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【完結】王妃様の置き土産  作者: ナベ セイショウ
9/21

ユリアーネ、ランチする

読んでいただければ嬉しいです。

本日二話目です。

よろしくお願いします。

初日から派手に浮きまくったユリアーネだが、アリスティドが何かと引っ付いて来るおかげで、入学式以降は表立って嫌味を言われることなく平穏に過ごせていた。

 青い空の下、サンドウィッチを頬張ったユリアーネは幸せを嚙みしめる。

「今日も平和にお昼が食べられる、幸せ!」

 ガートラン王立学園の昼食は、高位貴族は基本的に食堂でとる。初日の事件がなくても目立つユリアーネは、食堂でも注目の的だ。それも珍獣でも見るような目を向けられる上に、本来なら王族用のサロンにいるはずのローランがユリアーネのいるテーブルに現れたりするので気が休まらない。かといってエリアスやフォルカーと食べるのも、人目しか引かない。そんな見世物状態の中での食事が楽しいはずがないのだ。

 ユリアーネなりに考えた結果、料理長にランチボックスを作ってもらって、昼食をとるために陽当たりが良く人気のない場所を探すことにした。

 最初は中庭に行ったのだが、そこは下位貴族が多い。またしても注目の的になってしまい、落ち着かない食事をすることになった。

 連日色々な場所を回っては注目を一身に集めてしまい、ご飯を食べた気がしない。食事くらい人目を気にせず食べたいと思うのは、贅沢なことなのだろうか? 困り切ったユリアーネが新天地を求めてとぼとぼ歩いていると、背後からおずおずと声をかけられた。


「あの、コーイング様、食事をとる場所をお探しでしたら、静かな場所に案内できます!」

 素晴らしい提案をしてくれたのは、隣の席の彼、キエイマだった。

 入学式以来、目が合いそうになると、目を伏せられていた。てっきり恐れられていると思っていたので、声をかけられるとは意外だ。

 緊張のあまりギクシャクと歩くキエイマが連れて来てくれたのが、庭園とまではいかないが花壇が並んでいて様々な花が咲き目にも楽しい旧校舎棟の中庭だった。校舎棟からの距離は結構あるが、落ち着いて食事ができるなら大した問題ではない。

 特別クラスのもう一人の平民であるカリスタが先に来ていて、シートを敷いたりと準備をして待っていた。

 顔を真っ赤にしたキエイマが「どうぞ!」とシートに案内してくれるが、果たして自分が座っていいものなのかユリアーネは考えてしまう。

 しかし、クッションを持ってきてくれたカリスタにも「どうぞ!」と言われてしまい、断れない状況に追い込まれた。敷かれたクッションが、とても座り心地が良くてユリアーネは申し訳ない気持ちになる。

「こんなに準備万端の場所に、私が来ても良かったのかしら? 誰かお友達が来るのでしょう? 私がいたら怖がらせてしまうと思うわ」

「コーイング様の為に準備いたしました。昼食を食べる場所にお困りのようでしたので……。ここは俺が卒業生から聞いた穴場なのです。もしよろしければ、お昼をご一緒にと思いまして。もちろん、俺達が邪魔でしたら退散します!」

 キエイマの隣でカリスタもブンブンと首を縦に振って同意を示している。

 一体何がどうなっているのかユリアーネには分からなかったが、入学以来初めて心穏やかに昼食を食べられそうだ。

「キエイマさんの仰る通りで、落ち着いて昼食をとれる場所がなくて困っていたところです。ありがたく招待をお受けいたします」

 嬉しそうに微笑むユリアーネを見て飛び上がらんばかりに喜ぶ二人と、穏やかな昼食会が始まった。


 ユリアーネがサンドウィッチに噛りつこうとするのと同時に、姿勢を正して座った二人が真剣な顔で「入学式の日は助けていただき、ありがとうございました」と言って頭を下げた。

「入学式のことで、コーイング様にお礼を言いたかったのです」

「教室で言うと、あの方達がまた何を言ってくるか分かりませんので、なかなかチャンスがなく遅くなりました」

 まさかお礼を言ってもらえると思ってもいなかったユリアーネは、サンドウィッチを持ったまま固まってしまった。自分がしゃしゃり出たことで、かえって迷惑をかけていないかと心配していたのだ。

