかもちょっとはたおしたし! ほかにもっとあるだろ。アーティファクトを無効化するアーティファクトとか、欲しいモノの位置がわかるアーティファクトとか!」

「それプラチナランクになったご褒美に貰えるアーティファクトでしょうが」


 そんなやり取りを続けるうちに俺たちの街が見えて来た。


 魔物や魔族の侵入を拒む堅牢な城壁に囲まれた城郭都市。


 煉瓦屋根が並ぶここの人々は、魔物や魔族の脅威など忘れたように活気で溢れている。


「俺はここで」


 街に入ってすぐ馬車を降りて石造りの地面に足を下ろす。


「お、そうか。じゃあ俺たちで報告しとくな」

「よろしく」

「分け前渡すから、あとで顔見せて」

「わかってる。じゃあ」


 二人と別れて馬車とは反対方向へ。


 歩き慣れた道を通った先にあるのはエヴィロンと言う名の孤児院。


 俺が育った場所。


「あ、兄ちゃんだ!」

「よう、元気してたか?」


 駆け寄って来たショウを抱き上げ、そのまま孤児院の中へ。


「あ、お兄ちゃん!」

「ショウずるーい! あたしも、あたしも!」

「はいはい。順番、順番」


 両手をうんと伸ばした子供たちを順番に担ぎ上げていく。


「ジン。また来てくれたのね」

「ただいま。かあさん」


 このエヴィロン孤児院の責任者。


 俺の義母さん。


「ちょっと顔見せに寄ったんだ。相変わらず元気そうでなによりだ」

「あなたのお陰よ。でも、大丈夫なの? 毎月にあんなに」

「金なら大丈夫だ。こう見えてゴールドランク冒険者なんだぜ? 俺。もうすぐプラチナランクにも上がれるし、そしたらこのボロい家もリフォームできる」

「雨漏りなおる?」

「ドアがキィキィ言うのも?」

「隙間風も?」

「直る直る」

「やったー!」


 小さい子たちが喜んでくれると報われた気持ちになれる。


「だからもう少しだけ待っててくれ」

「ゆっくりでいいわ。ジンがいてくれて本当によかった」


 涙ぐむかあさんの姿を見て、ふと昔の記憶が脳裏に浮かぶ。


 世界でも希な召喚魔法を発現して、冒険者になると決めた時、理由は違うがかあさんは同じように涙ぐんでいた。


 あの頃より、かあさんは細くなった。


 もう少し、あともう少しなんだ。


 きっと良い生活をさせられるはず。


 かあさんにも、兄弟たちにも。


「ん、電話か」


 魔導式携帯端末にはケインの文字。


「どうした、ケイン」

「ジン。急ぎの依頼が入った、いま大丈夫か?」

「すぐに行く。いつものところだな」

「あぁ、フィアにも伝えとく」


 通話を切り、担いでいた子供をゆっくりと下ろす。


「仕事?」

「そ。また顔を見に来るよ、それじゃ」

「えぇ、気を付けてね」

「いってらっしゃーい!」


 かあさんと兄弟たちに見送られて孤児院を後に。


 急ぎ足になって二人の元へと合流した。


§


「緊急だって?」

「帰還途中の冒険者が魔族を見たんだってよ。街の近くだ、襲撃があるかも知れない」

「街を襲うつもりならすっごく不味い。加勢に行って計画を挫かないと」

「わかった。すぐに行こう」

「城門の前に案内役がいるはずだ」


 駆け足になって街と外を隔てる城門へと急ぐ。


 街の賑やかな喧噪とは真逆の張り詰めた空気の中、案内役と落ち合う。


「あんたが案内役か?」

「あぁ、クレストだ。パーティーメンバーが見張ってるけど、いつ見付かるかも知れない」

「わかった。じゃあ、急ごう」

「あぁ、待って」

「なん――」


 腹の中になにか冷たいモノが入ってくる。


 それが自分の腹に刺さったナイフだと気付いたのは稲妻のような痛みを感じてから。


「このッ」


 咄嗟に拳を握り締め、案内役のはずのクレストを打つ。


 顔面を捉えた一撃によって大きく仰け反ったクレストはナイフと共に地面に倒れ伏す。


「おい! なんだ、どうしたってんだ!?」

「ナ、ナイフッ。刺されたの!? ジン!」