「俺達は平民ですから、特別クラスで冷たい扱いを受ける覚悟はしていました。成績も頑張り過ぎない方がいいのではないか? とカリスタと話をしていました」

 そう言ったキエイマの言葉を受けて、カリスタが話し出す。

「私は家が商会をしていて、箔をつけるために親に学園に放り込まれました。ですから成績がどうでも全く構わないのですが、キエイマは文官志望です。文官になる際に学園の成績は大きく影響するので、クラスで目立たない為だけにわざと成績を落とすのでは、学園に来た意味がなくなってしまいます」

「まさか初日に学園から排除されそうになり、自分の夢が奪われるとは思いませんでした。俺はあの日、コーイング様の言葉に救われました。俺みたいな平民の労働者階級が文官になれば、貴族からの蔑みは日常的です。それなのに今から恐れて逃げ出そうなんて、俺は一体何を成し遂げたいのかと目が覚めました。その上、第一王子殿下にも進言していただき、本当にありがとうございました」

 キエイマが目を潤ませて頭を下げる。

「私も何事もなく、ひっそりと卒業できればいいと思っていました。ですが、せっかく特別クラスに入れたのだから、もっと勉強を頑張って、コーイング様みたいになりたいと思いました!」

 カリスタの目は、完全にユリアーネを崇拝していた。

 その目に見つめられたユリアーネは、崇拝される理由が分からず動揺して「お、お礼を言われるようなことしていないから、お気になさらず!」と言って手に持ったサンドウィッチを見つめた。

 キエイマを助けたのは自己満足だと思っていたが、二人の役に立てたのだと思うと嬉しくて、うつむいたユリアーネの頬は緩んでいた。




「あっ、ほら、あれ。特別クラスの平民グループよ」

「平民の分際で、随分偉そうだな」

「学園の成績なんて今だけの話なのに、ムキになっちゃってみっともない」

「支配する側とされる側があるってことを気が付けない時点で終わってるんだよ!」

 ユリアーネ達が歩いているのを見つけた生徒達が、聞こえるように陰口を叩き始めた。

 ユリアーネの周りをアリスティドがウロウロしているおかげで収まっていた誹謗中傷が、状況の変化によって復活してしまったのだ。

 陰口を叩かれることに慣れているユリアーネはいちいち傷ついたり怒ったりはしないが、毎回毎回同じことを飽きずに言われるのはとにかく煩わしい。

「言ってくるのは大体同じ派閥のメンバーね。優秀な平民が政治の世界に入ってくるのを防ぎたい保守系の貴族ばかり」

 そう説明してくれるカリスタは、今日も誰が何を言ったのかノートにメモしている。情報通でメモ魔の彼女は、何でも逃さずメモを取る。特にこのメモに関しては、後で必ず役立てて見せると断言している。

 カリスタの家は大きな商会を営んでいて、平民街の顔役の一人だ。一体どんな役に立てるのだろうと思ったが、ユリアーネはあえて聞かないことにした。

「最初は文句を言われると背中が丸まっていったけど、さすがにもう慣れたな。第一王子殿下が、あの連中を見捨てたくなる気持ちも分かる気がするよ」

 訳知り顔でそう言ったキエイマに、「王子の気持ちが分かるなんて、随分と偉くなったのね」とカリスタが茶々を入れる。

 陰口を叩いている貴族達の後ろで、ユリアーネ達三人に熱い視線を送ってくる一団もいる。ふと目が合うと、その人は胸の前で両手を力強く握った。

 「あれは負けるな、頑張れって、エールですよ」

 カリスタが同じポーズを取って、ユリアーネに教えてくれた。感心していると、キエイマから追加情報が入る。

「ストザク子爵家とグーマイヤー男爵家と僕等と同じ平民組ですよ。みんなユリアーネ様のファンです」

 その言葉にユリアーネはギョッとしてしまう。


 キエイマとカリスタは一緒にお昼を食べたあの日から、一緒に勉強をしたりその後もお昼を一緒に食べる仲になった。情報通のカリスタと面倒見が良く知り合いが多いキエイマは、ユリアーネの知らないことをたくさん教えてくれる。

 領民達と生活していた時も同じように思ったが、二人といるとユリアーネは狭い世界しか見えていないのだということが分かる。

 嘘や駆け引きのない二人といるのが楽しくて、警戒心の強いユリアーネも二人と仲良くなるのに時間はかからなかった。

 領民達とも仲は良かったが、一応『先生』と『生徒』という関係だ。だから、キエイマとカリスタは、ユリアーネにできた初めての『友達』ということになる。

 特別クラスの他の生徒達に臆することなく勉強すると、二人は決意していた。授業で分からなかった所も積極的にユリアーネに質問するので、放課後に二人に勉強を教えるのが三人の定番になった。そして、いつの間にか二人の知り合いまで参加する勉強会に膨れ上がってしまった。それは『ユリアーネ様の補講』と呼ばれ、定期的に開催されている。

 そんなこんなで、ユリアーネはいつの間にか微妙な立ち位置にいる。高位貴族には相変わらず嫌われているが、貴族に権力を集中させたい保守系貴族と敵対する下位貴族や平民からは絶大な人気を得てしまったのだ。初日にガザリスやマーガレットとやり合ったことや、第一王子に物申したことも理由の一つらしい。


 三人はいつもの昼食の場所に着くと、各々がランチボックスを広げる。

 ここは三人以外誰も入ってこないから、ユリアーネにとって学園内で唯一気が抜ける場所だ。友達のいなかったユリアーネには、敬語もなく気安い言葉で会話をするこの関係がまだこそばゆくて、とても大切だ。


 澄んだ青空に向けて伸びをするユリアーネの側で、キエイマが何かを思い出した顔をカリスタに向ける。

「俺達の敵である保守系貴族の親玉は、マーガレット嬢の親であるドートシュ公爵家だろ?」

「そうよ、大分落ちぶれているけどクライトン公爵家やガザリス様のランカストン侯爵家も主要メンバーよ。それがどうかした?」

 そう言ったカリスタは好奇心旺盛な瞳をくるくると動かした。

「入学式の一件で第一王子に盾突く形になったのに、マーガレット様は殿下の婚約者の座を狙い続けるのかな? と思って」

 キエイマがパンに嚙り付きながら、のんびりと言った。

 キエイマが急にこんな話をしたのには理由がある。朝から機嫌の悪かったマーガレットが、ユリアーネに向かって「殿下に声をかけられたくらいで、いい気になってみっともない。貴方ごときの家格では婚約者になれるわけがない」と突っかかってきたのだ。

 もちろんそのことは、カリスタだって知っている。キエイマの言葉に対して、カリスタは楽しそうに首を振る。

「情報が古いわね。マーガレット様はアリスティド様の婚約者の座も狙っていて、どっちに転んでもいいように準備しているわ。国王陛下は中立だけど王弟殿下は保守派とも仲が良いから、今はアリスティド様が本命かもしれないわね」

 カリスタの言葉にユリアーネは、持っていたパンを落としそうになるくらい驚いた。両方の婚約者を狙うなんてできるのだろうか?

 唖然とするユリアーネを見たカリスタが、もっと情報を与えてくれる。 

「第一王子の婚約者を狙う令嬢達は、第一王子がさっさと婚約者を決めてくれないから身動きが取れない状況なの。自分達が王子妃に選ばれる可能性を捨てきれないから、選考から漏れた場合の相手探しに進めないのよ。第一王子はもうすぐ十八歳だから、年齢的に待っているのが厳しくなってくる令嬢だっているわ。でも第一王子は、その状況を楽しんでいるから婚約者を決めないって言われているわ。そういう第一王子の態度に反発する貴族も多くなっているから、アリスティド様に流れる令嬢は多いでしょうね」