「嘘だろ、なにがどうなって――」


 思考が痛みによって支配されつつある中、今し方殴り倒したクレストの笑い声がする。


「あはっ、あははっ、あはははっ!」

「テメェ、なにが可笑しい!」

「笑いたくもなるさ。こんなに上手くいくなんてね!」


 笑う笑う。


 とても愉快そうに。


「あぁ、安心しなよ。ほら、血が付いてないだろ? このナイフ。これ人を切るためのものじゃないんだ」


 鈍色の刃には確かに血が付いてない。


 傷口に当てた手をそっと離すと、手の平にも衣服にも赤はなく痛みも薄れつつある。


 二人に支えて貰いながら立ち上がり、目の前のクレストを睨む。


「人を切るためのナイフじゃないって言ったか? じゃあそれはなんのためのナイフだって言うんだよ」

「人の魔法を奪うため」


 その言葉の意味をすぐには理解できなかった。


 だが、次の瞬間、強制的に理解させられる。


 目の前に展開される魔法陣。


 光が集い、形を成し、姿を現す幻獣。


 神狼マガミが、クレストの手によって召喚された。


「このナイフで刺されたものは魔法を剥奪される。そういうアーティファクトなんだ」

「嘘……」

「嘘じゃないさ。こうして召喚魔法が使えているだろう?」


 目の前の現実が嘘であることを願いながら召喚魔法を唱える。


 けれど、魔法が機能しない。


 召喚できない。


「そんな……」

「ずっと羨ましかったんだ、キミのことが」


 笑みを浮かべたまま、奴は言葉を続ける。


「世界で唯一と言っていいほど希少な召喚魔法の持ち主。自分はなにもしなくても幻獣がすべてやってくれる。さぞ、楽な人生だったろうね。何不自由なく金と名声が手に入るんだから」

「返して……くれ」

「残念だけどそれは無理だ。このアーティファクトは奪うことは出来ても返すことは叶わない。壊しても無駄だけど、試してみる?」


 未だかつて経験したことのないような深い絶望に襲われた。


 底の見えない闇に引きずり込まれるような耐えがたい感覚に支配される。


 俺はいったい何をしている? どうしてこうなった。


「冗談だろ、おい! 召喚魔法を取られたら俺たちはどうなるんだ! ジンの幻獣に頼り切りなんだぞ、うちのパーティーは!」

「そ、そうよ……これからどうするの。もうすぐプラチナランクだったのに……私の人生計画が、無茶苦茶……」

「それなら僕と仲間になろうよ」

「……は?」

「なに? その意外そうな顔。悩む必要なんてあるかな? 僕の仲間になればこれまでと何も変わらないでしょ? 幻獣の力でプラチナランクまで行けるよ、確実に」

「で、でも……」


 フィアの視線が俺を一瞥する。


「ジンは……どうなるの?」

「さぁ? もう魔法は使えないし、普通の職に就くんじゃない? まだやり直せるでしょ? 若いんだから。あぁ、でも後々に面倒になりそうだから街からは出て行ってもらわないとか」

「……成れるんだろうな、プラチナランクに」

「ケイン!」

「しようがねぇだろ! どの道、ジンはもう終わりだ。幻獣の恩恵を受けられない俺たちもな。だったら、あいつの言う通りにするしかないだろ」


 俺を置いてケインは行ってしまう。


 俺から魔法を奪ったあいつの元へと自分の足で。


 一歩を刻むたびにこれまでの友情が、絆が、引き裂けていく。


「ジ、ジン」


 フィアと目と目が合う。


 数秒だったか、一瞬だったか。


 判然としない時の流れの中でフィアは俺から目を逸らした。


「ごめん。私の人生、ここで終わらせたくない」


 全身から力が抜けて膝をつく。


 もう立ち上がる気力もない。


 足跡が遠のき、笑い声が響く。


 冒険者として過ごし、手に入れてきたすべてが音を立てて崩れ去った。


 俺にはもうなにも残されていない。

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