 第一王子の振る舞いは確かに王子らしくないが、世間が言っているような考え無しとはユリアーネには思えなかった。

「殿下が婚約者を決めないのは、そんな理由じゃない気がするけど……」

「うーん。第一王子殿下は優秀だけど、態度が自由奔放で王子らしい振る舞いをしないでしょう。臣下のことも馬鹿にした態度で怒らせてばかりだし、王子の執務も生徒会の執務も側近に丸投げ。未来の王には相応しくないと言う声が、最近になって急激に大きくなってきているのよ」

 大きな商会を営んでいるカリスタの家は、王都の目抜き通りに高級なドレス工房や宝飾品を扱う店を持っている。貴族の顧客も多いことから、奥様方から情報がわんさか入ってくるのだ。

 カリスタ曰く「平民だからと気が緩んでベラベラ喋っちゃうのよ」ということだ。

「最近の城内では、出来は良いとは言えないけど扱いやすいアリスティド様を推す声が強いみたい。王弟殿下と宰相様も仲が良いことから、シュスター様をアリスティド様の側近にする話も再燃しているそうよ。美しく優秀なシュスター様なら、アリスティド様を上手く導いて下さるんじゃないかと言われているわ」

 そう言い終えたカリスタは、自分達の周りに誰もいないことを確認してから、少し声を落とした。

「それに、国王陛下が息子である王太子殿下に後を譲らないのは、お亡くなりになった王妃様の血を残したくないからと言われているわ。不貞をした憎き王妃様と血縁ではないアリスティド様を指名するための時間稼ぎじゃないかって……」

 カリスタが二人にしか聞こえない小声で喋っているので、自然と三人の顔が近くなる。

 驚きで目がこぼれ落ちそうなユリアーネを見たキエイマが、驚きもせず当たり前のように言ってのける。

「国王陛下が王位を譲らないのは、王妃様の血を残したくないって説は平民の間では有名だよ。前宰相様と通じていた浮気者の血は残したくないってね」

「息子である王太子殿下は賢王になると評判の方だし、陛下の年齢を考えると……譲らない理由が、それくらいしか見当たらないものね」

 フォルカーの言葉に影響され、下世話な話題に関わってこなかったユリアーネには衝撃的な話ばかりだ。口も目も開きっぱなしで、話題の中心であるカリスタとキエイマの顔を交互に追うのがやっとだ。

「でも、マーガレット様が第一王子殿下とアリスティド様の方へ行ってくれて、シュスター様はホッとしたんじゃないか? マーガレット様自身は、シュスター様に嫁ぎたかったんだろう?」

 突然エリアスが話題の主役となり、ユリアーネは心臓がドキリと跳ね上がる。

 エリアスは兄以上に身近な存在だが、婚約者の話が二人の話題に上ることはなかった。なんだかエリアスの秘密を暴いているみたいで、ユリアーネはいたたまれない。

「マーガレット様はシュスター様を狙っていたけど、シュスター様は相手にもしていなかったわよ! 昔も今もひっきりなしに縁談が舞い込んでいるみたいだけど、シュスター家は第一王子殿下が婚約するまでは考えないと言って断っているみたい。でも噂によると、シュスター様には意中の方がいらっしゃるそうよ」

 顔を寄せ合った状態で、二人の顔が自然とユリアーネに向く。

 二つ年上の公爵家の嫡男となれば本来なら雲の上の存在だが、最高学年として忙しい合間を縫ってエリアスは毎日ユリアーネに会いに来る。ユリアーネの友達であるキエイマとカリスタにも気軽に話しかけてくれるため、二人にとっても身近に感じられる存在だ。

「シュスター様の想い人に、心当たりは?」

 そうキエイマに聞かれたが、見当もつかないユリアーネは「そういう話をしたことがないから、分からないわ」と首を横に振る。

 カリスタは「シュスター様にも、好きな方がいるのね?」と、ユリアーネの反応を見る。

「兄様より本当の兄と慕っているのに、お相手を教えてもらっていなくてショックだわ。でも兄妹だったら、そういう話をしないのが普通なのかしら? フォルカー兄様からはそんな話されたことないし……」

 眉間に皺を寄せて悩むユリアーネを、二人は残念そうに見守った。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。

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